ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第二章 彼の期待と僕の覚悟

彼の本質

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「そ、そうか、何も無かったんだな。良かった……本当に良かった……!」

椅子に寄りかかり、脱力し過ぎて体半分ずり落ちながら、コーラルは心の底から安堵しながらそう呟いた。

昨夜の出来事について改めて説明をすることにより、薫はなんとかアルトとコーラルの誤解を解くことに成功した。

お互いに薫の無事を喜ぶ二人を前に、冷めたパンケーキをフォークで切り分け、薫はようやく朝食にありついた。アルトの調理の腕が良いせいか、美味であることには変わり無し。出来ることならぱ出来立てを味わいたいところであったが、このような状況ではやむを得まい。

「でも、何故アルトさん達はそんな勘違いを……?」

「部屋で寝てたらカオルの声が聞こえたからさ、急いでコーラルさんと一緒にカオルの部屋の前まで行ったんだよ。そうしたら、ちょうどヴァルツさんがギランさんを引っ張って出てきたから……」

「てっきり、団長が早々にやらかしたのだと早合点してな。正直、カオルが気に病んで出ていきはしないか、朝まで気が気ではなかった。だがカオル、これで団長が諦めたとは思えない。今後も団長には注意して、何かあればすぐに我々に相談して欲しい」

「あ、あはは……わかりました。その時はよろしくお願いしますね」

薫にアルト、そしてコーラルは顔を合わせて笑い合う。傭兵生活一日目にして早くも打ち解けた三人の隣では、自分も当事者の一人だろうに、素知らぬ顔でヴァルツはパイプをくわえて新聞を広げ、紙面に目を落としながら煙をくゆらせていた。

「はぁ……ギランさんは相変わらず自分本位だなぁ。これまでにもいろいろあったのに、全然懲りてないんだから」

「いろいろ、って……どんなことがあったんですか?」

薫もギランのあの性格ならば昨夜のような出来事は一度や二度ではないだろうとは思っていたが、アルトには思い当たる出来事が多々あるらしい。

しかし、あまり良い思い出ではないことは一目瞭然。溜め息の重さが半端ではなく、その余波を受けて思い出を共有するコーラルまでカウンターに肩肘をつき、頭を抱えている。

「いろいろあったよ、ほんと。珍しく自分で仕事に出たかと思えば依頼人が気に入らないとか、やり方が気に入らないとかで勝手に帰ってきたり。あんまり機嫌が悪いと依頼人を殴って帰ってくるからね、ギランさん」

「団長の好色ぶりにもさんざん振り回されたな。娼館に入れ込むならばまだしも、商人ギルドの元締めの娘に手を出した時はどうなるかと思ったな」

「危うく干からびるところでしたよね。どの店も何も売ってくれなくなったから、水と塩を舐めて堪えてたなぁ。見かねたアンドレアさんが間に入ってくれなかったら、今頃どうなってたか……ああ、アンドレアさん、っていうのは、ギランさんがよく行く娼館の女主人さんね」

「う、うわぁ……」

どんなものかと思いきや、想像以上に詳しく尋ねたことを後悔したくなるほどの凄惨さであった。とはいえ、あのギランならばそれぐらいはするだろうと納得出来てしまうのも悲しいところである。

しかし、薫の中で新たな疑問が首をもたげた。

「こんなことをアルトさん達に尋ねるのは失礼かもしれないんですけど……皆さんは、クライヴさんと一緒にギランさんから離れようとは思わなかったんですか?そんな苦労ばっかりしてるのに……」

薫の言葉に、アルトとコーラルは呆気に取られたような表情を見せた。ヴァルツも新聞から顔を上げ、薫達の動向を見守るように視線を向けている。

「うーん……そうだねぇ。ギランさんが本当に悪い人だったら、僕達もそうしてたかもね」

少し考えるような素振りの後、アルトはそう言葉を紡いだ。

「と……いうと?」

「荒唐無稽のように見えて、団長は自分の気分だけでそういう行動を取るわけではない、ということだ。その裏には、ちゃんとした理由がある」

「そうそう。依頼人を殴って帰って来た、っていうのも、その依頼人が酷い人で、他に雇われていた人達に暴力振るったり、好き勝手やってたのが腹に据えかねたからだし。商人ギルドの娘さんに手を出したのも、そもそも、その娘さんが変な男に付きまとわれてるって聞いて、それを撃退するために恋人のフリをしてたんだよね」

「事が片付いた後、どういうわけか向こうが本気になってしまってな。それに団長も立場を忘れて便乗してしまったというわけだ。まぁ、もともと惚れやすい女性らしくてな、今は別の土地で出会った男と夫婦になっているそうだが」

「こんな感じで、ギランさんはとても良い人なんだ。もちろん僕達もクライヴさんに誘われたけど、同じ仕事をするならギランさんと一緒が良いなぁって。でも、もう少し無茶を控えてくれると助かるんだけどね」

「…なるほど。なんだか、ギランさんのことがよくわかったような気がします」

彼らの言葉は、単にギランの名誉を保つためのものではない。そう確信できるほど、二人が心からギランを信頼していることが伝わってきた。そもそも、昨日出会ったばかりの薫でさえ、ギランの事は手放しに信頼しても良いと思っているのだ。

他者に媚びず、自分の感性が間違っていると判断した事柄にはとことん抗うギランの人柄には、人を惹き付ける力があるのだろう。もっとも、彼の自分の本能に正直すぎる行動がそれを霞ませているわけだが。

「そういえば、ギランさんの姿が見えないですけど……まだ休んでいるんでしょうか?」

既に日が昇って久しいというのに、話題の渦中にあるギランがいつまで経っても現れない。彼の部屋がある二階を見上げる薫だったが、その時、コーラルがくつくつと意味深に笑みを溢した。

「ああ、団長ならば昨夜の狼藉があったからな。今は部屋で反省をーーー」

「朝っぱらから俺様の噂話か?人気者は辛ぇなぁオイ」

「ええっ!?」

何処からともなく聞こえてきた声に驚くアルト。再び新聞に視線を落とすヴァルツを除いた三人が見上げると、ニヒルな笑みを浮かべて手摺から彼らを見下ろすギランの姿が目に入った。
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