ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第一章 境界を越えて

双竜相対

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見下ろすギランと、見上げるクライヴの視線が交差する。同時に、周囲にチクリと針が肌を刺すような緊張感が走った。

「おーおー、誰かと思えばお前らか。雁首揃えて、この俺様に何か用か?」

「…ふざけるな、ギラン」

いつものペースを乱さないギランに対し、クライヴの口から先ほどとは打って変わって怒りに満ちた言葉が紡ぎ出された。

「毎度毎度ピリピリしやがって……仕方ねぇ、待ってな。今からそっちに行ってやるからよ」

言うが早いか、ギランは手摺りを乗り越え、薫達の集まる一階へと颯爽と飛び降りた。着地の瞬間に建物は振動し、挑発的なにやけ顔を浮かべながら、ギランはクライヴと正面から対峙する。

「で、俺が何をやったって?こういうのは初めてじゃねぇんだ。もっと具体的に言ってもらわなきゃ、どの事かわかんねぇよ」

「いいだろう。今回、俺達と合同で受けた盗賊討伐の依頼の件だ。つい先ほど、派遣した仲間から知らせが来たんだが……」

クライヴは確認するようにチラリとオレルドへと視線を送り、彼が諦めたように首を頷かせる。そして、ギランを見下げたような、不機嫌そうに腕を組みながら呆れたように言い放つ。

「お前が、俺達を囮に使って宝を持ち逃げしたとな」

「えええッ!?」

その直後、真っ先に声を上げたのはアルトであった。そして、よくよく見てみればコーラルにヴァルツもギランを非難するような眼差しを向けている。

「ギランさん……またそんなことして……」

「…………」

「貴方がそうアウトローだから、信用を失って依頼人が来ないのだとあれほど言っているというのに……」

「な、なんだよ!アイツらがチマチマやってっから、俺様が手っ取り早くケリをつけてやったんじゃねぇか!テメェも新米ばっか寄越して俺様に子守りなんかさせやがって。あれは俺様の働きに対する正当な報酬だ!」

何というか、必死に弁明するギランの方が悪人にしか見えなくなってきた。彼が正当だと語る姑息な手段の行程の中で薫は貞操の危機を助けてもらったわけだが、何だか釈然として素直に喜べなくなってきた。

「キヒヒ……さぁて、どう落とし前つけてくれるんだぁ?何ならテメェの今まで好き勝手しやがった武勇伝、街中に広めてやってもいいんだぜぇ?」

「俺も、今回はそう考えている。もともと俺達は商売敵なわけだしな」

「ちょ、ちょっと待てって!おい、オレルド!お前からも何とか言ってやれよ!」

「いや……もう庇えませんよ。自分も、もうこっち側の人間なんですから……」

何やら、ひどく風向きの悪い感じになってきた。もっとも、原因を招いたのは他でもないギラン自身なのだけれど。

部外者である薫はイマイチ状況を把握しきれていないのだが、とりあえずギラン率いる傭兵団が存亡の危機だということは理解出来た。

もはやどうしようもないと思われたその時、ヴァルツがコツコツと指先で手摺りを叩く。一体何があるのかと、一斉に全員の視線が彼へと集まった。

その直後、ヴァルツの手から放られた大きな革袋が宙を舞う。薫の記憶の中で何となく見覚えのあるそれは華麗な放物線を描き、受け止めたクライヴの手の中でジャラリと金属同士がぶつかるような音を立てた。

「む……これは……」

「あ゛……ッ!!」

革袋の中に手を入れるクライヴを見て、その中身に気付いたギランが声を上げる。やがて、袋から手を引き抜いたクラウドの手には幾つもの金貨が握られていた。

どうやら、中身はギランが盗賊団のアジトから拝借した金品のようだ。しばらく中身を確認していたクライヴは再びヴァルツを見上げた。

「…なるほど。今回は、これで手打ちにしようというわけか」

クライヴの言葉に、ヴァルツはゆっくり深く頷いてみせる。横目で彼を睨み付けるギラン一人を被害者に、事態は収拾すると思われたがーーー

「…おい、クライヴよぉ。まさか、そんな端金でチャラにする、ってんじゃねぇだろうな?せっかくコイツらを潰すチャンスを、まさかフイにするこたァねぇよなぁ……?」

「ちょ、ちょっとガウルさん。せっかく良い話なんですから……」

ギラギラとした瞳を近付け、宥めるオレルドを押しのけたガウルがクライヴへと詰め寄る。返答次第によってはどんな手段も辞さないと、そんな雰囲気を放っている。

しかし、それを目の前にしてもクライヴの表情は毅然として変わることはなかった。

「少し冷静になれ、ガウル。確かに今回の件を流布すれば多少効果はあるだろうが、一部の払いの良い上客達はこいつの実力を知っている。この程度の事で離れはしないだろう。それにーーー」

クライヴの眼が、ギランへと向けられる。明確な敵意を露わにして。

「…このような不完全燃焼極まりない決着は、俺も本意ではないからな」

「…ククッ、なら安心したぜ。その言葉、忘れんじゃねぇぞ……?」

納得したように笑みを浮かべて、ガウルが離れる。そして、クライヴは再びヴァルツを見上げた。

「俺達はこれで引き上げるが……ヴァルツ、いつでも俺の元に来い。待っている」

「…………」

クライヴの勧誘にヴァルツは細めていた完全に瞳を閉じ、腕組みをして沈黙を貫き通す。その反応に肩を竦めたクライヴは、コーラルの背後に隠れる薫へと顔を向けてきた。

「仲間が迷惑を掛けたようだ。謝罪しよう。お前は、大方ギランにでも拾われたのだろう?」

「え、えぇ、そうです。盗賊に捕まっていたところをギランさんに助けて頂いて……」

「なるほど……趣味は相変わらずらしい」

呆れたようにそう呟いて、クライヴはおもむろに革袋の中から一掴みの金貨を取り出すと、傍らのテーブルの上に置いた。

「迷惑料と、扉の修理代だ。他に行き場が無ければ、俺の傭兵団に来るか?ここと違って人手不足でな。歓迎するぞ」

「傭兵団……?貴方も、ギランさんと同じお仕事を?」

見た目からして普通の仕事ではないと思っていたが、よもやギラン達と同業とは。薫も誘われて嫌な気はしないのだが、彼の隣でニヤついている銀狼と同僚になるのは御免被りたかった。

「ああ、そうだ。『紺碧の盾』という看板を出してーーー」

「おいコラ、クライヴ。俺様の許可無しに勝手に勧誘してんじゃねぇよ」

不機嫌そうに言って、薫とクライヴの間にギランが立ち塞がった。

「ヴァルツはともかく、彼はお前の傭兵団の団員ではないだろう?何か問題があるのか?」

「大アリだぜ。何故ならなぁ……」

チラリと、ギランが薫を振り返る。何やら意味深な笑みを浮かべる彼につられて思わず愛想笑いを浮かべる薫。それを見て、彼は改めてクライヴへと向き直った。

「こいつは、今日から加入した俺様の新しい団員だからな!」

「はい!?」

突拍子もないギランの宣言に、薫はコーラルの陰から飛び出しながら声を上げていた。

「ちょ、ちょっと待って下さいギランさん!僕、そんな話聞いてないですよ!」

「当然だ。ついさっき初めて言ったからな。だが、俺はお前を一目見た時から決めてたぜ。どうせ行くところなんざ無いんだろ?だったらちょうど良いじゃねぇか。これから頼むぜ、カオル。いろいろとな」

「そんなの……!」

確かにギランの言うとおりなのだが、そう簡単に納得など出来るわけもない。助けを求めてコーラルとアルトを振り返る薫だったが、肝心の二人も揃って首を横に振った。

「諦めた方がいいよ、カオル。ギランさんは一度言い出したら聞かないから。でも、僕は歓迎するよ。クライヴさんのところほどではないけど人手不足だし、もっとカオルといろいろ話もしたいしね」

「私の時も似たようなものだったぞ。再三断ってもこちらが折れるまで押し掛けられ……断るだけ無駄な労力だ。存外、ここも居心地は悪くない。時には状況に流されるのも良いと思うぞ」

「え、えぇ……」

三顧の礼で有名な諸葛亮も真っ青な勧誘の鬼である。二人から憐れむような眼差しを受けては薫も抵抗を諦め、閉口するしかなかった。

「ヒャハハハァッ!ギラン、テメェいつから託児所なんて始めたんだぁ?ずいぶん落ちぶれたもんだなぁ!」

「ガウルさん、言い過ぎですよ。でもまぁ、僕もどうかとは思うけど……」

「…なるほど。それならば仕方無い。勧誘は諦めるとしよう。行くぞ、ガウル、オレルド」

それだけを言い残し、クライヴ達は傾いた扉へと向けて歩き出す。その後ろを付いて去っていくガウルが、ふと思い出したように薫を振り返った。

「クライヴの野郎はああ言ってたが、俺はまだ諦めてねぇからな。ギランに飽きたらいつでも俺を訪ねな、小僧。テメェがぶっ壊れるまで可愛がってやるからよ」

これほどまで凶悪なラブコールが果たしてあっただろうか。恐怖に震える薫だったが、アルトによって再びコーラルの後ろへと引き込まれた。

「さっさと帰れ、この狂犬野郎。さもねぇと巻いて逃げる尻尾が無くなるぜ?」

「ほざいてろ。今にそんな口叩けねぇようにしてやる。テメェも、ヴァルツも、ここも、全部ぐっちゃぐちゃにしてなぁ……!」

捨て台詞にしては凶悪すぎる言葉を残し、ガウルは扉の向こうへと姿を消した。
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