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第一章 境界を越えて
狂乱の銀狼
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「そっか……ちょっと匂いが違うと思ったけど、まさか別世界からとは、ね……」
香ばしいパンにふわふわオムレツ、そしてクズ野菜のスープという空腹の身体に染み入る優しく温かい食事を終えて、少し濃い目のコーヒーに口をつける薫の話に、向かい側に座った犬人、アルトは顔を頷かせた。
「ギランさんもそうでしたけど……アルトさんも信じてくれるんですね。もし僕が逆の立場だったら、絶対に信じないですけど」
「ギランさんが信用してるなら、僕が疑う余地なんて無いよ。あの人はちょっと変わってるけど、人を見る目は本物だよ。もし、仮にカオルが僕達を騙そうとしてるなら、そもそも助けたりしないだろうしね」
「そういう……ものなんですかね」
「そういうものだよ。特に、ギランさんに限ってはね」
どうやら、アルトもまたギランに対して全幅の信頼を置いているらしい。確かに、彼の言葉には相手にそう思わせる、信じさせるような力を感じる。
傍若無人な彼の態度が、破天荒な性格がそうさせるのかもしれない。なにしろ、会って間もない薫でさえ、ギランを信じようと思ってしまったのだから。
「それで……カオル、キミはこれからどうするの?」
「う……っ、けほ……っ!」
今現在、薫が最も気にしている悩みへと突然踏み込んできたアルトの言葉に、薫は思わず口にしていたコーヒーを吹き出した。
確かに、いつまでもギランの世話になるわけにもいかない。だが、この世界で他に行く宛などあるはずもなかった。
そもそも、アルバイト経験も無く、加えて生活能力の無い薫に誰の手も借りず、これから一人で生きていくことなど出来るはずもない。路地裏か、それとも街の外か、そう遠くない未来に必ず野垂れ死ぬだろう。
実感し、間近に直面した恐怖に、薫はテーブルの木目を見つめたまま身体を震わせた。
「あっ、ご、ごめんね。つい……不安にさせるつもりは無かったんだ。そうだよね、異世界から来たばかりなのに、行く宛なんて有るわけないよね。心配しなくても、ここの皆は優しい人ばかりだから、すぐに追い出したりなんかしないよ。これからゆっくり考えていけばいいから……ね?」
カップを手にしたまま小刻みに震える薫の手を、アルトは安心させるように両手で包み込んだ。顔を真っ青にさせていた薫も、彼の言葉と手を包む温かさに自我を取り戻して顔を頷かせる。
今は、とにかく落ち着こう。これだけ人が集まる街ならば、自分にも出来る仕事があるはずだ。今にも不安で押し潰されそうになる気持ちを、薫は微かな希望で奮い起たせる。
「大丈夫、ギランさんならきっと良い案を考えてくれるよ。あの人顔が広いから、きっと何とかしてくれるはずさ」
「え、ええ……そう、ですよね。すみません、取り乱しました。あれこれ考えても仕方無いですよね。なるようになる、くらいの心持ちでいかないと」
空元気だが、薫の瞳に力が宿る。その様子を見て、アルトもホッと安堵したように胸を撫で下ろした。
「とりあえず、ギランさんが戻ってくるのを待っててよ。僕は仕事があるから、そこに座ってゆっくりしてて」
「あっ、手伝います!お食事まで頂いたのに、ジッとしてるなんて落ち着かないので」
アルトが手にするよりも早く、薫は傍らに立て掛けられたモップを手にした。いくら生活能力が皆無とはいえ、床掃除くらいならばどうということはない。
そんなわけで、アルトが止めるよりも早く、薫は熱心に床を磨き始めた。
「お客さんなのに、なんだか悪いなぁ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
苦境に立たされているにも関わらず、健気に恩を返そうとする薫の姿に笑みを浮かべて、アルトは食器を片付けるべく皿を抱えーーーその時であった。
「うわぁッ!?」
突如、荒々しく音を立てて入口の扉が開かれた。驚き、同時に顔を向けた薫達の前に傾いた扉を潜って姿を見せたのは、輝くような銀色の毛並みを持つ狼人であった。
毛並みの色が映える黒色のズボン、そして前をはだけた同じ黒皮の上着に身を包み、腕には防具だろうか、黒鉄のガントレットを装備している。何よりその眼差しからは、狂気にも似た威圧感を感じられた。
「…カオル、こっちに」
「あ、アルトさん……?」
悪人。薫が彼に抱いた第一印象は、まさに彼をそのまま体現していると言っていい。自然とモップの柄を握る手に力が入るが、アルトの手が薫の腕を掴み、庇うように自分の後ろへと引っ張った。
「よぉ、邪魔するぜェ。アルト、ギランのバカは戻ってるかぁ?」
狼人は両手をポケットに入れたまま、セルンへと歩み寄っていく。名前を知っているということは顔見知りなのだろうが、アルトの表情に彼を歓迎するような雰囲気はなく、壊れた扉と見下ろしてくる狼人を交互に見て、重い溜め息をついた。
「ガウルさん……こう来られるたびに何か壊されたら困りますよ。確かにギランさんなら戻ってますけど、どうかしたんですか?」
「なぁに、野郎にちっとばかり用があってなぁ。悪ィが、呼んできちゃくれねぇか?大事な大事なお話ってやつだ」
ガウルと呼ばれた狼人は、傍らの椅子に腰掛けるとテーブルの上に荒々しく両足を乗せた。
「…ギランさんが、何かしてしまったんですか?」
「それを話そうって言ってんじゃねぇか。つべこべ言ってねぇで、さっさと奴を出しな。なんなら……俺が直接引きずり出してやってもいいんだぜェ?」
鋭い牙を見せ付けるように笑みを浮かべ、アルトへと向けたガウルの右腕のガントレットから音を立てて鋼鉄の仕込み爪が飛び出した。
話しに来たとは言いつつも、ギランと顔を合わせればロクなことにならないのは目に見えている。出来れば何事もなく帰って欲しいところなのだが、ギランが既に戻っていることをアルトが口にした時点で既に手遅れだろう。
「もうすぐ降りてくると思いますよ。出来れば、その……何があったかは知りませんけど、穏便にお願いしますよ?」
「ひゃはははっ!テメェの古巣なんだ、ここがぶっ壊れるまで暴れたりしねぇって。んじゃ、野郎が来るまで……こいつで遊ばせてもらうとするか」
「わ、わわっ!?」
ガウルの腕が、アルトの後ろに隠れていた薫の腕を掴む。文字通り人間離れした力は凄まじく、薫が抵抗する暇もなく引き寄せられ、肩に彼の腕が回された。
「が、ガウルさん、やめてください!その子はーーー」
「ほぉ……見慣れねぇ顔だな。孤児どもみてぇに小汚なくもねぇ。どうせ、ギランの奴が何処かの娼館から売れてねぇ奴でも拾ってきたんだろ?お前みたいにな」
「……っ」
ガウルの言葉にアルトは言葉に詰まり、顔を俯かせてしまう。それが彼にとって他人が気安く触れて良いものではないことは顔を合わせて間もない薫にも容易に理解でき、自分に優しく接してくれた恩人にそんな顔をさせたガウルに良い印象を得られるわけもない。
ガウルを睨み付ける薫だが、彼の威圧感に負けてすぐに視線を伏せてしまう。そんな薫の反応が可笑しいのか、ガウルは喉を鳴らすように笑った。
「くっくっ……おっと、こいつは口が滑った。悪ィなアルトぉ、悪気は無ぇんだ、堪忍してくれ。しかしまぁ、アイツも相変わらず良い趣味してやがる。白い肌、柔らけぇ肉、ちっこい体に女みてぇな面……マジで俺好みだ」
真っ赤な舌が薫の頬、そして首筋へと降りて這い回る。嫌悪感よりも圧倒的に恐怖が勝り、一切抵抗することが出来ない薫にガウルの行為はますますエスカレートしていく。
服の裾から手を忍ばせ、やや硬質な毛並みが薫の肌、そして薄い胸板を撫で回した。薫の瞳にはいつしか涙が浮かび、溢れ出して頬を滑り落ちていく。
「い、ぁ……っ」
「ガウルさん!本当にやめてください!カオルはただ、行く宛もなくて困っていたところをギランさんが連れてきただけなんです!」
「結局、アイツが拾ってきたことには変わりねぇんだろ?それならよぉ、こいつを俺に譲っちゃもらえねぇか?どうせアイツが気紛れで拾ってきたガキだ。大した愛着なんざねぇよ。俺に譲ってくれるってんなら、今日のところはおとなしく帰ってやってもいいぜ。悪い話じゃねぇだろ?」
「やめ、ひぅ……あ……っ」
ガウルの生暖かく湿った舌が薫の耳に捩じ込まれ、ぐちゃぐちゃと粘着質な音をさせる。さらに震える体を抱き寄せられ、ズボンの上から太腿や下腹部を撫で回された。
そんな薫の状況に、アルトも心穏やかではいられない。柔らかい毛並みを逆立て、ガウルの肩を掴んだ。
「ガウルさん!本当に怒りますよ!すぐにカオルをーーーうわっ!?」
「あ、アルトさんっ!」
突然腕を突き出したガウルによって無造作に突き飛ばされ、アルトは椅子を巻き込みながら床に倒れ込んだ。思わず駆け出そうとする薫をガウルは離すことなく、両腕で抱え込む。
「アルトぉ……テメェ、何時から俺にそんなナメた口叩けるようになった?俺が言ってるのは頼みじゃねぇ、命令だ。テメェはただ頷くだけだけだろうが……間違えてんじゃねぇよ」
「こ、の……っ!」
倒れるアルトを目の前に平然とそう宣うガウルに対する怒りのせいか、薫の中で恐怖の糸が一瞬切れた。握りしめたままのモップの柄を、刀を鞘に戻す要領でガウルの脇腹に突き立てる。
「おぐ……っ!?」
その反撃は予測出来なかったのか、苦悶に表情を歪ませるガウルの両腕から力が抜けた瞬間、彼の腕を振り解いた薫は上体を起こして打ち付けたらしい頭を押さえるアルトへと駆け寄った。
「アルトさん、大丈夫ですか!?」
「う、うん……大丈夫。椅子に足がもつれただけだから」
どうやら、派手な転び方の割には大事に至らなかったようだ。胸を撫で下ろす薫だったが、背後に迫るガウルから襟首を掴まれ、持ち上げられると床から足が離れた。
「うわっ!?は、離しーーーぐぅううっ!?」
「ガキが……やってくれるじゃねぇか」
そのままテーブルの上に背中から叩き付けられ、薫の息が詰まる。彼が起き上がるよりも早くガウルが覆い被さり、薫の腕を掴んでテーブルに押し付けた。
爪が食い込み、薫の表情が苦痛に歪む。その頬をガウルの舌が舐め上げた。
「あ……く……っ」
「俺としたことが、油断してたぜ。だが、俺を相手にたいしたタマじゃねぇか。キヒヒッ……だが、そういう小生意気な奴を鳴かせるのも、また面白いってなァッ!」
「う、うわぁあああっ!?」
ガウルが薫の服を掴み、力任せに引き裂いた。肌が晒され、とっさに隠そうとするも腕を掴むガウルがそれを許さなかった。瞳は完全に理性を失い、見開かれた金色の瞳が真っ直ぐに薫を見つめている。
「手始めに、テメェに俺の証って奴を刻んでやるぜ。そうすりゃ、奴もテメェを囲む気も失せるってもんだ!」
「ひっ……」
「や、やめてください、ガウルさんっ!」
薫の目の前に、ガウルが鋭い爪を翳す。まさかとは思ったが、その爪で以て薫の柔肌に何かを刻み付けようという腹積もりらしい。
頭に血が上っているのか、もはやまともに会話が成り立つような状態ではない。止めに入るアルトを全くものともしないまま、ガウルは徐々に爪を薫の胸元へと近付けていった。
香ばしいパンにふわふわオムレツ、そしてクズ野菜のスープという空腹の身体に染み入る優しく温かい食事を終えて、少し濃い目のコーヒーに口をつける薫の話に、向かい側に座った犬人、アルトは顔を頷かせた。
「ギランさんもそうでしたけど……アルトさんも信じてくれるんですね。もし僕が逆の立場だったら、絶対に信じないですけど」
「ギランさんが信用してるなら、僕が疑う余地なんて無いよ。あの人はちょっと変わってるけど、人を見る目は本物だよ。もし、仮にカオルが僕達を騙そうとしてるなら、そもそも助けたりしないだろうしね」
「そういう……ものなんですかね」
「そういうものだよ。特に、ギランさんに限ってはね」
どうやら、アルトもまたギランに対して全幅の信頼を置いているらしい。確かに、彼の言葉には相手にそう思わせる、信じさせるような力を感じる。
傍若無人な彼の態度が、破天荒な性格がそうさせるのかもしれない。なにしろ、会って間もない薫でさえ、ギランを信じようと思ってしまったのだから。
「それで……カオル、キミはこれからどうするの?」
「う……っ、けほ……っ!」
今現在、薫が最も気にしている悩みへと突然踏み込んできたアルトの言葉に、薫は思わず口にしていたコーヒーを吹き出した。
確かに、いつまでもギランの世話になるわけにもいかない。だが、この世界で他に行く宛などあるはずもなかった。
そもそも、アルバイト経験も無く、加えて生活能力の無い薫に誰の手も借りず、これから一人で生きていくことなど出来るはずもない。路地裏か、それとも街の外か、そう遠くない未来に必ず野垂れ死ぬだろう。
実感し、間近に直面した恐怖に、薫はテーブルの木目を見つめたまま身体を震わせた。
「あっ、ご、ごめんね。つい……不安にさせるつもりは無かったんだ。そうだよね、異世界から来たばかりなのに、行く宛なんて有るわけないよね。心配しなくても、ここの皆は優しい人ばかりだから、すぐに追い出したりなんかしないよ。これからゆっくり考えていけばいいから……ね?」
カップを手にしたまま小刻みに震える薫の手を、アルトは安心させるように両手で包み込んだ。顔を真っ青にさせていた薫も、彼の言葉と手を包む温かさに自我を取り戻して顔を頷かせる。
今は、とにかく落ち着こう。これだけ人が集まる街ならば、自分にも出来る仕事があるはずだ。今にも不安で押し潰されそうになる気持ちを、薫は微かな希望で奮い起たせる。
「大丈夫、ギランさんならきっと良い案を考えてくれるよ。あの人顔が広いから、きっと何とかしてくれるはずさ」
「え、ええ……そう、ですよね。すみません、取り乱しました。あれこれ考えても仕方無いですよね。なるようになる、くらいの心持ちでいかないと」
空元気だが、薫の瞳に力が宿る。その様子を見て、アルトもホッと安堵したように胸を撫で下ろした。
「とりあえず、ギランさんが戻ってくるのを待っててよ。僕は仕事があるから、そこに座ってゆっくりしてて」
「あっ、手伝います!お食事まで頂いたのに、ジッとしてるなんて落ち着かないので」
アルトが手にするよりも早く、薫は傍らに立て掛けられたモップを手にした。いくら生活能力が皆無とはいえ、床掃除くらいならばどうということはない。
そんなわけで、アルトが止めるよりも早く、薫は熱心に床を磨き始めた。
「お客さんなのに、なんだか悪いなぁ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
苦境に立たされているにも関わらず、健気に恩を返そうとする薫の姿に笑みを浮かべて、アルトは食器を片付けるべく皿を抱えーーーその時であった。
「うわぁッ!?」
突如、荒々しく音を立てて入口の扉が開かれた。驚き、同時に顔を向けた薫達の前に傾いた扉を潜って姿を見せたのは、輝くような銀色の毛並みを持つ狼人であった。
毛並みの色が映える黒色のズボン、そして前をはだけた同じ黒皮の上着に身を包み、腕には防具だろうか、黒鉄のガントレットを装備している。何よりその眼差しからは、狂気にも似た威圧感を感じられた。
「…カオル、こっちに」
「あ、アルトさん……?」
悪人。薫が彼に抱いた第一印象は、まさに彼をそのまま体現していると言っていい。自然とモップの柄を握る手に力が入るが、アルトの手が薫の腕を掴み、庇うように自分の後ろへと引っ張った。
「よぉ、邪魔するぜェ。アルト、ギランのバカは戻ってるかぁ?」
狼人は両手をポケットに入れたまま、セルンへと歩み寄っていく。名前を知っているということは顔見知りなのだろうが、アルトの表情に彼を歓迎するような雰囲気はなく、壊れた扉と見下ろしてくる狼人を交互に見て、重い溜め息をついた。
「ガウルさん……こう来られるたびに何か壊されたら困りますよ。確かにギランさんなら戻ってますけど、どうかしたんですか?」
「なぁに、野郎にちっとばかり用があってなぁ。悪ィが、呼んできちゃくれねぇか?大事な大事なお話ってやつだ」
ガウルと呼ばれた狼人は、傍らの椅子に腰掛けるとテーブルの上に荒々しく両足を乗せた。
「…ギランさんが、何かしてしまったんですか?」
「それを話そうって言ってんじゃねぇか。つべこべ言ってねぇで、さっさと奴を出しな。なんなら……俺が直接引きずり出してやってもいいんだぜェ?」
鋭い牙を見せ付けるように笑みを浮かべ、アルトへと向けたガウルの右腕のガントレットから音を立てて鋼鉄の仕込み爪が飛び出した。
話しに来たとは言いつつも、ギランと顔を合わせればロクなことにならないのは目に見えている。出来れば何事もなく帰って欲しいところなのだが、ギランが既に戻っていることをアルトが口にした時点で既に手遅れだろう。
「もうすぐ降りてくると思いますよ。出来れば、その……何があったかは知りませんけど、穏便にお願いしますよ?」
「ひゃはははっ!テメェの古巣なんだ、ここがぶっ壊れるまで暴れたりしねぇって。んじゃ、野郎が来るまで……こいつで遊ばせてもらうとするか」
「わ、わわっ!?」
ガウルの腕が、アルトの後ろに隠れていた薫の腕を掴む。文字通り人間離れした力は凄まじく、薫が抵抗する暇もなく引き寄せられ、肩に彼の腕が回された。
「が、ガウルさん、やめてください!その子はーーー」
「ほぉ……見慣れねぇ顔だな。孤児どもみてぇに小汚なくもねぇ。どうせ、ギランの奴が何処かの娼館から売れてねぇ奴でも拾ってきたんだろ?お前みたいにな」
「……っ」
ガウルの言葉にアルトは言葉に詰まり、顔を俯かせてしまう。それが彼にとって他人が気安く触れて良いものではないことは顔を合わせて間もない薫にも容易に理解でき、自分に優しく接してくれた恩人にそんな顔をさせたガウルに良い印象を得られるわけもない。
ガウルを睨み付ける薫だが、彼の威圧感に負けてすぐに視線を伏せてしまう。そんな薫の反応が可笑しいのか、ガウルは喉を鳴らすように笑った。
「くっくっ……おっと、こいつは口が滑った。悪ィなアルトぉ、悪気は無ぇんだ、堪忍してくれ。しかしまぁ、アイツも相変わらず良い趣味してやがる。白い肌、柔らけぇ肉、ちっこい体に女みてぇな面……マジで俺好みだ」
真っ赤な舌が薫の頬、そして首筋へと降りて這い回る。嫌悪感よりも圧倒的に恐怖が勝り、一切抵抗することが出来ない薫にガウルの行為はますますエスカレートしていく。
服の裾から手を忍ばせ、やや硬質な毛並みが薫の肌、そして薄い胸板を撫で回した。薫の瞳にはいつしか涙が浮かび、溢れ出して頬を滑り落ちていく。
「い、ぁ……っ」
「ガウルさん!本当にやめてください!カオルはただ、行く宛もなくて困っていたところをギランさんが連れてきただけなんです!」
「結局、アイツが拾ってきたことには変わりねぇんだろ?それならよぉ、こいつを俺に譲っちゃもらえねぇか?どうせアイツが気紛れで拾ってきたガキだ。大した愛着なんざねぇよ。俺に譲ってくれるってんなら、今日のところはおとなしく帰ってやってもいいぜ。悪い話じゃねぇだろ?」
「やめ、ひぅ……あ……っ」
ガウルの生暖かく湿った舌が薫の耳に捩じ込まれ、ぐちゃぐちゃと粘着質な音をさせる。さらに震える体を抱き寄せられ、ズボンの上から太腿や下腹部を撫で回された。
そんな薫の状況に、アルトも心穏やかではいられない。柔らかい毛並みを逆立て、ガウルの肩を掴んだ。
「ガウルさん!本当に怒りますよ!すぐにカオルをーーーうわっ!?」
「あ、アルトさんっ!」
突然腕を突き出したガウルによって無造作に突き飛ばされ、アルトは椅子を巻き込みながら床に倒れ込んだ。思わず駆け出そうとする薫をガウルは離すことなく、両腕で抱え込む。
「アルトぉ……テメェ、何時から俺にそんなナメた口叩けるようになった?俺が言ってるのは頼みじゃねぇ、命令だ。テメェはただ頷くだけだけだろうが……間違えてんじゃねぇよ」
「こ、の……っ!」
倒れるアルトを目の前に平然とそう宣うガウルに対する怒りのせいか、薫の中で恐怖の糸が一瞬切れた。握りしめたままのモップの柄を、刀を鞘に戻す要領でガウルの脇腹に突き立てる。
「おぐ……っ!?」
その反撃は予測出来なかったのか、苦悶に表情を歪ませるガウルの両腕から力が抜けた瞬間、彼の腕を振り解いた薫は上体を起こして打ち付けたらしい頭を押さえるアルトへと駆け寄った。
「アルトさん、大丈夫ですか!?」
「う、うん……大丈夫。椅子に足がもつれただけだから」
どうやら、派手な転び方の割には大事に至らなかったようだ。胸を撫で下ろす薫だったが、背後に迫るガウルから襟首を掴まれ、持ち上げられると床から足が離れた。
「うわっ!?は、離しーーーぐぅううっ!?」
「ガキが……やってくれるじゃねぇか」
そのままテーブルの上に背中から叩き付けられ、薫の息が詰まる。彼が起き上がるよりも早くガウルが覆い被さり、薫の腕を掴んでテーブルに押し付けた。
爪が食い込み、薫の表情が苦痛に歪む。その頬をガウルの舌が舐め上げた。
「あ……く……っ」
「俺としたことが、油断してたぜ。だが、俺を相手にたいしたタマじゃねぇか。キヒヒッ……だが、そういう小生意気な奴を鳴かせるのも、また面白いってなァッ!」
「う、うわぁあああっ!?」
ガウルが薫の服を掴み、力任せに引き裂いた。肌が晒され、とっさに隠そうとするも腕を掴むガウルがそれを許さなかった。瞳は完全に理性を失い、見開かれた金色の瞳が真っ直ぐに薫を見つめている。
「手始めに、テメェに俺の証って奴を刻んでやるぜ。そうすりゃ、奴もテメェを囲む気も失せるってもんだ!」
「ひっ……」
「や、やめてください、ガウルさんっ!」
薫の目の前に、ガウルが鋭い爪を翳す。まさかとは思ったが、その爪で以て薫の柔肌に何かを刻み付けようという腹積もりらしい。
頭に血が上っているのか、もはやまともに会話が成り立つような状態ではない。止めに入るアルトを全くものともしないまま、ガウルは徐々に爪を薫の胸元へと近付けていった。
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