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第一章 境界を越えて
絶望の果てに出会ったヒト
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「あ、ぅあ……」
そして、薫の目の前には新たな人影があった。気絶している牛人をも越える体格は二メートルの半ばといったところだろうか、腹部を除き身体の表面を薄い蒼色の鱗に包まれており、頭には天を貫く二本の角。筋骨隆々という言葉が似合う筋肉の鎧で武装した上半身に簡素な上着を羽織り、手には自身の体格ほどもある巨大な大剣を手にしている。
その人物は恐らく、竜人というものだろう。そんな彼が、鋭い眼差しを桜へと向けて見下ろしていた。その威圧感は牛人の比ではなく、薫の恐怖は最高潮にまで引き上げられた。
「ほう……話には無かったが、まさか捕まってる奴がいるとは思わなかったな」
その見た目に見合う野太い声でそう呟いた竜人の手が、薫へと伸ばされる。
よもや、また酷い目に遭わされるのだろうか。現時点、亜人への印象が最悪の極みにある彼がそう思うのは仕方の無いことで、薫は身体を強張らせ、固く瞳を閉じた。
しかし、彼の予想とは裏腹に、竜人は薫の頭を撫でるだけ。恐る恐る薫が竜人を見上げると、彼は大きな口を歪ませて笑みを浮かべてみせた。
「悪かったな、ボウズ。遅くなっちまった。怪我はねぇか?」
「あ……は、はい、大丈夫です。ありがとうございます……」
見た目に反しての優しい声と行動に、薫は現実味が無いまま頷く。それを確認して、竜人はさらに自分の上着を脱ぐなり薫の肩に掛けた。
「あ、あのっ、ちょっと聞きたい事がーーー」
「俺様もお前からはいろいろと聞きたい事があるんだが、話は後だな。とりあえず、奴らが戻る前にさっさとトンズラするか。しばらく、おとなしくしてろよ」
「え、ちょ……うわわっ!?」
竜人は片手で軽々と薫を肩に担ぎ上げ、牢屋から抜け出した。
そのまま部屋を横断して出口へと向かうかと思いきや、竜人の歩みがピタリと止まった。
「ど、どうしました……?」
「…勿体ねぇな」
そう呟いた彼の視線の先にはテーブルに積まれた大量の金貨と宝石類。すると、彼はおもむろに肩掛けの大きな革袋の口を広げ、箒で塵でも集めるかのようにそれらを袋の中へとかき集め始めた。
「い、いいんですか!?それ、絶対何処かから奪われたものだと思うんですけど!?」
「なぁに、そう固いこと言うんじゃねぇよ。奪われた奴だって盗られたモンが戻ってくるのはほとんど諦めてんだ。奴らの私腹を肥やさせるくらいなら、善良なこの俺様が有効に活用してやった方がいいに決まってんだろ」
「で、ですが……!」
薫が言い淀んでいる間にも竜人は金品を限界までかき集め、袋に収まらなくなるとポケットにまでねじ込んでいく。最後にそれらの中でも最も価値がありそうな黄金のサークレットを薫の頭に被せた。
「さぁて、これで思い残すことはねぇな。酒も切れちまったし、さっさとずらかるとするか」
「…いいのかなぁ……」
さりげなく共犯にされた薫を抱え、竜人は先ほどよりも幾分軽い足取りで扉へと向かっていく。
これからどうなるのかもわからない不安を覚え、薫が顔を俯かせたーーーその時であった。
「うぉおおおーーーっ!!」
牢屋から飛び出し、雄叫びを上げて向かってくるのは先ほど竜人によって殴り倒された牛人であった。瞳は血走り、殺意に満ちた瞳は真っ直ぐに薫達を見据えている。
「う、うわぁあああっ!?う、後ろ!後ろです!」
「ああ?」
切羽詰まった薫の声に少し遅れて竜人が振り返るが、既に牛人は距離を詰め、竜人に向かって全体重を乗せてタックル。このまま押し倒し、あとは怒りに任せて拳を振るうーーーはずであった。
「…あれ?」
牛人が気の抜けた声を洩らす。彼の体格と体重を考えれば最良の手段であったはずだが、竜人は倒れるどころか、その場から微塵も動かなかった。
まるで、地面に深く根を張る大樹にぶつかったように。不思議そうに見上げてくる牛人に対し、竜人はニッコリと満面の笑みを浮かべ、おもいっきり拳を振り下ろした。
「ぅごふ……っ!?」
牢屋での一撃が手加減であったと思わせるほど痛々しい音が響き渡り、牛人は再び床に沈んだ。恐らく、明日の朝まで目覚めることはないだろう。そう確信させるほどの一撃であった。
「ったく、余計な手間掛けさせやがって。こっちは急いでるってのに。待たせたな。しっかり掴まってろよ」
「は、はい……」
竜人は牛人を殴るために手放した革袋を抱え、妨害された遅れを取り戻すように駆け出した。
なんだか、とんでもない人に助けられてしまったかもしれない。そう思う薫を抱えながら。
そして、薫の目の前には新たな人影があった。気絶している牛人をも越える体格は二メートルの半ばといったところだろうか、腹部を除き身体の表面を薄い蒼色の鱗に包まれており、頭には天を貫く二本の角。筋骨隆々という言葉が似合う筋肉の鎧で武装した上半身に簡素な上着を羽織り、手には自身の体格ほどもある巨大な大剣を手にしている。
その人物は恐らく、竜人というものだろう。そんな彼が、鋭い眼差しを桜へと向けて見下ろしていた。その威圧感は牛人の比ではなく、薫の恐怖は最高潮にまで引き上げられた。
「ほう……話には無かったが、まさか捕まってる奴がいるとは思わなかったな」
その見た目に見合う野太い声でそう呟いた竜人の手が、薫へと伸ばされる。
よもや、また酷い目に遭わされるのだろうか。現時点、亜人への印象が最悪の極みにある彼がそう思うのは仕方の無いことで、薫は身体を強張らせ、固く瞳を閉じた。
しかし、彼の予想とは裏腹に、竜人は薫の頭を撫でるだけ。恐る恐る薫が竜人を見上げると、彼は大きな口を歪ませて笑みを浮かべてみせた。
「悪かったな、ボウズ。遅くなっちまった。怪我はねぇか?」
「あ……は、はい、大丈夫です。ありがとうございます……」
見た目に反しての優しい声と行動に、薫は現実味が無いまま頷く。それを確認して、竜人はさらに自分の上着を脱ぐなり薫の肩に掛けた。
「あ、あのっ、ちょっと聞きたい事がーーー」
「俺様もお前からはいろいろと聞きたい事があるんだが、話は後だな。とりあえず、奴らが戻る前にさっさとトンズラするか。しばらく、おとなしくしてろよ」
「え、ちょ……うわわっ!?」
竜人は片手で軽々と薫を肩に担ぎ上げ、牢屋から抜け出した。
そのまま部屋を横断して出口へと向かうかと思いきや、竜人の歩みがピタリと止まった。
「ど、どうしました……?」
「…勿体ねぇな」
そう呟いた彼の視線の先にはテーブルに積まれた大量の金貨と宝石類。すると、彼はおもむろに肩掛けの大きな革袋の口を広げ、箒で塵でも集めるかのようにそれらを袋の中へとかき集め始めた。
「い、いいんですか!?それ、絶対何処かから奪われたものだと思うんですけど!?」
「なぁに、そう固いこと言うんじゃねぇよ。奪われた奴だって盗られたモンが戻ってくるのはほとんど諦めてんだ。奴らの私腹を肥やさせるくらいなら、善良なこの俺様が有効に活用してやった方がいいに決まってんだろ」
「で、ですが……!」
薫が言い淀んでいる間にも竜人は金品を限界までかき集め、袋に収まらなくなるとポケットにまでねじ込んでいく。最後にそれらの中でも最も価値がありそうな黄金のサークレットを薫の頭に被せた。
「さぁて、これで思い残すことはねぇな。酒も切れちまったし、さっさとずらかるとするか」
「…いいのかなぁ……」
さりげなく共犯にされた薫を抱え、竜人は先ほどよりも幾分軽い足取りで扉へと向かっていく。
これからどうなるのかもわからない不安を覚え、薫が顔を俯かせたーーーその時であった。
「うぉおおおーーーっ!!」
牢屋から飛び出し、雄叫びを上げて向かってくるのは先ほど竜人によって殴り倒された牛人であった。瞳は血走り、殺意に満ちた瞳は真っ直ぐに薫達を見据えている。
「う、うわぁあああっ!?う、後ろ!後ろです!」
「ああ?」
切羽詰まった薫の声に少し遅れて竜人が振り返るが、既に牛人は距離を詰め、竜人に向かって全体重を乗せてタックル。このまま押し倒し、あとは怒りに任せて拳を振るうーーーはずであった。
「…あれ?」
牛人が気の抜けた声を洩らす。彼の体格と体重を考えれば最良の手段であったはずだが、竜人は倒れるどころか、その場から微塵も動かなかった。
まるで、地面に深く根を張る大樹にぶつかったように。不思議そうに見上げてくる牛人に対し、竜人はニッコリと満面の笑みを浮かべ、おもいっきり拳を振り下ろした。
「ぅごふ……っ!?」
牢屋での一撃が手加減であったと思わせるほど痛々しい音が響き渡り、牛人は再び床に沈んだ。恐らく、明日の朝まで目覚めることはないだろう。そう確信させるほどの一撃であった。
「ったく、余計な手間掛けさせやがって。こっちは急いでるってのに。待たせたな。しっかり掴まってろよ」
「は、はい……」
竜人は牛人を殴るために手放した革袋を抱え、妨害された遅れを取り戻すように駆け出した。
なんだか、とんでもない人に助けられてしまったかもしれない。そう思う薫を抱えながら。
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