ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第一章 境界を越えて

危機

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薫が自分の置かれている状況を把握して数刻後、彼が囚われている宝物庫は賑やかな喧騒に包まれていた。

部屋に集まっているのは、先ほどの狼人や蜥蜴人と同様の獣人達と屈強にして人相の悪い人間の男達。あまり衛生面を気にする方々ではないらしく、男臭というか獣臭というか、むせかえるような匂いが部屋に満ちていた。

どうやら宴会ついでに宝の山分けをしているらしく、時折聞こえてくる会話の内容から察するに、どうやら彼らはこの一帯を狩場とする盗賊団のようである。薫は不幸にも、彼らの縄張りのド真ん中に迷い込んでしまったようだ。

そんな中、牢屋の隅に膝を抱え、薫はなるべく彼らの視界に入らぬよう呼吸を殺して格子の外を見つめていた。

普通、こういった状況に陥った物語の主人公は何かしら特殊な力を得て絶望的状況を打破するものだが、いくら念じてみてもそれらしい力の発現は見られなかった。

反抗の牙は先ほど喰らった一撃ですっかり抜け落ち、恐怖に支配された体は思うように動いてくれない。このままではどこかに売り飛ばされてしまうのは間違いないのだが、腹部に根深く残る疼くような痛みが薫に一切の行動を許さなかった。

「あーっ!親分ずるいッスよ!さっきから良いモンばっかり取り過ぎです!」

「バカ野郎!誰のおかげでメシにありつけると思ってんだ!全部俺の作戦が上手くいってるからだろうがっ!」

何やら騒がしいと思えば、彼らの親玉だろう真っ赤なバンダナを頭に巻いた茶色の毛並みをした一際大柄の牛人が大きな黄金の塊を掲げ、足下にすがり付く手下の犬人をテーブルから蹴倒していた。転げ落ちた犬人は床に広げられた酒と干し肉のつまみを下敷きにし、そこで彼を中心に新たな乱闘が始まった。

まったくもって、騒がしいことこの上無い。しかし、今の薫に苦情を口にするだけの勇気は無かった。

だが、ほんの一瞬だけ薫は牛人と目が合った。慌てて視線を逸らすも既に遅く、テーブルから飛び降りた牛人は薫へと歩み寄り、格子越しに彼を見下ろした。

「うう……っ」

「ほぉ~……どんなもんかと思ったが、こりゃ確かに上玉だな。ここまでの奴はなかなか見ねぇ。街の娼館にでも引っ張りゃ、なかなかの儲けになりそうだ」

ジロジロと満遍なく舐め回してくるような牛人の視線から逃れようとする薫だが、遮蔽物が無ければどうしようもない。とりあえず壁を見つめてなるべく視線を気にしないようにしていたのだが、彼にとって薫の行動は獣欲を刺激するものがあったようだ。

「へっへっ……悪かねぇ。だが、このまま売っ払うのは勿体ねぇな。どれ、具合でも確かめておくか!」

「ひっ……!」

具合を確かめるとは、やはりそういう意味なのだろうか。真っ青になる薫の姿に鼻息荒くべろりと重厚な舌で口元を舐め、ヤル気になったらしい牛人が鍵を手に戸の錠に手を掛けた。

だが、先ほどの狼人が横から手を伸ばし、彼の丸太のような腕を掴んだ。

「親分、今回は止めといた方がいいぜ。前にもそんなこと言って商品を壊しちまっただろうが。せっかく高く売れそうな奴なんだ。飢えてんのはわかるが、どうせこいつも娼館に並ぶ羽目になるんだ。抱くのはその時でもいいだろ?」

「わかってねぇなぁ。他の奴の唾がついてねぇ初物だから価値があるんだろうが。それにな、こんなちっこい奴なんだぞ。タチの悪い客が付いたら一月持たずに壊れちまう。なら、新品の内に喰っちまった方がいいだろうが」

何やら静かな言い争いが始まったが、薫にとっては遅いか早いかくらいの違いでしかない。

いっそのこと逃がしてはもらえないだろうかという万が一にも有り得ない可能性に思いを寄せる薫であったが、その時、部屋の扉が勢い良く開かれ、下っ端らしき薄汚れた服の小柄な鼠人がドタバタと転がり込んできた。

「なんだ!?今それどころじゃーーー」

「お、親分、一大事だ!傭兵の連中が乗り込んできやがったんだ!もう外は囲まれちまってる!」

鼠人の言葉によって、宴会ムードは一瞬にしてお葬式の静けさへ。その直後、室内は混乱の極みへと陥った。

「どっ、どどどどうすんだ!?今残ってるのはどれくらいだ!?」

「まだ別グループが戻ってねぇぞ!向こうは!?向こうの頭数は!?」

「もう、さっさと逃げた方がいいんじゃねぇか!?こんなところで死ねるかよ!」

「落ち着け!このバカ野郎どもッ!!」

さすがは悪党を纏め上げる頭目といったところか。牛人の一喝により、浮き足立っていた雰囲気を一瞬にして冷却させた。

「よくよく考えろ。残りの奴らが戻ってくるまで堪えりゃ、奴らを挟撃出来るんだ。それに、地の利はこっちにある。いくら手練れ連中が相手だろうが、頭数で押し切っちまえば問題ねぇ。そうだろうが?」

短時間で有効的な戦略を立てられるあたり、牛人も単に腕っぷしだけで今の地位にのしあがったわけではないらしい。その合理的な判断に納得したか、子分連中は揃って首を頷かせた。

「よし、騒いでる暇があるなら、さっさと外に行って連中を足止めしてこい!いいか、まともに戦うんじゃねぇぞ。バリケード作って、石でも武器でも何でも投げて連中を近付かせるな!」

『おおっ!!』

先ほどまでの混乱が嘘のように、盗賊達は我先にと部屋を飛び出していった。足音は徐々に離れていき、部屋に残されたのは大量の宝と牛人、そして囚われの薫。

「さて……と」

振り返った牛人の眼差しが、密かに石を手に鍵を壊そうと試みていた薫へと向けられる。その視線に射抜かれ、ポトリと薫の手から石が転がり落ちた。

「う……な、何ですか?他の人達はもう行っちゃいましたよ?早く行かなくていいんですか?」

「くっくっくっ……なぁに、すぐに追い掛けるさ。先に、用事を終わらせてからな」

意味深に笑い、牛人は歩み寄るなり格子戸の鍵を開けた。そのまま解放してくれれば一番良かったのだが、身体を屈めて中に入ってきた牛人は格子戸の前に立ち塞がる。

追い詰められ、壁に背中をつける薫の頬を冷たい汗が流れ落ちた。

「別働隊が到着すりゃ、傭兵共なんざ片付けるのは簡単だ。可愛い子分がバカ共を片付けてる間に、こっちはこっちで楽しもうじゃねぇか」

「や、やだ、やだぁ……っ!」

両腕を広げて、牛人は怯える薫の反応を楽しむかのようにゆっくりと詰め寄ってくる。ここで捕まってしまえば、待っているのは尊厳をズタズタに引き裂く徹底的な陵辱。小柄な薫の抵抗など、見上げるような巨体を持つ相手にしてみれば何の効果も無いだろう。

「う……うわぁあああーーーーーーっ!」

恐怖に触発されたか、薫は拳を握りしめ、牛人へと立ち向かっていった。

だが、数年間に及ぶ彼の努力によって培われたはずの一撃は、あまりにも切ない。薫の拳は牛人の鋼のような腹筋をペチンと叩き、逆にお返しとばかりの強烈な張り手が彼の右頬を打った。

圧倒的な力量差を前に薫の身体は壁に叩きつけられ、座り込む。灼熱するように頬が熱い。痛みと絶望に身体は震え、瞳からとめどなく涙が溢れ出した。

「ただの臆病者かと思ったが、結構やるじゃねぇか。そういうのは嫌いじゃねぇよ。お前みたいな奴が敵うわけもねぇのに必死こいて抵抗する姿……くっくっ、そそるじゃねぇか」

「や、やぁ……っ」

薫を壁に押さえ付け、牛人の分厚い舌が身動きの取れない彼の頬を舐める。犬が飼い主とのコミュニケーションを図るためのそれとは違う、情欲、肉欲に満ちた行為。

さらに煩わしいとばかりに牛人は薫の服を掴み、紙でも破るように引き裂いた。あまり筋肉のついていない牛人とは対照的の白い肌が晒され、首筋に牛人の舌が這い回り、無骨な腕が肌を撫で回してくる。

そういった本から得た知識はあっても、このような行為に及ぶのは薫も初めてのことであったが、そこに快感は無く、純粋な恐怖のみ。身体を震わせる薫を横目に、牛人はさも楽しげな笑みを浮かべた。

「や、やめてっ!いやだぁっ!!」 

「泣き喚きたきゃ構わねぇぞ。そういう奴を悲鳴が枯れるまで犯し抜いてこそ悪党の矜持ってもんだろうが」

恐ろしすぎて声も出ない、悲鳴を上げたところで誰が助けに来るわけでもない。薫は固く瞳を閉じたまま、緊張に身体を強張らせる。

そんな彼の反応を満足げに眺めながら、牛人は丹念に薫の柔肌と反応を味わう。

だが、彼はそれに没頭するあまり気付かなかったのだ。自身の背後に忍び寄る、ある人物の存在に。

「ふんぐッ!?」

「え……っ?」

突如、ゴツンという痛々しく鈍い音が牢屋内に響いた。同時に牛人からの愛撫が止み、瞳を固く閉じていた薫がゆっくりと瞳を開くと、牛人は白目を向いて横倒しに倒れ込んだ。
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