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3話 冷酷公爵

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⸺⸺ディオール領、ディオール公爵の屋敷⸺⸺

 馬車から降ろされたそこは、僕のご主人様の屋敷の敷地とは比べ物にならないくらいに広大で、屋敷と言うよりむしろ"城"だった。

 圧巻のその屋敷をポカンと見上げていると使用人が顔を出し、中へと招き入れてくれた。
 きっとこの1階ロビーでまたすぐに追い返されるんだと、そう思っていたのに、あれよあれよと3階まで誘導された。

 ディオール公爵。レイカルド王国ディオール領の領主様で、本名ランス・イリーナ・レイカルド。年齢は30歳で、国王様の甥に当たるお方だ。更には"魔道将軍"の称号を有しており、その無慈悲な戦いぶりから"冷酷公爵"との異名も付いている。
 それでも王族という肩書きが魅力的だからか、その整った容姿に惹かれるからか、国中の有力者がこぞって自分の娘を嫁がせようとしていた。
 それは僕のご主人様であるセネト伯爵も例外ではない。だからこそ、僕が今こうしてここに来させられているのだ。

⸺⸺

 3階の最奥の部屋まで案内され、使用人は当たり前のように「こちらがランス様のお部屋になります。中でランス様がお待ちです」と言い放った。

「えっ……あの、ランス様にお目にかかれるのですか……?」
 なるべく高いトーンでそう尋ねる。使用人はにっこり笑って「はい」と返事をした。

 あれ、門前払いされるんじゃないの!?
 僕今からアイーダお嬢様としてランス様と対峙するの!? そんな話聞いてないんだけど。どうしよう、どうしよう。
 急に怖くなってきて体中がぶるぶると震え出す。バレた時のことをあれこれ想像してしまったからだ。
 そんな僕などお構いなしに、使用人は扉越しに「セネト卿のご令嬢がいらしゃいました」と話しかけてしまっていた。

「通せ」
 扉の向こうからそう短く低いトーンで言葉が返ってくる。すると、使用人はすぐに扉を開き、僕を室内へと誘導した。

 うつむきながら恐る恐る室内へと足を踏み入れる。怖くて顔は上げられない。ランス様の足元だけが視界に入っていた。ソファに座って足を組んでいるらしい。

「茶などいらないと言っただろう」
 どうやら僕の後ろに控えている使用人に言ったらしい。
「しかし、旦那様が……」
「全く父上は……少し挨拶するだけでいいから顔を出せと言われただけだぞ俺は。いいから下げろ」
「かしこまりました」

 僕の事はガン無視で事が進んでいく。耐えきれなくなった僕は少しだけ顔を上げてランス様の様子をうかがった。
「ぁっ……!」
「……」
 バチッと重なる視線。僕の事見てたんだ……。その凍りつく様な生気の宿っていない冷たい視線に思わず目をきゅっと瞑り、より一層震えが増してしまった。
「……お前……」
 うわぁ遂に話しかけられた……。
「……は、はい……」
 目を瞑ったままそう返事をする。

 しかし、彼の言葉は僕ではなく部屋から出ていこうとしている使用人に続けられた。
「リオナ、やはり気が変わった。その紅茶と菓子を出してやれ」
 リオナと呼ばれた使用人は嬉しそうに「はい、ただいま!」と返事をし、コトン、コトンと机の上に丁寧にティーカップを並べる音が聞こえてきた。
「俺が出ていくまで誰も入らないようにと周知しろ。見張りの衛兵も必要ない」
「はい、かしこまりました! それでは、失礼致します」
 カチャ、と扉の閉まる音が聞こえ、辺りがしんと静まり返る。

「おい、目を開けて顔を上げろ」
 彼の声が真上から聞こえ、思わずビクッと身体を震わせる。
 そして、恐る恐る目を開けながら顔を上げると、さっきまでソファに座っていたはずのランス様が僕の目の前に立っていた。
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