海の嘘と空の真実

魔瑠琥&紗悠理

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第一章

第三話「牡丹は、心花の色。」その陸

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日曜日の朝。私は目が覚めると時計を確認した。

午前8時。恭司君との待ち合わせまで残り三時間。すっかり眠ってしまった私は慌てて洗面台に駆け出した。女性にとっての3時間は短い。洗顔とうがいを済ませ、朝食を摂る。

「そんげ急いで食べてどんげしたと?」

祖父がいきなり聞いてきたもんだから、頬張った目玉焼きを吹き出しそうになった。

「今日は友達とお出掛けするんよ。やけん急いで準備せんと」

武彦が不思議そうにこちらを見ていた。そうだ、武彦はどうしよう。連れて行くべきだろうか。

「お友達と遊ぶんやけど、武彦も行きたい?」

「行きたい!!」

「分かった。じゃあお祖母ちゃんに準備してもらいなさい。お母さんも準備してくるからね」

ご馳走様と手を合わせ、再度洗面台に向かう。歯磨きを終え、昨日選んだ服に着替える。それからポーチを取り出すと、メイクを始めた。最近は仕事用の薄いメイクしかしていなかったけど、もう少し可愛くしていきたいな。メイクをする過程でアイシャドウを探そうとポーチの中を探ると、1つの口紅が出てきた。
_____

「悠希ちゃん、はい、これ。お誕生日おめでとう!」

「ええ!?ありがとう!嬉しい。今見てもいい?」

「もちろん!悠希ちゃんに似合うと思ったんだ」

_____

史恵が、私の誕生日にプレゼントしてくれた口紅。親友の史恵が言うのだから、私が1番似合う色はこれなんだと思う。私はビビットピンクのそれを自分の唇に塗り、鏡を直視した。鮮やかな色が私の元気なイメージとよく合っている、と彼女は言っていた。

「……たしかに似合うかも?」

まじまじと自分の顔を凝視し、鏡に向かってはにかんでみせた。いつもより華やかな自分の顔が新鮮だった。

次はヘアセットだ。仕事の息抜きと言われているのに気合いを入れてると思われたくなくて、いつも通りに結う。けれど、毛先だけ少し巻いてみた。高い位置で髪を括ると、自然と自分のテンションも高くなっていた。

玄関にある全身鏡に自分の姿を映すと、昨日全力で決めたはずの服装が何故か微妙に見えた。メイクやヘアセットを頑張ったから、きっと釣り合わないんだ。若しくは、昨日は浮かれすぎていたのかもしれない。クロゼットから薄手のカーディガンを羽織ってみると、メイクと相まってより良く見えた。

「武彦、準備できた?」

玄関から気持ち大きめの声で問いかけると、祖母と一緒にやって来た。

「そんげおしゃれして。珍しいっちゃね」

「おかあしゃん!!」

祖母の言葉に苦笑いしながら、私服に着替えた武彦を抱きかかえる。腕時計を確認すると10時40分だった。11時に集合予定だが、早めに到着しておきたい。玄関に掛けてあったショルダーバッグを肩にかけて、編み上げサンダルに足を通した。

「行ってきます」

空は雲一つなくて、今日は特別な日だから、神様も陽の光を与えてくれたのだろうと思う。私は武彦とお喋りをしながら公園まで歩いた。到着したのは10時45分頃。公園にある時計に何度も目をやってしまう自分が少し恥ずかしかった。時間が過ぎるのが遅くて、もう少し遅くても良かったなと後悔する。こんなに楽しみにしているのは自分だけかもしれない。こっちは車が通るだけで緊張しているのに……!!

武彦は待っている間、公園のブランコで遊んでいた。武彦は遊具の中でブランコがお気に入りだ。

「おかあしゃん!背中、おして!」

私がブランコを押してあげると、武彦は楽しそうに声をあげて笑う。私はその笑顔を見るのが大好きだ。

しばらくすると、公園の前に一台の車が止まった。私はブランコをゆっくり止めると、武彦の手を取る。車から降りてきたのは、恭司君だった。私服姿の恭司君に思わず見入ってしまう。私と目が合うと、恭司君は笑顔で手を振ってきた。

「綾瀬、おはよ!」

「お、おはようっ!ほら、武彦も挨拶しよう。おはようございますって」

「おはよおごじゃいます!」

慣れないタメ口と慣れない敬語の連鎖。恭司君は可笑しそうに笑うと、武彦の目の前でしゃがんだ。

「君がお母さんの子供なんだね。初めまして。武彦君、でいいのか?俺は綾瀬の友達の恭司。よろしくな」

「きょーじ、よろしく!」

いきなりの呼び捨てに焦る。私だってまだ、君付けなのに……!?

「いいんだよ。綾瀬が遠慮気味なだけだぜ?タメ口もまだ下手だしな」

「それは否定できない……かな」

「だろ?」

そう言って笑う恭司君は、私をからかっているみたいだったけど、嫌な気は全然しなかった。すると、恭司君が時計を見た。

「もうすぐで11時だな。昼前だし、どっか食べにでも行くか」

私は頷き、恭司君に促され、車に乗り込もうとしたところで、大事なことに気が付いてしまった。

「待って。チャイルドシートのこと、すっかり忘れてた」

6歳未満の子供にはチャイルドシートの着用義務がある。

「あぁ、それなら心配いらないよ」

恭司君の言葉を不思議に思いつつ、後ろのドアを開けると、そこにはチャイルドシートがあった。

「え、なんで!?わざわざ用意してくれたん!?」

「いや、姉貴のを借りてきただけだよ」

私は驚きを隠せなかった。

「恭華さん、結婚されてるんですか」

「まあ、な。流産したからそれも使ったことないんだよ」

まずい事を聞いてしまった気がした。冷たい空気の中で、武彦のはしゃぐ声だけが響く。だが、それを察したかのように恭司君が付け足した。

「べつに気にしなくていいからな。俺が勝手に話しただけだから」

「でもこの話になったのは、私が原因」

「いや、いいんだよ。綾瀬なら」

私なら大丈夫、という言葉がいまいち分からなかったけれど、これ以上空気を重くしたくないから、そっか、とだけ返した。武彦をチャイルドシートに乗せてから、私は助手席に座った。

車のエンジンが音を出す。

「そういえば綾瀬さ、いつもと雰囲気違うよな。最初見た時びっくりしたぜ」

「それ、褒めてるの?」

「あぁ、もちろん。綺麗だって褒めてるんだ。とくにその口紅とか、俺化粧とか分かんねえけど、綾瀬によく似合ってるな」

私は全身に血が巡ったかのように熱くなった。恭司君は素直だから、綺麗だとか似合うとか、言葉できちんと伝えてくれる。

「ほんと?ありがとう。恭司君も、素敵、です!」

緊張して上手く言えない。

「あ、敬語禁止だってば。どんな罰がいいか、考えとけよな」

「ええっ!?」

罰という言葉に戸惑うも、口角は自然と上がってしまっていた。褒められちゃったよ!!史恵~!!ありがとうっ!!

こうして恭司君との一日が始まった。


第三話「牡丹は、心花ときめきの色」完

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