未来を夢に忘れて

野田莉帆

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電車は走るべきか

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 学校の帰り道。横断歩道で信号を待つ間、私はずっと考えていた。

 ——恋い焦がれるものが、手袋? なぜ? 先生には手がかじかんで、絵が描けなくなった経験でもあるのだろうか。

 信号は、なかなか青にならない。考えるのに気を取られて、何回か信号が変わったことに気づかなかったのかもしれなかった。

 やっと青になる。信号を渡る。
 駅前のロータリーでは、タクシーの運転手が車にもたれかかって煙草をくゆらせている。
 そして、運転手の言ったセリフが私の耳に残った。

「地上には邪魔なやつが多すぎる」

 私が横目で見たタクシーは、左前の部分が凹んでいて、ランプが半壊していた——。

 階段を下りる。地下へと潜る。
 足裏のしびれが、まだ取れていない。
 足取りは、ぎこちないものになった。
 ようやく私は、答えの出ないことで考えるのをやめた。

 腕時計で時間を確認すると、もうすぐ16時になろうとしているところだった。この時間。人はまばらで、ゆっくり歩いていても邪魔にはならないので、ほっとする。周りの人は、私と同じ学校の制服を着ている人が大半を占めている。

 ホームについた。すでに電車は停車していて、発車時刻になるのを待っていた。乗りこむと、始発駅だから空席が目立つ。私は扉から1番近い席に座った。

 通常、人は端から埋めていくようにして座る。左に座り、右に座り、次は真ん中、というように。見ず知らずの人と空間を共有しなければならない場所だから、人は少しでも人と距離を取ろうとしているのかもしれなかった。

 でも、今日は。たくさん席が空いているにも関わらず、隣に座ってくる人がいた。嫌だな、と私は思った。こういう時にはデメリットこそあれ、メリットはあまりない。

 時間を聞かれたり、道を聞かれたり、「私にも、あんたみたいな孫がおってねえ」と取り留めのない話をされたりするくらいなら、まだいい。が、時には「あなたは幸せですか」と聞かれて「本をもらってほしい」と、せがまれる。

 隣に座った人を視界の端で捉える。40歳くらいの女性だった。視界を邪魔しそうな、できものが目の端にある。おばさんは気にしていないようなのに、私が気になってしまって思わす見てしまった。目が、合う。

 一見して目立つところはない、普通の人そうだった。太っているわけでも痩せているわけでもない。背が高いわけでも低いわけでもない。

 長い髪を後ろで1つに束ねていて、ジーンズに黒のタートルネックという出で立ち。ジャケットと鞄を膝の上に抱えている。おばさんは、口の端を引きつらせて笑った。

「今、学校の帰り?」

「あ、はい」

 私は通学用の鞄を抱きしめながら、応えた。

「その制服、懐かしい。私ね、その学校の卒業生なんだ」

 おばさんが嬉しそうに言う。明瞭で聞き取りやすい声だった。私は、会話を続けることを選んだ。

「そうなんですね。地元なんですか?」

「うん。ずっと、この辺に住んでる。あなたは?」

「私も、です」

 同じ高校と聞いただけで何も知らないはずの人に、私は親近感を覚えていた。

「発車します、ご注意ください」という耳慣れたアナウンスと共に、電車が滑るように走り出す。私は、椅子に深く腰をかけて、電車に身をまかせた。ガタンゴトンと揺れるリズムが、心地よく感じた。
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