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31話 女の勘は鋭い
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区役所を出て、最寄り駅へ戻る。
終バスに乗ってきたので、帰りはタクシーを使う予定だった。
駅のタクシー乗り場に列ができていたのは予想外。
あまり利用しないから知らなかっただけで、普段から平日の夜でも混んでいるのかもしれない。
「……歩く?」
「歩こうか」
急遽、タクシーでの帰宅を断念した。
徒歩で50分くらいかかる道のり。
のんびりと家路に向かう。
辺りが暗くて相手の表情までは窺い知れない。
月明かりのない夜の、顔の見えない会話。
駅から離れるに連れて、アオイくんと初めて会った日の夜にシチュエーションが似通ってきた。
妙な緊張感を覚えた私は、最近の話題を振る。
「学祭の準備は進んでる?」
「ぼちぼちかな」
ここのところ土曜日も彼が大学に行っていたのは、学祭の準備のためだったらしい。
ちなみに、私の大学は先週に学祭を終えたばかりだった。
「4年生が準備に参加するなんて珍しいよね?」
大学4年生は就職活動や卒業論文で忙しいという大義名分のもとに。
後輩に遠慮して、学祭の準備に参加しない傾向がある。
当日に顔を出さない人も多い。
「後輩に頼まれちゃったからね」
あくまでも仕方なく、というスタンスを強調する台詞が返ってきた。
ちょっと間が空いて、彼は思い出したようにして笑う。
「1回は断ったんだけど、じゃんけんで負けたんだ」
後輩っていうのは、きっと女の子なんだろうな。
雰囲気から直感でわかる。
女の勘は別に鋭くなくていいところで、鋭い。
「頼られるのが好きなんだね」
嫌みっぽくならないように気をつけながら、私は言葉を口にした。
穏やかな声で、ゆっくりと彼は言う。
「単純に、嬉しいよね」
この言葉は、私に対しての「頼ってくれたらいい」発言に繋がっている。
基本的に、彼は優しい。
「演劇ってことは、ステージに立つの?」
「立たない、立たない」
「そうなの? 何なら動画を撮りに行くぐらいのつもりでいたけど」
「さすがに、4年生が1人で立つのはね」
彼は苦笑していた。
気まずさや居心地の悪さみたいなものが、彼のなかにもあるのかもしれない。
「じゃあ、何するの?」
「照明とか、音響とか」
「1日中?」
「2日中」
「すごいね」
学祭のステージに携わったことがないので、よくわからないけど。
想像しただけで大変そうだな、と思う。
1ミリの甘さもない過酷な現場なのかもしれない、なんて。
結論を導き出しそうになった。
こっそり探りを入れながら話していた自分に気がついて、私が私に呆れる。
「今日も朝から準備?」
「うん。ごめん、慌ただしくて」
彼の申し訳なさそうな声を受け止めながら。
余計なことを聞いちゃったな、と私は思った。
終バスに乗ってきたので、帰りはタクシーを使う予定だった。
駅のタクシー乗り場に列ができていたのは予想外。
あまり利用しないから知らなかっただけで、普段から平日の夜でも混んでいるのかもしれない。
「……歩く?」
「歩こうか」
急遽、タクシーでの帰宅を断念した。
徒歩で50分くらいかかる道のり。
のんびりと家路に向かう。
辺りが暗くて相手の表情までは窺い知れない。
月明かりのない夜の、顔の見えない会話。
駅から離れるに連れて、アオイくんと初めて会った日の夜にシチュエーションが似通ってきた。
妙な緊張感を覚えた私は、最近の話題を振る。
「学祭の準備は進んでる?」
「ぼちぼちかな」
ここのところ土曜日も彼が大学に行っていたのは、学祭の準備のためだったらしい。
ちなみに、私の大学は先週に学祭を終えたばかりだった。
「4年生が準備に参加するなんて珍しいよね?」
大学4年生は就職活動や卒業論文で忙しいという大義名分のもとに。
後輩に遠慮して、学祭の準備に参加しない傾向がある。
当日に顔を出さない人も多い。
「後輩に頼まれちゃったからね」
あくまでも仕方なく、というスタンスを強調する台詞が返ってきた。
ちょっと間が空いて、彼は思い出したようにして笑う。
「1回は断ったんだけど、じゃんけんで負けたんだ」
後輩っていうのは、きっと女の子なんだろうな。
雰囲気から直感でわかる。
女の勘は別に鋭くなくていいところで、鋭い。
「頼られるのが好きなんだね」
嫌みっぽくならないように気をつけながら、私は言葉を口にした。
穏やかな声で、ゆっくりと彼は言う。
「単純に、嬉しいよね」
この言葉は、私に対しての「頼ってくれたらいい」発言に繋がっている。
基本的に、彼は優しい。
「演劇ってことは、ステージに立つの?」
「立たない、立たない」
「そうなの? 何なら動画を撮りに行くぐらいのつもりでいたけど」
「さすがに、4年生が1人で立つのはね」
彼は苦笑していた。
気まずさや居心地の悪さみたいなものが、彼のなかにもあるのかもしれない。
「じゃあ、何するの?」
「照明とか、音響とか」
「1日中?」
「2日中」
「すごいね」
学祭のステージに携わったことがないので、よくわからないけど。
想像しただけで大変そうだな、と思う。
1ミリの甘さもない過酷な現場なのかもしれない、なんて。
結論を導き出しそうになった。
こっそり探りを入れながら話していた自分に気がついて、私が私に呆れる。
「今日も朝から準備?」
「うん。ごめん、慌ただしくて」
彼の申し訳なさそうな声を受け止めながら。
余計なことを聞いちゃったな、と私は思った。
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