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しおりを挟む突然こんな事を言い出すのは元魔王としてはどうかと思う。だが、今現在、我はちょっと魔法が使えすぎて毒と呪いの類の効かないだけの女の子なので、口を大にして叫んだとて問題ないと思って敢えて言葉にしよう。
……美味しくないものよりも苦手なのは、実は可愛いものなのだ。
疑問を浮かべたものも多いはずだが、まずは我の話を聞いてもらいたい。天敵っているだろう?どうしても対処しきれない相性悪い相手の事だ。
可愛いものと美味しいものを盾にされてしまうと、我、ちょっと手も足も出ない。…例えば、
「「「「「お願いしますッ!」」」」」
人型にしただけで元々はサソリ娘だと分かっていても美少女達に涙目で見上げられたり、
「ありすさま、…ゔぃーが近くにいるの、いやメェ?」
擬態しているだけで元々は半虫族の成人男性だと知っていても、見た目可愛い羊の人形が、しょんぼりと分かりやすく落ち込んで見せてきたら、我、嫌も駄目も言えない!そのくらい、我の中では可愛いものと美味しいものは正義である。自分の欲に素直な自分が憎い。
例え元配下がチョロいと我のことを思っていたとしても!
「……ッ…!…………分かった…!」
恐らくこれがアリスになってから我が初めて自覚ありで折れた瞬間だった。
「…アリス様、甘過ぎです(ドヴィアデズのわがままは素直に聞くんですか効くんですね。知ってましたけど。小動物とかに弱い事もしってますけど。それにしても押し負けるの早くないですか?)」
ラギアの目が冷たいっ!視線でつらつら語るな!雄弁な視線に、我はそろそろ屈しそう。配下ごとに対応違い過ぎだと!?……ごめんて!!
我は今、美少女達と愛らしい人形に囲まれながら、虚な目で我を見続けるラギアから目を逸らし続けていた。どうしてこうなったのか?
では、我がドヴィアデズの使者達に触れ、転移をしたところまで遡ろうではないか。
ドヴィアデズの住処は案の定、地中にあった。地中というか、…恐らく迷宮の中に。アリスとしての人生で2回目の迷宮だな!うむ。……何もない。
我の部屋から転移魔法で着いた空間には、ただただどこまでも続いている砂の大地と同じく真っ青な大空がひろがるだけだ。建物も無いし、植物も勿論無い。
…我の配下が手を加えた迷宮って何で"何もない"がお決まりなのだろうか。我はそんな迷宮の作り方を教えた事はないぞ!ひたすら勇者を追い詰め嫌がらせをしまくる仕掛けばかりの楽しい迷宮の作り方は教えたが!
しかし、この程度の事で動揺する我では無い。以前もやったように魔力を眼に集中させてこの迷宮の実態を見れば…!…み、れば…。……。
「帰る…」
「「「「「早っ!」」」」」
魔眼状態のこの眼に見えたのは、廃墟でも人の慣れの果てでもない。ついでに金銀財宝なんかでもない。まあ、ここに住み着いている相手が相手。そこから推測出来るものが転がっていたと言っておこうか。
…せめて豚肉なら焼いて食べる気になったのだが。
「帰らないでくださいっ!」
「やだ!」
「私たちがアレらと同じ状態になってもいいんですか!?」
……我が帰ろうとしている理由に心当たりがあるということは、これを見たことがあるのか。…いや、見せられたのか。我を連れてこれなければこうなるぞという意味を込めて。うーむ…。
「…それもそうだな。人型だと良心が痛むから元の姿に戻しておこう」
「人型じゃなければいいんですか!?」
縋り付いてきた長女(いつも最初に口を開くから長女でいいだろう)が、ひとでなしと叫ぶ。いや、別にその程度言われ慣れているから罪悪感も何も感じないのだが…。
「…我がお前達を木っ端微塵にしようとしてた事を忘れてるだろう」
「……同類みたいにバラバラにされた上、綺麗に部位ごと並べて残して、標本の一部にされるよりはそっちの方がまだマシです…!」
…我、折角言わないでおいたのに。
残りの4人娘も身を寄せ合ってガタガタ震えている。ドヴィアデズによる使者教育は、余程精神に突き刺さったらしい。それもそうか。彼奴なら従わせる為だけに目の前で何の感情も無く同胞を解体するだろうし。
それにしても、まさか迷宮を標本代わりにするか。既成概念にとらわれないあたりが流石我の元配下だ。
料理長も言っていた。紙とペンが無いのなら、その辺の煉瓦や石に水魔法の応用で文字を刻んで、あとはそれらを収納してしまえばいいのだと。つまり、ドヴィアデズは迷宮をノート代わりにしたのだろう。資源を無駄にしない。素晴らしい活用法だな!
「あの悲痛な声が頭の中から離れないんですよぉおおおお!」
「痛い…!ぜったいいたい…!無理…!」
「怖い!失神も出来ないぃ…!」
うむ。どのくらい悲痛だったのかは、この娘達の必至具合から推察出来る。ドヴィアデズがあまり変わっていないことだけは分かった。
「酷い言い草メェ。優しくしたメェ。ちゃんと麻酔を使ってやったメェ。効果が切れる頃には叫べる状態じゃ無いから静かだったメェ」
そっかー。麻酔を使ったのかー。
それは確かに優しくなったものだ。
前同族の奴らを潰した時は麻酔無しで、今この迷宮内で起きている事と同じ事をしてたものだから、奴の領地の方角から吹く風は様々な悲鳴を届けてくれていたし。
そう考えれば可愛らしくなったな。ついでに可愛らしい声が聞こえたな。…足元から。
同世代と比べても小さい我が下を向けば、我の膝丈くらいの羊の人形が、2足で立って我を見上げてメェと鳴いた。
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