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74. 料理長side

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「…はぁ?"魔王"?」

アリスの力で王都までの最短記録を更新したという驚きの日に、料理長はまたもやギルドに呼び出しを食らった。
今回はアリスを待たせている為余計に機嫌が悪い。自分が居ない間にまた喧嘩を売る無礼者がまだいるかもしれない。この間、ついでに絞っておいたが、学習能力が著しく低い冒険者というのは一定数存在するから。

だからせめて、さっさとアリスの元へと戻りたいのに、原因不明の魔獣暴走が起きたとか、明らかに何者かの支配を受けて統率の取れた動きで魔物たちが移動しているとか、現在数は増えに増えて、うち8割は冒険者の従魔や魔獣ギルドの"飼われた魔獣"だとか、本当にいい加減にして欲しいものだ。
どこの誰の不手際か知らないが、明らかに侵攻を受けている。

そんな状況で、"雷帝"と"雪姫"が原因の究明のために場合によっては出国し、料理長と"炎槍"は今向かわせている冒険者達で歯が立たなかった場合に備えてすぐに現地に向かえとか、人使いが荒い。というか、対応が遅い。それだけでも苛立たしいのに、途中逃亡していた"悪食"が戻って来てから、"悪食"中心に"影使い"のジジイと"聖女"達がアリス様が冠する二つ名について論議を始めやがった。

「帰る」
「いやいやいやいやいや!待とうよ!いいの!?大事な大事なお嬢様が変な二つ名になっても!」

慌てた様子で"悪食"が待ったをかけるが、そんな事、どうとでもできる。

「アリス様に届く前に、知っているものの口が動かないようにしてしまえば、何の問題もないだろう」
「い、一体何をするつもりじゃ…!?」
「……」
「無言が余計怖いよぉ」

その時に持っている料理道具と調味料(水や油の量)によって変わるから、何とは言えない。しかし、釜茹でくらいならいつでも出来るだろう。

「こっわぁい。ほら、カゲのじーちゃん、"魔王"なんてあんな可愛い子に合わないって。切り落とされる前にやめときなよ」
「そうよ、"魔王"だなんて物々しい!もっと可愛いやつ付けましょ!」

若者2人にダメ出しされて"影使い"は萎縮している。

「だ、だって、黒髪と紅目は珍しいんじゃぞ!それこそこの組み合わせは、伝説の魔王くらいしか持ち合わせておらんのだ!魔王の血を引くと言う魔導国の者達の中にすら、この組み合わせを持って生まれた人間は居ない!」

Sランク冒険者の中でもっとも歴史好きの"影使い"は諦めがつかないのか、再度魔王という名を推すものの、女性達から冷たい目を向けられて今度こそ黙り込んだ。

魔王。…魔王か。
その呼び名は特別だ。古代の御伽噺の中でも、ある国の中でも。
だが…アリス様に付けるには、あまりにあのお方が可憐すぎる。と料理長はふと思った。

そしてこんな話が続くなら、後はどうでもいい。窓から飛び出て、アリスの元へ向かう事にした。

料理長がいつもの如くひらりと立ち去った部屋の中では、一頻り女性陣による二つ名候補があれこれ出ていたが、料理長が居ないことにマリムが気付いた。

「あれ。"将軍"居なくなってんじゃん。いいの?"炎槍"は行かなくて」
「……実力を見たい」
「誰の?…あ。アリスちゃんのか」

アリスはエディンで過ごしていた冒険者。恐らく今から蜻蛉返りするのだろう。という判断だった。

「でも早ければ明日にはエディンに魔獣達が到着する予定だよね?"将軍"達もどうやってそれまでに辿り着く気か知らないけど、間に合うの?」
「……ギルマスが、記録水晶をくれた。"将軍"に付けておいた。将軍がいつものように、戦う前に全身強化の魔法をかければ、勝手に発動…」
「いいね!後で怒るだろうけど!」

……と、室内ではそんな話が出ていたが、料理長は知る由もなくアリスと合流した。


そして、とんでもないものを見ている。

「…アリス様、…このスピードは、一体…?」

エディンの隣町から王都に来るまでにすでに驚いた筈だった。約1日で到着など、普通はあり得ない。アリスが浮遊魔法を使えるという事にも驚いたが、更に驚くべきはそれが浮遊魔法ではなく、飛行魔法だったことだ。

魔導国でも未だに未完成で、自身を浮かべるだけでも天才と言われる程なのに。
アリスは浮かぶと移動するという2つを1つに纏めた飛行魔法を息をするように使用している。しかも、あんなにも巨大な無機物に。

行きは何とか平静を装い、料理も熟すだけの余裕があったが、今回は無理だ。

「飛行魔法と風魔法、ついでに結界魔法を使用している」

速度上昇の為の複数同時併用、そして保護の為の結界魔法までも使用しているなど、普通はあり得ない。Sランク冒険者の中でも出来る者がいるか怪しいほどである。

だが、あり得ないのにそれをしているのがアリスならば納得できる。"今の"アリス様であれば。
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