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『あらあら。…まあ。悲惨…』
「…これぞこの世の生き地獄と言うべき所業ではなかろうか……」

流石の我も、同情せざるを得ない…。

我とルシアは、神妙な顔でそれを見ている。
具体的には、痛みのせいで顔を抑えて声も絶え絶えに悶絶している黒マントを。

「折角逃げおおせたというのに、また来たのか。懲りない奴め」

先日我を襲撃したあの男である。

仮面をつけて顔を隠しているからそうなるのだ。たとえフルフェイスだろうが呼吸穴は付いているのだろうし。それでは防ぎようがない。

『やった本人共が何言ってんノヨ』
「いや、だって…コイツが…」
『作業中に急に来るから悪いのですわ』
『他人のせいにしないノ』

……はぁい…。

でも、本当に自業自得だと思うのだが。
何せ、このマントと仮面の怪しい輩は、我とルシアが遊んでいる最中にまたもや我の背後から近づいてきたのだから。

だから振り返った我が手元にて合成していたその真っ赤な粉末を顔に思い切りぶちまけてしまったのは致し方ない事だろう。何せ、粉末だし。

慌てて粉末が飛び散らぬように我らの周囲に結界を張ったのも不可抗力だ。お陰で此奴、鼻や目、口に粉末が付着したせいで、生き地獄を味わう羽目になったのだ。

……やっぱり自業自得では?


ん?…ああ。
何の粉末かといえば、赤くて甘い果実を乾燥させたものを粉末状にしたもの。としか答えようがない。
マチルダ嬢が以前売出方法について考え込んでおったものだ。何でも、この粉末にした果物を使って、水さえあればいつでもどこでも作れる果実水として売り出そうとしていたらしいのだ。

していたらしい、と言うところからもわかる通り、実際には出来なかった。何故ならこの果実…。

乾燥させた状態で粉末にすると、くそ辛くなる。一般的に出回っている香辛料を軽く凌駕し、ひとつまみ料理に入れるだけで舌が痺れて味覚が暫く機能しなくなる程の辛さだそうだ。

まさかそんな特性があるとは露にも思わず、大量に生産してしまい、処分法に困っているらしいのだ。と、言うわけで我にも何かいいアイデアがあればと、果実そのものと、作成された粉末を寄越したのである。
エディンに戻る前に何かいい方法を考えつかねばと思い、ルシアと共に模索中だったのである。リィは刺激臭は無理だからな、部屋で昼寝中だった。

…我らが意図せずぶっかけて、それのせいで顔中が痛くて辛くて暑くて苦しんでいるこの襲撃者が、一番最初にあげたというか、唯一あげることのできた悲鳴に気付いて出てきた。そして我らが悪いというのである。うむううう。

『というカ、何でご主人たちは平気ナノ?』

そういえば、我とルシアも襲撃者と同じ結界内に閉じ込めているような状態だったな。

『私は精霊ですので、肉体的な苦痛は持ち合わせておりませんのよ。物理的な攻撃は一切効きません』

おほほほほ。とルシアが笑う。

リィが何それとドン引きしているが、当然の事だろう。精霊とはそもそも、実体を持たない。ルシアは吸い込んだ我の魔力を全身に沿うように纏っているので、物を運んだりできるが、だからといって肉体そのものがある訳ではない為、生命体に存在する感覚…味覚嗅覚とかそういうものか一切、そもそも存在しない。

対して我だが、……うむ。

「我、丈夫だもん」
『丈夫を通り越してると思うワ。無事ならいいケド』

無事ではあるし、問題ない。寧ろこれで我ももがき苦しんでいたら、それこそ異常としか思えない。1つ思い出したこともあってな。

我、毒と呪いと精神魔法だけじゃなくて、状態異常も効かんのよ…。通常の健康な状態以外が状態異常と勝手にみなされ、酔うという状態すら異常と判断されて無効になる。つまり酒飲んでも酔わない。

(じゃあ何でワイングラス片手に余裕の笑みを浮かべて玉座にて待っていることがあったのかといえば、見映えの問題である。あと雰囲気作りな。我としては布団に入って寛いでてもいいと思うのだが、配下達が猛反対したから、渋々我慢して座っていた)

……まあ、そういう訳で、この激辛粉末が身体に影響を与えた結果起こりうる事は全て状態異常と判別されたらしいので、我はぴんぴんしているのだ。


「貴様程度では我に有効な攻撃を繰り出せぬと前回で学ばなかったからそうなるのだぞ?」

襲撃者にかける優しさは持ち合わせておらんのだが、あまりにも痛がっているため、情けをかけることにした。具体的には大量の水を滝のように暫くぶちかけてやった。

なぜって。新鮮な水で一先ず洗い流してやった方がよくないか?粉が落ちれば多少はマシになるだろう?勿論その後のケアはしてやらないが。

もういいかなと水魔法(とはいえ、ただ水を流し続けるだけ)を止めると、案の定、多少マシになったのか、痛みに悶えるのはやめた黒マントもといびしょ濡れ男。

「じゃ、我は忙しいからこの辺で」
『拘束してギルドに突き出さないノ?』
「突き出したところでどうせまたお仲間が隙をついて助けに来るだろう。それにそんな事はどうでもいい」

リィとルシアが首を傾げた。

ふっふっふ。はーっはっは!!

乱入者のせいでもあり、お陰でもあるが、あの粉末の活用法を思いついた。超上機嫌な我は、そろそろ料理長が昼食を作り始めた頃と判断して、宿に戻った。

その黒マントが、"手紙"を持っていたことにも気付かずに。

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