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40. Another Side

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解けた。呪いが。

それが分かったのは、かけた本人だったからだろう。呪いの監視の為に私が断腸の思いで置き去りにした石と対になる石から、気配が消えた。

私は怒りに震えた。
あの迷宮は、亡き我が主君への供物として捧げたものだというのに。
主人への想いを込めに込め、敵を討ち、呪い殺し、捧げた私の忠義の象徴だったのに。

それを解いた。

誰が?
誰が、あの憎き男の魂を解放するような真似をしたというのだ。

我が王が死に絶えるその時に、あの忌々しい剣で斬りつけ、勝利したと宣い、褒美として得た財で小さな国の王となった詐欺師を。今や子供たちの夢物語となった歴史の中で、まるで英雄が如く描写されるそのペテン師を。
烏滸がましく、身の程知らず、存在自体に虫唾が走るあの男を。


誰が、救いやがった?


部屋に控えていた執事が静かに私に布を差し出した。
…怒りの余り、手元のペンが折れてしまっていたらしい。黒のインクが指先を伝い私の手を汚し、机にも点状の跡をつけた。

黒。

あのお方の色。
決して他の色に染まることの無い漆黒。

布が染まっていく。藍色のそれが黒へと変化する様に恍惚の情を隠せない。どんなに明るく強い色であっても飲み込む黒を私は愛している。

否。黒をというよりは、黒を纏うあの方をと言うべきだろう。

あの方が途方もない程遠い場所に有っても、もう二度と会えなくても、私自身が全く別の存在に成り果てた今でさえ、あの方のご尊顔もその存在自体への敬意も忠誠も忘れていない。

だからこそ、より以前の仇を苦しめてやりたくて、呪いに侵食されて朽ち始めた大地を助けるという名目で現地に赴いて呪いの範囲を限定した。柵が降りて外には影響が出なくなった事に不満が無いわけではないのでその分"かつて自分がかけた呪いをより募らせた"。

予想外だったのは、そこが迷宮化してしまった事だろうか。これでは宝を求めた荒くれ者どもが好き勝手に捧げ物を踏み荒らしてしまう。それは到底許せることではない。
その為幻術をかけた。
あの方が褒めてくださった、私の最も得意とする魔法を。長い生涯と、今世で唯一あの方しか見破れなかったそれを使い、細かいことは兎も角として、"何も無い迷宮"という意識を植え付けうまく追い返す事が出来た。

だというのに、更に想定外は、呪いをかけた本人である私が、立ち入れなくなってしまった事だ。
前世の身体ならば、問題は起こらなかったかもしれないが、人間の身体ではあの呪いに耐えることが出来ない。鍛えれば何とかなるかもしれないが、この未熟な身体では、ある程度まで行くと身体が腐ってしまう。

あの愚か者の魂が縛り付けられている様を見られないのは非常に残念だが、それよりも我が君が最優先。その程度なら耐えられた。

…耐えてきた。

貴族どもが勇者の遺品を集める為、あの迷宮へと人を送り込んでいる事に対しても目を瞑ってきた。成果もなくただ迷宮を彷徨い、諦めて帰ってくるだけの者たちと、それに苛立つ貴族達は心底嗤えた。

どんな高名な魔術師だろうが、
どんなに有能な冒険者だろうが、
誰も"幻術に踊らされている"と気付けていないのだから。それで最高位だとか最上級だとかつく地位に居るとは、片腹痛い。笑い、そして呆れを通り越して憐れだ。
名実が揃わない事ほど、惨めな事はない。

まあ、名実揃った人物というのは何千年が過ぎようが我が君だけだが。

幻術が破れない事が、かけた私でさえ呪いを制御できない事が、私にとってどれだけ救いだったことか。

我が王が、唯一、最強にして最高なのだと、その証明と思うから。



そんな私の"全て"だったその迷宮から、私のかけた呪いが消えてしまった。
私の、…私の、生き甲斐が…!

今すぐに確かめなければならない。誰が何をしたのか。そしてそれが分かったなら、すぐにでも"処分"しなくては。私が屈するのは、我が君だけなのだから。

王都から司令の出ていた魔物どもの討伐も、どこぞの迷宮に棲み着いた化け物も、広がる疫病も全て全てどうでもいい。
それは私にとってはどうでもいい。

私のすべては、迷宮にしかないのだから。

しかし、王都からそこまで行くのには時間を要した。人の身になった事に再度苛立ち、それでも人間の最短で迷宮へと向かった。

向かって、辿り着き、そして、2度目の驚愕は1度目などとは比べ物にならなかった。

「…ぁ…、あぁ…!」

まさか再度この世に産まれ落ちた事をこんなにも感謝する日が来るとは思ってもみなかった。

消えた私の呪いの代わりに、幻術に隠れた本当の世界を呪う力に気付いた。冷静さを欠いていたため見落としていたが、よくよく考えてみれば、呪いは解けたが私のかけた幻術自体は消えていない。それはつまり、私の幻術自体に掛からなかったという事で、そんな事が出来るのは唯一1人だけだ。

私の呪いを消し去って、私よりも余程強く迷宮の中を呪っているこの魔力を、私が忘れるわけがない。
忘れられるはずがない。私は、今も昔も勿論これからも、この方の為だけに生きているし、生きていくのだから。

…だから、今回だけは本当に特別だ。あの方以外に感情を、ましてや"我が魔王を失わせたこの世界"に感謝を向けるなど。
だがそんな事は、今、この瞬間においては最もどうでもいい。

「おかえりなさいませ…!」

我が魔王様。



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