上 下
2 / 9

1

しおりを挟む
 ──発症すれば、感情を忘れ、いつしかロボットのように無機質な人間と化す。リアレス王国と、バンデール王国の戦争が始まる前、戦争続きだった世界に、再び平和が訪れた、伝説の10年間の間に多発。原因は詳しくは分かっていない。薬、予防接種、共に未だ未開発。
-唯一の治療法は、過酷な環境に身を投じ、強い刺激を受けること。主に、戦場など。患者は、パイロット、並び兵士養成学校へ、無償で入学する事が可能。
失感性エモナール病──。
 初めて聞いた時、奇妙な病気だと思った。その時は、まさか自分が発症するだなんて、思っていなかったから。
 ゴオオオオオ。プロペラ音、エンジン音、それに加えて、風を切る音、それらが全て混ざった音が、耳に突き刺さる。
「南南東上空、敵機4機発見。撃墜せよ。」
ドドドドドド。弾丸が発射された。撃ち落とされ、海へ落ちていく人々の姿に、目を向ける余裕など彼にはない。空を飛ぶパイロットは、鉄の塊と同化したかのように無機質だ。だけど、昔は違った。敵を落とした時、必ず心の中でごめんと唱えていた。慣れとは残酷だ。今では、敵を撃つ悲しみは消え、さらには、攻撃が敵に当たった時に感じる喜びすらもどこかへ消え去ってしまった。きっと、この空に忘れてきたのだろう。たった一つ、死への恐怖だけが微かに残っていた。乾き切り、血走った目で敵を追いながら、彼はひたすら撃ち続けた。


 「流石はハリエス養成学校のエースパイロットだな!」
古春は僕の肩をバシッと叩いた。
「うん。今日も絶好調。」
ルイは誇らしげに腰を両手に当て、胸を張った。すると、腹から思いっきりギュルルと音が鳴った。
「ハハ。もう腹ペコだよ。早く食堂へ行こう。」
食堂にはいい匂いが漂っている。僕は、席につき、食事を口に運んだ。心なしか、昨日よりも食事の味が薄い気がした。でも、きっとこれは作った側の問題じゃない。僕側の問題だ。
「なあ、古春。明日死ぬかもしれない人間が、病気を治療する必要ってあるんだろうか。それって、凄く矛盾してるような。」
そう言い終わろうとした時、肩をポンと叩かれた。寮長だ。
「長官がお呼びです。今すぐ司令室へ。」
「長官が…?」
不思議に思いながらもルイは足早に司令室へ向かった。


 「任務だ。ルイ・ラサートル。」
長官は、息をスゥーと吐いて言った。
「貴様に、ある人物の首を打ち取ってきて欲しい。」
長官室に緊張感が漂う。長官は、今度は息をスゥーと吸って言った。
「バンデール王国に侵入し、皇妃、ジャンヌ・アベラールの首を打ち取れ……‼︎」
一瞬、時が止まったかのように思う。僕は驚きが隠せず、目をかっぴらいた。
「恐れ入りますが、私はまだ学生です!その類の任務は普段正規兵が……」
「黙れ!リアレスのスパイによれば、バンデール王国の宮殿は、秋頃から17歳前後の使用人を一般市民の中から募集する。そこで、この学校のエースパイロットである貴様の出番というわけだ。皇妃に近づけるかつてない機会だ……いいか?これは国からの命令だ!貴様の意思など聞いていない!貴様のようなラリマールのゴキブリには2度とないチャンスだ。繰り返す、これは命令だっ……!」
僕は、溜まった唾をゴクッと飲み、覚悟を決めて言った。
「取り乱してしまい、申し訳ありません!その任務、私、ルイ・ラサートルがお受けいたします!」
「……よろしい。だが、問題はここからだ。私の言いたい事が分かるか?」
「申し訳ありません。分かりません。」
「……皇妃の首を打ち取ったのがラリマールの学生など、そんなことは許されない、という事だ‼︎」
長官は声を張り上げた。その威圧感に、僕は後退りしそうになる。
「手柄はこちらが貰う。報酬は、任務が終わり次第たんまりと渡す。それでいいな?」
「はい‼︎ですが、一つ、要望があります。」
「なんだ。」
長官はすごい形相でこちらを睨んだ
「その……荒川古春の同行を許可していただきたいのです。」
「比良ノ邦から来た生徒か。足手纏いにならないと言い切れるのか。」
俯いた僕を見て、長官は数秒間考えてからこう言った。
「明日の朝5時に、滑走路に彼女を連れて2人で来い。そこで、足手纏いにならないと証明して見せろ!」
「はい‼︎」
威勢のいい若い男の声が、ハリエス養成学校に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

碧海のサルティーナ

あんさん
青春
~家出した令嬢は空に憧れて押しかけパートナーとなる~ レシプロエンジンの水上機が活躍するとある世界。 島から島へ荷物を運ぶフィンはある日一人の少女を島まで運ぶ依頼をオファーされた。 旅客は扱っていないと断るが、借金を盾に渋々引き受けさせられる。 初めての空旅で飛ぶことの魅力を知った彼女はとあるイベントに興味を惹かれ… ちょっと訳ありの少女をサルティーナ諸島に送る旅から動き始める物語。 この作品は試しに以下のサイトで重複投稿しています。 ・小説家になろう ・カクヨム ・アルファポリス ・ハーメルン ・エブリスタ ・ノベルアップ+ ・NOVEL DAYS

処理中です...