Summer Vacation

セリーネス

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時間丁度に到着した車に乗り込み、久志と私は先輩の実家へ向かった。車で30分程走った先に先輩の実家はあるのだけど、その場所は所謂超高級住宅地だった。
…木根の家もかなり広いと思っていたけど、先輩の実家は比べ物にならない広さだった。
もう既に門から先の景色が日本ではない。高く白い石材の塀に囲われ、大きな門が左右に電動で開くと、そこには長い私道が続いていた。道の左右には背の高い針葉樹が植えられていて、緩やかな登り坂は左にカーブを描いている為先が見えない。そして坂を登り切った先にはイギリスの庭園をイメージした様な庭が広がり、その更に奥に煉瓦作りの大きな洋館がそびえ建っていた。…窓の位置から3階建てなんだろうけど、高さは4階建て以上に見える。
車はそのまま玄関前に横付けされ、アプローチに立っていたスーツ姿の年配男性と年若い男性が車の左右両側に回り、それぞれがドアを開けてくれた。

「ようこそいらっしゃいました」

私が座る側に回った年若い男性は、私が車から降りる際には頭をぶつけない様に降り口の上に手を添えたり、さりげなく私に手を差し伸べて立ち上がるのを助けたりと徹底した奉仕ぶり。この様な待遇が完全に初体験の超庶民と致しましては、貴美恵さん直伝の“お嬢様”を思い出し、必死に演じるしかなくて板についていない仕草がいつ見破られてしまうか内心冷や汗をかきまくった。
先に車から降りて私の隣に立った久志は、優しく私の腕を取って歩き出した。玄関へ回った2人の男性が観音開きにドアを開け、私達は土足のまま入ると左手の部屋に通された。
通された部屋に入ると、そこは落ち着いた色合いの深緑を基調とした広い応接間だった。

「いらっしゃい♪」

ソファから優雅に立ち上がった先輩と和希さん、それから先輩の右隣の見知らぬ男性も共に立ち上がり、私達に笑顔を見せた。

「ようこそ、ゼラフィーネ嬢♪…そして一昨日ぶりだね、久志君」

「えぇ、一昨日ぶりですね」

軽くふざけ合い、和希さんと久志は笑い合った。
しかし、そんな2人を見ていた先輩は軽く久志を睨んでいた。

「…そう言えば、私の婚約発表の時にはもう帰ってしまっていなかったわね?一体どういうつもり?」

「そうでしたか?」

「とぼけないでっ」

「今日会ったから良いじゃないですか」

「何よそれ!」

「…まぁまぁ、綾子。落ち着いて?僕にも彼等を紹介してくれないかな?」

久志の素っ気ない言葉に怒り出しそうだった先輩の肩を抱き、それまで黙っていた男性がにこやかに先輩に笑い掛けた。

「あぁ、そうね。ごめんなさい。尚道さん、彼が木根建設グループの息子の久志よ。……そして、彼女が久志の婚約者のゼラフィーネさん。久志、彼は私の婚約者で渡谷尚道わたりやなおみちさんよ」

「初めまして、木根久志と言います。…あの渡谷コンツェルン尚道さんですよね?お会い出来て光栄です」

久志はにこやかな笑顔を浮かべ、目の前の男性と握手を交わした。

「やぁ!流石木根家のご子息だ!…まさかずっと海外にいた放蕩息子の俺の事まで知っているなんて!…俺の方こそ君と知り合えて光栄だよ!」

少しおどけた言い方だったが、含みある物言いにも聞こえた様な気がした。

まあ、とりあえず座ろうじゃないか♪と和希さんの一声で全員ソファに腰掛けた。彼が小さなハンドベルを鳴らすと、ティーセットが乗ったワゴンを押して侍女が入室してきて手際よくローテーブルにティーセットを並べ、一口サイズで様々な種類のケーキが乗ったケーキスタンドと各々へ取り皿を並べ置いた。
先程のスーツ姿の男性達と言い、今サーブしてくれている侍女(紺色のワンピースにフリル付きのエプロンのお仕着せを着ているから正に侍女!)と言いどこまでもヨーロッパ貴族の様相に内心驚いていた私だった。
尚道さんがあれこれ先輩の世話を焼いたおかげか、先輩の機嫌は直った様でとても和やかな雰囲気の中でお茶会が始まった。
久志は和希さんと尚道さんと3人で経済や社会情勢について話が盛り上がり、私は先輩が用意してくれていたアルバムを一緒に見ながら久志の幼かった頃の話を聞いた。
先輩は個人的に久志と会う事は無かったが、橘家は旧華族であったし木根家は古い血筋の家系なので誰かしらが開くパーティーで良く顔を合わせていたのだそうだ。

「私が小学4年の時に初めて久志と会ったの。その時彼を好きになったの…」

向こうでスポーツの話に盛り上がる3人に聞こえない様に先輩は少し小さな声で話し始めた。
久志と同じ学園に通っていたので毎日会えて凄く嬉しかった事、初等科を卒業して中等科に上がると男女別々の校舎になり簡単には会えなくなってしまったので何処かで開かれるパーティーに出席したりしたが、久志が必ず来るとは限らない為会えなくて本当に悲しかった事等を言われた。

「それでね、私パーティーで会えた時に思いきって久志に想いを伝えた事があるのよ。…だけど、久志から「自分にはもう心に決めた人がいるから私を好きになる事は無い」ってはっきりと言われてしまったわ」

5年間もずっと好きだった。簡単には諦めきれなくて久志の心を捕らえた女が一体誰なのか知りたくて色々な手を使って調べたけど、全然情報が出てこなかった。だから、本当は久志には好きな人なんていないけど今は誰とも付き合う気がないからああ言われたのかと思っていたのに突然この夏に久志が婚約したと聞かされたのよ。と先輩は私をじっと見つめたまま話した。

「海外も調べておけば良かったわ…」

婚約者の私に、昔から久志の事が好きだったのよ。と話し始めた時点で先輩はまだ久志の事が好きなんだと気付いていた。だからと言って私にとっても久志は掛け換えの無い存在の1人。目の前で徐々に怒りに肩が震え出している先輩に譲る気等毛頭も無い。私はただ黙って先輩の話を聞いていた。

「ねぇ、あなたは一体いつ久志と知り合ったのよ?」

「10ねんぐらいまえデス」

本当は生まれた時からの付き合いだけど、ゼラフィーネとしての答えを告げる。

「…そんなに前から」

そんなに前から久志はあなたが好きだったの?と呟かれ、私は素直に頷き「プロポーズをされたトキにそういわれマシタ」と答えた。
私の言葉を聞いた先輩は、キツく私を睨み付けて立ち上がると突然怒鳴った。

「アンタみたいな女に久志は似合わないのよ!」

叫ぶと同時に先輩は思いっ切り手を振り上げ、私の右の頬を叩いた。アルバムを見る為にソファに浅く座っていた所為で叩かれた勢いのまま私は座っていたソファから転げ落ち、隣の1人掛け様ソファに背中を強くぶつけ床に倒れ込んだ。

「佳夜!」

先輩の怒鳴り声に3人は驚き、こちらを見て立ち上がった。久志は床に倒れた私に直ぐ様駆け寄った。

「大丈夫か!?」

久志は私を抱き起こしてくれたけど、私は強くぶつけた背中の痛みで声を出せなかったし頬の痛みに顔を歪めると、久志は片膝の上に私を座らせ抱き締めた。

「綾子!お前、一体何を!?」

尚道さんは声を失い立ち竦み、和希さんは私達の方へ近付き自分の妹に声を荒げた。

「久志の婚約者になるのは私よ!こんな女より相応しいのは私よ!ずっと私は久志が好きだったのに!この女は久志からただ想われていただけじゃない!」

久志は私を見つめ優しく頭を撫でていたが、先輩の言葉に左の眉毛をピクリと動かした。そして一言「ごめん、ちょっとキレるぞ」と小さく私の耳に囁き先輩へ振り向くと、久志は豹変した。

「先程から黙って聞いていれば、随分と自惚れた発言ですね?先輩?」

「!?」

久志の温かな胸の中で抱き締められている私ですら息を飲む程久志の声には怒気が込められ、とても恐ろしい雰囲気を漂わせていた。

「なっ、なによ!なによ!なによ!…こんな不細工でまともに日本語が話せない様な女のどこが良いのよ!!」

久志が漂わせる怒気に飲まれ掛けた先輩だが、声を張り上げ私を指差した。

「佳夜のどこを見て不細工だと?彼女程可憐で可愛いらしい女性等他にいないですよ。佳夜は母国語のドイツ語の他にフランス語と英語も話せて日本語だってかなり上達しています。それに少なくとも相手を罵倒したり怪我を負わす様な最低な人格ではありませんしね」

そう言って久志はそっと私の腫れた頬に口付けた。

「っ!」

また先輩が何かを叫ぼうと口を開いた瞬間、応接間に先程の年配の男性と数名の男性が入って来た。

「如何なされましたか!……これはっ!?」

応接間からの怒鳴り声に異常事態を察知して入室するも、頬が赤く腫れ肘や膝から少し血を流している私、そんな私を片膝に座らせて抱き寄せている久志。方や拳を握り締め興奮して顔を真っ赤にし体を震わせる先輩と側で立ち竦み続ける尚道さん達。

何が起きたのか一目瞭然だった。

「……」

全員先輩を見つめた。

「私は悪くないわよ!悪いのはその女よ!!」

先輩は私を指差し、叫んだ。

「……では、一体どの様な理由があって僕のフィアンセの顔を殴り、怪我を負わせたのですか?」

「…っ」

顔を歪め黙り込む先輩を久志は一瞥してから私を抱き上げ、和希さんへ向き直った。

「…和希さん、佳夜の治療をしたいので僕等はこれで失礼しますが良いですよね?」

「いや、直ぐに我が家の主治医を呼ばせる!…加藤!」

「はっ!只今直ぐに!」

加藤と呼ばれた年配の男性は足早に応接間を出て行った。

「すまない、久志君。今医者が来るから、どうか客室で待ってくれないか?」

そして和希さんは私達を別室へ案内しようと歩き出したのだった。

「ちょっと!私を無視済んじゃないわよ!」

「…まだ何か?」

「!?」

和希さんに続き応接間から出て行こうと歩き出した久志の前を塞いだが、久志の目線に息を飲み凍り付いた。

「先程から声を荒げフィアンセを侮辱するだけで、まだ一度も謝罪がありませんが?」

「…謝罪!?そんなもの必要ないわ!だいたいなんなのよ、その女!私は認めないから!」

「先輩に認めてもらう様な筋合いは一切ありませんね」

中等科の頃まで先輩・後輩ってだけの知り合いで、あなたは高校は別の所へ行きましたからもう学園での繋がりもありません。親同士だってビジネスの繋がりは有ってもプライベートでの付き合いはありません。完全に赤の他人ですよ、あなたは。
そう言った久志は、もう先輩の事等目に見えぬ物として応接間を出て行った。

客室に通され、私はベッドに寝かされた。ぶつけた背中が痛むので、背中が付かない様横向きになった。

「妹が本当に申し訳ない事をした」

和希さんは深々と私達へ頭を下げた。しかし、久志は和希さんの方は一切見なかった。

「…痛むか?佳夜」

「クチのなかを、すすぎたい…」

口の中を切った様で血の味がしていて気持ちが悪かった。

「!? 良かったらこれを使ってくれ」

それを聞いた和希さんは、侍女が用意してくれた湯の張った洗面器とミネラルウォーターのペットボトルが置かれたワゴンを久志の側に押した。

「…起き上がれるか?」

小さく頷き、私は身体を起こす。
久志が手を添え背中を支えてくれながら起き上がるけど、久志の手が触れた部分に強い痛みが走り、一瞬身体が強ばった。

「うっ!」

「悪い!大丈夫か!?」

「……うん」

私の背中に触れない様に優しく支えてもらいながら、ペットボトルを手渡してもらい、少しだけ口に含んですすぎ洗面器に吐き出した。
…すると、思っていた以上にお湯が赤く染まった。

「!?」

怖ッ!自分の口から出たものだけど、真っ赤な洗面器は怖い~!

しみるのを我慢して、何度か口の中をすすいだらやっと血の味が消えて楽になった。和希さんは廊下に控えていた侍女に渡して直ぐに洗面器を替えてくれた。
また、別の侍女が砕いた氷が入った袋を用意してくれたので、久志はそれをタオルに包み私の頬に当ててくれた。

コンコン
頬と背中の強い痛みが少しだけ和らいできた頃、客室のドアがノックされた。

「和希様、矢島先生をお連れ致しました」

加藤さんがドアを開けると白衣を纏った女性が入室してきた。

「こんにちは。患者さんはこちらの女の子ね?」

「来て下さり有難うございます」

サッと立ち上がった和希さんは先生に頭を下げて自分が座っていた椅子を譲り、壁際に移動した。

「あらあら、随分と腫れて…。ちょっと失礼」

先生が私の顔に触れて腫れ具合を診たり口の中を確認してカルテに書き込み、肘と膝にも薬を塗ってガーゼを当ててくれた。

「あとは何処か痛い所はある?」

「せなかが、いたいデス」

「あら!あなた日本人じゃなかったのね!彼に付き添っていてもらう?…そう、じゃあ男性方にはちょっと退出して頂きましょうか?」

私の片言の日本語に先生は軽く驚いたが、私は簡単な言い回しなら大丈夫。と答えた。

「はい」

「…廊下で待ってるよ」

先生が2人を見ると、直ぐに和希さんは退出し久志も私にそう言って私のこめかみに軽くキスをしてから部屋を出て行った。

「それじゃあ、上を脱いでくれる?」

先生に背中のファスナーを下ろしてもらい、ワンピースの上だけを脱いだ。

「ちょっと触るわよ~」

「っ!」

先生が軽く触れただけなのに、一瞬息を止めてしまう程痛かった。

「酷くぶつけたわね~。凄く腫れていてアザになっているわ。…骨折とかの心配は無いけど、しばらく寄りかかったりはベッドで横になるのが辛くて出来ないと思うわ」

そう言いながら、先生はぶつけた部分に何か少しひんやりした物を塗ってガーゼを当てて包帯を巻いてくれた。
そしてまた先生に手伝って貰いながらワンピースを着直した。

「さて、診察は以上ね。色々説明をしようと思うのだけど、先程の彼氏君を呼んだ方が良いかしら?」

「ハイ、おねがいしまス」

先生がドアを開け再び久志に入ってもらった。和希さんは応接間に行ったのか廊下にはいなかった。
久志は隣に腰掛け、私の手を握った。

「え~と、まずは背中から説明するわね。…今夜はぶつけた部分は洗わないで軽く拭うだけにして、この薬を3~4時間置きに塗って下さい。ガーゼはその都度新しい物に交換してね。それから頬にはこの薬を塗って、こちらもガーゼを当てておくと良いわ。腫れは明日には引くと思うわ」

そう話しながら先生は頬に優しく薬を塗るとガーゼを当て、マスキングテープで止めてくれた。

「口の中の切れ具合もちょっと悪いから、今夜は熱い物や辛い物、それから揚げ物類は控えた方が良いわね」

もしかしたら夜に熱が出るかも知れないから、解熱鎮痛剤も処方しておくわ。と先生はカルテに書き込みながら久志に塗り薬や錠剤を渡した。

「傷跡は残らないでしょうけど、何か心配事があったらいつでもここに電話して♪」

「アリガトウございマシタ」

名刺を私に渡して、先生は立ち上がった。私も背中の塗り薬が効いてきてくれたおかげで立ち上がれたので、久志と一緒に先生に頭を下げた。
ドアを開けると、加藤さんと和希さんが廊下で待っていた。

「先生、有難うございました」

どうぞこちらへ、と加藤さんは先生を応接間とは違う所へ案内していった。

「本当にすまなかった。痛みは大丈夫かい?」

「ハイ。Dr.をよんでくださり、アリガトウございマス」

和希さんはとてもすまなそうに私を見つめ、私の歩く速度に合わせてゆっくりと応接間へ向かった。
再び応接間に入ると、先輩は尚道さんとソファから立ち上がり私達を見つめた。しかし、久志はサッと私を背中に隠し先輩を睨んだ。

「……っ!」

久志の背中越しにそっと先輩を見ると、その表情は苦し気に久志を見つめていた。
隣の尚道さんに背中を撫でられ、ハッと目を見開いた先輩は私を見た。
何か言いたげだが、久志がじっと先輩を睨み付けたままで私の事は背中から出す気は無い為に、先輩は言葉を紡げない様子だった。
私は久志のシャツを軽く引っ張った。

「アヤコさんとふたりで、はなさせてクダサイ」

「!? 駄目だ!」

久志は私に振り向き、首を横に強く振った。

「だいじょうぶ」

私は久志にキュッと抱き付いた。

「……壁際にいる。この部屋からは出ないぞ」

「ん。ワカッタ」

久志は私を見つめ、軽く抱き締め返してから小さく溜め息を吐くと、和希さん達と共に壁際に下がってくれた。

「アヤコさん」

私は先輩に向かって頭を下げた。

「!?」

「わたし、ヒサシがすきデス。こころからタイセツなひとデス。わたしはカレのためだけにニホンにきました。このきもちはだれにもユズレません」

痛む頬の所為で上手く微笑む事が出来なかったが、一生懸命笑顔を作った。

「……」

先輩はぐっと唇を噛み締めた。

「…私以上に久志の事を愛している。と言いたいの?」

「ハイ」

「………」

すると先輩はポロポロと涙を流し始めた。

「ずっと好きだったの……」

「ハイ」

「久志の隣にいる人の全てが羨ましくて、彼の幼馴染みの存在さえ憎らしかったわ」

そうでしょうね~。に散々意地悪してくれましたもんね~。と私は内心苦笑いを浮かべてしまった。

「私の想いに絶対に答えてはくれないって判ってから、私は余計意地になってしまっていたわ」

どうにか振り向いて欲しくて、自分を見て欲しくて取った行動は、何の意味も無く余計に久志から嫌われるだけの事だった。とハンカチで涙を拭いながら先輩は苦笑した。

「だけど、初めから私の事を見ていないんだから私を好きになってくれるはずも無いわね。……あなたを傷付けて本当にごめんなさい」

スッと先輩は頭を下げて謝ってくれたのだった。
そして、顔をあげた時にはどこか吹っ切れた明るい笑顔を見せた。

「アヤコさんにはナオミチさんがいます。カレではダメですカ?」

先程のお茶の時に、尚道さんとは中等科を卒業する時に親同士が決めた政略結婚の様なものだけど、出会った時から尚道さんは先輩を大切扱ってくれている。と言っていた。先輩が久志の事だけを見ているのも知っているのに、それでもデートに誘い贈り物を続けるなんて先輩に対して想いが少しも無かったら出来ないと私は思った。

「そうね。私はずっと久志しか見ていなかったけど、これからは彼の方を見ていくわ」

「…佳夜」

先輩が尚道さんへ笑顔を見せたタイミングで久志は私に近付き、そっと腰を抱き寄せた。

「久志、ゼラフィーネさん、今日は本当にごめんなさい」

尚道さんに優しく手を握られた先輩は改めて私達に頭を下げた。

「どうか、しあわせになってクダサイ」

「有難う。貴女も幸せになってね」

お互いに微笑み合った。
外を見れば、夕焼け色に空が染まり始めていた。

「あぁ、すっかり長居させてしまったね。申し訳ない」

後日改めてお詫びに伺いたい。と和希さんと先輩は申し出たけど、私達はそれを丁寧に断らせてもらいまた車で送ってもらって帰路に着いた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



帰宅後、私の姿を見た貴美恵さんと蕾紗さんが激怒して橘家を訴える!と騒ぎだし、久志と2人で一生懸命宥めた。しかし、2人の怒りは中々収まらず、久志に対して「女の子に怪我を負わせるなんて!なんで守れなかったの!」と更にヒートアップしてしまった怒りから久志へ説教をし出したのだった。
私は久志を庇いたかったけど、丁度帰宅した雅鷹さんから「今下手に庇ったら余計に火に油だよ」と言われて黙っているしかなかった。
だけど、そんな雅鷹さんは帰宅してから私の姿を見ても冷静なので、不思議に思っていると「つい先程、和希君と綾子さんからお詫びの電話を貰ったんだ」と事情を知っていた。
収まらなさそうな貴美恵さん達の怒りにどうしたら良いのか困っていたら、雅鷹さんが2人に声をかけて場を諌めてくれた。
夕食は私の口内に合わせてざるうどんに変更。しかし、今日の出来事でやはり疲れが出た私は、食後直ぐに久志と先に部屋に上がらせてもらった。
部屋に戻ると、お風呂が沸いていた。「たいした怪我じゃないから1人で入れるから!」と言っても聞いてもらえず、いつも以上に過保護になった久志と一緒にお風呂に入る羽目になった。

「…まだ痛むか?」

「もう、そんなには痛まないよ」

お風呂から上がり、身体を拭く事もパジャマを着る事も全て久志が行い着た後はそのまま直ぐに寝室へ連れて行かれた。ベッドに腰掛けると、久志は薬を用意して私のパジャマを脱がせて背中に薬を塗ってくれた。そして新しいガーゼを当てて包帯を巻いてくれたのだった。

「今日は大変だったな。…サラに怪我を負わせてしまって本当に悪かった」

先輩の気持ちを知っていたのに、無視をし続け放置した為に私を守れず傷付けてしまうなんて俺は番失格だ。と久志は深く頭を下げて自分を責めた。
もう、そんなに自分を責めないで?と私は久志に囁き頬にキスをした。

「私は大丈夫だから。いつか先輩と決着を着ける事になるだろうなって思っていたから。…それよりも、今日せっかく行ったのに全然家の中を探索出来なくてごめんね」

「いや、充分探索は出来たしターゲットもちゃんと見つけてある♪」

ニヤリと久志は笑った。

「え!?」

いつの間に!?

「まぁ、今日は疲れただろう?…明日親父達に説明するし。もう、一緒に休もう?」

…な、サラ?と、久志は私の左の耳に低く甘く囁き私をベッドに優しく横にすると、深く口付けた。

「…んっ」

「サラの怪我が治るまで我慢する。だけど、治ったら沢山愛させてくれ」

「うん」

「お休み、サラ❤」

「…お休みなさい。ひ~君❤」
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