Summer Vacation

セリーネス

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浮上6

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「……彰」

知らない内に全身に力が入っていたのか、体が前屈みになっていて俺は息苦しさから呼吸が浅くなっていた。
ずっと隣にいた久志は、そんな俺の背中を優しく撫でて姿勢を楽にする様促す。
ソファに背中を預ける様に深く座り直し顔をあげると、部屋には久志と俺だけになっていた。

「親父達なら昼食を取りに一旦上に戻った」

「……そうなんだ」

小さく深呼吸をして改めて手紙に目線を移すと、親父の字だと判った。
昔から口癖の様に「日本語って難しいから苦手だわ~!」と言っていた母の声を思い出す。

『……と、言う事はコレは親父の口述筆記か』

カナダ人だから日本語を書く事が苦手なんだろうと思っていたが、そもそも母親は地球人では無かった。

母親がまさかの異世界トリップ者。
そして、俺はその子供でしかも男ではかった。
更には魔力保持者。

何だ?その本屋に並んでいそうな話は。

……同じなんちゃら保持者になるなら、剣道の師範代とかどんな難解な問題でも瞬時に解ける能力の方が良かった。等と正直理解し難く非現実的過ぎる事に、俺の脳ミソは現実逃避旅行(?)に行ってしまった。

『そう言や、旅行と言えば……。手紙の内容から結局親父達はカナダに行ってないって事なんだろうなぁ。自然が深くて月が近い場所なんて一体何処に行ったんだ~?俺だけ行けなかった~!チクショー!!ってならなくてちょっぴり嬉しいが、お土産は期待出来なそうだな』

ムニ

「!!?!?!!」

まだまだ逃避旅行中の俺だったが、突然唇に柔らかく温かいものが触れきて強制送還させられる。

「やっと、気付いた」

唇に触れた物はなんと肉まんだった。
声を掛けても手を目の前にかざしても、無反応だったので雅鷹さん達が持ってきた昼食のおかずの一口肉まんを久志が俺の唇に押し当ててきたのだった。

「旨いか?」

驚いて思わず開いた口の中にそのまま押し込まれた肉まんは、フカフカの饅頭に中は豚の粗挽き肉を塩コショウで味付けしただけのシンプルな物だったが、今まで食べた事が無い旨さだった。

「……うん」

飲み込んだ温かい肉まんは、そのまま俺のお腹もほわっと温めてくれた。
雅鷹さんが「用意出来たよ」とリビングに入ってきた。

「彰。とりあえず、ご飯を食べよう」

久志は俺の手から手紙を外し、目の前のコーヒーテーブルに置くと、俺の手を引いて立ち上がりそのままダイニングまで連れて行ってくれた。
隣のダイニングに移動すると、そこにはテーブルいっぱいに飲茶が並べられていて、全部一口サイズだったおかげで食べやすく、また味もどれを食べても本当に旨くて俺は無言で食べ続ける。

「彰」

隣に座っていた久志から突然声を掛けられ振り向くと、タオルが目を覆った。

「!?」

久志はふわふわのタオルで俺の目を軽く拭くとそのまま体をギュッと抱き締め、優しく優しく俺の頭を撫でる。
俺は、そこで始めて自分が泣いていた事に気が付いたのだった。

「………う…っ、……く……っ」

止めようとしても止まらない涙に、俺はせめて声は上げまいと久志にきつく抱き付き肩に顔を埋め口を固く結ぶ。しかし、それでも声は小さく漏れてしまった。

心が悲鳴をあげるってこういう事なのかも知れない、そう感じる程胸が痛く苦しく辛かった。

もう訳が判らなかった。
物心が付く前の記憶はともかく、俺の中では15年間ずっと男として生きてきたつもりだった。
実際何度も風呂や更衣室等で己の裸も見てきた。
分身とだってご対面している。
それが突然本当は自分は女だった、等と言われても理解出来ない。

クラスメート達の様に、グラビアアイドルの際どい写真を見て興奮したり、女子棟にいるタイプの子の話で盛り上がったりする事も無く、可愛い女子からラブレターを貰っても呼び出されて告白をされても全く気持ちが浮き上がりもしなかった俺は今まで全て断ってきていた。それは、今の学校生活が楽しくて現状にとても満足しているからだと思っていた。

だが、そう思う気持ちは違ったのだろうか?

何事も無ければ、俺は後6日で本来の女の姿を取り戻すらしい。
……しかし、今の姿が本来の自分と思って生きてきたから受け入れられる気がしない。


※※※※※※※※※※※※※※※


暫く久志が頭と背中を優しく撫でてくれていたおかげで、俺はようやく涙が止まった。

「……もう、大丈夫だ。ありがとう。………悪い、びしょびしょだな」

俺は顔を上げ久志の肩付近を見ると、久志のTシャツは一目で判る程ずぶ濡れている。
申し訳なくて俺はそのまま久志から離れようとしたが、久志はまた俺を胸に抱き寄せ、そのまま頭を撫でてきた。
俺は久志の体温の温さと撫でてくれる手が何だか気持ち良くて、ついされるがまま顔を胸に擦り寄せる。

「気にするな。夏だから直ぐに乾くだろ」

「………ん」

小さく頷き、そのまま身体の力を抜く。

ナデナデ  ナデナデ
カシャッ!
ピッ!…………………


「…………」

ナデナデ ナデナデ

「…………………」

ナデナデ ナデナデ

「…………………………………」

しかし、今俺は非常に気まずい気持ちになってきた。
心が落ち着き、頭が冷静になった今。両手で久志のTシャツを握り、顔を胸に押し付けて久志に頭を撫でられている自分の状況に気付く。

食事も途中だったはずだ。

そして、俺の正面には右から雅鷹さん、貴美恵さん、蕾紗さんの順にみんなが座っていたはず………。

気 ま ず い ! ! 

恥ずかし過ぎて顔が上げられない!!
いい歳した男が男に抱き付いて泣くとか!

『あり得んだろ~っ!』

現状を自覚した途端、顔が熱くなってくる。ヤバイ、今絶対俺の顔は赤くなっているはずだ!


ナデナデ ナデナデ

「……………………………」

カシャッ!
カシャッカシャッ!

ナデナデ ナデナデ

「………?」

羞恥で今にも俺は死んでしまいそうなのに、久志の手は休まる事なくずっと俺の頭を撫でている。

……しかし、先程から聞こえるカシャッ!って音は一体?

そ~っと顔を上げ、音がする横を向くと………。

近距離でスマホを構えた貴美恵さんと蕾紗さんがいたーー!!!
ガバッと顔を上げ、力一杯久志から離れる。

「ちょッッ!何してんですか!?」

「え~?、記念撮影??」

何と、2人は泣いて抱き付いている俺と久志をずっと撮影していたのだった!しかも、貴美恵さんは動画撮影!!

「姉貴、お袋。それ俺にも送ってくれ」

「「いいわよ~♪」」

冷静な久志とは反対に、俺は先程感じた以上の羞恥心に襲われ、突き飛ばす勢いで久志から離れそのまま隣のリビングに駆け込んだ。
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