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ファオフィス8
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群青色の空に赤色と金色の光が射し込み始める。
わざと明かりを灯していない薄暗い暁天の間の中がゆっくりと明るくなっていく。
テルトー村は秋から春半ばまで日の出が遅い為、夜が明け出す頃に家を出て学舎へと歩き出す。
日は途中で昇り出すから、日の出自体は見慣れているしむしろ見飽きているに近い。
けれども、冬は毎日厚い雲に覆われ雪が舞う日ばかり。本に書かれていた“見れば縁起が良い”と言われている新年の初日の出を見る機会は無かった。
だから、僕は今日生まれて初めて初日の出を目にしている。
3階の曉天の間の大窓から見える眼下に広がる庭園には雪が薄く積もり、昇り行く朝日の光がその雪景色を七色に染め上げ輝いていた。
『………………』
雲一つ無い空は刻一刻と色を変え、その色が雪に写り庭をより美しく彩っていく。
その変幻万華な色彩に僕は言葉が出ず、ただただ外を見つめ続けていた。
「……使え」
突然、隣に立っていたヤフクがタオルを差し出す。
「?」
何故差し出されたのか意図が解らず首を傾げながらも素直に受け取る僕に、ヤフクはクククッと小さく笑う。
「涙、出てるぞ。……あと、鼻も垂れそうだ」
人差し指で僕の左の頬と鼻を順に指す。
「!?」
頬に触れ、初めて流れ出ていた自分の涙に気が付く。
元々涙脆い所があるのは自覚していたけれど、感動のあまり無意識に涙が溢れ落ちてしまっていたなんて初めてだ。
「……ありがとう。目と鼻は繋がっているから仕方がないよ」
涙は仕方がないと思えるけれど、鼻水を垂らしている姿を見られるのはかなり恥ずかしい。
僕は、羞恥心を誤魔化す様にちょっとだけぶっきらぼうな言い方をしながら急いで目と鼻を拭うが、ヤフクのニヤニヤは止まらない。
「目が真っ赤でリリャンキュみたいに可愛いな♪」
そう言ってまた肩を小刻みに揺らしてクククと笑う。
「男に可愛いとか無いだろ。……ってかヤフク、笑い過ぎ」
僕は軽く睨んで溜め息を溢す。
「ハハッ……すまん。グヴァイだけを笑っていた訳じゃないんだ。……ほら、あっちを見てみろ」
「え?」
そう言われてヤフクが指す方を見ると、僕達と同じ様に大窓のそばで初日の出を見ていたはずの騎士達や手際良くテーブルの上を片付けている侍従達が何故かそっと伺う様な視線を僕へと向けていたのだった。
『!?!』
あまりのその視線の多さにたじろぎ、僕は手の中のタオルを握り締め思わず半歩後退ってしまった。
「え!?な、なんで……?」
「こんなにも周りに気に入られてしまうなんてなぁ。……お前、実は魅了の魔術式でも使ったのか?」
ヤフクは更にニヤリと笑みを深め、からかい混じりな事を言い出す。
「……は!?そんな高等魔術式使える訳ないじゃん!」
魅了の魔術式は光の魔術式の中でも高度なもので、光の上級聖霊との繋がりが深くないと展開出来ない代物だ。
初等学舎で火・風・水の中から生活に役立つものだけを習い、今の魔術の授業でもそこからの応用しかまだ教わっていない僕が使える訳が無い。
「第一、魔術省に使用許可が必要の禁術だろ!」
すかさず言い返すも、ヤフクは「よく知っているな♪いやいや、それにしたってなぁ……」などと呟きながらまだニヤニヤと笑っている。
「あれ程の数の人間が、よく知らないお前に好意を寄せるなんて普通は無いだろう?」
「そんな事言われたって、僕知らないよっ」
嫌われるよりずっと良いけれど、どうして好意を向けられるのか意味が解らない。
未だに僕を見ている彼等へ視線を向けるのが少し怖くなり僕は俯くしかない。
「人気者は大変だなぁ♪」
どう言い返してもからかわれる。ヤフクをギッと強く睨むしか出来ない僕は、眉間にシワを寄せ過ぎた為にまた目からじわりと涙が滲み出てきてしまう。
こんなにしつこくからかわれる事なんて無かった。
『今日のヤフクはなんか意地悪だ……』
そう思っていた中、突然大きな手が僕の頭にふわりと優しく触れる。
「……コラッ!いくら大好きな友達だからと言っても、からかい過ぎだぞ」
「そうですよ。お気に入りを構い過ぎてしまうのはヤフグリッド様の悪いクセです。今に嫌われてしまいますよ」
声に振り返れば、優しい笑顔を僕に向けるセユンさんと呆れ顔をヤフクに向けるヤームさんが揃って立っていた。
「……セユンさん、ヤームさん」
日の出を見逃さない様に僕達を起こしてくれた後、2人はそれぞれの用事で大広間を離れていた。
現れた2人の姿を見てついホッと息を吐く。
表情を緩めて2人の名前を呟く僕に、セユンさんは更に優しい微笑みを浮かべながらハンカチで涙を拭う。
「……全く。大事な友人を泣かせる奴があるか」
「グヴァイ様、ヤフグリッド様の事は後程しっかりと叱っておきますからね」
「……なっ!何言ってんだ!?お前達!?」
ヤフクが一瞬にして顔を真っ赤に染めて言葉に詰まると、今度はセユンさんとヤームさんがニヤリと悪い笑顔をヤフクに向けて口を開いた。
「だってそうだろう?自分のお気に入りが周りからも気に入ってもらえたのが嬉しいから、ついつい仲良しっぷりを見せびらかしたくて無駄にかまっていたのだろう?」
僕を慰める様に頭を優しく撫で続けて話すセユンさんに対し、ヤームさんもうんうんと同意する様に頷き言葉を続ける。
「ヤフグリッド様は、幼い頃から気に入った物は常にそばに置いて愛でたりそれを周りに自慢したりするのがお好きなご性分でしたからねぇ」
「………!?………はぁ!?」
小さい頃からの彼を良く知る2人の言葉に、ヤフクは二の句が継げず顔を赤らめたまま口をパクパクと開閉するしかない。
「いやはや、我が従弟ながらまだまだ可愛い所が有ったんだねぇ」
「えぇ、その様ですねぇ」
にこにこにこにこ
2人からのとても暖かい(……生暖かい?)視線の笑顔は、端から見たら可愛い弟を愛でる兄達の様で微笑ましい感じである。
けれど、僕には2人の背中からチラリと覗く冷たく黒いもやと『あんまりグヴァイを困らせるなら、お前の弱点ばらそうか?』とか『なんでしたら、ヤフグリッド様の恥ずかしい話の一つでもグヴァイ様に致しましょうかねぇ?』なんて声が一緒に聞こえてきた様な気がするのだった。
気のせい?と内心首を傾げていた矢先に、ヤフクがガクリと肩を落として項垂れる。
「……あ~、なんだ。その、からかい過ぎて悪かった」
肩を落としたまま、ヤフクは謝罪を口にする。
どうやら僕が感じた気配は当たっていた様だ。
「プッ。ヤフクはセユンさん達には敵わないんだね」
ソイルヴェイユでは見ないヤフクの姿が面白くて僕はつい吹き出す。
「まあな……」
項垂れたままそうぼそりと言い「たぶん、ヤームには一生敵わない気がするしな……」と更に小声で呟く彼は、深い溜め息を溢す。
「さあさあ、そんな事よりも日も昇りきりましたからヤフグリッド様は陛下方と共に参賀のお支度へ参りますよ。グヴァイ様も風舞のお支度へ行きましょうね♪」
「そんな事よりって……」言い負かされ心持ち恨めし気にヤームさんを睨みつつ呟くヤフクだが、ヤームさんはニッコリと人好きする笑顔で華麗にそれを無視して彼の後ろに控えていた人へ視線を送る。
「おはようございます、グヴァイラヤー様。お支度等は私が付き添わせて頂きます」
スッと横に現れたのは、侍従長のモジェルグさんだった。
「おはようございます。よろしくお願い致します」
今日は“新年の舞”の本番当日だ。
先ずヤフクは王宮広場前4階の参賀用テラスで行われる王族の参賀に出席し、両陛下並びに側妃殿下方と共に国民に顔を出す。
その間に僕は風舞の支度に入る。
舞台は同じく広場前で、場所は2階。支度の間はその隣にある。
先日僕の丈に合わせて作られた衣装を試着したけれど、東風と呼ばれるデザインで決して僕1人では着れない複雑な作りだった。
ヤフクの言う「顔見せ興行」が済んだら彼もその後直ぐに降りてきて着替えて僕と合流。
そして、舞台へと降りる。彼は5才の時から舞っているだけあって、支度も手慣れているからとても早い。
「じゃ、また後でな」
「うん!」
ヤフクはヤームさんと暁天の間の奥にある王族専用の扉へ、僕はモジェルグさんに付いて出入口へと向かう。
セユンさんは今日1日僕の護衛に付いてくれるのだそうで、後ろから付いて来る。
結界のおかげで心配は無いけれど、念の為だそうだ。
『あ、そうだ靴……』
預けていた事を思い出し、モジェルグさんに声をかけなきゃと思って彼を見ると、彼は両手でトレイを持ちその上にはなんと僕の靴が乗せられていた。
「え?いつの間にっ!?」
先程ヤームさんの後ろから現れた際には手に何も持っていなかった。
驚きのあまり思わず声が出ていた僕を振り返り、モジェルグさんはちょっぴり茶目っ気を含んだ表情と声色でにこやかに微笑む。
「大切な方の手を煩わせないのが私共の仕事です♪」
僕が2週間も長い間気後れしないで王宮で過ごさせて貰えたのは、モジェルグさんを始め月宮の方々がそう言ってはいつも砕けた雰囲気を作ってくれたおかげだった。
「……有難う、ございます」
いつも心を込めて言ってきた言葉だけど、どれだけ感謝の思いを込めても足りない。明日にはまたソイルヴェイユへ帰る。けれど、僕は決してこの方達の優しさを忘れないしいつか恩返しをしたいと新たに決意する。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
シャン!!
刺す程では無いけれど、身体も心も引き締める冷たさを感じさせる空気の中、清んだ鈴の音色が辺りに響き渡る。
鳴り響く音と同時に僕等の目の前に掛けられていた紅色の幕が落ちた。
風舞の幕開けだ。
「「「え!?」」」、「「「「なんと!」」」」
王子の隣がいつも側に控えている背の高い従者ではなく、見知らぬ少年である事実に人々の間からざわめきが起きる。
トン、タタン、トン! ダンッ!タタン!ドンッ!!
「「「「……………………!!」」」」
向かい合わせに立つヤフクと僕が足音高く舞台を踏み、舞い始めた途端に広場は水を打った様になった。
僕等の正に鏡の如く左右対称な動きに観る人全ての視線を集めていく。
シャン!シャラン!シャン!シャラランッ
シャン!シャラン!シャン!シャラランッ
僕等が舞う度に、袖口や帯そして上着の裾に縫い付けられた鈴が鳴る。
舞台の前はイルツヴェーグ中の人が集まっているのではないかと思える程の人だかりが出来ているのに、話し声等一切無く僕等が作る舞台を踏む足音と鈴の音だけが辺りを包み込む。
シャリンッ!!
鏡面舞踊を解き、互いに双剣を抜いて軽くぶつけ交差させ前を向く。
ドンッダンッタタン!
タタン!ドンッダンッタタン!
先程よりも強く舞台を踏み鳴らし、どんどん足さばきも双剣のさばきも速くしていく。
真っ直ぐ前を向いているからヤフクは見えない。けれど、決して乱れず同じ動きを僕は出来ている事を感じる。
不思議と緊張は無い。
舞は複雑な動きなのに、中盤へと入るに連れ僕の意識と感覚は研ぎ澄まされ広がっていく。
念願が叶った事を喜び嬉し気なヤフクの表情や、背後の御前席にいる両陛下の満足気な表情。それにその左右を固める近衛騎士隊長と騎士団隊長達の驚いている表情が見える。
……そう。今、僕は舞台で舞う自分や周りを見下ろしている。
『えぇ!?』
『大丈夫。どうかそのままで』
あり得ない景色に気が付いた瞬間、頭の中に声が響き渡る。
『今、君はちゃんと君が舞っている。心だけ来て貰ったんだ』
ヤフクと一糸乱れぬ舞を続ける自分の姿を信じられない思いで見つめていると、そっと頬に手が触れ優しく顔を上げさせられる。
目を合わせれば、なんと目の前には真っ白な肌に光輝く金色の長い髪、そして吸い込まれそうな程深い紫の色の瞳を持つ青年がいた。
「…………リータンリャシャ様?」
『うん』
肌の色は違うけれど、歴史書の絵姿と同じ青年に『まさか?』という思いを浮かべながら名を呟けば、ニコニコと優しい笑顔を浮かべ嬉し気に青年は頷く。
「……え?何故?」
2000年も前に亡くなられた方が目の前になんで!?ってか、何故僕の目の前に!?まさか、風舞でとんでもない間違いを僕はやらかしている!?
一瞬で混乱と動揺が心の中で渦巻き、僕はパニックに陥りそうになる。
『驚かせてごめん。大丈夫、ただお礼を言いたかっただけなんだ。だから、どうか心を落ち着かせて?』
「は……はい」
背中を宥める様に撫でられ、僕は彼の手の温かさを感じホッとすると落ち着きが戻ってくる。
『驚かせて本当にごめんね。君のおかげで僕は風樹を解放してあげられたんだ』
「解放?」
『うん。僕の所為で、ずっと眠らされていた。が正しいけど』
リータンリャシャ様は、僕の両手を優しく包み込む様に握り締めると舞台で舞うヤフクと僕を見つめる。
『長い話しになってしまうんだけれど、聞いてくれるかい?』
「はい……」
戸惑い勝ちに返事をする僕に『ありがとう』と微笑むと、リータンリャシャ様は一旦僕から手を離し両手で大きな魔術式を展開して僕等を包み込む。
辺りの景色が薄紫色に変わった途端に舞続けるヤフクと僕の速さが明らかにゆったりとしたものに変わる。
その複雑な魔術式を意図も簡単に構築して展開させてしまう事も本当に驚きだけれど、下に広がる光景に僕は言葉を失ったまま見つめ続けた。
リータンリャシャ様は、そんな僕を見てふふふっと楽し気な笑い声をあげる。
これは本来は精霊王達以外は使えない魔術式で、今日だけ特別に許可を頂き時を少しだけいじったんだよ。と教えてくれた。
許可を得ただけで扱えるリータンリャシャ様に更に驚いた僕だったけれど、少しだけ遠くを見ている彼がこれから僕に大切な話しをする為に考えを纏めている様子を受ける。
だから、僕は彼が口を開くまで黙って彼を見つめ続けた。
暫くした後、リータンリャシャ様は視線を僕へ戻すと現存する歴史書に綴れなかった真実を話し出す。
『………風の精霊王・シルフ様より賜った風樹と空樹のおかげで僕達サーヴラー族は生き延びられてきたのに、僕の我が儘が原因で風樹は世界を拒絶してしまったんだ』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
争乱の世の中で追われ狩られ徐々にその数を減らしつつある種族に、ある新月の晩に双子が生まれ落ちた。
薄く明かりを灯し、大きな声は出せない中で皆が喜び寿ぎ合っていると突然双子の枕元にシルフ王が出現する。
誰しもが驚き固まっていると、双子はかつてシルフ王の元で使えた精霊の生まれ変わりであったと語られたのだ。
精霊は、どの階級にいようともその存在は自然の一部であり身体を持たない。
身体を持たないからこそ理に縛られず、ファルリーアパファルを創った神に近い種族であり他の種族とは異なる生き方をしている。
それ故に彼等にも寿命はあるが、死ぬと自然界の一部となって溶け込み消えていく。
だが、稀に身体を得て生まれ変わる事もある。
全精霊王は己の眷属が生まれ変わった事を本能で感じ取れると共に、その事を心から喜び祝福を贈る。
何故なら、精霊の多くが身体を持って理の中で生きる種族に憧れを抱いているからだ。
元来精霊はとても友好的で多種族との交流好きが多いのだが、上級以上の精霊以外は人工物に触れる事が出来なかったり魔力が弱い者には認識してもらい難い。
身体が無く理に縛られない生き方は自由に見えるが、知り合いたいのに存在すら気付いてもらえない事は大変悲しく、余計に身体というものに焦がれるという訳である。
精霊王が与える祝福は、本来身体へ加護を与えるぐらいのものだが、1人の精霊が双子となって生まれ変わる事など今まで無い。
シルフ王は、その事だけでも何かしらの宿命を感じるのに、サーヴラー族の現状の厳しさからこの双子が抱える運命の過酷さを感じ取る。
先見の力等持たずとも生まれたばかりの赤子達が抱えるにはあまりにも重いものであると判る。
それを不憫に思い、王は己の配下の1人を守護者として付けるだけでなく風を具現化した風樹と空樹の双剣を造り出して贈ったのだった。
双剣は精霊王が造りし物だけであって、双子が成長していくと共に双剣もその大きさを小刀から短剣、短剣から長剣へと姿を変えて常に側に有り続けた。
『守護者と双剣は、如何なる時も僕達を助けて救ってくれた。そして共に成長した双剣は僕達の力と魂を共有し半身の様な存在となっていったんだ。……だけど』
双子と一族は国とはまだ呼べないまでも逃げ回らずに済む地を手に入れ、生き延びていける希望を見い出す。
ささやかながらも少しだけ心が休まるそんな時に、リータンリャシャは己の身体の異変に気が付く。
『心臓がね、徐々に徐々に動かなくなっていく呪いにかかってしまっていたんだ』
リータンリャシャ様は、右手を僕の手からそっと離し、自身の心臓の上に置いて俯く。
「呪い!?」
『うん。まだ巨樹へ着く前、執拗に僕を欲しがる魔人を皆と力を合わせてやっと退けれたその瞬間にどうやら掛けられた。……しかも、完呪し僕が死んだ暁には死体もろとも魂までもがその魔人の元へ転移する様になっていたんだ』
「そんな……。解呪は?」
『残念ながら、あの時代の僕等は呪いには全くと言える程無知だった。だから、僕を含め皆病だと思っていたんだ』
今でこそ他種族と交流があるおかげで様々な魔術式にも精通する種族となっているけれど、当時は生き抜くだけで精一杯で自分達が扱う魔術式以外を学ぶ機会等無かったであろう。
『呪いだと判ったのは、僕が精霊王達と命約を結んだ後だったんだ……』
「え?」
王史には命と引き換えに命約を結んだ。と書いてあったのでは?と僕が疑問に思っていると、リータンリャシャ様は優しく微笑む。
『後の世に残っている僕の事は、たぶん残された仲間達が致し方なくそう書き残すしかなかったんだと思う』
先住者の古竜のおかげで当面の脅威を退け、漸くサーヴラー族は国として周りから認められる事となった。
かなり少数になってしまったとは言え、散り散りになった者達も合わされば民の総数は200人は下らない。
噂を聞き、徐々に巨樹へ一族が集まり始める中で国として成り立ち続ける為に様々な事柄を決めていかねばならなくなる。
しかし兄や共に生き延びてきた仲間達が忙しく動き回る中、リータンリャシャは1人寝台で療養させられていた。
『走ったり速く飛んだりしたら、いきなりギュッて心臓が握り潰される様な痛みに襲われてそのまま意識を失うんだ。医術に心得がある者が診ても原因は不明だから、僕はおとなしく寝台で横になってトゥーリャや仲間が部屋に訪れてくれるのを待つしかなかった』
幸いだったのは、誰もがリータンリャシャを大事に思いどんな些細な決め事でも兄トゥーリャも仲間達も必ずリータンリャシャの部屋に集まり共に話し合って国造りを進めて行けた事だ。
おかげで徐々に国の基盤も整い、友好的な他種族との交流も増えて集落の様相から町へと成長していく。
放浪中は、常に狙われ追われる事ばかりで恐怖心からサーヴラー族自身が最も得意とする速さや風の魔術の力を十二分に発揮しての戦法を取る事が出来ていなかった。
だが、簡単には攻め入られない巨樹と言う名の天然の要塞を得て、彼等は地に足を付け敵へ備え構える事が出来る様になると、本来の力を取り戻して一族は敵を撃退し益々発展していく事となる。
『……だけど、心休まる時はとても少なかったんだ』
何かと助言をくれたり知恵を貸してくれていた古竜は、自身の死期を感じると本能に従い自分の棲みかをサーヴラー族に譲り生まれ故郷へと旅立って行く。
その頃には地上に居る時よりもサーヴラー族を狙う敵は減ったが、今度は古竜が居た為に巨樹を手に入れられなかった種族が次々と戦を仕掛けてくる様になる。
『魔力は人一倍有るのに仲間と共に戦いに出る事が叶わない僕は、何か他の形で国を守る方法がないかずっと思案していた。……そんな中で古竜が遺してくれた多量の書物の中に一つの希望が見つかったんだ』
古竜は、その長命な時を持って古今東西の様々な事柄の書物を集め所有していた。
そして「もう全て我の頭の中に有る」と言い、これからのサーヴラー族の糧になるだろうと全書物を置いて行ってくれたのだった。
それ等は正に今のサーヴラー族にはどんな宝石類よりも価値のある物であり、現状を救いたいリータンリャシャの助けとなる。
「その中に全精霊王との命約があったんですね……」
『うん。あの頃の僕は、もう殆んど寝台から起き上がれない程呪いに蝕まれていたんだ。……だから、僕の魔力で国や兄を護れる方法を見付けるとそれを実行しなければって思い込んでしまっていた』
精霊王を呼び出す魔術式は魔力が足りないと己の命力も使う事になる程危険なものだが、リータンリャシャ自身は幾日とも知れぬ命がこのままただ散るのを待つぐらいならば精霊王達と命約を結び、結界を張り国を護りたいと兄と仲間に相談を持ち掛けた。
「不治の病かも知れないが、お前は俺の命と同等のかけがえのない存在なんだ!その命を使ってまで結界を張りたい等っ!!……そんな事、絶対に賛同出来るものか!!」
しかし、トゥーリャは烈火の如く怒り猛反対。
仲間も皆兄と同意見であった為、それ以上話し合いの場を設ける事は叶わなかった。
『だけど、僕はもう本当に自分の命数は僅かであろうと解っていたんだ。……だから、兄達が巨樹を離れた戦に赴いている時に魔術式を展開して精霊王を呼び出したんだ』
例え全員が無理でも一番身近なシルフ王だけとでも命約を結びたいと願い発動させると、なんと全精霊王が現れる。
転生するだけでも稀なのに、数奇なる道を歩むリータンリャシャの魂は精霊達にとって興味深いものであった。
双子を見守る様々な精霊達を介して、精霊王達もまた2人の行く末を見ていた。
明らかに自分の魔力量だけでは展開が難しい魔術式であったのに底を尽きる感覚が無く、更には体を起こしているだけでもかなり辛かったはずの身体は軽く呼吸が楽である事に気付き驚く。
『その時にね、闇の精霊王が僕の体を蝕むものを退けてくれていたんだ』
不治の病などではなく、これは魂に掛けられた呪いである。と、闇の精霊王から告げられて初めて呪いでありそこに込められたおぞましい事実を知る。
呪いの魔術式は闇の魔力を扱うもの。よって闇の精霊王の意思一つで弱める事も強める事も可能だ。
掛けた魔人の身勝手で理不尽極まりないものである故に、呼び掛けに応じた闇の王が命約を結ぶまでは効力を最小限に抑えてリータンリャシャの身体を楽にしてくれた訳であった。
また、呪いの解呪には光の魔力を扱う。
共に呼び掛けに応じてくれた光の精霊王であれば解呪は容易い事であったはずだが、リータンリャシャの魂は呪いに蝕まれ過ぎた為に解呪は最早不可能となってしまっていた。
その事実に落胆は無いと言えば嘘になるが、そもそも実現が不可能だろうと思っていた全精霊王達が現れてくれた事によりリータンリャシャ自身は喜びの方が勝った。
改めて、この命を使ってでも結界を張りたいと願うが一様に王達は首を横に振る。
魔力や命力が足りないとかの話ではなく、今の彼の呪われた魂のままでは不完全な結界となってしまうのだ。
死んだ後に魂ごと遺体が呪いを掛けた者に囚われれば、結界は消え去ってしまうのだと言う。
解呪が出来ない所為で結界も無理だなんて!皆の力になれないまま、このまま死を待つしかないのか!?とリータンリャシャは心底落胆する。
すると、ずっと黙っていたシルフ王が重い口を開く。
『僕が囚われない唯一の方法は、僕の魂の片割れとなった空樹で僕が自身を貫くしかない。と言われたんだ』
リータンリャシャの為に造られた聖なる風の力を持つ空樹を使えば、死んだ瞬間に発動する呪いの一部・拿捕の魔術式を退け解呪出来て遺体も魂も留めおく事が可能であるだろうと。
『シルフ様を含め、精霊王達はずっと僕を見守っていて下さっていたんだ。だから、他に手が無いとは言え自死を進めるなんて断腸の思いだっただろうね』
念願が叶うだけでなく解呪も出来るのならば、それ以上何を望むと言うだろう。
リータンリャシャは迷う事なく自身の心臓に空樹の1つを突き立てる事に決める。
『皆が居ない間に身勝手な事をする事について心から詫びる手紙をトゥーリャ宛てに書き、そのまま僕は躊躇う事なく一思いに心臓を突いたんだ』
剣の力かはたまた精霊王達の助力か、本来ならば心臓を覆う骨に邪魔をされて一思いに突き刺す等出来ない。しかし、まるで水の中に差し入れる様に剣は真っ直ぐリータンリャシャの心臓を貫いた。
その瞬間、魂を覆う呪いは解呪され、解放されたリータンリャシャの魂と全魔力を持って精霊王達は彼が居た場所を中心に巨樹の全てを覆い尽くす結界を張り巡らせる。
『僕の魂はそのまま空樹の中に収まり、遺体はシルフ王がもう1つの空樹と共に風の衣で包み込んでくれたんだ』
呪いを掛けた魔人はかなりの上位魔術使いであった為に、解呪された瞬間を感知し巨樹の前に転移してきたのだ。
しかし、精霊王達のおかげで紙一重早く巨樹の結界は完成。
魔人は中に入れずに逆に結界の力でその身が一瞬で塵となって消滅していった。
ただし、リータンリャシャの死と結界が張られた事は双子故にトゥーリャも直ぐ様気が付く。
戦の真っ只中だったが、トゥーリャは王宮へ転移し遺体と対面する。
「何故だ!?何故!?……俺は、反対したじゃないかっ!!」
弟の遺体を抱き締め、トゥーリャは慟哭する。
トゥーリャから少し遅れて転移魔術が扱える仲間の数人が着いた時には、風の衣を無理矢理壊して弟の遺体を抱き締めた状態でトゥーリャは泣き笑い続け、誰の声も届かなくなってしまっていた。
本来1つだった魂が双子となり、共に生きてきた訳である。普通の双子以上に繋がりは深い。
それを突如として喪った悲しみは計り知れず、トゥーリャの心は今にも壊れてしまいそうであった。
『結界を張る事にばかりに固執して、遺されるトゥーリャの気持ちを僕は考えていなかったんだ……。空樹を介して僕は見ているしか出来ずにいたら、ヴェイユ……僕等の守護者がね、トゥーリャの心の一部を風樹に封印したんだ』
ヴェイユはトゥーリャと共に巨樹に戻ったのだが、その際、シルフ王より事の顛末を知らされトゥーリャへの対応が遅くなってしまった。
ヴェイユ自身双子の側に誰よりも居たからこそ、それぞれの想いも気持ちも痛い程理解出来た為にどちらにも付く事も出来ず苦悩していた。
しかし、今のサーヴラー国からトゥーリャまでもいなくならせる訳にはいかず、酷い仕打ちと解っていたが記憶を一部抜き取り心を無理矢理落ち着かせたのだった。
風樹に封印されたトゥーリャの慟哭は、風樹とヴェイユの力により深い眠りにつく。
そして、トゥーリャにはリータンリャシャは病で亡くなり、彼自身が弟を看取ったのだと空いた心に記憶を改ざんしたのだった。
しかしそれは後に心に歪みを生み、トゥーリャが弟の事やその姿を忘れて行ってしまう狂い出す始まりに過ぎなかった。
『精霊王達が掛けて下さった結界はね、本当に物凄いもので一族や巨樹を奪わんとする悪意害意有る者達全てから護って下さるものだったんだ』
グヴァイが生きる現在こそ平穏な事が多いおかげで結界の威力は弱まり、新年を迎える時位にしか効力は強まらないが、当時の結界の威力は最強種族の魔人や竜人で害意が有れば触れられない強さをずっと維持し続けるものであった。
そんな中、トゥーリャは病でこの世を去った弟を今の国民に告げては混乱を招くだけだと死んだ事は伏せ、長い闘病生活に入った。とだけ伝える。
遺体は建築中の王宮の裏庭の更に奥深く静かな場所に廟を建てて埋葬を行い、トゥーリャンファシャはファルリーアパファルが新年を迎えた日に双子王としてサーヴラー国の初代王として即位。
同時に共に旅をし戦い続けた仲間達は全員側近となり要職につく。
消せぬ哀しみを残したが、リータンリャシャのおかげで争乱も侵略の脅威も収まり、国は無事に発展し続けていくのだった。
トゥーリャは変わらず側にいてくれる守護者と側近達と共に、近隣の種族を受け入れ共存を目指しながら領土を広げ、更に平和な世を作らんと忙殺の日々を過ごす。
そんなある日、ふと鏡に写る自分を見つめながら守護者に話し掛ける。
「ヴェイユ、リーシャはまだ寝台から起き上がれないのか?」
「!? ……はい、そうですね」
「そうか……」
弟がもう何年も前に亡くなった事を知っているはずなのに、そう問うトゥーリャ。
ヴェイユは、一瞬動揺するもなんとか平静さを取り繕い返答する。
ところが「そうか」と返事をした当のトゥーリャは、次の瞬間にはもう先程の質問等忘れて執務に没頭していたのだった。
ヴェイユはトゥーリャの心に歪みが生じ始めている気がしたが、違ったのかも知れないとその時は思い直す。
だが、トゥーリャの奇行は徐々に増え出していく。
時には自身の肖像画に描かれたもう1人の姿を見て「これは誰だ?」と側近へ問いてきたり、かつてリータンリャシャが使用していた部屋に入り、まるで寝台に弟が居るかの様に話し掛ける姿が側近達の目に留まり出すのであった。
だが、いつもそんな時のトゥーリャは夢遊病にかかっている様で意識はぼんやりとしており、後で聞いてもまるでその時の事を覚えていないのである。
『それでも、普段のトゥーリャは賢王であり良い父親でもあったんだ』
南側を自治する種族と無事に共存の条約を結び、大海への玄関口を得た後に長く共に過ごした側近の1人とトゥーリャは婚姻を結ぶ。
元々好き合っていた2人である。その事を他の側近達は皆知っており、漸く結ばれた事に国をあげて祝福したのだった。
そして程なくして2人の間には男児が誕生する。
子供の肌は、トゥーリャと同じ褐色で他は妻に似て緑色の髪に青い空色の瞳を持っていた。
青年になる前に両親を亡くしたトゥーリャにとって側近達も妻も息子も守護者も全員大切な家族であった。
しかし、時折ふと自身の心の中に空いた暗く深い闇を感じ、首を傾げる。
誰かが側に居た。
自分と同じ瞳の色と髪の色の誰か。
その誰かに無性に会いたくなる時、必ず同じ夢を見る。
その者は自分と瓜二つの顔なのに、透き通る様な白い肌でいつも柔らかい笑顔を浮かべて自分を見ていた。
夢から覚め鏡を見つめるも、その様な姿の知り合いも身内もいないと思い直す。
しかし、そう思ってはいけないと声を聞く気もする。
『特に、その頃風樹と空樹は騎士団長室の更に奥に保管されてトゥーリャの目に触れる事は殆んど無かったから尚の事兄の心の歪みは浸透していってしまったのかも知れない』
更に時は経ち、トゥーリャの息子が18才となる。
息子は、民をよく知る機会の為に民の暮らしと密接な関係の騎士団に入団して訓練を受ける様になる。
訓練に励み仲間と談笑している息子の姿を目にすると、時折トゥーリャはどうしようもない喪失感に襲われ自我を失いそうになっていた。
何故ならば、息子の年齢はリータンリャシャがこの世を去った時と同じ年齢であった。
苦しむトゥーリャの姿に、本当ならば封印した心を返し真実を思い出させて心の歪みを治してあげたい。とそう側近達は思っていた。
しかし、真実を思い出せばきっとトゥーリャは悔恨から自らの命を絶ってしまうだろう未来も予測出来てしまう。
漸く平和に近付きつつあるばかりの国である。トゥーリャの持つ高いカリスマ性により、国内だけでなく近隣の他種族達からも絶大なる支持を受ける王。
側近達はヴェイユに頼み、リータンリャシャを思い出す事はない術式をトゥーリャに掛け続けた。
しかし、埋まらない深い闇と眠り続ける風樹の中の心が互いを呼び合ったのか、トゥーリャの術式が解ける事態が起きてしまう。
『団員が増えた事で団長室を引っ越す事になり、その時密やかに別の場所へ移動させる予定だった風樹と空樹がトゥーリャの目に触れてしまったんだ。皮肉にも、トゥーリャの息子と団長の息子の2人が双剣を持って移動している所をトゥーリャが通り掛かってね。2人の姿が正にトゥーリャと僕の姿を彷彿とさせてしまったんだ』
トゥーリャは唐突に頭の中の霧が晴れ、唯一無二の存在を思い出す。
「リーシャっ!……そうだ!俺にはリーシャが居た!!何故今まで忘れてしまっていたんだっ!」
「何故だ!?何故!?」と叫び声を上げて走り出し、トゥーリャがリータンリャシャの部屋を訪れても、勿論そこに弟がいる訳も無い。
だが、今でも美しく整えられた部屋を見て永遠の旅路へと行く弟を自分が看取れた訳ではなく、国と民を護る為にその命を捧げて自分は既に息をしない弟を発見した真実を思い出す。
その記憶を皮切りに次々と弟と過ごした日々を思い出し、目からは涙が溢れどんなに名を呼んでもその声に返事を返してはもらえないのだと現実を突き付けられるのだった。
「………ここは」
いつの間にか、トゥーリャは弟が眠る場所にたどり着いていた。
今日の今日まで自分は来る事は無かったが、常に誰かしらが手入れをしてくれていた様で、ひっそりと建てられている廟の周りには綺麗な花が咲いている。
「あぁ……。リーシャ。リータンリャシャっ!私はなんて酷い兄だっ!!誰よりも、誰よりも!掛け替えのないお前を忘れていただなんてっっ!!」
この廟の奥に弟は眠っている。
側近の力により防腐の魔術式を施し、再度風の衣で包んでいるので亡くなった当時のままの姿であるはすだ。
だが、それを思い出した所で廟の入り口は硬く閉ざされ魔術式による鍵が掛かっていた。
その解錠は施錠したヴェイユにしか出来ない事をトゥーリャは混乱のあまり思い付けない。
どうしても入る事が叶わない入り口に、すがり付く様に屈み込みトゥーリャは泣きながら弟の名を叫ぶ。
「リーシャ!会いたい!一目でも良いから、一声だけでも良いからお前の声が聞きたいっ!お前に会いたい!!何故、俺を置いて行ってしまったんだ!何故俺は今日までお前を思い出せなかったんだっ!!」
その身を削る様な叫び声にいつしか魔力が籠り、周りの全てを拒絶する結界が構築されていく。
ヴェイユは、トゥーリャの異変にいち早く気付き転移で駆け付けるも着いた時には既に結界は完成されてしまい中に入れなかった。
「トゥーリャンファシャ様っ!……お願いです!どうか、この結界を解いて下さいっ!トゥーリャンファシャ様っ!!」
トゥーリャンファシャはリータンリャシャより魔力量が多くない。
しかも、この様な術式も無い無茶苦茶な結界を張り続ければいずれ魔力は枯渇し命に関わる事態となる。
ヴェイユの後に続き、側近達も王妃も息子も集まり皆がトゥーリャの名を呼び叫ぶも、結界が全てを拒絶する。
「「あっ!!」」
突然、トゥーリャの息子と団長の息子が持っていた風樹と空樹がその手を離れ宙に浮き上がった。
彼等が掴み直す間もなく双剣は結界内に吸い込まれ、浮いたままトゥーリャの左右にピタリと止まる。
「………俺をリーシャの側へ行かせてくれるのか?」
どういう訳か結界内のトゥーリャの声は外へ届く。
「いけませんっ!お止め下さい!!トゥーリャンファシャ様!!」
トゥーリャが何を思ったのか全員が気付く。
ヴェイユが必死に声を掛けるが、やはりこちらの声は届いていないのかトゥーリャは反応を返さない。
ゆらりと風樹の1つが動き、自ら鞘から抜き出て抜き身となるとトゥーリャの手の中にピタリ収まった。
すると、刀身が薄青く輝き出し青い光に包まれた紫色の球体が現れ出る。
「……あぁ。お前がずっと持っていてくれたんだね。ありがとう」
球体を見つめていたトゥーリャは、流れ出る涙をそのままに笑顔となった。
それこそがトゥーリャから切り離されていたリータンリャシャとの全て。
球体がゆっくりとトゥーリャの身体の中に沈み込んでいく。
長きに渡り凍てついていた彼の心は今満たされた。
「お前達が私にした事は責めない。そうするしかなかったと理解している。……しかし、もう良いだろう?」
ゆっくりとこちらを振り返り、一人一人の目を見てからそう呟くと、トゥーリャは手に持っている風樹を躊躇う事など無く自らの心臓へ突き立てたのだった。
「いやーーーーっ!!!」
「トゥーリャンファシャ様っ!!」
「父上ーーーっ!」
「「「「「王ーーーーっ!!!」」」」」
剣を胸に突き立て後ろへ倒れ込んだ瞬間、結界が霧散する。
ヴェイユが直ぐ様駆け寄り、剣を引き抜くと同時に治癒の魔術式を展開するも、トゥーリャは息を吹き返す事は無かった。
何故なら、風樹がトゥーリャの魂をその身に取り込み、深く眠らせてしまったのだ。
トゥーリャの魂と深く繋がる風樹は、深い哀しみを持ち続け傷付き疲れ果てた心と同調し“眠りたい”という彼の願いを叶えたのである。
還らぬトゥーリャにヴェイユも側近達も絶望する。
しかし、ただ一人王妃は静かに愛する王を見つめ続けていた。
「………彼の我が儘は初めてでしたね」
止まらぬ涙で顔を濡らす王妃がポツリと呟く。
その言葉に全員ハッと表情を改め、王妃を見る。
「リーシャ様を喪ってしまった時に私達は何も学習せず今度はトゥーリャンファシャ様まで追い詰めるなんて……。なんて最低な家臣でしょう」
そう言い王妃はグッと眉間に皺を寄せて唇を噛み締め無理矢理己の涙を止める。
国の為国民の為等、同じ国民である双子に対する仕打ちの酷さに何を言うか、これ程身勝手で独りよがりな事はない。
風の精霊王より双剣を贈られ、守護者に護られる双子が誰よりも特別な存在だと思い込み、いつの間にか彼等の事をサーヴラー族の導き手と言う目でしか見ていなかった。
彼等の両親はただのパン職人であって、一族の長の家系でも何でもなかったのに。
「まだあどけない少年達だったのに、両親を亡くして私達が抱える以上に不安も恐怖もあったでしょう。なのに、私達が勝手に寄せる期待と思いを裏切らない様にずっと導き護って下さった……っ」
トゥーリャンファシャとリータンリャシャの幼なじみで、彼等より2つ年上の騎士団長は当時を振り返り項垂れた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『………彼等はそう言って失意の底に沈んでしまったけれどね、僕は全くそんな風に彼等に思った事は無かったしトゥーリャもそう感じた事は無いんだ。……ね?トゥーリャ』
「え!?」
優しい笑顔で僕の背後に声を掛けるリータンリャシャ様に驚き振り替えれば、リータンリャシャ様と本当に瓜二つだけど褐色の肌で目尻に皺のある壮年の男性が少し離れた所に立っていた。
『………ずっと独りにしていて本当にごめん』
そう言うリータンリャシャ様に、トゥーリャンファシャ様は両目から涙を溢しながら緩く首を横に振る。
そして一歩ずつゆっくりとした足取りでこちらに近付いて来るに連れ、時を巻き戻す様にその姿が若返って行く。
『会いたかった……』
僕の横を通り過ぎ、リータンリャシャ様と変わらぬ年頃の青年の姿となったトゥーリャンファシャ様がギュウッと強く彼を抱き締めれば、リータンリャシャ様もまたトゥーリャンファシャ様の体を強く抱き締め返す。
『俺は、間違えたんだな?』
『ううん。僕がトゥーリャと皆ともっと話し合えば良かったんだ』
リータンリャシャはあの時取った行動に後悔は無いが、兄と仲間を傷付けた事は心から申し訳ないと思っていた。
『ごめんね、トゥーリャ』
『いや。俺も、話しを聞かなくて悪かった』
トゥーリャンファシャもまた、弟の事そして仲間の事をもっと信頼し頼ればあの様な悲劇を生まなくて済んだだろうと悔いていた。
そっと体を離してお互いの目を見つめて話す2人は、本当に鏡に写っている様だ。
ふとトゥーリャンファシャは、舞うヤフクとその後ろの両陛下方に視線を向ける。
『彼等は俺達の子孫か?』
『うん』
自分が死んでからかなりの時が経っているのに、自分とどこか似ている容姿や雰囲気を持つ彼等の姿に嬉しくなる。
とても嬉しそうに辺りを見回すトゥーリャンファシャに、リータンリャシャは目に涙を浮かべてただただ頷く。
2人共、生きていた時代には感じられなかった優しくて温かな空気に囲まれている人々を見て『あぁ、今は心から望み願っていた平和な世なんだ』と思い心底安堵する。
『君は、グヴァイラヤー君といったね?』
教科書でしか知らない歴史上の2人が目の前にいる現状と、先程の話の衝撃的な内容に僕は正直脳内が飽和状態となっていた。
「………………………」
『……グヴァイラヤー?』
「!? は、はいっ!」
リータンリャシャ様の声にハッと意識が戻る。
話し掛けてきてくれたトゥーリャンファシャ様への反応が遅れてしまったっ!
とても王達への態度では無い事に『不敬!?』と僕が一瞬で青ざめるも、2人は全く気にしない様子で柔和な表情を浮かべている。
『有難う。私達の子孫と君の力のおかげで我々は再会出来た。本当に心から感謝する』
『僕からも。……グヴァイラヤーがいてくれたからこそ僕達は目覚められたんだ。本当にありがとう』
「そんなっ!どうかお顔を上げて下さいっ!」
深々と頭を下げる2人。
そう言われても僕には全く意味が判らない現状なだけだから、もうただひたすらに両手と顔を横に振りまくり恐縮するばかりであった。
『流れる血と魔力がこんなに珍しいのに、我々の種族の力の方が強いだなんて、この子供は面白な!それに平和な世をこの目で見れてなんと幸せな事だろうっ!!今まで眠っていたのも悪くなかった♪』
『そうですね、この子に会えた事と今の世を見れた幸せは僕も同感です。ですが、そろそろ僕達は待ってくれているみんなに謝りに行かなきゃいけませんね』
リータンリャシャの言葉にトゥーリャは目を軽く見開く。
『……まさか、全員待っているのか?』
『えぇ。……その様です』
側に誰かいるのか、何かを感じ取っている様子でリータンリャシャは頷く。
『気が長すぎないか!?』
『僕達の所為ですし、またそれがみんならしいですよね』
『……確かに、そうだな』
先程からトゥーリャンファシャ様の口調も雰囲気もとても砕けていて軽い。きっとこの姿が本来の彼なのだろう。
『『グヴァイラヤー』』
「はいっ!」
全く同じタイミングで2人は僕へ向き、名を呼ぶ。流石双子だ。
『『本当にありがとう。会えて嬉しかったよ。もう行かないとならないが、最後に一つだけ伝えたい。……詳しくは言えないけれど、君はこの先自分の運命に振り回されてしまうかも知れない。けれど、君なら我々とは違って必ず乗り越えられるから。君の血と力を信じて生きてくれ……』』
お2人に一体何が見えたのだろう?心配気な様子で僕の事を見つめ『どうか今言われた事は忘れないで』と言い残しながら、彼等は空気に溶け込む様に消えて行ってしまった。
「……僕も、お2人とお会い出来て嬉しかったです」
もうお2人に届かないかも知れないけれど、僕も心からのお礼を呟く。
……………………………
…………………
…………
2人との別れに感傷的な気持ちになっていたけれど、冷静な思考回路が戻ってくる。
そして、今の自分を見つめる……。
今だに宙に浮いたままだし、下の魔術式はどうやらまだ展開中のままの様子だ。
「……僕は一体どうやってあそこへ戻れば良いんだろう?」
「安心なさい。私が戻してあげますよ」
「うっわぁっ!!」
つい声に出てしまっていた疑問にまさか返事を返されるとは思っていなくて、飛び上がる程驚き思わず叫び声を上げる。
振り替えれば、そこには舞の衣装と少し似た服装の男性が浮いていた。
「…え?……え!?………ヤームさん???」
見慣れない衣装を纏っているから、一瞬知らない人だと思った。でも、目の前に浮いているのはどうみてもヤームさんにしか見えない。
「えぇ、私です。……驚かせてしまいまして申し訳ありませんでした」
僕の驚く様子が面白かったのか、ヤームさんはクスクスと小さな笑い声をあげている。
「…………あの、何故、ここに浮いているんですか?」
色々な質問が脳内を駆け巡る中、なんとか声を出す。
「お迎えにあがりましたのと、グヴァイ様の疑問にお答えしようと思いまして」
かなり色々解らない事だらけなのではないですか?とヤームさんは爽やかに笑う。
「お答え出来る範囲内だけとなりますが、何でも聞いてください」
「はい……。まあ、そうですね。ありがとうございます。……じゃあ、あの。何故僕がリータンリャシャ様達を目覚めさせる事が出来たんですか?」
未だ脳内はグルグルと迷走をしている為に、質問疑問が上手く纏まらない。
「それは、先ず一つ目にグヴァイ様に流れる血の影響ですね。それから、持っていらっしゃる雰囲気がリータンリャシャ様の幼い頃に大変似ていらっしゃるのと、お姿がトゥーリャンファシャ様のご子息・マウディルーガン様に似ていらっしゃるからです」
2代目の王、マウディルーガン様の容姿は肌は褐色だけど緑の髪色に青い空色の瞳って言ってたっけ……。
「血ってじいちゃんのって事ですか?」
「いえ、それだけでは無く。曾祖母様の血筋が古種なんですよ。しかもかなり貴重な血脈です。お二方の血と力が丸々貴方に覚醒遺伝として移り、精霊と双王へ影響を与えた様です」
容姿は曾祖父様と瓜二つでも内に秘めている力は我々風の精霊や他の精霊達の力の方が勝っているみたいですね。と説明を付け加えた。
「そう言えば、僕ひいおばあちゃんの事って殆んど知らないや……」
別に隠されているとかでは無く、じいちゃんと会うまで気にする事が無かっただけだ。
たぶんまたじいちゃんとは会えるだろうから、その時聞いてみようと僕は思う。
血や力、そして僕の外見が双子を剣から解き放ったきっかけと言われても、僕が実際に何かした訳では無いからなんとも言えない気分だ。
「……それにしても、ヤームさんはヴェイユ様だったんですね」
そしてもう一つ、確実なる真実を声に出す。
「はい」
やはり爽やかな笑顔と共に返事をするヤームさん。
彼自身の事が色々気になるけれど、なんだか聞いてはいけない雰囲気を醸し出している……様な気がする。
「…………………………」
でも、聞きたくてじっと彼を見つめる。
「私自身の事は、いずれお話し致しますよ。ですから、ヤフグリッド様へはご内密にお願い致します」
ちょっとだけ苦笑してヤームさんはそう僕に願う。
「やっぱり。でも、僕自身が聞いた双王の真実は伝えて良いですか?」
そう言われると思っていたから、僕は素直に頷く。
「はい、大丈夫です。お2人がそれを望んでいらっしゃるからこそグヴァイラヤー様にお話しなさったのでしょうから」
「有難うございます」
「さて、ではそろそろ下の魔術式も切れます。戻りましょうか?」
言われて下を見れば、薄く膜を張られた様な魔術式が徐々に消え始めている。
「はい、お願い致します」
そう答えたと同時に僕の身体は一瞬だけ重く感じて周囲の音が蘇った。
シャンッ!!
ヤフクと向かい合い、互いの双剣を交差させた舞の最後に僕は戻る。
ずっと上で見ていたのに、感覚はきちんと舞い切った満足感が有る。
……なんとも変な感じがするけれど、仕方がないか。
鞘に双剣を仕舞い両陛下、観客へ一礼をして僕等は退場する。
鳴り止まない拍手と歓声の嵐が僕等を追い掛ける。
「お疲れっ!有難う!!」
頬をほんのりと上気させたヤフクが僕を抱き締めた。
「……僕の方こそ、貴重な体験をさせてくれて有難う」
僕もヤフクを抱き締め返す。
ソイルヴェイユに入ったからこそヤフクと出会い、村で生きていたら得られなかった体験をさせて貰えた。感謝こそすれ不満なんて全く無い。
「来年もよろしくなっ!」
「え!?」
そう言ってヤフクはニヤリと悪い笑顔を浮かべたのだった。
わざと明かりを灯していない薄暗い暁天の間の中がゆっくりと明るくなっていく。
テルトー村は秋から春半ばまで日の出が遅い為、夜が明け出す頃に家を出て学舎へと歩き出す。
日は途中で昇り出すから、日の出自体は見慣れているしむしろ見飽きているに近い。
けれども、冬は毎日厚い雲に覆われ雪が舞う日ばかり。本に書かれていた“見れば縁起が良い”と言われている新年の初日の出を見る機会は無かった。
だから、僕は今日生まれて初めて初日の出を目にしている。
3階の曉天の間の大窓から見える眼下に広がる庭園には雪が薄く積もり、昇り行く朝日の光がその雪景色を七色に染め上げ輝いていた。
『………………』
雲一つ無い空は刻一刻と色を変え、その色が雪に写り庭をより美しく彩っていく。
その変幻万華な色彩に僕は言葉が出ず、ただただ外を見つめ続けていた。
「……使え」
突然、隣に立っていたヤフクがタオルを差し出す。
「?」
何故差し出されたのか意図が解らず首を傾げながらも素直に受け取る僕に、ヤフクはクククッと小さく笑う。
「涙、出てるぞ。……あと、鼻も垂れそうだ」
人差し指で僕の左の頬と鼻を順に指す。
「!?」
頬に触れ、初めて流れ出ていた自分の涙に気が付く。
元々涙脆い所があるのは自覚していたけれど、感動のあまり無意識に涙が溢れ落ちてしまっていたなんて初めてだ。
「……ありがとう。目と鼻は繋がっているから仕方がないよ」
涙は仕方がないと思えるけれど、鼻水を垂らしている姿を見られるのはかなり恥ずかしい。
僕は、羞恥心を誤魔化す様にちょっとだけぶっきらぼうな言い方をしながら急いで目と鼻を拭うが、ヤフクのニヤニヤは止まらない。
「目が真っ赤でリリャンキュみたいに可愛いな♪」
そう言ってまた肩を小刻みに揺らしてクククと笑う。
「男に可愛いとか無いだろ。……ってかヤフク、笑い過ぎ」
僕は軽く睨んで溜め息を溢す。
「ハハッ……すまん。グヴァイだけを笑っていた訳じゃないんだ。……ほら、あっちを見てみろ」
「え?」
そう言われてヤフクが指す方を見ると、僕達と同じ様に大窓のそばで初日の出を見ていたはずの騎士達や手際良くテーブルの上を片付けている侍従達が何故かそっと伺う様な視線を僕へと向けていたのだった。
『!?!』
あまりのその視線の多さにたじろぎ、僕は手の中のタオルを握り締め思わず半歩後退ってしまった。
「え!?な、なんで……?」
「こんなにも周りに気に入られてしまうなんてなぁ。……お前、実は魅了の魔術式でも使ったのか?」
ヤフクは更にニヤリと笑みを深め、からかい混じりな事を言い出す。
「……は!?そんな高等魔術式使える訳ないじゃん!」
魅了の魔術式は光の魔術式の中でも高度なもので、光の上級聖霊との繋がりが深くないと展開出来ない代物だ。
初等学舎で火・風・水の中から生活に役立つものだけを習い、今の魔術の授業でもそこからの応用しかまだ教わっていない僕が使える訳が無い。
「第一、魔術省に使用許可が必要の禁術だろ!」
すかさず言い返すも、ヤフクは「よく知っているな♪いやいや、それにしたってなぁ……」などと呟きながらまだニヤニヤと笑っている。
「あれ程の数の人間が、よく知らないお前に好意を寄せるなんて普通は無いだろう?」
「そんな事言われたって、僕知らないよっ」
嫌われるよりずっと良いけれど、どうして好意を向けられるのか意味が解らない。
未だに僕を見ている彼等へ視線を向けるのが少し怖くなり僕は俯くしかない。
「人気者は大変だなぁ♪」
どう言い返してもからかわれる。ヤフクをギッと強く睨むしか出来ない僕は、眉間にシワを寄せ過ぎた為にまた目からじわりと涙が滲み出てきてしまう。
こんなにしつこくからかわれる事なんて無かった。
『今日のヤフクはなんか意地悪だ……』
そう思っていた中、突然大きな手が僕の頭にふわりと優しく触れる。
「……コラッ!いくら大好きな友達だからと言っても、からかい過ぎだぞ」
「そうですよ。お気に入りを構い過ぎてしまうのはヤフグリッド様の悪いクセです。今に嫌われてしまいますよ」
声に振り返れば、優しい笑顔を僕に向けるセユンさんと呆れ顔をヤフクに向けるヤームさんが揃って立っていた。
「……セユンさん、ヤームさん」
日の出を見逃さない様に僕達を起こしてくれた後、2人はそれぞれの用事で大広間を離れていた。
現れた2人の姿を見てついホッと息を吐く。
表情を緩めて2人の名前を呟く僕に、セユンさんは更に優しい微笑みを浮かべながらハンカチで涙を拭う。
「……全く。大事な友人を泣かせる奴があるか」
「グヴァイ様、ヤフグリッド様の事は後程しっかりと叱っておきますからね」
「……なっ!何言ってんだ!?お前達!?」
ヤフクが一瞬にして顔を真っ赤に染めて言葉に詰まると、今度はセユンさんとヤームさんがニヤリと悪い笑顔をヤフクに向けて口を開いた。
「だってそうだろう?自分のお気に入りが周りからも気に入ってもらえたのが嬉しいから、ついつい仲良しっぷりを見せびらかしたくて無駄にかまっていたのだろう?」
僕を慰める様に頭を優しく撫で続けて話すセユンさんに対し、ヤームさんもうんうんと同意する様に頷き言葉を続ける。
「ヤフグリッド様は、幼い頃から気に入った物は常にそばに置いて愛でたりそれを周りに自慢したりするのがお好きなご性分でしたからねぇ」
「………!?………はぁ!?」
小さい頃からの彼を良く知る2人の言葉に、ヤフクは二の句が継げず顔を赤らめたまま口をパクパクと開閉するしかない。
「いやはや、我が従弟ながらまだまだ可愛い所が有ったんだねぇ」
「えぇ、その様ですねぇ」
にこにこにこにこ
2人からのとても暖かい(……生暖かい?)視線の笑顔は、端から見たら可愛い弟を愛でる兄達の様で微笑ましい感じである。
けれど、僕には2人の背中からチラリと覗く冷たく黒いもやと『あんまりグヴァイを困らせるなら、お前の弱点ばらそうか?』とか『なんでしたら、ヤフグリッド様の恥ずかしい話の一つでもグヴァイ様に致しましょうかねぇ?』なんて声が一緒に聞こえてきた様な気がするのだった。
気のせい?と内心首を傾げていた矢先に、ヤフクがガクリと肩を落として項垂れる。
「……あ~、なんだ。その、からかい過ぎて悪かった」
肩を落としたまま、ヤフクは謝罪を口にする。
どうやら僕が感じた気配は当たっていた様だ。
「プッ。ヤフクはセユンさん達には敵わないんだね」
ソイルヴェイユでは見ないヤフクの姿が面白くて僕はつい吹き出す。
「まあな……」
項垂れたままそうぼそりと言い「たぶん、ヤームには一生敵わない気がするしな……」と更に小声で呟く彼は、深い溜め息を溢す。
「さあさあ、そんな事よりも日も昇りきりましたからヤフグリッド様は陛下方と共に参賀のお支度へ参りますよ。グヴァイ様も風舞のお支度へ行きましょうね♪」
「そんな事よりって……」言い負かされ心持ち恨めし気にヤームさんを睨みつつ呟くヤフクだが、ヤームさんはニッコリと人好きする笑顔で華麗にそれを無視して彼の後ろに控えていた人へ視線を送る。
「おはようございます、グヴァイラヤー様。お支度等は私が付き添わせて頂きます」
スッと横に現れたのは、侍従長のモジェルグさんだった。
「おはようございます。よろしくお願い致します」
今日は“新年の舞”の本番当日だ。
先ずヤフクは王宮広場前4階の参賀用テラスで行われる王族の参賀に出席し、両陛下並びに側妃殿下方と共に国民に顔を出す。
その間に僕は風舞の支度に入る。
舞台は同じく広場前で、場所は2階。支度の間はその隣にある。
先日僕の丈に合わせて作られた衣装を試着したけれど、東風と呼ばれるデザインで決して僕1人では着れない複雑な作りだった。
ヤフクの言う「顔見せ興行」が済んだら彼もその後直ぐに降りてきて着替えて僕と合流。
そして、舞台へと降りる。彼は5才の時から舞っているだけあって、支度も手慣れているからとても早い。
「じゃ、また後でな」
「うん!」
ヤフクはヤームさんと暁天の間の奥にある王族専用の扉へ、僕はモジェルグさんに付いて出入口へと向かう。
セユンさんは今日1日僕の護衛に付いてくれるのだそうで、後ろから付いて来る。
結界のおかげで心配は無いけれど、念の為だそうだ。
『あ、そうだ靴……』
預けていた事を思い出し、モジェルグさんに声をかけなきゃと思って彼を見ると、彼は両手でトレイを持ちその上にはなんと僕の靴が乗せられていた。
「え?いつの間にっ!?」
先程ヤームさんの後ろから現れた際には手に何も持っていなかった。
驚きのあまり思わず声が出ていた僕を振り返り、モジェルグさんはちょっぴり茶目っ気を含んだ表情と声色でにこやかに微笑む。
「大切な方の手を煩わせないのが私共の仕事です♪」
僕が2週間も長い間気後れしないで王宮で過ごさせて貰えたのは、モジェルグさんを始め月宮の方々がそう言ってはいつも砕けた雰囲気を作ってくれたおかげだった。
「……有難う、ございます」
いつも心を込めて言ってきた言葉だけど、どれだけ感謝の思いを込めても足りない。明日にはまたソイルヴェイユへ帰る。けれど、僕は決してこの方達の優しさを忘れないしいつか恩返しをしたいと新たに決意する。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
シャン!!
刺す程では無いけれど、身体も心も引き締める冷たさを感じさせる空気の中、清んだ鈴の音色が辺りに響き渡る。
鳴り響く音と同時に僕等の目の前に掛けられていた紅色の幕が落ちた。
風舞の幕開けだ。
「「「え!?」」」、「「「「なんと!」」」」
王子の隣がいつも側に控えている背の高い従者ではなく、見知らぬ少年である事実に人々の間からざわめきが起きる。
トン、タタン、トン! ダンッ!タタン!ドンッ!!
「「「「……………………!!」」」」
向かい合わせに立つヤフクと僕が足音高く舞台を踏み、舞い始めた途端に広場は水を打った様になった。
僕等の正に鏡の如く左右対称な動きに観る人全ての視線を集めていく。
シャン!シャラン!シャン!シャラランッ
シャン!シャラン!シャン!シャラランッ
僕等が舞う度に、袖口や帯そして上着の裾に縫い付けられた鈴が鳴る。
舞台の前はイルツヴェーグ中の人が集まっているのではないかと思える程の人だかりが出来ているのに、話し声等一切無く僕等が作る舞台を踏む足音と鈴の音だけが辺りを包み込む。
シャリンッ!!
鏡面舞踊を解き、互いに双剣を抜いて軽くぶつけ交差させ前を向く。
ドンッダンッタタン!
タタン!ドンッダンッタタン!
先程よりも強く舞台を踏み鳴らし、どんどん足さばきも双剣のさばきも速くしていく。
真っ直ぐ前を向いているからヤフクは見えない。けれど、決して乱れず同じ動きを僕は出来ている事を感じる。
不思議と緊張は無い。
舞は複雑な動きなのに、中盤へと入るに連れ僕の意識と感覚は研ぎ澄まされ広がっていく。
念願が叶った事を喜び嬉し気なヤフクの表情や、背後の御前席にいる両陛下の満足気な表情。それにその左右を固める近衛騎士隊長と騎士団隊長達の驚いている表情が見える。
……そう。今、僕は舞台で舞う自分や周りを見下ろしている。
『えぇ!?』
『大丈夫。どうかそのままで』
あり得ない景色に気が付いた瞬間、頭の中に声が響き渡る。
『今、君はちゃんと君が舞っている。心だけ来て貰ったんだ』
ヤフクと一糸乱れぬ舞を続ける自分の姿を信じられない思いで見つめていると、そっと頬に手が触れ優しく顔を上げさせられる。
目を合わせれば、なんと目の前には真っ白な肌に光輝く金色の長い髪、そして吸い込まれそうな程深い紫の色の瞳を持つ青年がいた。
「…………リータンリャシャ様?」
『うん』
肌の色は違うけれど、歴史書の絵姿と同じ青年に『まさか?』という思いを浮かべながら名を呟けば、ニコニコと優しい笑顔を浮かべ嬉し気に青年は頷く。
「……え?何故?」
2000年も前に亡くなられた方が目の前になんで!?ってか、何故僕の目の前に!?まさか、風舞でとんでもない間違いを僕はやらかしている!?
一瞬で混乱と動揺が心の中で渦巻き、僕はパニックに陥りそうになる。
『驚かせてごめん。大丈夫、ただお礼を言いたかっただけなんだ。だから、どうか心を落ち着かせて?』
「は……はい」
背中を宥める様に撫でられ、僕は彼の手の温かさを感じホッとすると落ち着きが戻ってくる。
『驚かせて本当にごめんね。君のおかげで僕は風樹を解放してあげられたんだ』
「解放?」
『うん。僕の所為で、ずっと眠らされていた。が正しいけど』
リータンリャシャ様は、僕の両手を優しく包み込む様に握り締めると舞台で舞うヤフクと僕を見つめる。
『長い話しになってしまうんだけれど、聞いてくれるかい?』
「はい……」
戸惑い勝ちに返事をする僕に『ありがとう』と微笑むと、リータンリャシャ様は一旦僕から手を離し両手で大きな魔術式を展開して僕等を包み込む。
辺りの景色が薄紫色に変わった途端に舞続けるヤフクと僕の速さが明らかにゆったりとしたものに変わる。
その複雑な魔術式を意図も簡単に構築して展開させてしまう事も本当に驚きだけれど、下に広がる光景に僕は言葉を失ったまま見つめ続けた。
リータンリャシャ様は、そんな僕を見てふふふっと楽し気な笑い声をあげる。
これは本来は精霊王達以外は使えない魔術式で、今日だけ特別に許可を頂き時を少しだけいじったんだよ。と教えてくれた。
許可を得ただけで扱えるリータンリャシャ様に更に驚いた僕だったけれど、少しだけ遠くを見ている彼がこれから僕に大切な話しをする為に考えを纏めている様子を受ける。
だから、僕は彼が口を開くまで黙って彼を見つめ続けた。
暫くした後、リータンリャシャ様は視線を僕へ戻すと現存する歴史書に綴れなかった真実を話し出す。
『………風の精霊王・シルフ様より賜った風樹と空樹のおかげで僕達サーヴラー族は生き延びられてきたのに、僕の我が儘が原因で風樹は世界を拒絶してしまったんだ』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
争乱の世の中で追われ狩られ徐々にその数を減らしつつある種族に、ある新月の晩に双子が生まれ落ちた。
薄く明かりを灯し、大きな声は出せない中で皆が喜び寿ぎ合っていると突然双子の枕元にシルフ王が出現する。
誰しもが驚き固まっていると、双子はかつてシルフ王の元で使えた精霊の生まれ変わりであったと語られたのだ。
精霊は、どの階級にいようともその存在は自然の一部であり身体を持たない。
身体を持たないからこそ理に縛られず、ファルリーアパファルを創った神に近い種族であり他の種族とは異なる生き方をしている。
それ故に彼等にも寿命はあるが、死ぬと自然界の一部となって溶け込み消えていく。
だが、稀に身体を得て生まれ変わる事もある。
全精霊王は己の眷属が生まれ変わった事を本能で感じ取れると共に、その事を心から喜び祝福を贈る。
何故なら、精霊の多くが身体を持って理の中で生きる種族に憧れを抱いているからだ。
元来精霊はとても友好的で多種族との交流好きが多いのだが、上級以上の精霊以外は人工物に触れる事が出来なかったり魔力が弱い者には認識してもらい難い。
身体が無く理に縛られない生き方は自由に見えるが、知り合いたいのに存在すら気付いてもらえない事は大変悲しく、余計に身体というものに焦がれるという訳である。
精霊王が与える祝福は、本来身体へ加護を与えるぐらいのものだが、1人の精霊が双子となって生まれ変わる事など今まで無い。
シルフ王は、その事だけでも何かしらの宿命を感じるのに、サーヴラー族の現状の厳しさからこの双子が抱える運命の過酷さを感じ取る。
先見の力等持たずとも生まれたばかりの赤子達が抱えるにはあまりにも重いものであると判る。
それを不憫に思い、王は己の配下の1人を守護者として付けるだけでなく風を具現化した風樹と空樹の双剣を造り出して贈ったのだった。
双剣は精霊王が造りし物だけであって、双子が成長していくと共に双剣もその大きさを小刀から短剣、短剣から長剣へと姿を変えて常に側に有り続けた。
『守護者と双剣は、如何なる時も僕達を助けて救ってくれた。そして共に成長した双剣は僕達の力と魂を共有し半身の様な存在となっていったんだ。……だけど』
双子と一族は国とはまだ呼べないまでも逃げ回らずに済む地を手に入れ、生き延びていける希望を見い出す。
ささやかながらも少しだけ心が休まるそんな時に、リータンリャシャは己の身体の異変に気が付く。
『心臓がね、徐々に徐々に動かなくなっていく呪いにかかってしまっていたんだ』
リータンリャシャ様は、右手を僕の手からそっと離し、自身の心臓の上に置いて俯く。
「呪い!?」
『うん。まだ巨樹へ着く前、執拗に僕を欲しがる魔人を皆と力を合わせてやっと退けれたその瞬間にどうやら掛けられた。……しかも、完呪し僕が死んだ暁には死体もろとも魂までもがその魔人の元へ転移する様になっていたんだ』
「そんな……。解呪は?」
『残念ながら、あの時代の僕等は呪いには全くと言える程無知だった。だから、僕を含め皆病だと思っていたんだ』
今でこそ他種族と交流があるおかげで様々な魔術式にも精通する種族となっているけれど、当時は生き抜くだけで精一杯で自分達が扱う魔術式以外を学ぶ機会等無かったであろう。
『呪いだと判ったのは、僕が精霊王達と命約を結んだ後だったんだ……』
「え?」
王史には命と引き換えに命約を結んだ。と書いてあったのでは?と僕が疑問に思っていると、リータンリャシャ様は優しく微笑む。
『後の世に残っている僕の事は、たぶん残された仲間達が致し方なくそう書き残すしかなかったんだと思う』
先住者の古竜のおかげで当面の脅威を退け、漸くサーヴラー族は国として周りから認められる事となった。
かなり少数になってしまったとは言え、散り散りになった者達も合わされば民の総数は200人は下らない。
噂を聞き、徐々に巨樹へ一族が集まり始める中で国として成り立ち続ける為に様々な事柄を決めていかねばならなくなる。
しかし兄や共に生き延びてきた仲間達が忙しく動き回る中、リータンリャシャは1人寝台で療養させられていた。
『走ったり速く飛んだりしたら、いきなりギュッて心臓が握り潰される様な痛みに襲われてそのまま意識を失うんだ。医術に心得がある者が診ても原因は不明だから、僕はおとなしく寝台で横になってトゥーリャや仲間が部屋に訪れてくれるのを待つしかなかった』
幸いだったのは、誰もがリータンリャシャを大事に思いどんな些細な決め事でも兄トゥーリャも仲間達も必ずリータンリャシャの部屋に集まり共に話し合って国造りを進めて行けた事だ。
おかげで徐々に国の基盤も整い、友好的な他種族との交流も増えて集落の様相から町へと成長していく。
放浪中は、常に狙われ追われる事ばかりで恐怖心からサーヴラー族自身が最も得意とする速さや風の魔術の力を十二分に発揮しての戦法を取る事が出来ていなかった。
だが、簡単には攻め入られない巨樹と言う名の天然の要塞を得て、彼等は地に足を付け敵へ備え構える事が出来る様になると、本来の力を取り戻して一族は敵を撃退し益々発展していく事となる。
『……だけど、心休まる時はとても少なかったんだ』
何かと助言をくれたり知恵を貸してくれていた古竜は、自身の死期を感じると本能に従い自分の棲みかをサーヴラー族に譲り生まれ故郷へと旅立って行く。
その頃には地上に居る時よりもサーヴラー族を狙う敵は減ったが、今度は古竜が居た為に巨樹を手に入れられなかった種族が次々と戦を仕掛けてくる様になる。
『魔力は人一倍有るのに仲間と共に戦いに出る事が叶わない僕は、何か他の形で国を守る方法がないかずっと思案していた。……そんな中で古竜が遺してくれた多量の書物の中に一つの希望が見つかったんだ』
古竜は、その長命な時を持って古今東西の様々な事柄の書物を集め所有していた。
そして「もう全て我の頭の中に有る」と言い、これからのサーヴラー族の糧になるだろうと全書物を置いて行ってくれたのだった。
それ等は正に今のサーヴラー族にはどんな宝石類よりも価値のある物であり、現状を救いたいリータンリャシャの助けとなる。
「その中に全精霊王との命約があったんですね……」
『うん。あの頃の僕は、もう殆んど寝台から起き上がれない程呪いに蝕まれていたんだ。……だから、僕の魔力で国や兄を護れる方法を見付けるとそれを実行しなければって思い込んでしまっていた』
精霊王を呼び出す魔術式は魔力が足りないと己の命力も使う事になる程危険なものだが、リータンリャシャ自身は幾日とも知れぬ命がこのままただ散るのを待つぐらいならば精霊王達と命約を結び、結界を張り国を護りたいと兄と仲間に相談を持ち掛けた。
「不治の病かも知れないが、お前は俺の命と同等のかけがえのない存在なんだ!その命を使ってまで結界を張りたい等っ!!……そんな事、絶対に賛同出来るものか!!」
しかし、トゥーリャは烈火の如く怒り猛反対。
仲間も皆兄と同意見であった為、それ以上話し合いの場を設ける事は叶わなかった。
『だけど、僕はもう本当に自分の命数は僅かであろうと解っていたんだ。……だから、兄達が巨樹を離れた戦に赴いている時に魔術式を展開して精霊王を呼び出したんだ』
例え全員が無理でも一番身近なシルフ王だけとでも命約を結びたいと願い発動させると、なんと全精霊王が現れる。
転生するだけでも稀なのに、数奇なる道を歩むリータンリャシャの魂は精霊達にとって興味深いものであった。
双子を見守る様々な精霊達を介して、精霊王達もまた2人の行く末を見ていた。
明らかに自分の魔力量だけでは展開が難しい魔術式であったのに底を尽きる感覚が無く、更には体を起こしているだけでもかなり辛かったはずの身体は軽く呼吸が楽である事に気付き驚く。
『その時にね、闇の精霊王が僕の体を蝕むものを退けてくれていたんだ』
不治の病などではなく、これは魂に掛けられた呪いである。と、闇の精霊王から告げられて初めて呪いでありそこに込められたおぞましい事実を知る。
呪いの魔術式は闇の魔力を扱うもの。よって闇の精霊王の意思一つで弱める事も強める事も可能だ。
掛けた魔人の身勝手で理不尽極まりないものである故に、呼び掛けに応じた闇の王が命約を結ぶまでは効力を最小限に抑えてリータンリャシャの身体を楽にしてくれた訳であった。
また、呪いの解呪には光の魔力を扱う。
共に呼び掛けに応じてくれた光の精霊王であれば解呪は容易い事であったはずだが、リータンリャシャの魂は呪いに蝕まれ過ぎた為に解呪は最早不可能となってしまっていた。
その事実に落胆は無いと言えば嘘になるが、そもそも実現が不可能だろうと思っていた全精霊王達が現れてくれた事によりリータンリャシャ自身は喜びの方が勝った。
改めて、この命を使ってでも結界を張りたいと願うが一様に王達は首を横に振る。
魔力や命力が足りないとかの話ではなく、今の彼の呪われた魂のままでは不完全な結界となってしまうのだ。
死んだ後に魂ごと遺体が呪いを掛けた者に囚われれば、結界は消え去ってしまうのだと言う。
解呪が出来ない所為で結界も無理だなんて!皆の力になれないまま、このまま死を待つしかないのか!?とリータンリャシャは心底落胆する。
すると、ずっと黙っていたシルフ王が重い口を開く。
『僕が囚われない唯一の方法は、僕の魂の片割れとなった空樹で僕が自身を貫くしかない。と言われたんだ』
リータンリャシャの為に造られた聖なる風の力を持つ空樹を使えば、死んだ瞬間に発動する呪いの一部・拿捕の魔術式を退け解呪出来て遺体も魂も留めおく事が可能であるだろうと。
『シルフ様を含め、精霊王達はずっと僕を見守っていて下さっていたんだ。だから、他に手が無いとは言え自死を進めるなんて断腸の思いだっただろうね』
念願が叶うだけでなく解呪も出来るのならば、それ以上何を望むと言うだろう。
リータンリャシャは迷う事なく自身の心臓に空樹の1つを突き立てる事に決める。
『皆が居ない間に身勝手な事をする事について心から詫びる手紙をトゥーリャ宛てに書き、そのまま僕は躊躇う事なく一思いに心臓を突いたんだ』
剣の力かはたまた精霊王達の助力か、本来ならば心臓を覆う骨に邪魔をされて一思いに突き刺す等出来ない。しかし、まるで水の中に差し入れる様に剣は真っ直ぐリータンリャシャの心臓を貫いた。
その瞬間、魂を覆う呪いは解呪され、解放されたリータンリャシャの魂と全魔力を持って精霊王達は彼が居た場所を中心に巨樹の全てを覆い尽くす結界を張り巡らせる。
『僕の魂はそのまま空樹の中に収まり、遺体はシルフ王がもう1つの空樹と共に風の衣で包み込んでくれたんだ』
呪いを掛けた魔人はかなりの上位魔術使いであった為に、解呪された瞬間を感知し巨樹の前に転移してきたのだ。
しかし、精霊王達のおかげで紙一重早く巨樹の結界は完成。
魔人は中に入れずに逆に結界の力でその身が一瞬で塵となって消滅していった。
ただし、リータンリャシャの死と結界が張られた事は双子故にトゥーリャも直ぐ様気が付く。
戦の真っ只中だったが、トゥーリャは王宮へ転移し遺体と対面する。
「何故だ!?何故!?……俺は、反対したじゃないかっ!!」
弟の遺体を抱き締め、トゥーリャは慟哭する。
トゥーリャから少し遅れて転移魔術が扱える仲間の数人が着いた時には、風の衣を無理矢理壊して弟の遺体を抱き締めた状態でトゥーリャは泣き笑い続け、誰の声も届かなくなってしまっていた。
本来1つだった魂が双子となり、共に生きてきた訳である。普通の双子以上に繋がりは深い。
それを突如として喪った悲しみは計り知れず、トゥーリャの心は今にも壊れてしまいそうであった。
『結界を張る事にばかりに固執して、遺されるトゥーリャの気持ちを僕は考えていなかったんだ……。空樹を介して僕は見ているしか出来ずにいたら、ヴェイユ……僕等の守護者がね、トゥーリャの心の一部を風樹に封印したんだ』
ヴェイユはトゥーリャと共に巨樹に戻ったのだが、その際、シルフ王より事の顛末を知らされトゥーリャへの対応が遅くなってしまった。
ヴェイユ自身双子の側に誰よりも居たからこそ、それぞれの想いも気持ちも痛い程理解出来た為にどちらにも付く事も出来ず苦悩していた。
しかし、今のサーヴラー国からトゥーリャまでもいなくならせる訳にはいかず、酷い仕打ちと解っていたが記憶を一部抜き取り心を無理矢理落ち着かせたのだった。
風樹に封印されたトゥーリャの慟哭は、風樹とヴェイユの力により深い眠りにつく。
そして、トゥーリャにはリータンリャシャは病で亡くなり、彼自身が弟を看取ったのだと空いた心に記憶を改ざんしたのだった。
しかしそれは後に心に歪みを生み、トゥーリャが弟の事やその姿を忘れて行ってしまう狂い出す始まりに過ぎなかった。
『精霊王達が掛けて下さった結界はね、本当に物凄いもので一族や巨樹を奪わんとする悪意害意有る者達全てから護って下さるものだったんだ』
グヴァイが生きる現在こそ平穏な事が多いおかげで結界の威力は弱まり、新年を迎える時位にしか効力は強まらないが、当時の結界の威力は最強種族の魔人や竜人で害意が有れば触れられない強さをずっと維持し続けるものであった。
そんな中、トゥーリャは病でこの世を去った弟を今の国民に告げては混乱を招くだけだと死んだ事は伏せ、長い闘病生活に入った。とだけ伝える。
遺体は建築中の王宮の裏庭の更に奥深く静かな場所に廟を建てて埋葬を行い、トゥーリャンファシャはファルリーアパファルが新年を迎えた日に双子王としてサーヴラー国の初代王として即位。
同時に共に旅をし戦い続けた仲間達は全員側近となり要職につく。
消せぬ哀しみを残したが、リータンリャシャのおかげで争乱も侵略の脅威も収まり、国は無事に発展し続けていくのだった。
トゥーリャは変わらず側にいてくれる守護者と側近達と共に、近隣の種族を受け入れ共存を目指しながら領土を広げ、更に平和な世を作らんと忙殺の日々を過ごす。
そんなある日、ふと鏡に写る自分を見つめながら守護者に話し掛ける。
「ヴェイユ、リーシャはまだ寝台から起き上がれないのか?」
「!? ……はい、そうですね」
「そうか……」
弟がもう何年も前に亡くなった事を知っているはずなのに、そう問うトゥーリャ。
ヴェイユは、一瞬動揺するもなんとか平静さを取り繕い返答する。
ところが「そうか」と返事をした当のトゥーリャは、次の瞬間にはもう先程の質問等忘れて執務に没頭していたのだった。
ヴェイユはトゥーリャの心に歪みが生じ始めている気がしたが、違ったのかも知れないとその時は思い直す。
だが、トゥーリャの奇行は徐々に増え出していく。
時には自身の肖像画に描かれたもう1人の姿を見て「これは誰だ?」と側近へ問いてきたり、かつてリータンリャシャが使用していた部屋に入り、まるで寝台に弟が居るかの様に話し掛ける姿が側近達の目に留まり出すのであった。
だが、いつもそんな時のトゥーリャは夢遊病にかかっている様で意識はぼんやりとしており、後で聞いてもまるでその時の事を覚えていないのである。
『それでも、普段のトゥーリャは賢王であり良い父親でもあったんだ』
南側を自治する種族と無事に共存の条約を結び、大海への玄関口を得た後に長く共に過ごした側近の1人とトゥーリャは婚姻を結ぶ。
元々好き合っていた2人である。その事を他の側近達は皆知っており、漸く結ばれた事に国をあげて祝福したのだった。
そして程なくして2人の間には男児が誕生する。
子供の肌は、トゥーリャと同じ褐色で他は妻に似て緑色の髪に青い空色の瞳を持っていた。
青年になる前に両親を亡くしたトゥーリャにとって側近達も妻も息子も守護者も全員大切な家族であった。
しかし、時折ふと自身の心の中に空いた暗く深い闇を感じ、首を傾げる。
誰かが側に居た。
自分と同じ瞳の色と髪の色の誰か。
その誰かに無性に会いたくなる時、必ず同じ夢を見る。
その者は自分と瓜二つの顔なのに、透き通る様な白い肌でいつも柔らかい笑顔を浮かべて自分を見ていた。
夢から覚め鏡を見つめるも、その様な姿の知り合いも身内もいないと思い直す。
しかし、そう思ってはいけないと声を聞く気もする。
『特に、その頃風樹と空樹は騎士団長室の更に奥に保管されてトゥーリャの目に触れる事は殆んど無かったから尚の事兄の心の歪みは浸透していってしまったのかも知れない』
更に時は経ち、トゥーリャの息子が18才となる。
息子は、民をよく知る機会の為に民の暮らしと密接な関係の騎士団に入団して訓練を受ける様になる。
訓練に励み仲間と談笑している息子の姿を目にすると、時折トゥーリャはどうしようもない喪失感に襲われ自我を失いそうになっていた。
何故ならば、息子の年齢はリータンリャシャがこの世を去った時と同じ年齢であった。
苦しむトゥーリャの姿に、本当ならば封印した心を返し真実を思い出させて心の歪みを治してあげたい。とそう側近達は思っていた。
しかし、真実を思い出せばきっとトゥーリャは悔恨から自らの命を絶ってしまうだろう未来も予測出来てしまう。
漸く平和に近付きつつあるばかりの国である。トゥーリャの持つ高いカリスマ性により、国内だけでなく近隣の他種族達からも絶大なる支持を受ける王。
側近達はヴェイユに頼み、リータンリャシャを思い出す事はない術式をトゥーリャに掛け続けた。
しかし、埋まらない深い闇と眠り続ける風樹の中の心が互いを呼び合ったのか、トゥーリャの術式が解ける事態が起きてしまう。
『団員が増えた事で団長室を引っ越す事になり、その時密やかに別の場所へ移動させる予定だった風樹と空樹がトゥーリャの目に触れてしまったんだ。皮肉にも、トゥーリャの息子と団長の息子の2人が双剣を持って移動している所をトゥーリャが通り掛かってね。2人の姿が正にトゥーリャと僕の姿を彷彿とさせてしまったんだ』
トゥーリャは唐突に頭の中の霧が晴れ、唯一無二の存在を思い出す。
「リーシャっ!……そうだ!俺にはリーシャが居た!!何故今まで忘れてしまっていたんだっ!」
「何故だ!?何故!?」と叫び声を上げて走り出し、トゥーリャがリータンリャシャの部屋を訪れても、勿論そこに弟がいる訳も無い。
だが、今でも美しく整えられた部屋を見て永遠の旅路へと行く弟を自分が看取れた訳ではなく、国と民を護る為にその命を捧げて自分は既に息をしない弟を発見した真実を思い出す。
その記憶を皮切りに次々と弟と過ごした日々を思い出し、目からは涙が溢れどんなに名を呼んでもその声に返事を返してはもらえないのだと現実を突き付けられるのだった。
「………ここは」
いつの間にか、トゥーリャは弟が眠る場所にたどり着いていた。
今日の今日まで自分は来る事は無かったが、常に誰かしらが手入れをしてくれていた様で、ひっそりと建てられている廟の周りには綺麗な花が咲いている。
「あぁ……。リーシャ。リータンリャシャっ!私はなんて酷い兄だっ!!誰よりも、誰よりも!掛け替えのないお前を忘れていただなんてっっ!!」
この廟の奥に弟は眠っている。
側近の力により防腐の魔術式を施し、再度風の衣で包んでいるので亡くなった当時のままの姿であるはすだ。
だが、それを思い出した所で廟の入り口は硬く閉ざされ魔術式による鍵が掛かっていた。
その解錠は施錠したヴェイユにしか出来ない事をトゥーリャは混乱のあまり思い付けない。
どうしても入る事が叶わない入り口に、すがり付く様に屈み込みトゥーリャは泣きながら弟の名を叫ぶ。
「リーシャ!会いたい!一目でも良いから、一声だけでも良いからお前の声が聞きたいっ!お前に会いたい!!何故、俺を置いて行ってしまったんだ!何故俺は今日までお前を思い出せなかったんだっ!!」
その身を削る様な叫び声にいつしか魔力が籠り、周りの全てを拒絶する結界が構築されていく。
ヴェイユは、トゥーリャの異変にいち早く気付き転移で駆け付けるも着いた時には既に結界は完成されてしまい中に入れなかった。
「トゥーリャンファシャ様っ!……お願いです!どうか、この結界を解いて下さいっ!トゥーリャンファシャ様っ!!」
トゥーリャンファシャはリータンリャシャより魔力量が多くない。
しかも、この様な術式も無い無茶苦茶な結界を張り続ければいずれ魔力は枯渇し命に関わる事態となる。
ヴェイユの後に続き、側近達も王妃も息子も集まり皆がトゥーリャの名を呼び叫ぶも、結界が全てを拒絶する。
「「あっ!!」」
突然、トゥーリャの息子と団長の息子が持っていた風樹と空樹がその手を離れ宙に浮き上がった。
彼等が掴み直す間もなく双剣は結界内に吸い込まれ、浮いたままトゥーリャの左右にピタリと止まる。
「………俺をリーシャの側へ行かせてくれるのか?」
どういう訳か結界内のトゥーリャの声は外へ届く。
「いけませんっ!お止め下さい!!トゥーリャンファシャ様!!」
トゥーリャが何を思ったのか全員が気付く。
ヴェイユが必死に声を掛けるが、やはりこちらの声は届いていないのかトゥーリャは反応を返さない。
ゆらりと風樹の1つが動き、自ら鞘から抜き出て抜き身となるとトゥーリャの手の中にピタリ収まった。
すると、刀身が薄青く輝き出し青い光に包まれた紫色の球体が現れ出る。
「……あぁ。お前がずっと持っていてくれたんだね。ありがとう」
球体を見つめていたトゥーリャは、流れ出る涙をそのままに笑顔となった。
それこそがトゥーリャから切り離されていたリータンリャシャとの全て。
球体がゆっくりとトゥーリャの身体の中に沈み込んでいく。
長きに渡り凍てついていた彼の心は今満たされた。
「お前達が私にした事は責めない。そうするしかなかったと理解している。……しかし、もう良いだろう?」
ゆっくりとこちらを振り返り、一人一人の目を見てからそう呟くと、トゥーリャは手に持っている風樹を躊躇う事など無く自らの心臓へ突き立てたのだった。
「いやーーーーっ!!!」
「トゥーリャンファシャ様っ!!」
「父上ーーーっ!」
「「「「「王ーーーーっ!!!」」」」」
剣を胸に突き立て後ろへ倒れ込んだ瞬間、結界が霧散する。
ヴェイユが直ぐ様駆け寄り、剣を引き抜くと同時に治癒の魔術式を展開するも、トゥーリャは息を吹き返す事は無かった。
何故なら、風樹がトゥーリャの魂をその身に取り込み、深く眠らせてしまったのだ。
トゥーリャの魂と深く繋がる風樹は、深い哀しみを持ち続け傷付き疲れ果てた心と同調し“眠りたい”という彼の願いを叶えたのである。
還らぬトゥーリャにヴェイユも側近達も絶望する。
しかし、ただ一人王妃は静かに愛する王を見つめ続けていた。
「………彼の我が儘は初めてでしたね」
止まらぬ涙で顔を濡らす王妃がポツリと呟く。
その言葉に全員ハッと表情を改め、王妃を見る。
「リーシャ様を喪ってしまった時に私達は何も学習せず今度はトゥーリャンファシャ様まで追い詰めるなんて……。なんて最低な家臣でしょう」
そう言い王妃はグッと眉間に皺を寄せて唇を噛み締め無理矢理己の涙を止める。
国の為国民の為等、同じ国民である双子に対する仕打ちの酷さに何を言うか、これ程身勝手で独りよがりな事はない。
風の精霊王より双剣を贈られ、守護者に護られる双子が誰よりも特別な存在だと思い込み、いつの間にか彼等の事をサーヴラー族の導き手と言う目でしか見ていなかった。
彼等の両親はただのパン職人であって、一族の長の家系でも何でもなかったのに。
「まだあどけない少年達だったのに、両親を亡くして私達が抱える以上に不安も恐怖もあったでしょう。なのに、私達が勝手に寄せる期待と思いを裏切らない様にずっと導き護って下さった……っ」
トゥーリャンファシャとリータンリャシャの幼なじみで、彼等より2つ年上の騎士団長は当時を振り返り項垂れた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『………彼等はそう言って失意の底に沈んでしまったけれどね、僕は全くそんな風に彼等に思った事は無かったしトゥーリャもそう感じた事は無いんだ。……ね?トゥーリャ』
「え!?」
優しい笑顔で僕の背後に声を掛けるリータンリャシャ様に驚き振り替えれば、リータンリャシャ様と本当に瓜二つだけど褐色の肌で目尻に皺のある壮年の男性が少し離れた所に立っていた。
『………ずっと独りにしていて本当にごめん』
そう言うリータンリャシャ様に、トゥーリャンファシャ様は両目から涙を溢しながら緩く首を横に振る。
そして一歩ずつゆっくりとした足取りでこちらに近付いて来るに連れ、時を巻き戻す様にその姿が若返って行く。
『会いたかった……』
僕の横を通り過ぎ、リータンリャシャ様と変わらぬ年頃の青年の姿となったトゥーリャンファシャ様がギュウッと強く彼を抱き締めれば、リータンリャシャ様もまたトゥーリャンファシャ様の体を強く抱き締め返す。
『俺は、間違えたんだな?』
『ううん。僕がトゥーリャと皆ともっと話し合えば良かったんだ』
リータンリャシャはあの時取った行動に後悔は無いが、兄と仲間を傷付けた事は心から申し訳ないと思っていた。
『ごめんね、トゥーリャ』
『いや。俺も、話しを聞かなくて悪かった』
トゥーリャンファシャもまた、弟の事そして仲間の事をもっと信頼し頼ればあの様な悲劇を生まなくて済んだだろうと悔いていた。
そっと体を離してお互いの目を見つめて話す2人は、本当に鏡に写っている様だ。
ふとトゥーリャンファシャは、舞うヤフクとその後ろの両陛下方に視線を向ける。
『彼等は俺達の子孫か?』
『うん』
自分が死んでからかなりの時が経っているのに、自分とどこか似ている容姿や雰囲気を持つ彼等の姿に嬉しくなる。
とても嬉しそうに辺りを見回すトゥーリャンファシャに、リータンリャシャは目に涙を浮かべてただただ頷く。
2人共、生きていた時代には感じられなかった優しくて温かな空気に囲まれている人々を見て『あぁ、今は心から望み願っていた平和な世なんだ』と思い心底安堵する。
『君は、グヴァイラヤー君といったね?』
教科書でしか知らない歴史上の2人が目の前にいる現状と、先程の話の衝撃的な内容に僕は正直脳内が飽和状態となっていた。
「………………………」
『……グヴァイラヤー?』
「!? は、はいっ!」
リータンリャシャ様の声にハッと意識が戻る。
話し掛けてきてくれたトゥーリャンファシャ様への反応が遅れてしまったっ!
とても王達への態度では無い事に『不敬!?』と僕が一瞬で青ざめるも、2人は全く気にしない様子で柔和な表情を浮かべている。
『有難う。私達の子孫と君の力のおかげで我々は再会出来た。本当に心から感謝する』
『僕からも。……グヴァイラヤーがいてくれたからこそ僕達は目覚められたんだ。本当にありがとう』
「そんなっ!どうかお顔を上げて下さいっ!」
深々と頭を下げる2人。
そう言われても僕には全く意味が判らない現状なだけだから、もうただひたすらに両手と顔を横に振りまくり恐縮するばかりであった。
『流れる血と魔力がこんなに珍しいのに、我々の種族の力の方が強いだなんて、この子供は面白な!それに平和な世をこの目で見れてなんと幸せな事だろうっ!!今まで眠っていたのも悪くなかった♪』
『そうですね、この子に会えた事と今の世を見れた幸せは僕も同感です。ですが、そろそろ僕達は待ってくれているみんなに謝りに行かなきゃいけませんね』
リータンリャシャの言葉にトゥーリャは目を軽く見開く。
『……まさか、全員待っているのか?』
『えぇ。……その様です』
側に誰かいるのか、何かを感じ取っている様子でリータンリャシャは頷く。
『気が長すぎないか!?』
『僕達の所為ですし、またそれがみんならしいですよね』
『……確かに、そうだな』
先程からトゥーリャンファシャ様の口調も雰囲気もとても砕けていて軽い。きっとこの姿が本来の彼なのだろう。
『『グヴァイラヤー』』
「はいっ!」
全く同じタイミングで2人は僕へ向き、名を呼ぶ。流石双子だ。
『『本当にありがとう。会えて嬉しかったよ。もう行かないとならないが、最後に一つだけ伝えたい。……詳しくは言えないけれど、君はこの先自分の運命に振り回されてしまうかも知れない。けれど、君なら我々とは違って必ず乗り越えられるから。君の血と力を信じて生きてくれ……』』
お2人に一体何が見えたのだろう?心配気な様子で僕の事を見つめ『どうか今言われた事は忘れないで』と言い残しながら、彼等は空気に溶け込む様に消えて行ってしまった。
「……僕も、お2人とお会い出来て嬉しかったです」
もうお2人に届かないかも知れないけれど、僕も心からのお礼を呟く。
……………………………
…………………
…………
2人との別れに感傷的な気持ちになっていたけれど、冷静な思考回路が戻ってくる。
そして、今の自分を見つめる……。
今だに宙に浮いたままだし、下の魔術式はどうやらまだ展開中のままの様子だ。
「……僕は一体どうやってあそこへ戻れば良いんだろう?」
「安心なさい。私が戻してあげますよ」
「うっわぁっ!!」
つい声に出てしまっていた疑問にまさか返事を返されるとは思っていなくて、飛び上がる程驚き思わず叫び声を上げる。
振り替えれば、そこには舞の衣装と少し似た服装の男性が浮いていた。
「…え?……え!?………ヤームさん???」
見慣れない衣装を纏っているから、一瞬知らない人だと思った。でも、目の前に浮いているのはどうみてもヤームさんにしか見えない。
「えぇ、私です。……驚かせてしまいまして申し訳ありませんでした」
僕の驚く様子が面白かったのか、ヤームさんはクスクスと小さな笑い声をあげている。
「…………あの、何故、ここに浮いているんですか?」
色々な質問が脳内を駆け巡る中、なんとか声を出す。
「お迎えにあがりましたのと、グヴァイ様の疑問にお答えしようと思いまして」
かなり色々解らない事だらけなのではないですか?とヤームさんは爽やかに笑う。
「お答え出来る範囲内だけとなりますが、何でも聞いてください」
「はい……。まあ、そうですね。ありがとうございます。……じゃあ、あの。何故僕がリータンリャシャ様達を目覚めさせる事が出来たんですか?」
未だ脳内はグルグルと迷走をしている為に、質問疑問が上手く纏まらない。
「それは、先ず一つ目にグヴァイ様に流れる血の影響ですね。それから、持っていらっしゃる雰囲気がリータンリャシャ様の幼い頃に大変似ていらっしゃるのと、お姿がトゥーリャンファシャ様のご子息・マウディルーガン様に似ていらっしゃるからです」
2代目の王、マウディルーガン様の容姿は肌は褐色だけど緑の髪色に青い空色の瞳って言ってたっけ……。
「血ってじいちゃんのって事ですか?」
「いえ、それだけでは無く。曾祖母様の血筋が古種なんですよ。しかもかなり貴重な血脈です。お二方の血と力が丸々貴方に覚醒遺伝として移り、精霊と双王へ影響を与えた様です」
容姿は曾祖父様と瓜二つでも内に秘めている力は我々風の精霊や他の精霊達の力の方が勝っているみたいですね。と説明を付け加えた。
「そう言えば、僕ひいおばあちゃんの事って殆んど知らないや……」
別に隠されているとかでは無く、じいちゃんと会うまで気にする事が無かっただけだ。
たぶんまたじいちゃんとは会えるだろうから、その時聞いてみようと僕は思う。
血や力、そして僕の外見が双子を剣から解き放ったきっかけと言われても、僕が実際に何かした訳では無いからなんとも言えない気分だ。
「……それにしても、ヤームさんはヴェイユ様だったんですね」
そしてもう一つ、確実なる真実を声に出す。
「はい」
やはり爽やかな笑顔と共に返事をするヤームさん。
彼自身の事が色々気になるけれど、なんだか聞いてはいけない雰囲気を醸し出している……様な気がする。
「…………………………」
でも、聞きたくてじっと彼を見つめる。
「私自身の事は、いずれお話し致しますよ。ですから、ヤフグリッド様へはご内密にお願い致します」
ちょっとだけ苦笑してヤームさんはそう僕に願う。
「やっぱり。でも、僕自身が聞いた双王の真実は伝えて良いですか?」
そう言われると思っていたから、僕は素直に頷く。
「はい、大丈夫です。お2人がそれを望んでいらっしゃるからこそグヴァイラヤー様にお話しなさったのでしょうから」
「有難うございます」
「さて、ではそろそろ下の魔術式も切れます。戻りましょうか?」
言われて下を見れば、薄く膜を張られた様な魔術式が徐々に消え始めている。
「はい、お願い致します」
そう答えたと同時に僕の身体は一瞬だけ重く感じて周囲の音が蘇った。
シャンッ!!
ヤフクと向かい合い、互いの双剣を交差させた舞の最後に僕は戻る。
ずっと上で見ていたのに、感覚はきちんと舞い切った満足感が有る。
……なんとも変な感じがするけれど、仕方がないか。
鞘に双剣を仕舞い両陛下、観客へ一礼をして僕等は退場する。
鳴り止まない拍手と歓声の嵐が僕等を追い掛ける。
「お疲れっ!有難う!!」
頬をほんのりと上気させたヤフクが僕を抱き締めた。
「……僕の方こそ、貴重な体験をさせてくれて有難う」
僕もヤフクを抱き締め返す。
ソイルヴェイユに入ったからこそヤフクと出会い、村で生きていたら得られなかった体験をさせて貰えた。感謝こそすれ不満なんて全く無い。
「来年もよろしくなっ!」
「え!?」
そう言ってヤフクはニヤリと悪い笑顔を浮かべたのだった。
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