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出会い1

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ワヤンドゥカさんの所から戻ると、宿屋の食堂が物凄い人混みになっていた。

「え!?なんだ!?」

驚いた兄さんと慌てて裏口から厨房に入ると、厨房では母さんが下ごしらえをして父さんが料理を作り、出来上がった料理は客が自らカウンターに取りに来て運んで食べている。

「母さん!これは一体どうしたの!?」

普段、昼間に食堂はやらない。なのに開ける事になっているなんて……。一体何があったのだろう?
エプロンを着けた兄さんと僕は、急いで母さんの側へ行く。

「あら、お帰り。…ガファル!ギドゥカ達、帰ってきたわよ♪」

母さんは野菜を手際良く切り分けながら、にこにこと笑顔で調理中の父さんに声をかける。どうやら見た目よりも忙しくはない様だ。
兄さんは母さんの隣に立って洗い済みの野菜の皮を向き始めたので、僕は踏み台に乗りシンクに溜まっている食器を洗う事にした。
踏み台に乗った事で、食堂側にいる人達が良く見えた。
みんな騎士服を着ている……。あのマントの色は王太子直属の第二騎士隊と第三騎士隊だ。

『王都の騎士がなんでここに?』

「おい!ガファル!この子をイルツヴェーグへ連れて行ったら良いのか?」

「!?」

いつの間に隣に来ていたのか、横には見上げる程大きな騎士が立っていた。
瞳は濃い紫、一本に纏めた背中まで届く程長い髪は銀色で顎に少し生やしている髭も銀色。
男臭さと色気を全身に醸していて、同じ男のグヴァイでさえも一瞬見惚れてしまう程のかなりの美丈夫。

「あぁ、そうだ」

調理の手を止めた父さんが、騎士の側に来る。父さんもかなり大きな人なので、2人が並ぶと厨房が物凄く狭く感じる。

「ちっちゃいなぁ!随分細いし綺麗な顔立ちだけど、……女の子?…じゃないよな?」

「!?」

「……お前から見たら子供は誰でも細くて小さく見えるだろうよ。グヴァイは正真正銘男だ」

「怒るなよ。冗談だって」

大きな人はワハハッ!と豪快な笑い方をして「悪かった!」と父さんに謝り、とても人懐っこい笑顔を僕に向ける。

「グヴァイって言うのか?」

「あ、はい。初めまして、グヴァイラヤーと言います。…えっと?」

「あぁ、俺はズナブサイラン・ワンザール・ハトゥーランダヤールだ。一応イルツヴェーグの騎士団を纏めている。よろしくな!」

騎士団を纏めているって……。え!?つまり団長!?……そんな偉い人が何故ここに?ってか、ハトゥーランダヤールって4大公爵家の!?
色々驚き過ぎて僕が目を見開いたまま見上げていると、ズナブサイランさんは僕の思った事が判ったのか、苦笑しながらとても大きな手で僕の頭を撫でた。

「お前…、一応ってなんだよ。グヴァイ、安心しろ。こいつは父さんの古い知り合いで、確かにハトゥーランダヤール家の人間だが、次男でただの変人で規格外だ。だが、これでもサーヴラー国騎士団団長を務めているから腕は確かだ。今日は、来週来る王族の警護の為に国境へ向かう途中でここに立ち寄ったんだ」

父さんは苦笑を浮かべながら説明をしてくれた。

「……お前の俺についての説明も大概酷いな。街道を進んでいた時に、お前がいる村が近いって判ったから久しぶりに会いたくなって寄らせて貰ったんだ。そうしたら君がソイルヴェイユへ入学するって聞いてね。ほら、街道が封鎖されてしまうだろう?だから、王都に戻るついでに君を一緒に連れて行けないか?ってお父さんから頼まれたのさ♪…まあ、王族の列と一緒に向かうと着く迄に物凄く時間がかかるから、うちの1人を貸すから先に送り届けてあげるよ」

「…良いんですか?」

それまで父さん達のやりとりを黙って聞いていた兄さんが口を開いた。

「おう♪俺的に全く構わないさ!そもそも今回の件だって突然来る事になって、街道を封鎖しろって上は簡単に言うけど、街道警備隊や街道を使えなくなった連中の負担を考えろっつうの。他の件も含めて俺もちょ~っと頭にきてんだよね。よって、多少の事は大目に見てもらう!」

そう言ってまた豪快な笑い声をあげるズナブサイランさんは、僕がイメージしていた貴族や騎士像とはあまりにもかけ離れている。驚きから抜けられず硬直してしまっていると、彼は腕を伸ばしてきて突然僕を抱き上げた。

「うわっ!」

「軽いなぁ~!……おい!セン!」

「は~い」

センと呼ばれた騎士がカウンターの前に来ると、ズナブサイランさんは僕を横抱きにしてカウンター越しにいるセンさんに手渡した。

まさか、カウンターを料理みたいに上から越える日が来るなんて……。

受け取ったセンさんも「ホント軽いっすね!」と驚きの声を上げながら僕を縦に抱き直す。そしてそのまま腕を上下に動かす。

まさか、8才にもなって赤ちゃんみたいに高い高いをされる日が来るなんてっ!

僕は立て続けに起きた人生初の体験を受けて、茫然自失となる。

「しかし、グヴァイラヤー翔び立つ者、ね。お前に竜の血が流れているのは聞いていたが、息子に出るなんて面白いな。……剣の腕前はどうなんだ?」

「まだ始めたばかりだが、いずれ俺を上回る」

「ほう!?……それは楽しみだな。保有魔力もかなりの様だし、……良いな。是非欲しい」

「勧誘は自由だが、あいつの意志と生き方を曲げるなら俺が許さんからな」

僕は、センさんの周りに集まってきた他の騎士達に代わる代わる抱き上げられては「俺の息子より軽い!」「うわ~!可愛いなぁ!本当に男の子か!?」「馬鹿っ!ガファルさんに怒られるぞ!…でも、本当に可愛い子だなぁ!」等と言われて騒がれていたので、カウンターの向こうで父さん達が何かを話している様だったけれど何も聞こえなかった。
周りの騎士は、全員父さん並みに背が高くて体つきも大きく腕も丸太の様に太い。僕は抱き上げられる度に人形かぬいぐるみの様に大きな掌で頭を撫でられたり頬を撫でられるので、固まってしまっていた。

「ほらほら、返して下さいよ。俺が団長から預かる事になったんですから」

「「「いや~、つい可愛いくて♪」」」

これから面倒くさい任務が待ち受けているから、小動物と触れ合えて癒されたわ~!と口々に騎士達は言う。

「……………」

女の子と言われたり小動物と言われたり…、僕は何だか泣きたくなってきた。

「あ~、ほらぁ!怒っちゃったじゃないですか!……ごめんなぁ!みんな悪い奴じゃないんだ。今回みたいな任務は、行く道中ぐらいふざけないとやってらんないから羽目外しちゃったんだよ」

僕を床に下ろし、膝をついて屈んだセンさんがハンカチで目に溜まった涙を拭ってくれた。

「僕、女の子に見えるんですか……?」

「いや、ちゃんと男の子に見えるよ。お前ら、ふざけ過ぎ!この子にちゃんと謝れよ!!」

本当にごめんな。とセンさんは改めて謝る。
彼に言われた他の騎士達も皆「ごめんなぁ」と頭を下げて謝ってくれた。

「俺の名はセユナンテ・ハヌテス・メグリー、よろしくな。俺も一度国境へ向かわないとならないけど、君が村を出発する日には間に合う様に戻って来て必ずソイルヴェイユへ連れて行ってあげるからな」

「セユナンテさん、ありがとうございます。よろしくお願い致します」

僕はそう言ってペコリと頭を下げた。
そんな俺を見て、セユナンテさんは「うん、礼儀正しい子は好きだよ♪」とにっこりと微笑み、他の騎士達は「本当にあのガファルさんの息子か!?」と何故か小さく驚きの声をあげていた。

「さて!飯も食ったし、そろそろ出発するぞ!」

父さんとの話が終わったズナブサイランさんが食堂側に戻ってきて、騎士達に声をかける。
あんなにワイワイとふざけ合っていた全員がサッと立ち上がり、外へ出る。いつの間にやったのか、使用された食器類はカウンターへ戻し乱れていたテーブルや椅子もきちんと整えられた状態になっていた。

「ガファル、突然すまなかったな」

「いいや、会えて嬉しかったぞ」

またな。と互いに握手を交わし、ズナブサイランさんがバッと右手を上げると全員空へ出立して行った。その颯爽とした一糸乱れぬ騎士達の姿は、本当に格好良かった。

「…全く、相変わらず情報を掴む早さは天下一品だよ」

隣に立っていた父さんが苦笑しながらそう呟いた。

「?」

父さんの言葉に僕は首を傾げる。

「お互い元気でやっているだろうって思って、ほぼ音信不通状態で何十年振りかの再会だってのに、開口一番にお前がソイルヴェイユへ入学する事を聞いてきたぞ」

「!?」

本来今回の様な警護は隊長格が担い、団長が国境まで出向く事は無い。しかも、任務中に旧知を訪ねる様な私的な行動も取らない。
そう話してくれた父さんは、僕の頭を撫でながら笑う。

『…来週から街道が封鎖されてしまうから、わざわざ寄ってくれて入学する僕が間に合う様に連れて行ってくれるってズナブサイランさんから言ってくれたのか!』

勘づいた僕が父さんを見上げると「あぁ、そうだ」と言う様に頷く。

「良かったな」

「はいっ!」

もし、イルツヴェーグで再会出来る事があったら、きちんとお礼を述べようと僕は思った。




※※※※※※※※※※※※※※※※※




「元気でな」

「うん、ケルンも!」

雲一つ無い快晴の朝、家の周りには村中の人が集まっていた。
第一陣を見送り、仕事が一段落ついた所で今度は僕が旅立つ番。みんな、僕を見送る為に集まってくれた。

「冒険者への第一歩の始まりか?」

僕の夢を知っているケルンが、少しふざけて言う。

「きちんと卒業出来なきゃ始まらないから、まずは勉強を頑張るよ」

「真面目だな~!」

そう言って笑うけれど、決して馬鹿にした様な声音はない。ケルンは、僕の夢を心から応援してくれている。

「ケルンは西のバウカールに行くんだっけ?」

「おう!親父を超える武器職人になって、堂々と跡を継いでやるんだ!」

隣国ドワーフ族が治めるバウカールは後ろに巨大な鉱山がそびえ立つ、武器・防具職人の街。ケルンは店に武器を下ろしている商人から工房の紹介状を貰い、弟子入りする事が決まった。

「いつから行くの?」

「風祭りの後かな。祭りの時にバウカールからの商隊が来るらしいから、引き上げる時に同行させて貰うんだ」

「そっか」

「お前と巡れなくて残念だよ」

「そうだね。今年こそはケルンに魔的に勝ちたかったなぁ」

「いやいや、俺だってグヴァイに今年こそは千里クジに勝ちたかったぞ!」

隣町で年に一度行われる風の精霊祭は、僕が住む村も含めて近隣3つの村も参加するかなり大きなもので、朝から晩まで4日間ぶっ通しの行事。
この辺りを守護する精霊が夏風を好む方なので、毎年オルング8月の第一週(つまり再来週)が祭り日となっている。
日中は子供達や母親達が屋台に並ぶ珍しい物を買ったり食べたりして楽しみ、夜は若者達が互いに恋の相手を探したり祭りをきっかけにしてデートに誘ったりする大切な出会いの場でもある。
まだ恋なんてちっともピンと来ないケルンや僕は、屋台で買い食いしたり景品当ての屋台を巡る。
魔的は、魔力を矢に変化させて景品に当てるものだけど、僕は魔力のコントロールが下手なのかケルンに勝てた試しが無い。
逆に千里クジの様に特殊な結界が張られた中で、引きたい景品はどの紐と繋がっているか魔力で探り当てるものにケルンは僕に敵わない。
毎年「「勝負だ!」」と互いに挑み合うのが僕等の祭りの楽しみ方だった。

「来年は一緒に行けると良いな♪」

「そうだね!」

僕は学舎が長期休暇に入るから里帰りをして祭りへ行けるだろう。ケルンも長くはないだろうけど、夏期の休暇を得られるかも知れない。

「グヴァイ、そろそろ時間よ!」

母さんからの呼び掛けに、僕等はサッと握手を交わす。

「住む所が決まったら、手紙書くよ」

「うん!僕も必ず書く!」

ケルンと別れ、集まってくれた人達に挨拶をしながら、母さん達の所へ向かう。

「グヴァイ、身体に気を付けてね」

母さんは僕をギュッと抱き締める。

「うん、母さんも無理しないでね」

僕も母さんを抱き締め返し頬へ口付ける。

「次は冬に会えるのかしら?」

次に姉さんが僕の頬に口付け、頭を撫でる。

「たぶん?入学したら判るだろうから、手紙で知らせるよ♪」

僕も笑顔を見せながら姉さんの頬に口付けを返す。

「兄ちゃ!お手紙ちょうだいね♪」

「うん♪」

お腹に抱き付いてきたチリュカを、僕は抱き上げてギュッと抱き締める。

「一日も早く慣れると良いな」

兄さんが僕に鞄を手渡し、頬に口付けをしてくれた。

「うん、不安もあるけど頑張るよ」

抱き上げていたチリュカを兄さんに手渡し、僕は兄さんの頬へ軽く口付けを返した。

「お待たせ致しました」

兄さん達から離れ、僕はセユナンテさんの側へ行く。

「挨拶は済んだかい?」

「はい」

「グヴァイ」

「はい」

セユナンテさんとずっと話をしていた父さんが、僕達にお弁当を渡し、じっと僕の目を見つめる。

「無理をするな。そして、決してお前は独りではないと覚えておきなさい。これから様々な事を学び、新たな出会い、新たな困難を数多くお前は経験するだろう。そしてその全てが生きていく糧になる。だが、自分の心には素直でいなさい。決して他者に流されず、自分を信じて進むんだよ」

「……はい!」

父さんは僕を抱き上げて優しく両の頬に口付けると、強く抱き締めた。父さんの背中に腕を回した僕も、ギュッと一度だけ強く抱きつき頬へ口付ける。


「………セユナンテ、息子を頼みます」

「はい。第二騎士・副隊長とその代理の僕の名に誓ってきちんとお送り致します」

父さんから僕を受け取り、セユナンテさんは僕を優しく抱き締めると背中の羽を広げた。
セユナンテさんは軽く膝を曲げて、ジャンプをすると同時に上空へ飛び上がる。

『なんて軽やかに上がるんだろう…!』

その飛び立ち方は優雅で少しの不安定も無く早い。

隣街まで見渡せる程高く上がった所で、セユナンテさんが羽ばたき南に向かい出した。

『凄く早いっ!』

顔に感じる風の強さに慣れなくて、僕はセユナンテさんの胸に顔を押し付けた。

「……大丈夫かい?飛ぶの速すぎたかな?」

「大丈夫です。……ちょっと慣れていないだけで、その内慣れると思います」

「一時間置きに休憩を挟もうと思っているけど、具合が悪くなったら遠慮なく言ってくれよ?」

「はい」

セユナンテさんは僕の顔色を見てから軽く抱き直し、大きな掌で顔を覆い風が直接当たらない様にしてくれた。
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