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第104話 最弱の詐欺師の計算通り

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予想外、あまりにも予想外の結果にドーモンだけでなく周囲の者もその光景を唖然と眺めていた。
スローモーションの様に誰の目にもそれがゆっくりと映っていた。
テーブルの上で握り返されたナナシの右手は一瞬にして握り潰され、腕をへし折りながら勢いよくテーブルに叩き付けられる。
そして、あまりにもナナシの抵抗が無かった為にドーモンの腕力はテーブルすらも破壊した。
飛び散る4杯のエール、誰の目にも二度と右腕は使えなくなったと理解出来る程酷い有様のナナシ・・・
叫ぶ暇すら無く床に転がったナナシの右手を慌てて離すドーモン。

「うぉっ?!う、嘘だろ・・・」

女子供どころではない、赤子を相手にしたかのように予想外に弱すぎたナナシから慌てて手を離すドーモンは焦りを覚えていた。
ギルド内での騒動は当人同士で解決するのが定例だが、一方的な傷害事件となれば話は別である。
ただ今回はナナシから仕掛けた腕相撲勝負、それを周囲の者が証明出来るのでまだマシではあるのだが・・・

「な、なぁ俺悪くないよな?」

困惑して近くに居る固まっている冒険者に声を掛けるドーモン。
そして、この瞬間・・・

「ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!」

ギルド内で飼われていたギャンブルドック達が一斉に吠え出した。
流石は高レベル冒険者である、誰かが魔法を使用したのだと理解し頭を切り替えてそれを思い出す。
ナナシが・・・

『大丈夫です。優秀な彼女が居ますから』

と先程話していたのを思い出したのだ。
その為、治療魔法を使用したのだろうと誰もがルリエッタの方を見る。
この区では魔法を使用する際には希少金属を使用する必要がある、その為治療院などで魔法を使った治療にはかなりの高額請求がされる。
それもあって実際に魔法を使用して治療を見た事のある者は殆どいない、そういうものが存在するという事を知っているだけである。
だからこそ、その光景が気になり視線は少し離れて立っていたルリエッタに集まったのだが・・・

「うぁっ?!」

再びドーモンの驚く声が辺りに響く、今度は何事かと思えば目の前に突然火が燃え上がったのだ!?
咄嗟に後ろに下がる冒険者達、火の気が無かったのに燃えだした事実とギャンブルドックが吠え出した事で誰かが火炎魔法を使用したのだと理解した。
だが次の瞬間・・・

「あーびっくりした」

火が一瞬にして消えて、目の前にナナシが普通に立っていたのだ。
それを周囲に居た誰もが目を疑って見ていた。
ナナシの右腕は握り潰された様子なんて一切なく、その手で普通に自分の頭をポリポリと掻いていたのだ。
そしてなにより・・・

「お、おいなんだよこれ・・・」

別の誰かの声に再び誰もが息を飲む。
人は驚きすぎた時に言葉を失うとは良く言ったモノである。
ナナシの腕だけではなく、破壊された筈のテーブルが元通りそこに在ったのだ。
しかも、テーブルの上に置かれた4杯のエールも中身が入った状態でそのままである・・・
キツネやタヌキに化かされたと言わんばかりの状態に固まる一同。
そもそもこれが幻覚魔法によるものであればギャンブルドックが吠えるのは勝負が始まる前の筈。
しかし、ギャンブルドックが吠えたのは勝負が終わってから・・・
自分の見ている光景が現実なのか理解が出来ない様子のドーモンは自らの右手を見る・・・

「なんなんだ・・・一体どういう事なんだ・・・???」

手を握り潰して叩き付けた感触は勿論手に残っている、しかしその感覚すらも本当なのか分からなくなっていたのだ。
困惑するドーモンにナナシは笑みを浮かべながらテーブルの上のエールを一口飲んで告げる。

「夢でも見たんですか?」
「い、いや・・・」

先程の事象を無かった事の様に振舞うナナシに芽生える恐怖。
壊れたテーブルだけでなく、零れた筈のエールすらも元通りになっている光景。
震える手で自分の飲んでいたエールを手に取り一口飲むドーモン。
それは間違いなく自分が注文した果実酒を混ぜた特注のエールの味・・・
一瞬で取り替えたり新しいのに入れ替えられたトリックでは無い事は明白である。

「それで、自分と彼女も同行許可貰えますか?」

その言葉に冷や汗を一つ垂らしながらドーモンは無理やり笑みを作って頷く。
そう、これは『世界樹の雫と枝の搾取』の依頼を受ける条件である『ドーモンのパーティに加わって同行する』に必要なテストで在ったのだ。
誰も知らない筈の世界樹への行き方をドーモンは知っており、そこへ採取に同行するというのが今回の話だったのだ。
頷いたドーモンの返答にナナシは笑顔で周囲に告げた。

「皆、腕相撲は僕の負けだからエールを1杯ずつご馳走するね」
「「「「うぉおおおおおおお!!!!」」」」

一体自分達が見たモノは何だったのか理解が出来ない冒険者達であったが、ナナシが宣言通りエールを1杯ずつご馳走すると宣言した事に歓喜の声を上げた。
まさしくプロのマジックを見た様な感動に童心が刺激されてテンションが上がったのであろう。
目の前で行ったのに誰にも分かる筈が無い、ナナシが火の魔法で時間を焼却し右腕とテーブル周辺の時間を巻き戻したなんて常識的に理解出来る筈が無いのだ。

そんなテンションが上がって盛り上がりまくっている状況でナナシはそっとテーブルの上に置いていた銀貨を回収する。
それを見逃さなかったドーモンはやっと気づいた。
その銀貨の下に重ねて魔法使用用の希少金属が在ったのだと・・・
そして、その事実に行き着いた時に再び冷や汗が流れ出るドーモン・・・
それもその筈、あれだけの魔法を発動させるのに最低限結構な量のミスリル以上の金属が必要、だがサイズ的にミスリルでは足りずそれ以上の高価な希少金属が必要だと言う事実・・・
一体ナナシが何を使って魔法を使用したのか、しかもそれを惜しげも無く使った事実に底知れぬ恐怖を再び覚えるのであった・・・




そして、そんな様子を少し離れた場所で見ていたガレフとソフィアはこっそり逃げようとしていた男の肩をがっしりと捕まえていた。

「さて、賭けは私達の勝ちだね?」
「ドーモンはあの二人の同行を許可した。報酬を要求する」

ガタガタと震えながらゆっくりと振り返る男、それはそうであろう、この男はガレフとソフィア相手に賭けを行っていたのだ。
内容は『ドーモンが世界樹への同行を許可するかどうか?』である。
ナナシの指示で渡された金貨3枚、日本円にして約3万円ではあるがドーモンが同行を許可する筈が無いと思っていた男は調子に乗っていたのだ。
既に定員は集まっており、絶対にありえないと考えていたから『許可したら10倍にして支払う』と約束してしまっていたのだ。
結果、彼は予想外に金貨30枚、日本円にして約30万円を支払う羽目となったのだ。
ナナシが周囲の者にご馳走したエール代金は約銀貨50枚、日本円にして約5000円。
使用した希少金属さえ無ければ大儲けなのは間違いない。

「さぁ、受付の方に一緒に行こうじゃないか」
「支払うものはしっかり払って貰わんとな」
「ひ・・・ひぇええええええええ・・・」

ガレフとソフィアは勿論ナナシが希少金属を使用した分の回収として自分達にこれを頼んだと考えていた。
しかしナナシが使用した希少金属の正体が、まさかそれ程価値の無いナナシ出せる物だったなんて勿論知る由も無いのであった・・・
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