5 / 6
5 sideアーデル
しおりを挟む「お邪魔しまーす」
固く閉じられていた校長室の扉が開き、この狂宴に真っ赤な血をもたらした主が姿を表す。
古賀彩乃。
この学校のせいで、一番大切な存在である家族を奪われた存在だ。
当然、死んだ彼らに同情の念など持っているはずもなく、彼女は校長室の床に転がる死体を一瞥すると鼻で笑い飛ばした。
しかし彼女が校長室へと足を踏み入れたのは死者を嘲笑うことが目的ではない。
彩乃は目線を開け放たれた窓へと向ける。
「さて……もういい加減生き返ってもいいんじゃない」
彼女の言葉に従うように、下から伸びて来た手が窓枠を掴む。
「善見センセ」
腕の主は生徒指導を担当していた善見勧世だったが……彼は死んだはずである。
真っ先に逃走しようとして窓から身を乗り出し、ルール違反したが故に首輪が爆破されていた。
しかし、それは首輪が本当に人を殺し得る道具であると信じさせるための演技であり、きっかけを与えるための嘘だった。
「本当に、殺し合ったのですか……」
善見は死体を見て開口一番にそうぼやく。
彼の瞳は目線の先にある死体たちと同じく光を宿しておらず、闇のように真っ暗だった。
「どう? これで気はすんだ?」
「…………」
ゆっくりと、善見は首を横に振る。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
何故、善見が演技までして首輪が本物であり、爆発したら死ぬと信じてもらわなければならなかったのか。
それは善見の目的が校長たちの本心にあったからだ。
「死んでほしくなかった……! 証明してほしかった……! 導くに足る心がけを持っていると!」
「教師も生徒も差し出した裏切り者のあなたがそれを言うんだ」
「だから、ですよ……」
善見は彩乃の復讐を手助けするために、彩乃の指示に従い行動した。
学校を閉鎖し、生徒たちを眠らせて首輪をつけた。
今後、保護者達から苦情が入った場合の対応、時間稼ぎも行う予定だ。
教師であるのに生徒たちを殺す手伝いをするなど、校長たちよりもよほどあくどい存在なのだ。
そんな善見が心がけを問うなど噴飯ものであろう。
「私はもう分からないんです! 生徒たちが! 教師が! 学校という存在が!! 誰も、何も、在り方すらも!!」
窓枠を握る善見の手が震える。
教師、それも生徒指導という厄介な職務を担っているだけあって、善見は色々と思い詰めてしまう質であった。
「だからあなたに裁いて欲しかった……この惨状を暴いて欲しかった……」
「あっそう。ご大層なお題目を並べてるところ申し訳ないんだけど、私にはどうでもいい。ましてや学校の未来なんて厄介なもの背負ってるつもりもないから」
校長たちはこの事件を風化させようとし、生徒たちは他人事を決め込んでいた。
だから彩乃は動いたのだ。
復讐を始めたのだ。
そこにあるものは彩乃自身の利己的な欲求だけ。
大儀などとは全く関係がなかった。
「分かっています。私が勝手に、私の理想をあなたに押し付けているだけだというのは……」
「――っ」
うじうじと力なく肩を落とす善見に思うところがあったのか、彩乃は足音を立てて歩み寄ると、
「アンタは――っ」
襟首をつかんで窓から校長室へと引きずり込んだ。
そのまま鼻先が触れ合うほど顔を近づけて怒鳴りつける。
「私の共犯者だろうっ! お互い目的のために利用しあっているだけの犯罪者だ!」
「それは……」
「見ろ」
顔を掴んで無理やり首を捻じ曲げ、3つもある死体を善見に見せつけた。
「お前が殺したんだ。お前と私で殺したんだ。今更命令に従っている風な態度を取って逃げるなっ!!」
「……逃げるつもりは、ありません」
本人に逃げるつもりが無くとも、分かっていないのならただの傍観者と変わりない。
それは逃げだ。
責任からの逃亡だ。
そんなだらしない真似を彩乃は許さない。
「私は優乃の復讐をする。だけど全員を問答無用で殺さないのは、大事なあの子が助けたいと思ったヤツが居るからだ」
彩乃はそもそもクラスの全員を殺すつもりだった。
学校そのものを破壊して、全てを否定するつもりだった。
でもわざわざ迂遠な方法を取ったのは、理由である優乃の望みがあったから。
そして、目の前で呆けている男のせいでもあった。
「なら殺さないでもいいヤツが他にも居たら。優乃の死を無駄にしないでくれる様な人が居たとしたら。それが優乃の救いになるかもしれないって私は思うから……。だから……!」
感情の高ぶりが溢れ出て、彩乃の頬を伝う。
誰のための涙かは彩乃自身にも理解できない。
分からないから、やり場のない感情が彩乃の中で渦を巻いて荒れ狂う。
「アンタは私を利用しろ。利用してアイツらを問い殺せ! 私もお前を利用して復讐をする。それだけなんだよ!」
「…………」
善見は頭を傾けて、3つの死体を順番に眺めていく。
うつぶせに倒れているが故に、死に顔すら見えない校長。
喉元にある首輪を握りしめたまま天井を仰いで絶命している学年主任。
そして、ふたりから離れたところで薄気味悪い笑みを浮かべたまま死んでいる教頭。
誰も彼も直接手を下してはいないが、間違いなく善見が殺した者たちだ。
もう善見は戻れない所に一歩踏み出してしまった。
殺人犯へと成り果ててしまった。
そのことを身に刻み――。
「分かりました。……よく、分かりました」
善見は彩乃の共犯者に、なった。
彩乃の居る場所へと共に堕ちる存在になった。
「ならしっかりしろよ……」
「はい」
「これから29人の生徒たちを鏖殺するんだから」
「はい」
「お願い、だから……」
消え入りそうなほどか細い声。
彩乃が最期に見せた、人間としてのひとかけら。
その声に善見が返事をすることはなかった。
ここに居るのはふたりの殺人鬼であり、か弱い人間ではないのだから。
動き出してしまった歯車は、全てを押し潰すまで止まらない。
固く閉じられていた校長室の扉が開き、この狂宴に真っ赤な血をもたらした主が姿を表す。
古賀彩乃。
この学校のせいで、一番大切な存在である家族を奪われた存在だ。
当然、死んだ彼らに同情の念など持っているはずもなく、彼女は校長室の床に転がる死体を一瞥すると鼻で笑い飛ばした。
しかし彼女が校長室へと足を踏み入れたのは死者を嘲笑うことが目的ではない。
彩乃は目線を開け放たれた窓へと向ける。
「さて……もういい加減生き返ってもいいんじゃない」
彼女の言葉に従うように、下から伸びて来た手が窓枠を掴む。
「善見センセ」
腕の主は生徒指導を担当していた善見勧世だったが……彼は死んだはずである。
真っ先に逃走しようとして窓から身を乗り出し、ルール違反したが故に首輪が爆破されていた。
しかし、それは首輪が本当に人を殺し得る道具であると信じさせるための演技であり、きっかけを与えるための嘘だった。
「本当に、殺し合ったのですか……」
善見は死体を見て開口一番にそうぼやく。
彼の瞳は目線の先にある死体たちと同じく光を宿しておらず、闇のように真っ暗だった。
「どう? これで気はすんだ?」
「…………」
ゆっくりと、善見は首を横に振る。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
何故、善見が演技までして首輪が本物であり、爆発したら死ぬと信じてもらわなければならなかったのか。
それは善見の目的が校長たちの本心にあったからだ。
「死んでほしくなかった……! 証明してほしかった……! 導くに足る心がけを持っていると!」
「教師も生徒も差し出した裏切り者のあなたがそれを言うんだ」
「だから、ですよ……」
善見は彩乃の復讐を手助けするために、彩乃の指示に従い行動した。
学校を閉鎖し、生徒たちを眠らせて首輪をつけた。
今後、保護者達から苦情が入った場合の対応、時間稼ぎも行う予定だ。
教師であるのに生徒たちを殺す手伝いをするなど、校長たちよりもよほどあくどい存在なのだ。
そんな善見が心がけを問うなど噴飯ものであろう。
「私はもう分からないんです! 生徒たちが! 教師が! 学校という存在が!! 誰も、何も、在り方すらも!!」
窓枠を握る善見の手が震える。
教師、それも生徒指導という厄介な職務を担っているだけあって、善見は色々と思い詰めてしまう質であった。
「だからあなたに裁いて欲しかった……この惨状を暴いて欲しかった……」
「あっそう。ご大層なお題目を並べてるところ申し訳ないんだけど、私にはどうでもいい。ましてや学校の未来なんて厄介なもの背負ってるつもりもないから」
校長たちはこの事件を風化させようとし、生徒たちは他人事を決め込んでいた。
だから彩乃は動いたのだ。
復讐を始めたのだ。
そこにあるものは彩乃自身の利己的な欲求だけ。
大儀などとは全く関係がなかった。
「分かっています。私が勝手に、私の理想をあなたに押し付けているだけだというのは……」
「――っ」
うじうじと力なく肩を落とす善見に思うところがあったのか、彩乃は足音を立てて歩み寄ると、
「アンタは――っ」
襟首をつかんで窓から校長室へと引きずり込んだ。
そのまま鼻先が触れ合うほど顔を近づけて怒鳴りつける。
「私の共犯者だろうっ! お互い目的のために利用しあっているだけの犯罪者だ!」
「それは……」
「見ろ」
顔を掴んで無理やり首を捻じ曲げ、3つもある死体を善見に見せつけた。
「お前が殺したんだ。お前と私で殺したんだ。今更命令に従っている風な態度を取って逃げるなっ!!」
「……逃げるつもりは、ありません」
本人に逃げるつもりが無くとも、分かっていないのならただの傍観者と変わりない。
それは逃げだ。
責任からの逃亡だ。
そんなだらしない真似を彩乃は許さない。
「私は優乃の復讐をする。だけど全員を問答無用で殺さないのは、大事なあの子が助けたいと思ったヤツが居るからだ」
彩乃はそもそもクラスの全員を殺すつもりだった。
学校そのものを破壊して、全てを否定するつもりだった。
でもわざわざ迂遠な方法を取ったのは、理由である優乃の望みがあったから。
そして、目の前で呆けている男のせいでもあった。
「なら殺さないでもいいヤツが他にも居たら。優乃の死を無駄にしないでくれる様な人が居たとしたら。それが優乃の救いになるかもしれないって私は思うから……。だから……!」
感情の高ぶりが溢れ出て、彩乃の頬を伝う。
誰のための涙かは彩乃自身にも理解できない。
分からないから、やり場のない感情が彩乃の中で渦を巻いて荒れ狂う。
「アンタは私を利用しろ。利用してアイツらを問い殺せ! 私もお前を利用して復讐をする。それだけなんだよ!」
「…………」
善見は頭を傾けて、3つの死体を順番に眺めていく。
うつぶせに倒れているが故に、死に顔すら見えない校長。
喉元にある首輪を握りしめたまま天井を仰いで絶命している学年主任。
そして、ふたりから離れたところで薄気味悪い笑みを浮かべたまま死んでいる教頭。
誰も彼も直接手を下してはいないが、間違いなく善見が殺した者たちだ。
もう善見は戻れない所に一歩踏み出してしまった。
殺人犯へと成り果ててしまった。
そのことを身に刻み――。
「分かりました。……よく、分かりました」
善見は彩乃の共犯者に、なった。
彩乃の居る場所へと共に堕ちる存在になった。
「ならしっかりしろよ……」
「はい」
「これから29人の生徒たちを鏖殺するんだから」
「はい」
「お願い、だから……」
消え入りそうなほどか細い声。
彩乃が最期に見せた、人間としてのひとかけら。
その声に善見が返事をすることはなかった。
ここに居るのはふたりの殺人鬼であり、か弱い人間ではないのだから。
動き出してしまった歯車は、全てを押し潰すまで止まらない。
20
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

何もしてない無自覚聖女が、国を滅ぼし『建国の女神』と称えられるまで
越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
「聖女サーシャ! 貴様との婚約を破棄する!!」
王太子から婚約破棄を言い渡された聖女サーシャ。
婚約破棄の理由は、聖女のくせに【何もしない】から。
国民の全員が回復魔法を使えるようになり、聖なる力の溢れる国内には一匹の魔物も湧かなくなったため、サーシャの出番は消滅したのだ。
「何もしない偽聖女」呼ばわりされて、死霊の森へと追放された聖女サーシャ。
ところが……??
なぜか勝手に滅びていく祖国。
一方のサーシャは、血まみれで死にかけていた美貌の男性を救う。
美貌の彼はレオカディオ。隣国の王子だという彼と、サーシャは愛を育んでいく。
そして5年後、サーシャは。国は。

【完結】婚約破棄されるはずが、婚約破棄してしまいました
チンアナゴ🐬
恋愛
「お前みたいなビッチとは結婚できない!!お前とは婚約を破棄する!!」
私の婚約者であるマドラー・アドリード様は、両家の家族全員が集まった部屋でそう叫びました。自分の横に令嬢を従えて。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!
桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。
シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。
その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。
そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。
ざまぁ展開のハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる