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第四章ディンゴ

⑨身体で情愛を伝える[完]

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 クリスマスが終わると、駅前もあっという間に和の正月飾りに変わる。タウン誌の仕事は今日が仕事納めだった。
 ディンゴの業務も年内は明日で終了。五月の大型連休も八月のお盆休みも営業していた組織の仕事も、さすがに年末年始は全チームが休暇に入るらしい。

 夕食は和樹かずきを含め皆揃っていたが、珍しく近所の惣菜屋の生姜焼き弁当だった。「明日の準備が忙しくて」と洋介ようすけが言うが、何があるのか俺はまだ把握できていない。
 以前から仕事納めの日は丸一日空けておくように言われていて、おそらく大掃除だろうと詳細を聞こうともしていなかった。この居心地の良い家の為なら、力仕事くらい幾らでも手を貸すつもりだ。
 弁当があらかた片付くと洋介はコピー用紙数枚の書類を、皆に配った。
「さて。このチームが組まれてもうすぐ一年。明日は初めての「騙し討ち」案件です」
「なんだそれは?」
「困っている人の為に一芝居打ちましょうってことね。俺はこういう案件、大好き。誰かの役に立てたって明確に思えるからさ。といってもしょうがバクの時に一回と、助っ人で呼ばれて三回参加したことがあるだけだけどね」
秋良あきらくんも来ると張り切っていました」
「そう。明日は助っ人がたくさん来るよ。秋良のディンゴとサーバル、本部手塚さんとそのディンゴ、本部事務所の事務の女の子二名。それから和樹さんのお父さん、草上くさうえさんも先日来たばかりだけれどまた来てくれます。開始時刻は夕方早めなので皆さんはパーティ終了後は帰宅され、草上さんだけが二階の和樹さんの部屋に泊まる予定」
「パーティ?」
「そう。手元のプリントをちゃんと見てよ。明日は了也りょうやさん、貴方の誕生パーティなんだから」
「え?」
 言われてみれば確かに明日は俺の誕生日だ。クリスマスと正月の狭間の日付は、子どもの頃から親にも忘れられがちで、自分自身でもここ数年、あまり意識せずに過ごしてきた。
「とにかく、よくプリントを読んで役柄を頭に入れておいて。仕事納めがこの仕事でよかったと思えるよう頑張りましょう。無事成功したら、気分良く年が越せるからね!」

 俺はなぜか売れっ子推理小説家の役だった。小説家先生の家で誕生パーティを行うという設定らしい。
 相談者は大手書店に勤めている女性だという。
「どうして書店員が作家の誕生日会に来るんだ?」
 疑問を洋介にぶつけたけれど「どうせ無になるんだから設定は曖昧でいいの。後から思い出しても記憶は鮮明に残らないから」と言う。肝心なのは無にしたい対象者を、バクの前に連れ出してくることらしい。
 和樹が俺の担当編集者役、洋介がパーティのウエイター役、こうは俺の弟役らしい。残りの助っ人は皆、俺を祝いにきた客。特に役柄の設定はない。彼らには純粋にパーティを楽しんで美味しいものを食べて、と伝えてあるという。

 相談者は三十代前半の女性。三年前から付き合っている男の過干渉に耐えかね、何度か別れ話をするがしつこく食い下がってきて別れられない。干渉は酷くなる一方で、休日はストーカーのように跡をつけられるという。
 彼女から彼氏へは前もって「イケメン小説家の誕生パーティに行く」」と日時を伝えてあるらしい。
 イケメンという単語が自分に係ってくるのはどうかと思うが、ストーカー彼氏を煽った方が彼女を追って必ずやってくるだろうという作戦らしい。
 彼女には既に恋愛感情が無い為、無にするのは彼氏の方のみということも、洸と確認し合った。

 パーティ当日の午後、リビングに何個もキャンドルが灯された。まだ外は明るいけれど、すぐに暗くなる。そうすれば良い雰囲気が出るだろう。カウンターテーブルが運び込まれ、アルコールを含む飲み物や、立食で食べられるオードブル、サンドイッチが並べられる。料理は全て洋介渾身の手作りだ。
 ローテーブルの上にはいつものように獏人形が鎮座していたが、砂時計は置いていない。
 最初の客は秋良たちだった。
「お誕生日おめでとうございます」
 サーバルが代表し俺に大きな箱を渡してくれる。仕事として偽のパーティをしているつもりだったが、プレゼントまで貰えるとは。
 箱の中身は骨董品のようなデザインのテーブルライトだった。
「これは洒落てるな。とても気に入ったよ、ありがとう」
 選んでくれたのは山男のようなディンゴらしい。
「センスいいな」と言えば「これからもよろしく」と握手を求められた。彼とは今後、飲み友達として仲良くなれそうだ。
 続いて手塚たちも、事務の女性たちも、めかし込んでやってきた。皆ちょっとしたプレゼントを用意してくれており、恐縮してしまうが素直に嬉しかった。
 カウンターテーブルの上には、パスタやピザ、パエリアが追加され、洋介がワインやシャンパンを勧めて回っている。
 和樹の父親も到着し「お招きありがとう」などと言いながら超高級そうなワインをくれるから、嘘のパーティだと分かっているのかと心配になった。

 約束の時間ぴったりにインターホンが鳴る。楽しげに歓談していた皆に少しだけ緊張感が走る。
 洋介が「皆さんよろしくお願いします」と挨拶をし、俺に玄関へ迎えに出るよう促した。
 玄関ドアを開けると、外の冷たい空気が流れ込んでくる。相談者の女性は綺麗なクリーム色のコートを着て立っていた。俺は打ち合わせ通り彼女と一旦、門柱の処まで出る。そして白々しく話しかける。
「今度、車でいらっしゃる時には、ほら、そこがコインパーキングです。ここに停めたらいいですよ」
 さりげなさを装って辺りに目を配らせると事前に写真を見て確認していた男が、電信柱の陰からこちらを見ている。
「お連れの方ですか?」
 男に聞こえるように俺が言えば、彼女が振り向き彼と目を合わせる。本当に嫌っているのだろう、作戦だと分かっているはずなのにゾッとした顔を浮かべた。
「私のお付き合いしている方です」
「そうですか!よろしければ、ご一緒に参加されませんか?今日は私の誕生パーティなのです」
 ストーカー彼氏に声を掛ければ、願ったり叶ったりだというように彼女の横に並び出てくる。そして誘われるまま玄関で靴を脱ぐから、洋介が二人のコートを預かった。
 相談者はたどたどしく「先生、お誕生日おめでとうございます」と俺に小さな包みをくれた。中身は事前に洋介が指示した新聞紙を丸めた物のはずだが、彼氏は睨むようにそれを見ている。

「洸、ちょっといいか?」
 手招きし呼び寄せた。洸は洋介からシャンパンを注いだグラスを受け取り、二人に「どうぞ」と渡してくれる。
「こちらは私の弟です。私の専門は推理小説ですが、弟は恋愛小説を書くんですよ。よろしければ弟の小説の参考に、お二人の馴れ初めをお聞かせくださいませんか?」
「そうなんです。僕自身経験が浅い為、色々な方の恋愛話を聞かせてもらうのをライフワークにしていて」
 四人でソファに移動し、ローテーブルの上にグラスを置けば、取り分けたオードブルを洋介が運んできてくれた。
 それを合図に、手塚と秋良が話の聞こえないところまで離れる。今日バクの仕事をするのは、洸だけだから。
 
 グラスを合わせ乾杯をし「お二人お似合いですね」と心にも無いことを伝える。
 気分を良くした彼氏は、友達の紹介で彼女と知り合い自分から積極的にアプローチし付き合い始めたと語りだす。
「愛してらっしゃるんですね」
 定番の合いの手を入れた。
「もちろん誰よりも愛しています。だからこそ彼女の全てを知りたい。なのに彼女は照れ屋さんで、僕の好意にも気遣って遠慮したりする。そんな所も大好きなのですが」
 彼女が耐えられないとでも言いたげに、ギュッと目を閉じた。様子を見ていた和樹が、絶妙なタイミングで近づいてくる。
「先生、弟さん具合が優れないようですね」
「すみません。弟は身体が弱くて、少し休ませてもらいますね」
 いつものようにソファにクッションを積み重ね、洸を横にならせる。その隙に事務の女の子二人が彼女に近づき「お話しましょう」と誘い、彼氏と離した。洋介はリモコンを手に取り、テレビでタイタニックを流し始める。
 彼氏はピザをつまみながら、退屈そうにタイタニックを見ていた。

 タイタニックが終わり、エンドロールを見ずに彼氏が立ち上がる。彼女の処には行かず、窓際にいた俺に近づいてきた。
「すみません。用事を思い出しました。失礼します」
「そうですか。彼女さんはよろしいんですか?」
「え?あぁ。一人で帰ります」
 チラっとも彼女に視線を向けない彼氏に、洋介がすかさずコートを手渡し門柱まで送っていった。

 洋介が玄関ドアを閉めた音が聴こえると、彼女は安心して身体の力が抜けたのか、その場に膝をついた。
「大丈夫ですか?」
 手を貸してソファに座るように促す。
「本当に怖かったんです、彼のこと。警察に相談するような実被害がないからこそ、解決方法が分からなくて。親身になってくれる人もいないし。たまたま職場で耳にした「愛を無にしてくれる」という草上カウンセリングさんのことも、最初は半信半疑だったんです……。でもお願いしてよかった。今は心からそう思っています。助けていただき、ありがとうございました」
 ぽろぽろと涙を流し、俺たちに頭を下げる。
 それを聞いていた洸が、辛そうにしながらも身体を起こし「よかったです」と声をかけ目を細めた。
 助っ人の皆も、同じ組織に属する者として満足そうな顔をしている。洋介が期待していた通り、仕事納めにふさわしい仕事となったようだ。

 彼女は支払いを済ませ、笑顔で帰っていった。
 俺は直ぐにでも洸を抱き上げ部屋に連れて行き、楽にしてやろうとした。しかし、洋介からストップがかかる。
「えー、皆さんお疲れ様でした。以上で了也さんの誕生日会は終了となります。これから、駅前の居酒屋で忘年会を行います。和樹さんの奢りらしいですから、是非参加してください」
 皆からワーと拍手が起こる。
「洸くんと了也さんは、後で合流できるといいですけど、留守番のほうがいいのかな?」
 助っ人たちは、俺と洸に「お疲れ様、よいお年を」と口々に声を掛けつつ、早く二人にしてくれようと素早く玄関へと向かっていった。

 急にシンと静まり返ったリビングのソファから、そっと洸を抱き上げる。洸の部屋は、洋介がエアコンを入れておいてくれたようで暖かい。
「洸……。お疲れ様」
 髪を撫でると、閉じていた眼を開けてくれた。
「大成功、だったね」
「あぁ、大成功だ。もうあの彼氏に付きまとわれることもないだろう」
「よかった……お役に立てたね」
 洸が嬉しそうなのが、何より嬉しかった。
「ねぇ、そこの引き出し開けてみて」
 洸に言われるままにチェストの取っ手を引っ張ると、中には小さな木彫りのディンゴ人形が入っていた。
「たまたま雑貨屋さんで見つけたから。お誕生日おめでとう、了也さん」
「嬉しいよ、とても。ありがとな」
 手のひらにすっぽり収まるサイズのディンゴ人形を愛おしく眺める。
 
「ねぇ」「なぁ」
 声が重なる。
「何?」
「洸は何を言おうとした?」
「……あのね、今日は、セックスをしてほしいなって……。大仕事したし……了也さんの誕生日だし……。了也さんは何て言おうとしたの?」
「いや、あのさ。洸は今まで、忘年会というものに参加したことがないだろうと思って。急いで出して、皆の処に行こうかって……」
 二人の間にしばし沈黙が降りる。
「洸はさ、怖くないのか?またいつか無になるかもしれないことが」
「怖くないよ。僕は大丈夫」
 身体が重く怠いだろうにゆっくりと手を伸ばし、俺の頬を触ってくれる。指先から温かい熱が伝わってきた。
「どうして、どうしてそんなに強くなれた?」
「元々僕は強いよ。だって中学生の時からずっと具合が悪くて、二十才になるまで理由もわからずただ耐えていたんだもの」
「そうか、そうだな。いや、けれど……」
「僕はもう想いを口にはしないよ。ちゃんと我慢する。もしもまた無にしてしまったとしても、次も耐えてみせる。それに草上さんが、二度目の愛は無にならないかもって希望をくれたし」
「その希望は確かなことではない」
「分かってる。ねぇ、了也さんはもう無理?繰り返したくない?僕では……ダメ?」
 バクの仕事後で辛い洸に、こんなことを言わせている自分を情けなく思った。それでも踏み止まる弱さが自分にはある。
「この前の朝、和樹さんの部屋に呼ばれた時、僕はちゃんと言ったよ。ディンゴが了也さんじゃなくなるなら、兄の処に帰りたいですって」
 思いもよらない話を聞かされ、洸の覚悟を知る。不安は霧散してゆき、ベッドでぐったりしてる彼を抱きすくめた。

 作務衣ではない洸の洋服を全て脱がせる。そして自分が身に着けている衣類も乱暴に脱ぎ捨てた。
「洸、心配させて悪かった」
 そう言って彼の指を、俺の大きくなった股間へ導く。身体の変化で情愛を伝える為に。
「俺も、洸とセックスしたいよ。今すぐに。でもまずは一度出して少し寝ないとな」
「うん、お願い」
「あのさ、俺もう我慢できないから、一緒に擦っていいか?」
 向かい合って横になり、二人の陰茎を重ね合わせ、包み込むように握った。互いの薄い皮膚が触れ合って、ドクドクと脈を感じる。洸の息も「はぁはぁ」と乱れ興奮しているのが分かる。
 握りしめた手を上下にゆっくり動かし、擦った。
「りょ、了也さん」
 その熱の籠った声を塞ぐかのように唇を重ねる。下唇を食み、舌を絡ませ、口内を舐めた。洸は息継ぎをするように「あっ、あっ」と甘い呻きを漏らし続ける。
 擦り続けている陰茎からは、どちらの物か分からない先走りが零れ落ち、グチュグチュと卑猥な音が聴こえていた。
 洸の腕が俺の背中に周り、強く抱きしめてくる。
「あっ、もう、もう、出ちゃう、あっ、りょ、了也さん」
「洸、洸、いい、あっ、一緒に、一緒に、いこう」
 顔を上気させて、口を半開きにし、少しのけ反るように顎を上げるから、首筋が酷く艶っぽい。
「ぁんっ」「うっ」
 洸の爪が俺の背中に喰い込み、二人分の白濁が互いの腹に飛び散った。
 出したばかりのトロンとした顔が可愛らしく、触れるだけのキスで何度も唇を啄む。
 疲れていたのだろう。スヤっと眠りに入った洸の身体をウェットティッシュで拭いてやった。

 リモコンでエアコンの温度を調整し、再びベッドに入る。
 裸のまま眠る洸を、同じく裸の俺が抱きしめる。肌と肌と合わせながら腕の中に収まる寝顔を見て、ようやく覚悟を決める。
 愛してるとか好きだとか、そんな言葉はもう必要ない。ただただ洸に少しでも幸せでいてほしい。嬉しい、楽しい、美味しい、陽の感情を一つでも多く感じてほしい。もしも辛いことが起こっても、一日でも早く立ち直ってほしい。
 その過程に、他の誰でもなく自分が関わりたい。可愛い顔を、イヤらしい顔を、ずっと見ていたい。
 明日から冬季休暇。洸が眼を覚ましたら、もういいと根を上げるまで何度も何度も身体を交え、言葉を使わずに想いを伝えたい。
 その為には、忘年会に行った面々が吞んだくれて帰宅し「片付けは明日にしよう」と、とっとと二階に上がってくれるといい。
[完]
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