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第二章サーバル

③聞き耳を立てる夜

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 和樹かずきさんも知らない秘密だけれど、こうの部屋には盗聴器が仕掛けてある。ベッド脇のコンセントタップにだ。サーバルとしての対策で、俺なりに考えてやっていることだ。
 もちろん、洸が一人の時や、仕事中じゃない時は、受信機側をオフにしている。
 監視しているのは、主にディンゴが部屋にいる時。彼らが愛し合わぬよう、見張っておかねばならない。それ以外にも、和樹さんが突然連れてきた了也りょうやの正体を探りたいという意図もある。
 他のサーバルに聞いた話によると、元々はもう少し年配のディンゴを迎え入れるということで、話は進んでいたらしい。それがどうして直前で了也に変わったのだろう。
「トラブルがあって、ディンゴの合流が遅れます」
 確か、洸が吉祥寺の家に来た日に、和樹さんからそう言われた。だから洸が二十歳になった日、和樹さんもディンゴも揃わず、二人きりのお祝いになってしまった。そして、初めての相談者がやってくるギリギリのタイミングで、ようやくメンバーが揃ったのだ。
 決して了也は嫌な人ではない。むしろいい人だ。それでもどんな事情があるのか、些細なことでも把握しておきたいんだ。サーバルとして。

 先月、バクの秋良あきらが遊びに来た時も、会話を盗み聞きしていて助かった。秋良が洸に、ディンゴとのセックスを勧めていたからだ。あのままもっと具体的な話にまで進んでいたら、洸に悪影響を及ぼしただろう。
 途中で阻止したとは言え、秋良が来たあの日以来、うちのバクとディンゴの関係が一歩縮まってしまったのは確かだから。

 今夜もいつも通り相談者を見送り、玄関の戸締りをする。リビングへ戻ってくると、了也が洸を抱えて運ぶところだった。洸がトロンとした顔をして、了也にしがみついている。
 俺はワイヤレスイヤホンを耳に入れながら、皆が飲んだコーヒーカップをトレーに乗せキッチンへと片付ける。
 イヤホンからガサゴソと音が聴こえた。作務衣の下衣を脱がしているのだろうか。
 そのうちボソボソと会話が聴こえた。
「苦しいか?」
「うん」
「こっちも、苦しいだろ。ほら」
「く、苦しい。早く、早く出して……」
「慌てるな。洸。ゆっくりしよう。気持ちよくしてやるから」
「りょ、了也さん……キス、もっと」
 湿り気を帯びた音が聴こえ、どんどんと洸の息遣いが荒くなる。
「やだ、そんなに、舐めないで。んぁっ、き、気持ちいい、いい、あっ」
 いつの間にか指で自慰を手伝うような関係から、もっと先に進んでいるようだ。
 それは決して、規則違反だったりはしない。組織もセックスを禁じてはいないし、そうやってバクをチームに縛ることを、良しとしているのだから。
 イヤホンの音に集中しすぎて、施錠したはずの玄関が、合鍵で開けられた音にも気が付かなかった。
 シンクの前に立つ俺の右耳のイヤホンが突然外され、ビクンと驚く。隣には和樹さんが立っていて、彼はそのイヤホンを自分の耳に入れた。
 俺の左耳からは、洸の「む、胸も触って」と可愛く強請る声が聴こえている。
「あぁ。触ってやる。こうか?」
 続けて聴こえた了也の声も、いつもより随分と甘ったるかった。

「いい趣味ですねぇ、洋介ようすけ
「いや、これはそういう訳じゃ、違うんだって」
「後で同じことをしてあげましょうか?」
 更に驚いて、手に持ったままだった泡だらけのスポンジを落としてしまう。
「冗談ですよ、今夜じゃなくてまた今度ね」
 囁く和樹さんからはアルコールの匂いがした。
「もう眠くって。今日はここに泊まります。明日の朝ご飯、皆と一緒に用意してもらっていいですか?」
 右耳のワイヤレスイヤホンを俺の尻ポケットに捩じ込むようにして、返してくれた。欠伸をしながら結った髪を解き、風呂場へと向かった和樹の後ろ姿をじっと見つめてしまう。
 こんな気持ち、いい加減バクに食べてもらおうか。そう思いながら残りの片付けを済ます。もうイヤホンの中の音を聴く気にもならなかった。

 照明を消したリビングのソファに深く腰掛け、了也が洸の部屋から出てくるのを待つことにした。今夜こそアイツに一言いってやらなければ割が合わない。
 いつも何をしているのか、あの男は毎回なかなか部屋から出てこない。待ちくたびれた俺は、どうやらクッションを枕に眠ってしまったようだ。
 頭上でボソボソと人の声がして、意識が浮上する。
「どうです?暴露本の執筆は進んでますか?」
「暴露本とは人聞きが悪いな」
「私からしたら、そういう認識です」
「進んでるか?と言われれば、進んでないな。まだ三か月しか経ってないのに、まんまとアンタの思う壺ってことだ。内部に取り込んでバクを守ってやりたくなるポジションに俺をつけ、書けなくする。俺の従兄弟はカンカンだよ。ヘラジカ様には最初から勝算があったのかを、知りたいね」
「どうなんでしょう。弊害も色々とありますよ。貴方が愛おしそうに洸を見る姿に、洋介がどれほど心を悩ませているか」
「アンタと洋介では立ち場が違うってことか」
「でも、今夜は洋介の味方です。だから一つだけ要らない忠告をしましょう。可哀そうだと思う同情を、愛情だと勘違いしないほうがいい」
 それはまさに、和樹さんが俺に対して思っていることなのではないか。そう思うと、涙が出そうだった。これ以上、聞いていたくなくて白々しくソファの上で大きく寝返りを打つ。
「洋介、ほら洋介。こんなところで寝ていると風邪をひきますよ。ほら、起きて」
 和樹さんの大きな手が俺の頭をやさしく撫でる。
 二人の会話はそれきりになった。
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