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【部下】久しぶりは風呂場で
しおりを挟むリョウが眼鏡を忘れた夜、つまり部長が泊まっていった秋の夜。俺は自分の大胆さに呆れ果てた。
部長は余程眠かったのか、コーヒーの染みがついたズボンのまま俺のベッドに入り、スヤっと寝てしまった。
その寝顔はやはりリョウと似ていて、伯父と甥だということに納得する。近づき、指で頬を突いてみたけれど、深く熟睡していて起きる気配はない。
だから、ほんの出来心を実行に移す。
狭いシングルベッドへ慎重に足を滑り込ませ、添い寝の体勢をとる。身体を密着させたけれど部長の寝息は乱れないから大丈夫。早く目的を達成してしまおうと、手に持つスマホのインカメラで、シャッター音を気にしながらツーショットを撮った。
撮れた写真に満足し、流出させてしまわぬようその場ですぐにフォルダを作り宝物のように保存した。
ベッドの中は部長の温かみを感じる。顔を寄せればリョウと同じ匂いがした。一緒に住んでいるのだからシャンプーが同じなのだろう。
添い寝で少しだけ触れ合った肌には年を重ねた柔らかさがあった。リョウにはないシワや眼の下の弛み、白髪が混じった頭髪にいぶし銀の大人の魅力を感じ、元来おじさん好きな俺は股間を膨らませてしまう。
とても眠いのに、この熱を出さないことには入眠できそうにない……。さっきリョウに「もう一回しよ」を断られ燻っていたものが、再熱してしまったのだ。
流石に向き合ってする勇気はなく、そっと寝返りを打って部長に背を向ける。背中に体温と穏やかな呼吸を感じながら、俺は自分の下着の中に手を入れ、息を殺して陰茎を握った。
シングルベッドの振動を気にしながら、上下にゆっくりとしごき始めた。それは出張先ホテルのベッドでシた自慰よりもずっと思い切った行動だった。
乱れた呼吸を必死に飲み込み、音を立てぬように静かに擦る。万が一にも部長が目を覚ましたらどうしようというスリルが、興奮を助長しあっという間に高まっていく。
「……っ……んぁっ」
達した瞬間、快楽に満ちた呻き声を発してしまった。部長がその声に反応したように、寝返りを打つ。しかしスースーとした寝息は変わらないままだったから、そっとウェットティッシュに手を伸ばし、受け止めた手のひらをおざなりに拭う。
出すものを出せば、急激な眠気に襲われた。窓の外はまだ暗いけれど、もう明け方だ……。少しだけ、ほんの少しだけ、このままこのベッドに居たいと思いながらウトウトする……。
恐ろしいことに、俺はそのまま狭いベッドで部長の温かみを感じながら、寝入ってしまった。
意識が浮上した時には、もう昼に近かった。微睡の中で「あれ?リョウがいる」と嬉しく思う。しかしゆっくり目を開けると、そこには部長の顔があった。更にけしからんことに俺の腕は部長の腰に巻きついていて、驚きのあまり心臓が止まりそうだった。
とにかく、部長より少しでも早く目覚めた自分を褒めてやりたい。
慌てふためく中にも「これはなんと素晴らしい状況なのだ!」と感嘆する気持ちもあった。だから調子に乗って部長に触れるだけのキスをして「これはもう一生の思い出だから」と、自分に言い訳をした。
*
翌週。七ヶ月間ずっと続いていた金曜夕方に届くリョウからメッセージが、来なかった。それでも真夜中には、動画を見ながらインターホンが鳴るのを待っていたが朝になってしまった。
恐らく夜中に家を抜け出し何処かに行っていることを、部長に酷く叱られたのだろう。
リョウには忘れ物を返せないままで、部長の顔には既に新しいデザインの眼鏡がのっていた。幸い、リョウの相手が俺だとはバレていないはずだ。
その翌週も、リョウからの連絡はなかった。更にその翌週もメッセージは届かない。
リョウに会いたい気持ちはあったけれど、甥っ子思いの部長にバレて悪く思われたくないという考えが強く、俺からはメッセージを送らなかった。
そんなリョウが来なくなった金曜に、なぜか部長が夕食に誘ってくれるようになった。
その誘いはもちろん飛び跳ねる程、嬉しかった。けれど、今まで必死に連れない態度を取ってきたのだから、急に路線変更もできない。
部長にしても、一度家に泊めたくらいで俺が急に好意を全面に出したら、気色悪く思うだろう。
だから毎回、できるだけ素っ気なく「別にいいですけど……」と返事をした。
会社の最寄駅で定食を食べながら、それぞれビールを一杯だけ呑む。そして部長が「配信で何か映画を見たいのだけれど、オススメはないかい?」と訊くので、あれが面白かった、これが面白かったという話を熱心にしてしまう。
電車の中で「ご馳走様でした」「お疲れ様、また来週」と別れる。部長と部下らしい真っ当な付き合いだ。
俺より二つ手前の駅で降りる部長の後ろ姿を、毎回懐いた犬のように尻尾を振って見送っている。
そんな部長との週に一回の食事で心は満たされているものの、冬だからとか、寒いからとか理由をつけなくても真夜中にベッドで一人、人肌が恋しくなることが多々ある。
どこもかしこもツリーが飾られ、世間がすっかりクリスマスらしくなった曇天の金曜。
意を決して仕事の合間に喫煙所からメッセージを送った。
「リョウ元気?どうしてる?久しぶりに会いたいよ。とにかく一度連絡して」
自分のデスクに戻り、パソコンに向かいながらも、返事が来てないか何度もスマホ画面を見て確認したが、既読にもならない。
寂しく思うも、終業時間には今夜も部長から「雨が降りそうだけど、夕食に付き合ってくれるかい?」と誘いがあったからホイホイついて行った。
いつもと同じ店で、一杯のビールと定食を食べながら、思い切ってリョウのことを尋ねてみた。
「山野部長。そういえば同居されてる甥っ子はまだいらっしゃるんですか?」
「え?あぁ、彼ね。うん、いるよ」
「今もまだ夜中にふらふら出歩いているんですか?」
「い、いや、最近は大人しくしているみたいで、助かるよ」
なぜか少し寂しそうに部長が答えた。
俺はリョウが他の男の家に行っている訳ではないと分かり安心する。
部長には悪いけれど、俺はやはりリョウに会いたい。リョウに情が芽生え、可愛く思っていることを認めざるを得なかった。部長が好きだけれど、リョウとも肌を交えたいのだ。
年上好きの自分がどうしてこんなにもリョウに惹かれるのかは、まるで分からない……。
帰りの電車で部長と別れてから、もう一度リョウにメッセージを送る。「会いに来てよ」と。
マンションに辿り着いて程なく、リョウからメッセージが届いた。
「スマホ、持たずに出かけていて今見ました!今夜行ってもいいですか?」
もちろんすぐに「待ってる」と返信した。
夜が深まると窓の外から大きな雨音が聴こえ始める。スマホの天気予報によると真夜中にかけ大雨になるらしい。
寒い冬の冷たい雨の夜に誘ったことを申し訳なく思いながらも、心は弾み、ベッドのシーツを新しい物に取り替えた。
午前二時を少し過ぎだ頃、インターホンが鳴る。リョウを迎え入れすぐに抱きしめたかったが、彼はびしょ濡れだった。
「歩いてきたの?」
「道が混んでいて途中でタクシーを降りたから、走ってきました」
なぜ?と思ったが、急いで来ようとしてくれたのなら嬉しい。
「クシュン」とリョウがくしゃみをするから、風邪を引かぬよう「シャワーを浴びて温まったら」と勧める。
リョウは遠慮なのか首を横に振った。
「じゃ一緒に入る?」
それならと照れたように頷いてくれ、狭い脱衣所で服を脱がせる。
「先にシャワー浴びてて」
そう告げ、リョウの着ていたものをリビングのエアコンの前に並べてすぐに乾くようにした。
裸になり風呂場に入ると、リョウが抱きつき密着してきた。酷くがっついているのが分かる。それは俺も同じだった。
シャワーの湯を身体に掛けながら、唇を合わせ貪り合う。角度を変え何度も何度も舌を絡め合う。
「リョウ……、会いたかった」
「我慢、してたから。ヒ、ヒビキさんと会うの、我慢してたから。好きになって、ほしくて、我慢していたから」
シャワーの音が邪魔をして、リョウの言っていることがよく分からない。好きになって欲しいのに、どうして我慢をする必要があるのか……。
リョウは「舐めていい?」と俺の前に跪き、俺の陰茎を持ち咥えた。風呂場はシャワーの熱い湯気でモワモワと充分に温まったから、俺は湯を止める。すると狭い空間に、リョウが口淫するイヤらしい音と息遣いのみが反響した。されている俺よりも、しているリョウのほうが感じているような甘い声も漏れた。
濡れた頭皮を撫でてやりながら、リョウのしてくれる行為に酔いしれる。
「だひて」
咥えたままそう言うからコクリと頷き、されるがまま高みを目指す。
「リョ、リョウ、すごく、上手。それ、いい、あっ」
窄めた口で先端を吸い上げられ、更に両手を使って強く擦られ、ひときわ陰茎が大きく膨らみ「イ、イクっ」とその口の中に解き放った。
「はぁはぁ」と息を乱しながらリョウを見ると、恍惚とした顔でゴクリと喉仏を動かし、俺の出した欲望を飲み込んだ。口の端からは、溢れ出た白濁が一筋流れ出て堪らなく卑猥だった。
リョウに風呂場の淵に掴まるよう指示を出し、尻をこちらに向けさせる。ボディソープを手に取り、後孔をガツガツと解してゆく。
リョウの口からは「んっ、ぁんっ」と甘い声がひっきりなしに漏れた。指を増やし、リョウの身体がビクンと震える箇所を触れば、彼の腰がゆらゆらと揺れる。
空いている手を前に回し胸の突起に弄ると、そこは小さくぷくりの腫れ、陰茎からは先走りがタラリと蜜のように溢れ落ちた。
「もう、もう、挿れてほしい……、ねっ、ヒ、ヒビキさんお願いっ」
そんな可愛くねだられれば我慢など効かず、リョウの後孔に再び硬くなったモノを充て、奥まで一息に貫いた。
圧迫感で苦しそうにするリョウを後ろから抱きしめ、耳元にキスを降らせながら馴染むのを待つ。
辛そうだった呼吸が段々と甘い吐息に代わり、中が俺を締め付けるよう蠢いてくる。少し揺すってやれば、あられもない嬌声があがった。
そこからは、ただただ擦って揺すって突き上げて、リョウの中を捏ねくりまわす。
リョウの足がガクガクと力を失うから、腰をしっかりと持って支えてやる。
「あっ、もう、もう、ダメっ、いい、あっ……イ、イっちゃっ」
リョウが達したタイミングで中が強く締め付けられ、俺は彼の腹の中に吐精した。
二人で風呂場のタイルに座り込み、抱き合った。呼吸が落ち着くと段々と寒くなってきて、シャワーでリョウを洗ってやる。
再び後孔に指を入れれば、また良さそうな声を出すけれど「掻き出すだけだから」と言い添え、背中を撫でてやった。
空っぽの狭い湯船にリョウを後ろから抱き抱えるような姿勢で入り、お湯を張る。二人の体積のせいであっという間に湯は溜まった。
ウトウトと寝てしまいそうなリョウを支え、名を呼んでは振り向かせて触れるだけのキスをする。リョウは時々ふふっと嬉しそうに笑う。
風呂から上がり、一旦俺の部屋着を貸しリビングへ移動する。ドライヤーで髪を乾かしてやる作業は、まるで二人で暮らしているかのような幸せな時間だった。
四時二十分前に俺から声を掛けた。
「もう帰らないとだろ?」
コクリと頷く。
すっかり乾いた洋服を身に纏うリョウに「毎週じゃなくてもいいから、また来いよ」と伝える。
時間に余裕を持って送り出したリョウに、眼鏡を返し忘れたと気がついたのは翌朝のことだった。
*
年が明け、部長との夕食は毎週金曜、リョウとは隔週金曜に会うという、幸せな日々を送っている。
梅の花が咲き始めた頃、社長親子が東京支社にやってきた。社内会議で部長がした進行状況報告に社長は満足し、機嫌がよかった。
就業時間と同時に「よし飲みに行くぞ」と部長が誘われている。心の中で「お疲れ様です」と思っていると「青木も行くぞ」と社長の一声で巻き込まれる。
社長の息子が選んだ、女の子が接客してくれる店に連れていかれ、社長がよく飲みよく喋るのをただ眺めていた。
社長はこういう場では羽振りの良い人だし、話も上手いので盛り上がる。ゆえに接客のプロの女性にも好かれるのだろう。ビール一杯飲んだ後は、烏龍茶しか飲まない俺とはまるで違う。
何の話の流れだったか、都市伝説の話になった。
「俺も聞いたことあるぞ。五十代の男が、真夜中に二時間だけ若返る病があるっていう都市伝説だ」
いい大人が何を言い出すのやら、と思ったが接客のプロ達はその話にきちんと相槌を打つ。
「それって肉体的にってことですか?」
「ああそうだ。髪がフサフサになって、腹も凹んで、肌だってピチピチになるらしいぞ」
「真夜中に?」
「そう、真夜中に二時間だけ。だからその病に罹っても気が付かない男も多いらしい。なにしろ眠ってる時間だからな。気が付けばラッキーだ」
「へー、そんな病ならこのお店に来るようなお客さんは、みんな罹りたいと思うでしょうね」
「五十代の頭脳のまま身体が二十代に若返るんだから、ヤラしいことだってやりたい放題だぞ」
社長が下品に笑って「やだー」と窘められている。
「じゃあ、社長さんも実は真夜中になったら若返っているのかもしれませんね」
「いや俺はね、その話を聞いてからトイレに鏡置いて、尿意で目が覚める度に若返ってないか確かめてるけどダメだね。残念だよ」
こんな荒唐無稽な話、部長も呆れているだろうと並びのソファに座っている姿を横目で見ると、真剣な顔をして聞いていた。部長も若返りたいなんて思うことがあるのだろうか。
さっきまで社長の息子と話をしていた女の子が「私も知っています、その都市伝説」と手を挙げた。
「お客さんに聞いたことがあるんです。その人の知人は、六十近い奥さんに毎晩真夜中にセックスを迫るようになっちゃって、別居されたって」
確かにうっかり若返って性欲が湧いても、中々それを処理することは叶わないだろう。
違う子も言う。
「私、前に勤めてた店のお客さんが「真夜中になると若返るから夜中に会ってくれ」ってしつこく誘ってきて。意味わかんないと思ってたけど、この病だったのかな?絶対嘘だと思ったから、支配人に言って出禁にしてもらっちゃった」
社長は「他人事だと面白いな」とゲラゲラ笑う。
「だけどな、若返りはきっかり一年だけなんだとよ。一年すると、病は突然治るんだそうだ。若い身体使っていい思いし味をしめてたら、治った時に立ち直れなくなるな」
「確かにー」
俺もそりゃそうだろと、頷いてしまう。
「更にな、何しろ病だから後遺症が残るんだ」
この話に興味深々の部長が真剣な顔で「どんなですか?」と聞いた。
「若返りは一年で終わっちまうのに、若い頃と同じだけの性欲が残るらしい。想像してみろよ、若返っていれば困難であれ相手を探すことは可能だろうよ。でも、年老いた姿で強い性欲だけあったら、ただの変態エロジジイ扱いだぞ」
「うわー、確かに嫌だー」
「たまにいるおじ様でグイグイ誘ってくる人って、もしかして後遺症に苦しんでる人だったのかなぁ?」
「でも、そんなの同情できないよねー」
「ホントに」
部長が突然席を立った。
「すいません。体調が悪くてお先に帰ります」
「おい、大丈夫か?青木送ってやれ」
「いや、大丈夫ですから。少し飲み過ぎたのかもしれません。青木くん、いいから。本当に。君は社長をホテルまでお送りして」
青い顔をして、部長は帰ってしまった。
その後の話題は、社長の家で飼っている大きな犬の話に移り、社長の息子は女の子一人とカウンター席へと移動してしまった。
俺の頭の中はさっきからずっと何かに引っ掛かっている。
帰り道も、都市伝説の話をグルグルと思い出していた。なんでこの話がこんなにも気になるのだろうか。
電車の吊り革に掴まりながら、窓の外を眺める。
もしかして……。
そう思ったら全てが腑に落ちた。
けれどこんな可笑しな都市伝説、簡単に信じることはできない。
だけど、やっぱり、もしかして……。
いやそんな、バカな、でも確かに……。
俺とリョウが初めて会ったのは、桜も終わり、青葉が茂る頃だった。これは部長の都市伝説的病が始まって、どれくらい経ってからだったのか。
気になり出すと止まらない。
この時点で俺はもう、部長が病に罹っていることを受け入れていた。
部長がいつも降りる駅で電車を下車し、電話をかける。
「あ、青木です。夜分にすみません。ご気分はどうですか?」
「わざわざ電話をくれたのかね?ありがとう。もう大丈夫だよ」
声はいつもより暗かった。
「あの、山野部長。こんな時に申し訳ないのですが、今夜、甥っ子のリョウくんに会わせてください」
「な、なにを突然」
部長は酷く驚いている。
「今から伺ってもいいですか?」
「い、いや、リョウはまだ帰ってなくてね」
部長は慌てていて、リョウと俺が知り合いだということには驚かない。
「今から伺いますから、待たせてください」
「む、無理だよ、すごく遅い時間だよ、あの子が帰るのは」
「それでも会いたいんです」
電話の向こうで大きな溜息が聞こえ、大好きな部長を困られていることに、罪悪感を覚える。
「……じゃ、本当に来るかい?リョウに会えるとは限らないけど」
「無理を聞いていただいて、ありがとうございます」
最寄駅からの道順を聞いて、俺は部長の住むマンションへと向かった。
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