真夜中、二時間だけ二十才に若返る部長の恋

フィカス

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【部長】真夜中に若返った性欲

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 いつからこんな事象が起きていたのかは分からない。最近なのか、ずっと前からなのか。
 はじめて気がついたのは真夜中のトイレだった。

 その日は天気がよく気温も急上昇し、加速するように桜が満開になった。会社の若い子たちから「山野部長も一緒に、花見がてら飲みに行きましょうよ」と誘われて、さりげなく参加メンバーを確認する。
「では一杯だけ」
 仕事を切り上げ、社屋すぐそばの焼き鳥屋に足を運んだ。若者が私に求めているのは、支払いだろうと重々承知していたから、ビールを一杯だけ呑んで「お先に失礼するよ」と多めの金額を置いて、店を後にした。
 格好つけて店を出たものの呑み足りなく、自宅マンションの最寄り駅でまた居酒屋に入った。何杯か呑み気持ちよく酔い、少し遠回りだと思いながらも、ライトアップされた桜並木を通って帰る。
 いい気分だったのは歩き始めて五分程度だ。当然といえば当然の尿意が膀胱を襲い、残りの五分はかなりの早足でマンションへと急ぐ。
 無事にトイレに間に合ったものの、皆の憧れである渋くて素敵な部長の仮面は、マンションに辿り着く前に剥がれ落ちてしまった。情けない。少し落ち込んだ私は眠い目を擦りながらシャワーを浴び、とっととベッドに入った。
 しかし、吞みすぎたビールのせいで、いつもに増して夜中に何度もトイレに行く為に目を覚ました。
 
 ゴムが伸びかかったトランクスに手をかけジョボジョボと用を足している時、陰毛に混じりはじめた白髪が、見当たら無かった。
「あれ?」と思ったけれど、眼鏡は寝室に置いてきたし、目が霞んでいるのだろうと何度も瞬きをする。
 更に手に持っている陰茎も、いつもよりずっと若々しく艶があるように見えた。
 再び「あれ?」と思うも、おかしな夢だと鼻で笑い、ひとりぼっちの寝室へ戻り掛布団をかぶった。
 朝起きて、一応眼鏡をかけトイレで確かめれば、年相応の股間がそこにはあった。

 この違和感はこの晩だけでは終わらなかった。
 桜も散り始めた頃、真夜中のトイレ後にわざわざ眼鏡をかけ洗面所に行き、鏡の前でトランクスを下ろした。
 やっぱり、若返っている……。
 そこには遥か昔、若かりし頃の股間が映っていた。上手く状況が飲み込めず、明るい照明の下、しばらく自分の陰茎を見つめてしまう。
 ふと我に返り鏡の中をよくよく覗けば、中年らしく弛んきた腹が凹んでいたし、ボリュームが減ってきたと気にしている頭頂部の髪がふさふさとしていた。
 いやそれどころか、男前だともてはやされた二十才前後の顔が、シワもシミもない張りのある肌と共に、目の前に在った。
 歯磨き粉の隣に置かれた安いデジタル時計を見れば、それは午前二時半のことだった。

 眠気は吹き飛んでしまったから、ベランダに出て煙草を一本吸った。夜中はまだまだ寒く、今夜は風も強い。もう見頃の終わった薄ピンクの花びらが、どこからか舞ってきた。
 寝静まった街の灯りを見下ろしながら、色々と考えを巡らせる。考えたところで何も解決はしないのに。
「よしっ」
 なぜなのか「機能も若さを取り戻しているか確かめる」という結論に達した。もしかすると考える為の脳も若返っているのかもしれない。
 寝室に戻りベッドの上に座る。躊躇いなくスウェットとトランクスを脱ぎ捨てた。
 つい先日、五十四才になった私は、セックスは随分とご無沙汰だったし、自分で触ることも無くなって久しい。
 それでも、これからしようすることを考えただけで、ハリ艶のある身体に性欲が漲ったのが分かって、心が躍った。

 陰茎を握り、上下に何度かしごけば、あっという間に硬く大きくなる。
 頭の中には、二十六才年下の部下、青木を思い浮かべた。ちょっとチャラくて、調子がよくて、指が細くて長い。仕事ができて、どうしてか私には少し冷たい男を。
 彼が私をぶっきらぼうに呼ぶときの「山野部長、今よろしいですか?」という、ちょっと掠れた声を脳内に再生して。
 青木に触られているのを、青木に舐められているのを、青木に挿れられるのを、想像してしごく。
 先端からはドロドロと先走りが溢れ出し、ヌルヌルと滑りがよくなった。
「んっ、んぁっ」と小さな声も零れでて「はぁはぁ」と呼吸も荒くなる。そして、あっという間に昇り詰め、ドピュっと大量の白濁を飛ばした。

 若返っているせいで、一回出したくらいでは昂った性欲は収まらなかった。
 独りで暮らすこのマンションには、スキンはもちろん、ローションも置いてない。それでも、後ろを触りたくて仕方がなかった。
 苦肉の策で乾燥肌に塗る為に皮膚科医で処方してもらっている乳液を手にとり、後ろを触る。
 きつく締まっている後孔を少しずつ解し、プニっと右手の中指を潜り込ませる。中の壁を撫でるように擦りながら、奥へ奥へと指を進めた。
「んぁっ。ぁっ、あぁ……」
 気持ちが急いて、じっくりなんて触っていられない。
 指を一本から二本に増やしたところで、左の手で陰茎を握り勢いよくしごいた。
「ぁっ、あっ……。んぁっ、イ、イクっ」
 ビクビクと身体が震え、また大量に吐精し、それはそれは気持ちが良かった……。

 アラームが鳴り目が覚めれば、部屋の中には明るい朝日が差し込み始めている。
 昨晩は自慰をした後、ティッシュでおざなりに拭いて、下半身を出したまま眠ってしまったようだ。眼鏡をかけ、丸出しの股間を見れば、だらしない五十代の身体に戻っていた。



 この不可解な事象が、確かに自分の身に起っていると自覚してから、私は生活スタイルを変えた。
 今までは、帰宅しても何もすることがないからと、毎晩遅くまで会社で残業する日々だった。
 その私が急に、定時で帰る為に仕事を切り上げるから、青木も驚き問いかけてくる。
「山野部長、具合でも悪いんですか?」
「いや、ちょっと用事ができてね」
 そう答えれば「へー、珍しいですね」と興味無さそうに返事を寄越す。内心はこれで自分も早く帰宅できると、喜んでいるのだろう。
 最寄り駅に着いて、馴染みの定食屋でグラスビールを一杯と焼魚定食を食べ、マンションへ帰る。
 掃除や洗濯など家のことを少しして風呂に入り、午後九時半には寝室に行く。スマートフォンを枕元に置き、そのまま眠りについた。

 実証実験初日。アラームは午前二時半に鳴るようセットしておいた。
 ピピピと鳴る音で目が覚めれば、既に若い身体になっていた。そうなると我慢はできない。また部下の青木を思い浮かべ自慰をする。
 柔らかそうな癖毛や、俺よりわずかに背が低いが華奢ではない身体に触れたいと思いながら。
 何度か吐精したのち、いつの間にか眠ってしまった。朝、目が覚めればば、五十代の身体に戻っていた。

 翌日は午前二時に起きた。
 ちょうどアラームが鳴ったとき、一瞬意識が飛んだような浮遊感があり、目を開ければ若い身体になっていた。
 そしてまた自慰をする。ドラッグストアでローションを購入しておいたから、後孔も熱心に触り「あおき、あおき」と名も呼んでしまった。中がうねるように収縮して、喘ぎながらイけば、そのまま寝落ちた。
 自慰をした翌朝は、疲れも取れスッキリした気分で朝を迎えられているが、昼間、部署内で青木を見かけると、自慰の妄想に登場させている気まずさを感じる。
 五十四才のおじさんが、二十八才の部下に抱かれる妄想を毎晩しているなんて、本当に申し訳ない……。「いや、違うのだ。あくまで自慰をしているのは二十才に若返った私なのだ」と己れを正当化するしかなかった。

 午前一時半にアラームを鳴らし起きたときには、五十代の身体のままだった。
 そのままボケっと、ベッドの上に座って過ごす。なんとなく陰茎を弄ってみても、心も身体も乗り気にはならず、すぐに飽きてしまった。
 性欲が枯れているのだ。
 二時ちょうどなったとき、目の前が一瞬暗くなり意識が飛んだ。そして、気がつけば若い身体になっていた。
 どうやら午前二時になると若返る、ということが判明した。

 翌日からは元に戻ってしまう時間を探る。
 朝五時にアラームを鳴らせば五十代の身体だった。
 朝四時のときは少し変な感じがしたが、目が覚めたときには五十四才だった。しかたがないので、まだ真っ暗なベランダに出て煙草を一本吸ってから二度寝をした。
 三時のときは若い身体だ。二十才の姿で目が覚めれば、自慰を覚えたての中学生のように、スウェットとトランクを脱ぎ捨て、陰茎を握り後孔を弄ってしまう。
「あおき、あおき」と名を呼び、五十代のおじさんに向けられる青木の冷めた目線を思い出しながら吐精する。
 そして気持ち良さを引きずったまま、スヤっと眠る。

 三時半にアラームを鳴らした日も、二十才の身体だったから、自慰を始めた。
 快楽を求める欲望は増すばかりで、今夜は長く楽しもうとまずは乳首を弄る。ピンク色の突起は、ぷくりと腫れて甘い痺れを誘発する。
 後孔もローションをたっぷりまぶした指で、じっくりと解す。
「あおきっ、んっ、ふぁっ、あっ……」
 気持ち良さが波のように、どんどん、どんどん押し寄せてきて、妄想の中の青木もより大胆になる。
「うっ、んぁっ。きもち、いい、いい、あっ」
 もうすぐイきそうだ、というタイミングで、目の前が暗くなり一瞬意識が飛んだ。
「あっ」と思ったときには、五十代の身体に戻って、吐精しないまま萎えていた。
 ぷくりとピンク色だった乳首だって、カサカサに乾燥していた。
 時計を見れば朝四時だ。
 この検証を繰り返した結果、どうやら毎晩午前二時から朝四時までの二時間だけ、私の身体は若返ることが判明した。



 青木との行為を妄想し自慰をしている間に、私にも欲が出てきた。
 もともと五十四才の私が、二十八才の青木に想いを告げることは、あまりに意味がないと思っていた。部長として、部下に仄かな恋心を寄せているだけで、充分に満足だった。
 仕事の打ち合わせをする以外に、同じ飲み会に少しだけ参加したり、ときどき喫煙所で目が合ったり、ぶっきらぼうに挨拶されるだけで満たさせていた。
 けれど、二十才に若返った私だったら、青木に触れることだって夢ではないかもしれない。若返って年下になった私になら、青木も心を許すかもしれない。

 若返っている真夜中の時間に青木と会う、そんな機会が訪れるとは思えないが、部長の権限を使って会社のクラウドにアクセスし、青木の住所を手に入れた。
 そこは私のマンションより二駅先で、タクシーで二千円程度の距離だった。

 その晩、午前二時に自分の身体が若返ったのを確認してから、マンションを出て大きな通りまで歩き、タクシーを拾った。
 二十才の姿で外に出るのは初めてで緊張したが、タクシーの窓に映る顔は自分で見ても男前で、五十代の私を知っている人に気づかれない自信があった。
 だからこそ、青木のマンションの周りをウロウロする、というストーカー紛いなことを実行しようとしているのだ。
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