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第二章
①二十年ぶりの転校生
しおりを挟む三月
ライトアップされた庭園には、今まさに満開の桜の大木から花びらがハラハラと舞い散る。視界に入る木々は、学園の森とは随分と様子が違う手入れされた庭木だ。
お祖父様の七回忌が終わった夜、都内のホテルで兄二人と食事をした。兄二人は、揃って政治家になり、立派にお祖父様の跡を継いでいる。
「圭吾、そろそろ柚木の家に帰ってきたらどうだ」
上の兄が言い、下の兄が頷く。
「あの家で、また大きな犬を飼ったらいいじゃないか」
今度は上の兄が頷く。
「教諭の仕事が好きなんです。私には政治家よりも生徒たちと過ごす毎日が向いています。それに私にとっての飼い犬はクロウ一匹で充分なんです」
「圭吾はいつもそうだな。二十年前に死んだ犬を思い続けて新しい犬を飼おうとはしない。何事においても、そういう執着をみせる」
「あの犬だって、お前が新しい犬を可愛がっても、裏切ったなんて思わないぞ。むしろ安心するんじゃないか」
兄たちの言う通りかもしれない。それでも、やはり私にとっての飼い犬は、モフモフした毛のシェットランド・シープドッグの雌、クロウだけでいいと、思うのだ。
四月
霧のように音もなく降る雨は、やはり午後になっても止まなかった。ビニール傘を差し、学園の駐車場で新一年生の乗ったバスを、三年生とともに迎える。
三台のスクールバスが、順番に正門から入ってきて、綺麗に並べられ駐車された。バスの中からは不安そうな一年生が、出迎えの三年生を見下ろしている。
毎年毎年繰り返される新年度の行事で、生徒たちは入れ替わっても、私自身の生活は代わり映えしない。
教諭になって十四年。名のある大学を出たものの、やりたいことも見つからずに彷徨っていた時、同級生だった美智雄から連絡をもらって、この花睡高等学園に戻ってきた。それ以来、三十八才の今もずっとここにいる。
私の魂は九回目、最終回の人生の真っ只中。美智雄によると、寿命が尽きるまでの残り時間は約四十年らしい。
今年は三年生に異例の転校生が一人来た。今朝、職員会議で伝達された名前は、水江敦貴。この春まで、隣接する県の公立高校に通っていたらしい。
最後にゆっくりとバスから降りてきた深緑色のネクタイの男が、そうだろう。背が高く、目鼻立ちがしっかりとした、モデルでもしていそうな見た目だ。緩くカーブし手入れの行き届いた長めの髪がよく似合っている。
この学園、入学希望者も事前の見学は中々できないから、彼も敷地に入ったのは今日が初めてなのだろう。キョロキョロと物珍しそうに、辺りを見回している。
私の横にいた校医の吉井雅史先生が「格好イイ子ですね」と、敦貴を見ながら私に言った。
「そうですね」とは答えたものの、私はそれより三年生になって転入してきた理由が気になった。
転校生は、二十年前、私が転入してきた以来だと聞く。急に決まったらしく、彼には同室の者もおらず、一人でC棟の部屋を使うらしい。
私が卒業してからの二十年で、時代は大きく変わった。当時は無かったスマートフォンだって、今は生徒皆が持っている。一応、学園内で使わないことが前提となっているが、皆、スクールカバンに入れて持ち込んでいるだろう。パソコンを使った授業もあるから、敷地内にはWiFiだって飛んでいる。
さすがに森の中は圏外だと聞くが、私自身は森にはずっと入っておらず、確かなことは分からない。
夕方。翌日の入学式と始業式の式典に向け、体育館のステージや入口にダリアの花を飾り付ける。花瓶いっぱいに溢れんばかりに活けるダリアは、美しく見事だ。我ながら活け方が随分と上手くなったと自画自賛する。こっそりスマートフォンで撮影もし、写真フォルダに保存した。
「先生、ねぇ先生」
その声に振り向くと、すぐ傍まで生徒が近寄ってきていて、びっくりする。
「転校してきた水江敦貴です。よろしくお願いします」
白々しいくらいの微笑みで、挨拶をされた。なぜ担任でもない自分に声を掛けてきたのだろう。近距離から射るような眼でじっと見てくるから、怯んでしまい瞬時に言葉が返せない。
「圭吾先生も高三で転校してきたんでしょ?」
学園内では、下の名前で呼ばれることを避けてきたから、変にドギマギしてしまった。
「分からないことがあったら力になります。それから私のことは苗字で呼びなさい」
かろうじてそう返した。動揺したことに、気づかれていないといいが。
「はい、柚木先生」
真っ直ぐに眼を見たまま、敦貴は返事をした。
*
教諭になって赴任した時、自ら希望して園芸委員の担当になった。委員の生徒を手伝う振りをしては、ガラス張りの温室でダリアを見て過ごす毎日だ。
ガーデン用の小さなテーブルと椅子一脚を持ち込み、テストの採点等もここでしたりする。温室を「柚木先生の部屋」と揶揄する生徒もいる程だ。
温室には数年前に棲みついた毛足の短い黒猫がいて、彼が私の癒し。猫の名前はコウ。私が名付けた。
夜、温室から自室に戻る時、渡り廊下で美智雄とすれ違った。
「相変わらず堅苦しいヘアスタイルだな」
この学園に赴任してきてから、以前よりぐっと親しくなった彼が軽口を叩く。学生の頃から変わらない、真っ黒でコシのある髪を、ワックスでカチッと上げて額を出した髪型に、四角張った眼鏡。ワイシャツの上にはグレーの地味なカーディガンを年がら年中、羽織っている。
「似合いませんか?」
「似合わなかったらもっと早くに言ってやる」
微笑みながら返された。美智雄だってこんな時間にまだ堅苦しいスーツ姿だ。高校三年生からあまり代わり映えのしない私と違い、学園の副理事らしい威厳のある佇まいになった。きりっとした眼と整った顔立ちが一見冷たく見える為、生徒たちからも、職員からも恐れられているが、心根は温かい人だ。
「よかったら部屋で一杯飲むか」
美智雄の部屋には小さなワインセラーが置いてある。
「いや、今夜は読みたい本があるので、またの機会にします」
彼は、二十年前のあの事件以来、何かと私を気にかけてくれる。ありがたい。
副理事となった美智雄とも、この学園の卒業生で週に三回、車でやってくる校医の雅史先生とも、体育担当の熱血教師である田淵先生とも、長い付き合いだ。
他の教諭や職員も、私が学生だった頃と半分以上は同じメンバーだ。外部との接点が少ないこの学園は私にとって居心地がいい。
できれば残り四十年、ずっとこの学園の中で暮らしたい。誰にも言ったことはないが、教諭を定年退職した後は、庭師として再雇用してもらえるよう、ダリアのことをもっと勉強したいと目論んでいる。美智雄が父親の後を継いで理事長となれば、私の我が儘を聞き入れてくれるかもしれないから。
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