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アツキ(29才)×イズミ(28才)篇

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 背後から、アツキのローションまみれの指がぐちゅぐちゅと、俺のいいところを的確に探し出し、撫でてくる。
 俺は「あっ、んぁっ、あぁ……」と、ただただ喘ぎ、枕にしがみつき、全ての雑念を消してアツキとの行為に没入しようと、快楽を追う。
 アツキの細く長く節くれ立つ指は、いつもどおり爪が短く切り揃えられているし、俺の後孔の中を知り尽くして蠢いているし、ココからうんと気持ち良くしてくれることが、分かりきっている。
 俺たちは美大で出会って、学生の頃からもう何年も何年も、こうしてこのセミダブルの狭いベッドの上で、共に夜を過ごしてきたのだから。

 きつく閉じていた後孔が少しずつ解れれば、俺の腰は淫らに揺らめく。振り向いて肩越しに「アツキ」と、掠れた甘い声で名を呼び、深いキスをねだる。
 唇を重ね、熱い舌が絡み合えば、意識がドロンと溶けてゆき、もっともっと、と更なる刺激が欲しいと口にする。そしたらアツキは、いつも言ってくれるんだ。
「イズミ好きだ、大好きだ。俺が、もっともっと溶かしてやるよ」と。

 今夜だってその言葉を、当然のように、少しの疑いも持たずに、待っていた。
 けれどアツキは、「なぁイズミ、もう別れよう」そう言った。根元まで挿れた二本の指をぐちゅぐちゅと動かしながら。
「へ?」
 きっと俺は随分と間抜けな顔を返したのだろう。アツキが「そんな顔するな」と目を細め笑った。笑うようなタイミングではないのに、だ。
 腰を引いてアツキの指を引き抜き、四つん這いになっていた姿勢から身体を起こす。
「なんで今?今、思いついたのかよ?」
 正面に座り直した俺の、膝の辺りまでズラされた下着と短パンを、アツキが剥ぎ取るように脱がしてきた。そして俺を包み込むように抱きしめ、今度は前から後孔に指を這わす。
「ずっとずっと、考えていたことだ」
「なぁ、冗談だろ?おい」
「Tシャツも脱げよ」
「なぁ、アツキ?」
「ほら、イズミ。早く脱げよ」
 今、自分の中にあるのは怒りなのに、指が再び孔の中を擦ってくるから、波のようにザブンザブンと快楽が襲ってきて「はぁはぁ」と甘い息を吐いてしまう。
「分かった脱ぐ。アツキも脱げ。話はそれからだ」
 必死に正気を保とうとしても、そう告げるのが精一杯だった。

 アツキの中で、もう決定していることなのだ、とその眼を見ればわかった。一年前に「もう絵を描くのは止めることにした」と俺に告げたときと同じ眼だったから。
 あのとき初めて、アツキにとって絵を描くことが辛くなっていたのだと、気がついた。
「そうか。アツキがもう描かないと決めたなら、それがいいよ」
 俺はアツキが楽になるのならば、とできるだけ軽く聴こえるように、そう返事をした。
 その後、アツキからは油絵具の匂いがしなくなった。俺は今回もまた、アツキの気持ちが楽になるようなことを、言ってやるべきなのか?

 乳首を甘噛みされ、指の先までビリビリと痺れが走り、思考回路は鈍って何も考えられなくなっていく。
「気持ちいい?イズミ?」と問いかけられれば、コクリコクリと頷くしかなく「挿れて、もう。もう、挿れて」と欲望のままに懇願してしまう。
「いいぜ、イズミ。だけど、このセックスが終わったら、この関係は終わりだ。俺はこの家を出る」
「ど、どうして?」
「もう決めたことだから」
 そこで、互いに裸のままベッドから降り、リビングへ移動し服を着て、コーヒーを飲みながら話し合うことだって、できたかも知れない。
 でも、でも、快楽に弱い俺はそんな判断力など無くなっていたし、それをよく知っているアツキがワザとこんなタイミングで、別れ話を切り出したのも明白だった。

 アツキが俺から指を抜き、ヘッドボードに置かれたゴムの箱へ手を伸ばす。計算したように、箱の中のゴムは最後の一つだった。
 俺はアツキがゴムを装着する前に、彼の硬く大きく勃ち上がった陰茎をパクッと口に咥えた。
 もう何十回も何百回も咥えてきたからこそ、どうしたら喜ぶか分かっているんだぜ、と思いながら。
 裏筋を舌で撫で、わざと音を立てて口の中を出したり入れたりして、先端を舌でチロチロの舐め、吸い付いた。
「んっ、イズミっ」
 アツキは愛おしそうに俺の頭を抱え、髪を撫でてくれる。
 ほら、アツキ、まだ俺のこと好きだろ?
 止めてしまった絵だって、本当は好きだった筈だ。まだまだ描いていたかった筈だ。
 一年前、俺に宣言してからパタリと描かなくなったけれど、描く辛さより、描かない辛さのほうが大きかった筈だ。
 アツキはそれを一年前に思い知って後悔したくせに、また繰り返そうとしている。

「イズミ、もう一緒には暮らせない」
 俺を撫でる手は温かく、うんとやさしい。
 アツキの陰茎を口から離し、代わりに手でゆっくりとしごいてやる。
「どうして?なんで?」
 俺と別れて楽になれることなんて、ほんの一握りだろうに。
「絵を描いていた頃は、ずっと、もう何年もずっと、描くのを止めたいって思ってた」
「そう、知らなかった……。描きたくて描いてるんだと、思ってた……。いや、アツキは描きたくて描いていたよ。一番近くで見ていたんだから分かる。それに俺はアツキの描く絵が大好きだった」
「俺も好きだったよ。自分の描く絵が……」
「じゃ、なんで」
 アツキはいつも失ってから大切さに気がつくんだ。
「今思えば、描くのを止めたい、止めると決めたらすぐにでも止められる、というのが、そもそも俺の救いだったんだ」
「どういうこと?」
 アツキはしごいていた俺の手に、自分の手を重ね「もういいよ」と離させた。
 そして、自分の昂ったモノにゴムを被せる。

 俺を押し倒し、後孔に硬く大きな陰茎を当てながら「絵を描くことを止めてしまったから、次に自分の決断で止められるのは、イズミとのこの生活だけになってしまった」と、呟く。
「なぁ、アツキ。ゆっくりゆっくりシて。イッたら終わりなんだろ?」
「そうだよイズミ。さすが理解が早いな」
「伊達にオマエと九年間も暮らしてないんだぜ」
 見つめ合えば、以前と何も変わらない愛しい者同士のままだった。

 アツキのモノが腹の中にめり込んでくる。腹の中がアツキでいっぱいになって、満たされて、興奮して、息が乱れる。
 快楽に引き摺られて、本当にこれで最後ならば、うんとうんとこのセックスを味わうべきだと、頭の隅で考える。その一方で、なんとかしなければ、とも考える。
 アツキは俺の好きな浅いところを執拗に擦ってくる。
「あっ、あっ、んっ、いい」と声が漏れて、アツキの首にしがみついて、腰を揺らして。
 本当に最後だったらどうしようと、思いながら、アツキの綺麗な裸を、大好きな裸を目に焼き付ける。
 しなければいけないのは、このセックスを永遠の思い出にすることではなく、アツキを繋ぎ止める方法を考えることなのに……。

 アツキに最奥を突かれて「んぁっ、はぁ、んふぁ」と嬌声が漏れる。
「きもち、いい、いい、もっと、もっと、おく、おくまで」
 足をアツキの腰に絡めて、より深く深く繋がろうと縋って「アツキ、アツキ……」と名前を呼んで。
 どんどんと高まっていって、結局いつもように「あ、アツキ、イ、イかせて、あっ、いい、イきたいっ」と叫んでしまう。
 アツキは「イズミ、イったら、終わり、終わりなんだよ、分かってる?」と言いながら、息を乱して俺に腰を打ちつける。
 その声が涙で滲んでいたなんて、俺の腹の上にポタポタと水滴が落ちたなんて、気づかないフリをしてやった。
「あっ、きっ、きもちよく、もっと、もっと、んぁっ、お、おれを、きもちよく、しろっ、アツキ……」
 俺の声だって、泣いているみたいに滲み、流れた涙が耳たぶまで伝う。

「イ、いい、イク、イっちゃう、あっ、イ、イカせて、アツキ、アツキ、あっイクっ」
 最後に大きく大きくアツキが突き上げきて、頭の中が真っ白になるほどの快感とともに吐精し、俺の中はギュッとうねって収縮する。
 アツキの白濁は、まるで本当に最後だというより、奥へ奥へ放たれたけれど、所詮ゴムの中に出されていて、俺には一滴も届かない。

 俺たちは裸のまま、ベッドの上で何度も触れるだけのキスを繰り返し、抱き合って名前を呼び合って、体温を分かち合いながら眠った。

 カーテンの隙間から朝日が差し込む頃。アラームが鳴る前に目が覚めたのに、隣で寝ていたアツキの姿はどこにもなかった。
 すぐにスマホに電話をして、メッセージも送信するけれど、当然のように応答はない。
 アツキの部屋に行き、クローゼットや引き出しを開けれると大切そうな物は何も残っていなかった。
 しばらく使われていなかった絵を描く道具も、今まで描いた沢山の絵も、一つもなかった。
 一晩で持ち出したとは思えない。いつから出て行く準備をしていたのだろうか。

 さぁ、顔を洗って、アツキを探しに行こう。
 見つけたら、画材屋へ一緒に行って、絵を描く道具をもう一度揃えるように言おう。
 何点か買い取ってくれたあのギャラリーへ、一緒に頭を下げに行こう。
 他にも色々と始めたらいいんだ。
 そうだ二人で近所の子どもに絵を教えよう。二人で音楽をやろう。二人で借金をして高級車を買ったっていい。
 二人で、二人で、二人で……。
 一つや二つ止めたところで、別れ話にたどり着くのはうんと後になるように、たくさんのことを始めよう。
 きっとどこかでアツキは俺が迎えにくるのを待っているから。見つけたら、止めるとこで変わるのではなく、再び始めることで変わればいいんだ、と教えてやろう。
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