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第二章

電話で。

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 夕飯の時、郁三さまに伝えた。
「明日から三泊四日で留守にします。鍋にクリームシチューを作り置きしておきますから、それを食べてください。たまには外食もして、お好きなものを召し上がったらいい。この前遊びにきた友達たちとファミレスに行ったりも、楽しいですよ」
「旅行に行くの?」
「仕事です」
「執事の?」
 本物の執事ならば、主人の側を離れることは、しないはずだ。
「別件ですよ。執事だけじゃ暮らしていけないですから」
 勝手に執事と名乗り郁三さまに寄生し、住居と生活費を手に入れているくせに、悪びれもなくそう言ってみた。
「ねぇ、吉野はいつも自分の部屋で何をしているの?」
「気になりますか?でもね、内緒ですよ」
 フフフ、と美しく笑いかけてやれば、郁三さまはそれ以上聞いてこなかった。
 実はライフワークにしている年に一度の取材旅行なんです、と正直に郁三さまに言ってもよかったのだ。貴方のような特異な性質の人に会って話を聞いて、誰に見せる訳でもなく文章に纏めているんです、と。本業は翻訳家で他人の書いた文章と向き合う仕事だけれど、たまに自分の文章が書きたくなるんです、と。隠すようなことでもないのだから。
「飛行機で長崎空港へ行って、そこから九州を何県か回ってきます」
 行き先は共有しておくほうがいいだろう。
「九州?いいなぁ。僕も高校の修学旅行で行ったよ」
「お土産、買ってきますね。電話は毎晩しますから」
「毎晩じゃなくて大丈夫だよ、吉野」
 そう言って笑うから、確かにそんな必要はないかと気がつく。
「それもそうですね。では、途中で一度だけ電話をします」
「はい。そうしてください」
「いいですか?郁三さま。ご自分で気をつけてくださいね。悲恋の話をされそうになったら、言い訳を作って逃げるんです。スマホが鳴ったフリして席を立つとか、ね」
「うん」と、素直に頷く姿を見て、やはり少し心配になった。

 二泊目の大分の夜に電話をかける予定だったが、ホテルに着いたのが遅く、三泊目の熊本の旅館で電話を入れることにした。旅館に着き、まずは大浴場で汗を流し浴衣に着替える。ここ半年、あの男が置き忘れていったタキシードばかり着ていたから、楽な浴衣がより快適に思える。レストランで夕食を食べ部屋に戻れば布団が敷かれていて、思わず横になり少しウトウトしてしまった。ずっとレンタカーを運転しているから、流石に疲れが溜まってきたようだ。目が覚めスマホを見れば二十二時を過ぎたばかり。いつもの郁三さまなら風呂から上がって寛いでいる頃だろう。
「もしもし」
「もしもし、吉野?」
 その声を聞いただけで、元気がないのだと分かった。
「どうしました?郁三さま」
「どうもしないよ」
 誤魔化せると思ったのだろうか。心配かけないようにと。
「もう一度聞きますね。どうしました?」
「……吉野が言うように河津くん達とファミレスに行ったよ。楽しかった。一緒に行った子の失恋話が始まりそうになったから、わざとトイレに立って回避もした」
「そう、それは偉かったですね。なのに、なんでそんな声を出しているのですか?まったく貴方という人は」
「怒らないでよ」
「怒っていませんよ……。私は今、熊本です。旅館の部屋にいますけど、郁三さまはどこにいるのです?」
「風呂から上がって、自分のベッドの上だよ」
 広いベッドの隅で体育座りをし、憂鬱そうに座っている姿がありありと目に浮かんだ。
「それで、鬱々としている原因は?」と問いかければ、ポツリポツリと話し始める。
「大学の准教授が講義中に、例え話として自分の体験を話し始めたんだ。僕は一番前に座ってたんだけど、准教授、途中から僕の目を見て話し出して。それが結婚式直前に婚約を破棄されたっていう実体験の話で」
 いったい何の授業で、何の例え話なのだ?
「でね、准教授は話し終わったら機嫌が良くなっちゃって、僕は「うんうん」て相槌打ってただけなのに、体調が悪くなって……」
 皆、郁三さまに話しを聞いてもらいたくなるのだ。話せば悲しい気を吸い取ってもらえるという事実を知らなくとも、不思議な能力に引き寄せられてしまうのだ。
「だから、不測の事態だったんです。回避できなかった。僕はちゃんと、吉野の留守中は特に気をつけなきゃって思ってたのに」
 可哀そうに……。いつの間にか、すっかり郁三さまに情が移っている俺は、心から気の毒だと思ってしまうのだ。
「仕方ないですね、自分で出してみましょう。聴いていてあげるから。ね、郁三さま」
「無理だ、上手く出せないよ」
 可哀そうと思っておきながらも、ぐじぐじ言われると、腹が立つ。
「はい、まずは洗面所に行って」
「洗面所?」
「行きました?タオルを置いている棚の隣の戸を開けてみてください。ローション入ってるでしょ?それを持って部屋に戻って」
 ガサゴソと電話の向こうで音がしている。
「戻ってきたよ。これ使うの?」
「次は電気を消して。それからスマホをヘッドボードに置いて。スピーカーにして」
「……したけど、ホントにやるの?ねぇ、無理だよ」
「グズグズ言ってないで、裸になりましょう。とっとと脱いでください。ほらパジャマの上も下も、下着も」
「え?全部?」
「どうせ家に一人でしょ?脱いでしまえばいいですよ」
「は、恥ずかしいよ」
「じゃ、肩からタオルケットをかけて、包まったらいい」
「うん……」
 郁三さまのベッドは贅沢なダブルサイズ。何故かといえば、あの家の家具は全て俺が持ち込んだものだから。俺が、あの男と暮らす為に用意したベッドだから。けれど結局、あの男と一緒に暮らせたのは一か月間だけだ。貯金を全部使い果たしローンまで組んで買った家具は、全て無駄になったし、家賃も一人では払いきれなくなって、郁三さまの処に寄生することになった。そのベッドを俺が独りで使う気にはならず、郁三さまの部屋に置いた。だから俺の自室にベッドはなく、床に布団を敷いて眠っている。あの男と俺のことが、いつか郁三さまにバレる時が来るだろうか。あの男は郁三さまの上の兄だから、そう遠くなく知られてしまうのだろう。

「郁三さま、まずはどこを触りたいですか?」
「ど、どこって」
「じゃ、まず勃たせましょう。私に触られていると思って、握って、上下に擦って」
「吉野に?吉野の手で?」
「そう、私の手が包み込むように郁三さまのモノを握って、擦っていると」
「んっ」と、郁三さまから溢れる小さな小さな声を聞きながら窓際に行き、部屋のカーテンをピシャリと閉めた。
「どうです?勃ってきました?」
「……うん」
 俺は布団の上にゴロンと寝転がった。
「反対の手で乳首も触りましょう」
「ねぇ、吉野、吉野、あっ」
「どうしました?まずは指を舐めて、たっぷり唾液をつけて、その指で乳首を摘まんでみましょう。それとも擦るほうが好き?」
「ねぇ、吉野。僕ばっかり、ねぇ」
「そりゃ郁三さまばかりですよ。貴方が准教授からもらってきた悲しい気を排出する手伝いをしているのです。執事として、ね?」
「吉野も、部屋に独り、でしょ?」
「独りです。そうじゃなきゃこんな電話しませんよ。ほら手、休んでませんか?」
「吉野も、自分の、触ってよ」
「何を甘えたことを」
「ねぇ、おねがい……吉野」
「じゃ、私も」なんて明確に返事はしなかった。それでも俺も通話をスピーカーにしてスマホを枕の上に置く。浴衣の中の下着をそっと撫でれば、既に大きくなり始めていた。
「郁三さま、後ろも触ってみましょう。ローションを手のひらに出してください。それをたっぷりと中指につけて」
「うん……」
「後ろ、触れます?ほら、私が触ってると思って」
「あっ、んっ、吉野、ヌルヌルする。ねぇ、あっ。指、指が……」
 その声を聴きながら俺も自分の陰茎をゆっくりとしごいた。
「郁三さま、指、入りました?ほら腹側に貴方がいつもビクってなる箇所、あるでしょ?」
「んぁっ、あっ。わ、わかんない、あっ」
 郁三さまの息遣いが甘く乱れる。それを聴きながら俺も「はぁ」と深い息を吐いていることが、郁三さまに伝わっているだろう。
「指、中の壁を触るように動かして。反対の手で硬く大きくなったモノをしごいている?ちゃんとやってます?ねぇ、郁三さまっ」
 ぐずぐずと鼻をすする音が聴こえた。甘い声で「んっ、あっ、あぁ」と言い「ふぅふぅ」と息を吐きながら鼻をすすっている。
「どうしました?気持ち良くない?」
「いぃ、よしの、いぃ、きもち、いい。でもくるしい。くるしい、無理だよ、よしの、自分じゃ。ねぇ、あっ、よしの、さわって」
「先端を親指でグジュグジュ押してごらんなさい。ほら先走り、溢れてるでしょ?郁三さま、大丈夫。出せますよ、ほら、頑張って」
「あっ、あっ、うしろも、まえも、いっぺんになんて、さわれない、ねぇ、よしの」
 郁三さまの声がどんどん、涙声になっていく。その声に、可哀そうだなんて思わない。目元を赤くし涙を浮かべ、眉を下げ、口を半開きにした郁三さまの顔を思い浮かべて、俺は興奮していく。このままでは、俺だけが達してしまいそうだ。
「くるしい、よしの。出ないよ、出せないよ。うしろ、きもち、いいのに」
「郁三さま、指を抜いて」
「やだよ……、もっと、もっと」
「抜いて、ローションを足して指を増やして。二本挿れてみましょう。中指と人差し指を。ほら今度は、後ろだけに集中してみて」
 ベチョベチョっとローションが容器から出てくる音が聴こえた。
「んっ、あっ、やっ。よ、よしの」
「奥まで擦って。郁三さまの指、ほら届くでしょ。いいところまで、触れますよ」
 グチュグチュっと言う音と「はぁはぁ」という息遣いがスマホの向こうから、旅館の狭い部屋に響く。
「い、いくみさま」
 ダメだ俺が先にイってしまいそうだ。
「よしの、よしの、もっと、もっと。あっ、中が、中が、うねってる。ねぇ、よしの、へん、へんだよ。あっ、いい、いい」
「いくみさま、わたしも、わたしも、一緒に、して、あげますからっ」
「よ、よしの、なんか、すごい、あっ。あっ、んぁぁぁーーーっ」
 その郁三さまの悲鳴のような喘ぎを聴きながら、俺は自分の陰茎を強くしごき、清潔なシーツに白濁を飛ばした。
「はぁはぁ」と、天井を見上げ息を整える。
「郁三さま?出せました?」
「……ダメだった。でも、なんだろう、奥が、ギュってなって、うねって。まだ、きもちが、いい……あぁ、よしの、すごい、きもちが、いいよ、ねぇ……帰ってきたら、キス、してよ……。僕の執事として……ねぇ」
 声が段々と小さくなって息遣いも、だんだんと穏やかになっていく。そして、そのままスースーと寝息が聞こえた。後孔で達したのだろうか。でもそれでは、郁三さまの中の鬱々としたものは、追い出せないはずだ。とにかく、主人が気持ち良く眠りにつけたのだから、執事としてはよかった。聴こえないだろう、と思いながらも「明日、帰ります。おやすみなさい」と伝え通話を切った。
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