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第二章
キッチンで。
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夏は早くも終わろうとしている。
「吉野、週末に大学の友達四人がうちに遊びに来たいって言うんだけど」
朝、トーストを食べながら、郁三さまにそう言われた。
「ではその間、私は留守にいたしますから、どうぞご自由に」
「違うんだ、吉野には家にいてほしくて」
「は?なぜ?」
僕の執事だと自慢したい訳でもあるまい。
「地方から出てきて立地のいい2DKのマンションに住んでるって、いかにも親のスネを齧てる感じで恥ずかしいから。吉野を一緒に住んでる兄だって紹介したくて……」
嘘を嫌いそうな郁三さまの声が、段々と小さくなっていく。
「兄?」
「うちの上の兄と吉野は同い年くらいだから、ちょうどいいかなって」
「嫌です。兄って。冗談じゃない!」
あの男のフリをするなんて、俺にはできない。俺の語気が荒くなってしまったから、郁三さまは萎縮したように肩を窄めた。俺とあの男の関係を、この弟は知らないのだから当然の反応かもしれない。だからといって、そんな悲しそうな顔をよこすのは卑怯だ。
「いや、そこは兄以外でもいいでしょう。もう少し遠い関係とか」
「じゃ、イトコのお兄さんということならOKしてくれますか?」
「イトコってベタな嘘ですね。そもそも郁三さま、実際にスネを齧ってるでしょう、バイトもせずに。それを恥じなくたっていいと思いますよ。実際お父さまお金持ちですし」
「お願いします。そういうことにしてほしいんだ。執事の服じゃなく普通の服で、髪もセットしないで、イトコとして振る舞って」
「色々と面倒くさいですね。でもまぁいいでしょう。かしこまりましたよ、ご主人さま」
「それでね、吉野。イトコってことは、苗字で呼ぶのはおかしいと思うんだ。だから吉野の下の名前を教えてほしい」
「ご存じありませんでしたか?でも「よしの」って名は苗字ではなく下の名前にも聴こえるからこのままでも、いいと思いますよ」
「いや、教えてください」
「まぁ別にいいですけど。「ゆきや」です。空から降る「雪」に矢印の「矢」」
「雪矢……さん……。冬生まれ?」
「そう、二月生まれです。郁三さま、家まで遊びに来てくれるような友達ができて、よかったですね」
「うん」と微笑む顔は、兄とはあまり似ておらず、純粋で素直な性格も郁三さまにしか無いものだと感じた。
土曜昼過ぎ、郁三さまが最寄り駅まで友達を迎えに行っている間に、執事のタキシードを脱いで、チノパンとシャツに着替えた。程なくしてドアが開く音がし、ガヤガヤと賑やかになる。俺は一呼吸置いてから、リビングに顔を出す。
「いらっしゃい。郁三のイトコの吉野です。今日はゆっくりしていってくださいね」
遊びに来たのは男子大学生四人。一番髪の短い眼鏡が、郁三さまの話によく出てくる社交的な河津くんなのだろう。
「郁三、ええ処に住んどるね!実家、お金持ちなんやろな」
「僕は雪矢さんの家に居候させてもらっているだけだから……」
郁三さま、なかなか嘘がお上手だ。
「雪矢さん、めっちゃ格好ええ!背も高いし、この部屋オシャレやし、憧れるわぁ」「俺もあぁいう大人になりてぇ」「オマエじゃ無理無理」
ワイワイと騒ぐ声をかわし、俺は自室へ引きこもった。
夕方、コーヒーを淹れにキッチンへ行った。甘ったるいキャラメルの匂いがしていて、テーブルに目をやると、食べかけのポップコーンが散らばっている。テレビにはゲーム画面が映っていて、誰かが持ってきたのであろうカードゲームも広がっている。今は手が止まって、郁三さまが苦手な恋話で盛り上がっているようだ。
「ホント人は見かけによらない。今回は酷い目にあったよ。もうしばらくは女と付き合いたくないもん。だけどこうしてオマエたちに話したらスッキリした!ありがとな」
チラっと郁三さまを見ると、ぐったり疲れた顔をしていた。コーヒーメーカーがコポコポと音を立てている間に、話題は経験人数の話になった。
「俺はちゃんとキスしたのは三人かな」
「セックスしたのは?」
「一人。オマエはどうなんだよ?今の彼女とヤッたの?」
「まだ。でも、高校の時は年上と付き合ってたから色々教えてもらったぜ」
まだまだ少年の会話だな、と聞いていて微笑ましくなる。
「郁三くんは?」
「僕はそういうのは全然」
「えー、モテそうなのに。高校の時は?」
「だから全然」
「キスは?」
そういえば、郁三さまの陰茎や後孔や乳首を触ったり舐めたりしたことがあるのに、キスはしたことがないな、と気がついた。
「じゃ今、好きな人は?俺たち、郁三くんの力になるぜ」
「僕、好きとか、そういう感情がよく理解出来なくて……」
河津くんが郁三さまに助け船を出すかのように、俺に話し掛けてきた。
「雪矢さんは、やっぱりモテるんでしょうね。ホント格好ええし」
「どうだろうね。モテたにしても好きな人には中々、好いてもらえた経験がないな」
「そないなことないでしょ?初めては何才の時です?」
「十五かな」
「うわっ、すげぇ」
相手は男だけどね、とはもちろん言わなかった。ボロが出ないうちに、俺はコーヒーの入ったカップを持って、自室へ戻った。
部屋で仕事の資料を読んでいたら、コンコンとノックをされた。窓の外はいつの間にか暗くなっている。ドアを開け、廊下に顔を出すと郁三さまがいた。
「よし、雪矢さん、皆がピザを買いに行ってくれるんだけど、雪矢さんも食べる?」
代金を安く済ませる為に、近所の宅配ピザ屋へ取りにいくのだろう。
「私はいいです。たまには飲みにでも行ってきますから、お構いなく」
「そう。分かった」
郁三さまは、せっかく友達が遊びに来ているのに、鬱々とした顔をしていた。しばらくして「じゃ郁三、行ってくるわ」「コンビニで飲み物も買ってくるから」などと声がし、玄関のドアが開く音がした。「よろしく」と郁三さまの声もする。
バタンとドアが閉まり、何の声も聞こえなくなった。自室をでると、郁三さまがキッチンで皆が使ったグラスを洗っていた。まだ夜は長い。この後ピザを食べ、ゲームをして、終電近くまで遊ぶのだろう。だから、こんな鬱々とした状態では郁三さまが可哀そうだと同情した。ピザ屋の場所を思い浮かべる。ここから徒歩で四分。コンビニはそこから徒歩で一分。往復で十分。買い物する時間も考えれば彼らが戻るまで十五分弱と予測する。
洗ったグラスを伏せ、水を止めた郁三さまに背後から近づき、ギュっと抱きしめた。
「出して差し上げますよ」
耳元で囁くと、ビクンと身体が跳ねる。
「皆、戻ってきちゃうよ……、吉野」
「大丈夫。下に着いたらインターホンが鳴ります。郁三さまがオートロックを解除しなかったら皆は上がって来ませんから」
郁三さまは戸惑いながらコクリと頷いた。
背後から、郁三さまのジーンズのボタンを外しチャックを下ろす。下着の中に手を入れれば、郁三さまの陰茎は軽く勃ち上がりかけている。残念だが、ゆっくりはしてあげられない。もったいぶらずに握って上下にしごけば、あっという間に大きく硬く熱くなる。気持ちがいいのだろう。郁三さまはシンクに手をついて、頭をもたげ「あっ、あっ」と小さな声を漏らした。郁三さまの上気しトロンした目を眺めたかったが、背後から触っているので見ることは叶わない。
「ねぇ。キスしたこと、ないんですか?」
郁三さまの甘く乱れた呼吸が一瞬止まる。
「別に恥ずかしいことじゃないですよ。キス、してみたいですか?」
上下にしごいている手を止めずに聞けば、躊躇いながらコクリと頷いた。
「私が練習してあげましょうか?」
「え?」
一旦、郁三さまのモノから手を離し、身体をくるっと反転させて向かい合う。真っ赤な顔をして俯いてしまうから「ほら、キス、教えてあげますから。顔あげて」と囁き、人差し指でクイっと顎を上げた。
「私を見てください。郁三さま」
そう言って視線が交わったところで、そっと唇を重ねた。週に二回程、陰茎や乳首や後孔を触らせ、俺の手や口に白濁を出すことに慣れてきた郁三さまが小さく震えていた。だから猫っ毛のフワッとした後頭部を抱きかかえるよう手のひらで包み、引き寄せて密着される。舌を滑り込ませると彼の口内は熱く、キャラメルポップコーンのように甘かった。
「舌だして」
おずおずと出された舌を絡め合い、口内を舐めれば、郁三さまの唇の端から唾液がツーっと溢れる。息継ぎのように「んぁっ」という声を漏らす郁三さまに、何度も何度も角度を変えて唇を合わせる。
「よ、よしの……」
シンクに背中をつけていた郁三さまが、ズルズルっと崩れ落ち、キッチンの床に座り込んでしまった。
「きもち、いい……」
下着から出されたままの陰茎からは、先走りがダラダラと溢れている。チラッとリビングの時計を見る。急がなくては。へたりこんでいる郁三さまの横に跪き、濡れた先端をグチュグチュと親指で弄った。
「よ、よしの、よしの。あっ、あっ」
俺に縋るよう腕にしがみついてくるから、先端だけでなく根元からも強めにしごく。
「もう、もう。あっ、で、でるっ」
俺の手に白濁がベタリと飛び散った。
「ふぅふぅ」と乱れていた郁三さまの呼吸が収まりかけた頃、インターホンが鳴った。ギリギリセーフだ。応答しオートロックを解除している郁三さまを横目で見ながら、俺はキッチンで手に着いた白濁を洗い流す。
「郁三さま」
玄関へと向かう郁三さまを呼び止め、少し乱れてしまった髪を手櫛で直してやった。
「ありがとう、吉野」
はにかむその姿からは、鬱々とした表情が消え、楽しそうな少年の顔に戻っていた。
「ただいま!」「焼きたてで、めっちゃ美味そうだよ」「郁三はコーラでよかったん?」
俺は自室に戻ってベッドに寝転び、硬く勃ってしまった自分の陰茎を処理する為、下着の中へ手を入れた。郁三さまのことを思い浮かべたりしないよう、頭から必死に追い払う。けれど、初めてのキスに腰が砕けそうになっていた可愛らしい姿は、なかなか脳裏から離れない。結局、郁三さまの喘ぐ声を反芻しながら、達してしまった。
「郁三、ちょっと飲みに行ってきます。皆と楽しんで」
出掛ける支度をしてリビングを覗くと、郁三さまは楽しそうにピザを食べていた。
「雪矢さん、ありがとうございました」
「またおいでね」
飲みに行く馴染みの店もこの辺りには無かったが、なんだかいい気分だから駅前の知らない居酒屋に行って旨い物でも食べよう。郁三さまの父親から受け取った茶封筒から一万円札を抜いてきたので懐も温かい。それにしても、口の中がずっと甘ったるかった。キャラメルのような味がして。キスはやはり止めておいたほうが、よかったかもしれない……。郁三さまの為にも、自分の為にも。
「吉野、週末に大学の友達四人がうちに遊びに来たいって言うんだけど」
朝、トーストを食べながら、郁三さまにそう言われた。
「ではその間、私は留守にいたしますから、どうぞご自由に」
「違うんだ、吉野には家にいてほしくて」
「は?なぜ?」
僕の執事だと自慢したい訳でもあるまい。
「地方から出てきて立地のいい2DKのマンションに住んでるって、いかにも親のスネを齧てる感じで恥ずかしいから。吉野を一緒に住んでる兄だって紹介したくて……」
嘘を嫌いそうな郁三さまの声が、段々と小さくなっていく。
「兄?」
「うちの上の兄と吉野は同い年くらいだから、ちょうどいいかなって」
「嫌です。兄って。冗談じゃない!」
あの男のフリをするなんて、俺にはできない。俺の語気が荒くなってしまったから、郁三さまは萎縮したように肩を窄めた。俺とあの男の関係を、この弟は知らないのだから当然の反応かもしれない。だからといって、そんな悲しそうな顔をよこすのは卑怯だ。
「いや、そこは兄以外でもいいでしょう。もう少し遠い関係とか」
「じゃ、イトコのお兄さんということならOKしてくれますか?」
「イトコってベタな嘘ですね。そもそも郁三さま、実際にスネを齧ってるでしょう、バイトもせずに。それを恥じなくたっていいと思いますよ。実際お父さまお金持ちですし」
「お願いします。そういうことにしてほしいんだ。執事の服じゃなく普通の服で、髪もセットしないで、イトコとして振る舞って」
「色々と面倒くさいですね。でもまぁいいでしょう。かしこまりましたよ、ご主人さま」
「それでね、吉野。イトコってことは、苗字で呼ぶのはおかしいと思うんだ。だから吉野の下の名前を教えてほしい」
「ご存じありませんでしたか?でも「よしの」って名は苗字ではなく下の名前にも聴こえるからこのままでも、いいと思いますよ」
「いや、教えてください」
「まぁ別にいいですけど。「ゆきや」です。空から降る「雪」に矢印の「矢」」
「雪矢……さん……。冬生まれ?」
「そう、二月生まれです。郁三さま、家まで遊びに来てくれるような友達ができて、よかったですね」
「うん」と微笑む顔は、兄とはあまり似ておらず、純粋で素直な性格も郁三さまにしか無いものだと感じた。
土曜昼過ぎ、郁三さまが最寄り駅まで友達を迎えに行っている間に、執事のタキシードを脱いで、チノパンとシャツに着替えた。程なくしてドアが開く音がし、ガヤガヤと賑やかになる。俺は一呼吸置いてから、リビングに顔を出す。
「いらっしゃい。郁三のイトコの吉野です。今日はゆっくりしていってくださいね」
遊びに来たのは男子大学生四人。一番髪の短い眼鏡が、郁三さまの話によく出てくる社交的な河津くんなのだろう。
「郁三、ええ処に住んどるね!実家、お金持ちなんやろな」
「僕は雪矢さんの家に居候させてもらっているだけだから……」
郁三さま、なかなか嘘がお上手だ。
「雪矢さん、めっちゃ格好ええ!背も高いし、この部屋オシャレやし、憧れるわぁ」「俺もあぁいう大人になりてぇ」「オマエじゃ無理無理」
ワイワイと騒ぐ声をかわし、俺は自室へ引きこもった。
夕方、コーヒーを淹れにキッチンへ行った。甘ったるいキャラメルの匂いがしていて、テーブルに目をやると、食べかけのポップコーンが散らばっている。テレビにはゲーム画面が映っていて、誰かが持ってきたのであろうカードゲームも広がっている。今は手が止まって、郁三さまが苦手な恋話で盛り上がっているようだ。
「ホント人は見かけによらない。今回は酷い目にあったよ。もうしばらくは女と付き合いたくないもん。だけどこうしてオマエたちに話したらスッキリした!ありがとな」
チラっと郁三さまを見ると、ぐったり疲れた顔をしていた。コーヒーメーカーがコポコポと音を立てている間に、話題は経験人数の話になった。
「俺はちゃんとキスしたのは三人かな」
「セックスしたのは?」
「一人。オマエはどうなんだよ?今の彼女とヤッたの?」
「まだ。でも、高校の時は年上と付き合ってたから色々教えてもらったぜ」
まだまだ少年の会話だな、と聞いていて微笑ましくなる。
「郁三くんは?」
「僕はそういうのは全然」
「えー、モテそうなのに。高校の時は?」
「だから全然」
「キスは?」
そういえば、郁三さまの陰茎や後孔や乳首を触ったり舐めたりしたことがあるのに、キスはしたことがないな、と気がついた。
「じゃ今、好きな人は?俺たち、郁三くんの力になるぜ」
「僕、好きとか、そういう感情がよく理解出来なくて……」
河津くんが郁三さまに助け船を出すかのように、俺に話し掛けてきた。
「雪矢さんは、やっぱりモテるんでしょうね。ホント格好ええし」
「どうだろうね。モテたにしても好きな人には中々、好いてもらえた経験がないな」
「そないなことないでしょ?初めては何才の時です?」
「十五かな」
「うわっ、すげぇ」
相手は男だけどね、とはもちろん言わなかった。ボロが出ないうちに、俺はコーヒーの入ったカップを持って、自室へ戻った。
部屋で仕事の資料を読んでいたら、コンコンとノックをされた。窓の外はいつの間にか暗くなっている。ドアを開け、廊下に顔を出すと郁三さまがいた。
「よし、雪矢さん、皆がピザを買いに行ってくれるんだけど、雪矢さんも食べる?」
代金を安く済ませる為に、近所の宅配ピザ屋へ取りにいくのだろう。
「私はいいです。たまには飲みにでも行ってきますから、お構いなく」
「そう。分かった」
郁三さまは、せっかく友達が遊びに来ているのに、鬱々とした顔をしていた。しばらくして「じゃ郁三、行ってくるわ」「コンビニで飲み物も買ってくるから」などと声がし、玄関のドアが開く音がした。「よろしく」と郁三さまの声もする。
バタンとドアが閉まり、何の声も聞こえなくなった。自室をでると、郁三さまがキッチンで皆が使ったグラスを洗っていた。まだ夜は長い。この後ピザを食べ、ゲームをして、終電近くまで遊ぶのだろう。だから、こんな鬱々とした状態では郁三さまが可哀そうだと同情した。ピザ屋の場所を思い浮かべる。ここから徒歩で四分。コンビニはそこから徒歩で一分。往復で十分。買い物する時間も考えれば彼らが戻るまで十五分弱と予測する。
洗ったグラスを伏せ、水を止めた郁三さまに背後から近づき、ギュっと抱きしめた。
「出して差し上げますよ」
耳元で囁くと、ビクンと身体が跳ねる。
「皆、戻ってきちゃうよ……、吉野」
「大丈夫。下に着いたらインターホンが鳴ります。郁三さまがオートロックを解除しなかったら皆は上がって来ませんから」
郁三さまは戸惑いながらコクリと頷いた。
背後から、郁三さまのジーンズのボタンを外しチャックを下ろす。下着の中に手を入れれば、郁三さまの陰茎は軽く勃ち上がりかけている。残念だが、ゆっくりはしてあげられない。もったいぶらずに握って上下にしごけば、あっという間に大きく硬く熱くなる。気持ちがいいのだろう。郁三さまはシンクに手をついて、頭をもたげ「あっ、あっ」と小さな声を漏らした。郁三さまの上気しトロンした目を眺めたかったが、背後から触っているので見ることは叶わない。
「ねぇ。キスしたこと、ないんですか?」
郁三さまの甘く乱れた呼吸が一瞬止まる。
「別に恥ずかしいことじゃないですよ。キス、してみたいですか?」
上下にしごいている手を止めずに聞けば、躊躇いながらコクリと頷いた。
「私が練習してあげましょうか?」
「え?」
一旦、郁三さまのモノから手を離し、身体をくるっと反転させて向かい合う。真っ赤な顔をして俯いてしまうから「ほら、キス、教えてあげますから。顔あげて」と囁き、人差し指でクイっと顎を上げた。
「私を見てください。郁三さま」
そう言って視線が交わったところで、そっと唇を重ねた。週に二回程、陰茎や乳首や後孔を触らせ、俺の手や口に白濁を出すことに慣れてきた郁三さまが小さく震えていた。だから猫っ毛のフワッとした後頭部を抱きかかえるよう手のひらで包み、引き寄せて密着される。舌を滑り込ませると彼の口内は熱く、キャラメルポップコーンのように甘かった。
「舌だして」
おずおずと出された舌を絡め合い、口内を舐めれば、郁三さまの唇の端から唾液がツーっと溢れる。息継ぎのように「んぁっ」という声を漏らす郁三さまに、何度も何度も角度を変えて唇を合わせる。
「よ、よしの……」
シンクに背中をつけていた郁三さまが、ズルズルっと崩れ落ち、キッチンの床に座り込んでしまった。
「きもち、いい……」
下着から出されたままの陰茎からは、先走りがダラダラと溢れている。チラッとリビングの時計を見る。急がなくては。へたりこんでいる郁三さまの横に跪き、濡れた先端をグチュグチュと親指で弄った。
「よ、よしの、よしの。あっ、あっ」
俺に縋るよう腕にしがみついてくるから、先端だけでなく根元からも強めにしごく。
「もう、もう。あっ、で、でるっ」
俺の手に白濁がベタリと飛び散った。
「ふぅふぅ」と乱れていた郁三さまの呼吸が収まりかけた頃、インターホンが鳴った。ギリギリセーフだ。応答しオートロックを解除している郁三さまを横目で見ながら、俺はキッチンで手に着いた白濁を洗い流す。
「郁三さま」
玄関へと向かう郁三さまを呼び止め、少し乱れてしまった髪を手櫛で直してやった。
「ありがとう、吉野」
はにかむその姿からは、鬱々とした表情が消え、楽しそうな少年の顔に戻っていた。
「ただいま!」「焼きたてで、めっちゃ美味そうだよ」「郁三はコーラでよかったん?」
俺は自室に戻ってベッドに寝転び、硬く勃ってしまった自分の陰茎を処理する為、下着の中へ手を入れた。郁三さまのことを思い浮かべたりしないよう、頭から必死に追い払う。けれど、初めてのキスに腰が砕けそうになっていた可愛らしい姿は、なかなか脳裏から離れない。結局、郁三さまの喘ぐ声を反芻しながら、達してしまった。
「郁三、ちょっと飲みに行ってきます。皆と楽しんで」
出掛ける支度をしてリビングを覗くと、郁三さまは楽しそうにピザを食べていた。
「雪矢さん、ありがとうございました」
「またおいでね」
飲みに行く馴染みの店もこの辺りには無かったが、なんだかいい気分だから駅前の知らない居酒屋に行って旨い物でも食べよう。郁三さまの父親から受け取った茶封筒から一万円札を抜いてきたので懐も温かい。それにしても、口の中がずっと甘ったるかった。キャラメルのような味がして。キスはやはり止めておいたほうが、よかったかもしれない……。郁三さまの為にも、自分の為にも。
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