幼馴染は声で眠る

フィカス

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【第一章】新幹線にて

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 文庫本に目を落とし活字を追っている間に、静かな車両は次の駅へと到着した。車内の自動ドアが開き、銘菓の手提げ袋を持つ人々が乗り込んできては、自分の座席を探している。
 秋の三連休最終日。新幹線車内は、朝から大雨とはいえ都心へと帰る人々で賑わっている。
「夕方の新幹線、かなり混むと思うよ」という叔父のアドバイス通り、指定席を取っておいてよかった。
 前方ドアから五才、三才くらいの男の子を連れ、更に小さな赤子を抱っこした母親が、大きな荷物を持ち疲れた顔で乗り込んで来た。男の子二人はホームまで見送りに来たらしい祖父母に、ガラス越しに手を振っては騒いでいる。
 彼女ら家族に気を取られていると、後方から通路を歩いてきた来た身体の大きな男が、目の前で足を止めた。切符を手に座席番号を確認しているようだが、おそらく二人掛けの窓側に座る僕の隣が彼の席なのだろう。
 僕は雨が当たる夕刻の窓を少し眺めたあと、文庫本に夢中なふりをして、無関心を装った。

 耳にかかる少し長めの柔らかい髪を、ミルクティーのような明るい色に染めているのは、僕なりの威圧感の演出だ。
 二十七才になった今でも、叔父の営む喫茶店で「尚依なおいくん、可愛い」などと若い女性に揶揄われがちな僕は、話し掛けやすい雰囲気のようで、老若男女から頻繁に声を掛けられたり、道を訊かれたりする。
 勤め先である喫茶店の中なら叔父がフォローしてくれるが、外で道を訊かれた時などは、その度にスマホに入力してある定型文を表示し、相手にかざして見せる。
『僕は話すことができません。スマホ入力でよければ、お答えできます』
 そうすると大概の人は、申し訳なさそうな顔をする。医学的な意味で喋れない訳ではない為、こうしたやり取りに心苦しさがあり、それを阻止する為に髪を染め、こうして周囲への無関心を装って本を読み、話し掛け辛くするという小さな努力を日々重ねているのだ。

 先程の男は、やはり僕の隣席の切符を持っていた。足元に濡れたビニール傘を置き、重厚感のあるビジネス鞄を軽々と荷物棚に乗せ、座席のポケットにカフェオレのペットボトルをねじ込んだ。
 その動作を視界の隅で捉えつつ、手元の文庫本を何行か読み進める。
「失礼します」
 聴こえたのは、男が背もたれを倒す際に後ろの席に告げたごく小さな言葉だったが、僕の心臓はその声色に反応し、ドクリと大きく跳ねた。
 えっ、この声……。そうか新幹線を使うなら、この駅が最寄り駅だ……。
 一歩遅れてそう認識したとたん、身体が固まる。だってそれは忘れたくても忘れられない大切な声だから。普段はできるだけ思い出さないようにしている、低く少し掠れた声。最後に聴いてからもう十年の月日が経った懐かしい声。
 視線を向けなくても、たったひと言発した隣の男が、二才年上の幼馴染、友哉ともやであると僕は断言できた。聞き間違えるはずがないんだ、友ちゃんの声を。
 もう、文庫本を開いていても内容は全く頭に入ってこない。スラっとした足を組んだ友哉がいる右側から、暖かな熱を感じるような錯覚を起こし、僕自身の体温が上がっていく。それは鎮めようすればする程、治る気配から遠去かり、きっと顔は赤く染まっているだろう。
 とにかく、僕の存在に気づかれる訳にはいかない。だから本を開いたまま顔は動かさないで、友哉のピカピカに磨かれた茶色い革靴に、少しだけ見える黒い靴下に、上等な布を使ってそうなスーツの裾に、目線を這せる。
 いつの間にか発車していた新幹線の車内は、落ち着きを取り戻している。彼は、スマホを見るわけでも本を読むわけでもなく、膝の上で指を組んでじっとしていた。おそらく眠ろうとしているのにすんなり眠れないのだろう。何度もその指と足を組みかえていた。
 友哉は昔から寝つきが悪いから。この新幹線の中に限らず、彼が今も眠れない夜を過ごしているのかと思うと、心苦しくなった……。

 新幹線は随分ゆっくりと走っていた。車内放送が時折入り、途中駅での大雨の影響により到着時刻が遅れると知らせている。僕は隣に友哉がいる今、何時間でもこうして隣に座っていたいと思えたから、徐行する新幹線に不満はない。東京での打ち合わせ予定は明日の午前で、それまでに到着すれば充分なのだ。
 窓の外はだんだんと暗くなり、いつしか真っ暗になる。そうすると窓ガラスに目を閉じて座る友哉の横顔が少しだけ映り込み、僕はようやく彼の姿を目にすることができた。
 真っ黒い髪はアップにセットされ、顎に髭を生やし、目を閉じた眉間には皺が寄っている。十年前から随分と大人になり貫禄が出て、以前に増してその姿は格好イイ。
 改めて、この偶然の再会をうれしく思い、口角が上がってしまう。そして彼が今どこに住み、何を仕事にしているのか、答えを知ることはないであろう想像を巡らせて時を過ごした。

 本来であれば東京駅へ到着する時刻、新幹線はついに駅と駅の間でストップした。先の見通しが立たない車内放送に、乗客は少しずつイライラを募らせる。
 友哉は眠れないままのようで、組んだ足を貧乏ゆすりのように小刻みに動かしていて、そんな彼を気の毒に思う。
 前方ドアが開き、若い車掌が入ってきた。この先の車両に用事があるようで、早足で通り過ぎようとするが、初老の男性が「おい、どうなってんだ」と車掌の腕を掴み、怒鳴った。
「全線がストップしておりますので、情報が入り次第、車内放送をさせていただきます」
「俺は今夜、人に会う約束があるんだよ。どうしてくれんだ。え?」
 理不尽に大声を出す姿が酷くみっともない。車掌はペコペコと頭を下げながら腕を振りほどき、なんとかその場を去っていく。
 しかし、大声を出した初老男性のせいで、近くの席で母親に抱かれ眠っていた赤子が目を覚まし、大きな声で泣き始めてしまった。更に重なるように眠っていた兄弟二人も眼を覚まし「ねぇ、まだ着かないの?」「眠いよぅ」と母親に対して不機嫌な声をあげる。
 周囲の視線は冷たく、母親は泣きやまない赤ん坊のみを連れてデッキに移動する。その間に兄弟二人は眠そうな顔のまま、座席が狭い、もっとあっちへ行けとケンカを始めた。
 すると今度は母親不在の兄弟に向かって、初老男性が「うるさいっ」と怒鳴る。慌てて戻ってきた母親は男性に詫びるが、まだ赤子は泣き止んでおらず、母親はオロオロと頭を下げるばかりだ。
 一連の騒動に眠っていた乗客も皆、目を覚ましてしまい、車両内にはざわざわとした波紋が広がった。

 隣から「チッ」と小さな舌打ちが聞こえた後、突然、友哉が立ち上がる。そして、数歩先にいる見ず知らずの母親のところへ行き声を掛けた。
「よろしければ、上のお兄ちゃん二人、俺が見ていますよ」
 強面に見える身体の大きな友哉の姿に、母親が戸惑いを見せる。周囲の乗客たちも、今度は何事かと黙って事の成り行きを見守っている。僕もようやくガラス越しではない彼の姿を直視できた。
 あぁ、彼は昔と何一つ変わっていない。僕が困っていたら、仕方ないという顔をしながら近寄ってきて「どうした?助けてやるから俺に教えろ」とぶっきらぼうに言ってくれた小学生の頃と全く同じ行動力だ。
 僕は彼の一挙手一投足を不躾けに凝視せずにはいられない。それを白々しく誤魔化す為に、ペットボトルを手に取り、口に水を含んだ。
「俺、一緒に住んでいる小さな甥っ子が二人いて、多少慣れてますから」
 そう言い添えた顔が、母親を安心させるべくニコっと笑う。すると強面の印象がガラッと変わるほど目が垂れてやさしい表情になった。
 あぁ、この十年間、もう一度見たいと焦がれ続けた笑顔だ。僕に向けられたものでなくとも心臓は射貫かれてしまう。
 ゆえに喉を通るべき水はグフっと気管に入り、ゴホっゴホっと派手に咽せた。それでも目は友哉から離さず、しっかりと視線を向け続ける。
 僕の苦しそうな咳が耳に入っただろう友哉は、なにげなく顔をこちらに向けた。
 しまった。ダメ、こっちを見ないで。頭ではそう思っても咄嗟に身体は動かず、回避できないまま、ばっちりと目を合わせてしまう。
 友哉の目線は僕を捉えたけれど、華奢な男が咽せただけだと分かれば、母親のほうへと戻っていく。ホッとしてよいはずなのに、僕だとバレずに済んで安堵すべきなのに、気づいてもらえなかったことに絶望する………。
 当たり前だ。こんな髪色で、少年らしさも失っていて、なにより十年が経ったのだから。手のひらに持っていたペットボトルのキャップをきつくきつく握りしめ、この感情をやり過ごそうしたとき、再び友哉はこちらを振り向き、僕を真っ直ぐに見据え心底驚いたように目を丸くした。

「では、すみません。少しだけこの二人を見ていていただけますか?」
 母親は赤ん坊にミルクを与えたかったようで、大きな荷物から水筒と哺乳瓶を取り出している。
 友哉は僕の存在に気が付いて動転したままのようだったが、兄弟が「トイレ」「僕も」と母親に訴えたので、しゃがんで彼らに目線を向けた。
「よし。俺が連れてってやるから。一緒に行こう。な?」
 兄弟は母親と友哉の顔を見比べてから「うん」と頷いた。
 哺乳瓶を咥えると赤子は泣き止み、兄弟と友哉はデッキへ出ていったので、車両は再び静かになった。
 僕はさっきの友哉の驚いた表情の意味を考え、落ち着かずに手元の文庫本を開いたり閉じたりしつつ、彼から向かった自動ドアを何度も見てしまう。
 しばらくしてからドアが開き、友哉の顔が見えた。兄弟はトイレのついでに少し遊ばせてもらったのか、すっかり機嫌を直しているようだ。
 短い時間で随分と彼に懐いたらしく、弟はおんぶされ、兄は「それでね、それでね」とサッカースクールでの出来事を、友哉に向かって話し続けながら、通路を歩いてくる。
 兄弟の母親はとても疲れていたようで、ミルクを飲み終えた赤子を抱きかかえたまま、コクリコクリと眠っていた。
 だから友哉は僕と彼の二人掛けの席に、兄弟を連れてきた。そして僕に向かって微笑む。笑みの意味に戸惑う僕の膝に弟を、友哉の膝に兄を座らせ「特等席だ」と言うから、兄弟は喜んでケラケラと笑う。
 しかしたったそれだけのことに、初老男性がまた何か言いたげな白々しい咳払いをしてきた。
 友哉が瞬時に怒りを滲ませたのが眉間の皺から分かったが、ここで事を荒らげるのは母親にとって得策ではないと判断したのだろう。僕に向かって「尚依、何か読んでやって」と告げた。

 十年ぶりに名前を呼ばれた僕は、一瞬ぽかんとしてしまったけれど、慌てて首を横に振る。友哉は何を言っているのだろう?ここで僕が声を出すことなんて出来るわけないのに。
「大丈夫だから」
 大丈夫なものか、ともう一度激しく首を振る。
「誤解は解けたんだ、尚依。だから大丈夫」
 誤解という言葉に心当たりはなく、頑なに口を閉じたままの僕に、彼は妥協案を提案してきた。
「じゃあ、俺は耳をふさいでいるよ。こんな小さな子が相手なら大丈夫だろ?な?」
 僕も第二次性徴を迎える前の子ども相手なら問題ないだろう、とは思っている。楽しそうな兄弟がまた騒いだりケンカをしたら、ようやく眠れた母親が可哀そうだと思え、渋々とはいえやってみようという気になれた。友哉に向かって頷くと、彼は「ありがとう」と小さく口にした。
 そういうことなら折角だからと、僕は膝の上の弟を落とさぬよう片腕で支えながら、足元に置いていたリュックサックからスケッチブックを取り出す。
「なになに?」「絵本!」
『ねむたいをくばるねこ』と表題を書いた表紙を捲ると、一枚目の夜空の絵に兄弟二人が「うわぁ」と声を上げた。興味津々で覗き込んでくれるのはうれしい。明日この原稿を、東京で絵本の編集者に見てもらう為に僕は今、この新幹線に乗っているのだから。
 絵本は、夜の動物園に忍び込んだ一匹の猫が、動物の寝室を一つ一つ回って呪文を唱えて眠りにつかせる、という内容だ。

 友哉に向かって、耳を塞いでとジェスチャーをする。苦笑いしながら、彼はワイヤレスイヤホンを耳にセットし、スマホを操作して何か音楽を流した。
 僕は大きく息を吸う。そして期待に満ちた目で僕を見る懐っこい兄弟二人に、僕の描いた絵本を読み聞かせ始めた。
「そらには、ほそいほそいつきと、たくさんのほしが、うかんでいました」
 長いこと人前で声を発することがなかったのに、喉からはするりと音が出て、滑らかに読むことができた。その声は友哉に聴こえぬよう配慮し小さなものだったけれど、兄弟は真剣に聞いてくれている。
 ページが進むごとに、まずは弟がウトウトとし始めた。兄も身体の力が抜けて友哉に体重を預けきっている。絵本が最後のページに到達する前に、二人は完全に眠ってしまった。
 友哉は、僕と彼の膝の上で眠る兄弟を微笑ましそうに眺め、イヤホンを外す。
「ほら、大丈夫だっただろ?」
 嬉しそうにそう言った。膝の上の子どもの体温は暖かく、窓の外に降る雨を忘れさせてくれるくらい、穏やかな寝息がくすぐったい。
「なぁ尚依、俺のことも眠らせて。ここ最近、特に眠れなくて困ってたんだ。頼むよ」
 OKはできないのだと、首を振る。
「だからさ、うちの父親の誤解だったんだ。お前に謝らないといけない。東京に着いたら、その話をしよう。今夜時間ある?夕食を一緒に食おう。な?」

 よく見ると彼の目の下にはクマがあり、ぐっすりと眠らせてあげたいと思った。万が一、余計な作用が働いてしまっても、この車内ではどうにもならないのだから。膝の上の子どもが重石になって、理性が保てるはずだから。
「と、友ちゃん……」
「あぁ、尚依の声だ。すげぇうれしい。もっと喋ってよ、声、聴かせて。なぁ」
 もっとと言われても頭は働かず、目の前にあった水のペットボトルの表示を読み上げることを思いつく。
「原材料名、水かっこ鉱水。内容量、五百五十ミリリットル。賞味期限、キャップに記載……」
「それ読むのかよ」と笑った友哉の目が、あの頃のようにすぐにとろんと眠たげになっていく。
 そして、子どもを支えるのとは反対の手がこちらに向かってゆっくり伸び、僕の太ももを触った。まるで愛おしいかのように触れてくるその手に、身体は甘い痺れを感じるが、その行為で、やはり僕の声は悪影響なのだと思い知る。
 それでも読み上げ続けた。
「保存方法、高音、直射日光をさけてください。産出地、山梨県……」
 僕に触れていた友哉の手は止まり、スースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めた。そして兄弟の寝息とハーモニーを奏で、温かく僕を包んだ。
 友哉はさっき、甥っ子がいて一緒に住んでいると言っていた。お姉さん、結婚したんだな。相手は僕も知っている人だろうか。子どもにも恵まれてよかった。おじさんもさぞ喜んだだろう。そして友哉はまだあの家に住んでいるんだ……。

 新幹線が動き始めたのは、それから一時間ほど経ってからだった。運転再開の車内アナウンスが聞こえ兄弟の母親が目を覚まし、慌てて僕らの席に顔を出した。けれど僕は、口だけを動かし「このままで」と伝えた。母親は何度も頭を下げて、それでも二人が寝ているこの時間をありがたく思うのか、自分の席へと戻っていった。
 友哉と兄弟は、気持ちよさそうに眠り続けた。新横浜駅少し手前で母親が兄弟を起こしに来て、二人は目を擦りながらもそっと僕らの膝から降り母親の元へ帰って行った。僕に手を振り、友哉にもバイバイと言いたそうだったが、僕は唇に指を当てシーっという仕草で、起こさないであげてほしい旨を伝える。
 新横浜駅のホームでは彼らの父親が待っていて、兄弟が駆け寄って行くのが窓から見えた。僕は他人事ながら安堵し、会釈してくれた夫婦にペコリと頭を下げる。
 親子が新幹線を降りても友哉はまだぐっすり眠ったままだ。上等そうなジャケットには、すっかりシワが寄っている。
 残りの時間、僕はずっと彼の寝顔を見て過ごした。それは決して穏やかな感情ではない。僕の心の中は、彼に抱かれる卑猥な妄想を繰り広げていたのだから。
 この唇に、この指に、この腕に、あの頃のように。いや、あの頃よりもっとちゃんとした行為を大人になった僕は欲っしている。

 名残惜しかったけれど眠る友哉を座席に残して、僕は品川駅で新幹線を降りた。今夜泊まるホテルは東京駅からのほうが近かったけれど、友哉との再会は、この車内だけの奇跡に留めておいたほうがよいと考えたから。
 降り立った品川駅に、雨は降っていなかった。ただ冷たい風が強く吹いている。イヤらしいことばかり考えてほてった身体に、その風は気持ちよかったけれど、燻った熱の全ては消し去ってくれない。
 不慣れな電車の乗り換えを調べることも億劫で、僕はタクシーに乗り、予約してあるビジネスホテルの名を告げた。
 チェックインして狭い部屋に入れば、夕食も摂らず、シャワーも浴びず、着ていたものを全て脱ぎ捨て、ぴっちりとベッドメイキングされたベッドに入った。ツルツルとした真っ白い清潔なシーツが肌に触れる。
 早くこの燻りを解消しなければと、躊躇いもなく自分の胸の突起を指で摘まむ。擦るように揉めば、あっという間に性的な欲は昂ってゆく。
「ん」と小さな声が漏れた。とにかく先の行為へと進みたくなり、リップ代わりに持ち歩いているワセリンを指に纏わせ、後孔へと這わせた。
 ギュッと目を閉じて、自分の細い指を二本揃え、さっきまで隣にいた友哉の太く長い指だと思い込ませて、中へとめり込ませる。
 自分で触り慣れたビクンと反応する箇所を目指し、指を動かし、腰を揺らす。陰茎も固く勃ち上がり、シーツに触れれば快楽を誘った。
「ん、んっ」
 溢れる小さな呻きは自室でする自慰と同じだったけれど、今夜は我慢ができずに封印していた声も出してしまう。
「と、ともちゃん、あっ、ともちゃん。もっと、もっと、さわって、あっ」
 やはり僕の声は眠りを誘うだけでなく、淫行を誘うのだろう。自分自身がその声にやられ、酷く淫らな気分になっていく。
 指を増やし中を掻き回すだけでなく、硬く太いものを抜き差しをされているかのように、指を出し挿れしセックスを妄想する。
「いい、ともちゃん、ともちゃん、いかせて、ねぇ、おく、おくついて、いかせて、あっ」
 陰茎をシーツに擦り付け、指を挿れた尻を突き出して、嬌声とともに白濁を放った。

 存在しないものを締め付けるように痙攣する後孔が、しばらくの間気持ちよくて身悶えていたけれど、身体の熱が冷めきれば酷い虚しさだけが残った。
 裸のままむくりと起き上がり、裸足でペタペタとユニットバスまで移動し、フェイスタオルを濡らしてきつく絞る。
 ベッドに戻り、汚してしまったシーツの汚れをゴシゴシと拭き取っていると、目の奥が熱くなって、ポツリと水滴がシーツに落ちた。
 今、自分は悲しいのだと自認すれば、そこから涙はポタポタと止まらなくなった。
 再会などしたくなかった。きっとあと何年かしたら、忘れられるはずだったのに。これでまた忘れられない期間が長引いてしまった。
 僕の声がこんなではなかったら、ただ眠気をもたらすだけの声だったら、友ちゃんと幸せになることも許されただろうに……。
 空腹を感じることもなく、ただ嗚咽を押し殺しベッドの上で丸くなって夜を過ごした。
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