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番外編 新婚旅行編
番外編・新婚旅行編⑨
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私たちが館の外に出ると、騎士の格好をした者の姿がすぐ目に入った。
傍には馬がいて、なんとなくあれに乗るのだろうと想像がつく。
すると同時に緊張と興奮からドクドクと鼓動の音が大きくなる。
(近くで見ると想像以上に大きいわ。だ、大丈夫かしら……)
私は僅かに表情を強張らせて、隣を歩くアルフォンスの袖を無意識にぎゅっと握ってしまう。
すると、彼はそれに気づいて「怖いか?」と尋ねてきたので、私は困ったように小さく笑った。
「そんなに怯えなくても平気だ。この馬はちゃんと訓練を受けているから、暴れたりはしないよ。それに怖いと感じるのは最初だけだ」
「そう、ですよね。アルも傍にいてくれるし、大丈夫ですっ!」
こんなことで一々狼狽えてしまい、私は少し恥ずかしくなる。
きっと、彼の言うとおり怖いと思うのは最初だけで、乗ってしまえば気にならなくなるのだろう。
私は覚悟を決めると、アルフォンスに手伝ってもらい初めて馬に跨った。
そのあと、すぐにアルフォンスが私の後ろに乗り、私たちは出発した。
最初は思いの外、馬の背中が高くてドキドキしていてしまったが、慣れるまでに時間はそうかからなかった。
夜の闇に包まれているせいで、足元が薄っすらとしか見えなくて、それがかえって良かったのかもしれない。
ちなみに護衛は離れたところにいるそうだ。
今回は新婚旅行ということなので、できるだけ邪魔をしないようにと配慮してくれているらしい。
「ラウラ、まだ怖いか?」
「いえ、大丈夫です。アルが言ってたように最初だけだったみたい……」
不意に背後から彼の声が響き、私は安心した声で答えた。
すぐ後ろには彼がいて、手綱は私の前で握られている。
わりと密着した状態であるため、安堵するとともに変にドキドキしてしまい、私は彼にそれを悟られないように平然を装うことにした。
「それは良かった。目的地までは十分ほどだ。少し夜風が冷たいとは思うが我慢してくれ」
「大丈夫ですっ! 夜空の下を馬に乗って駆け回るなんて、なんだか冒険でもしているような気分……」
馬車よりも速い速度で、風を切るように馬は進んでいく。
しっかりと着込んでいるので、寒さはそれほど気にならなかった。
それよりも、先に進むにつれて高揚感が増し、楽しい気持ちが強くなる。
「冒険か……。ラウラはいい表現をするな。では、今日はラウラにとって記念すべき初めての冒険ということか」
「そうなるのかも」
アルフォンスの声もどこか明るくて、彼も楽しんでいるように感じると嬉しくなった。
ここに来て良かった。私たちの楽しい思い出はまたひとつ増えそうだ。
森の中ということもあり、背の高い木々が天高く聳え立ち、空の景色を隠している。
しかし、一定の感覚で道の端には灯篭が置かれいるため、夜でも迷うことはなさそうだ。
ちなみにこの灯篭には仕掛けが施されており、魔よけ効果があるため魔物が近づくようなことはほとんどないとのこと。
訓練施設とはいえ、ここで暮らしている者もいるので、魔物対策はしっかりとされているのだろう。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地らしき場所が見えてきた。
「……っ、道が開けてる。もしかしてここが……?」
「ああ。ここが目的地だ。ラウラ、楽しみのために今は目を瞑っておいて。落ちないように俺がしっかりと支えているから、安心していい」
馬に乗りながら目を瞑るのは少し怖かったが、アルフォンスの言葉に従うことにした。
速度もゆっくりと落ちてきて、暫くすると馬の動きが止まった。
「到着ですか?」
「そうだ。俺が先に降りるから、ラウラは少し待っていて」
私が「はい」と答えてから暫くすると、少し下のほうから「いいよ」と柔らかい声が聞こえた。
声のする方向に首を傾けると、ゆっくりと目を開く
アルフォンスの手を掴み、補助してもらいながら慎重に馬から降りた。
「くくっ……」
「なんですか?」
急に彼に笑われて、私は戸惑った顔を浮かべる。
「いや、ラウラが必死そうで、なんだかすごく可愛らしいなと思ってね」
「……っ! だって、初めてだしっ! 慎重にもなりますよ……」
彼に必死だと言われて急に恥ずかしくなり、私は焦ったように慌てて言い返してしまう。
けれど、アルフォンスに悪気がないことは分かっている。こういう性格であることも分かっているのだが、なんとなく悔しい気持ちになってしまう。
「別に責めているわけじゃないよ。ただ、俺の妻は可愛いという話をしているだけだ」
「……っ」
この場に私たちしかいなくて良かったと、心の中で安堵していた。
「君の照れている姿を見ることは俺としては満足だが、ここに来た目的を忘れていないか?」
「あ……、……っ!!」
彼に指摘され私はハッと当初の目的を思い出し、そのまま空を見上げる。
その瞬間、私は言葉を失い一瞬で心を奪われた。
どこまでも続く暗闇の中、瞬くような星で埋め尽くされていたからだ。
まるで宝石のようにキラキラと光り輝き、幻想的な景色が一面に広がっている。
「どうだ? 綺麗だろう」
「……すごい。すごいです……! 私、こんな景色初めて見ました!」
彼の声が隣から響き、ようやく我に返ると私は興奮気味に返事をした。
「俺も初めてここに来た時、今のラウラと同じような反応をしていたよ」
「え? アルも……?」
彼が驚いている姿なんてあまり想像できないが、是非ともそれを見たかったと残念に思ってしまう。
「ああ、すごい衝撃を受けるよな。立ったままだと疲れると思うから、座る準備をする。少し待っていて」
「私も手伝います」
「ラウラはゆっくり見てていいよ」
「……っ、ではお言葉に甘えて」
彼は馬の背中に乗せていた布を取ると地面に敷いた。
二人で並んで座っても余裕がありそうな大きさだ。
「一応、敷いてみたが、地面が冷えているから少し冷たく感じるな」
彼は布の上から手で触れそんなことを呟くと、中央に座った。
そして「ラウラ」と私の名前を呼んだので、彼に近づくと手をぎゅっと握られた。
「ラウラは、俺の前においで。冷えるからくっついていたほうがいい」
「……っ、はい」
少し戸惑ってしまったが素直に彼の言葉に従うと、アルフォンスの足の間に腰掛ける。
するとすぐに両脇から彼の大きな腕が伸びてきて、後ろから抱きしめられるような体勢になってしまう。
急に体が密着して、しかも体勢的に私の耳元に彼の唇があるようで、アルフォンスの吐息が聞こえてくるとドキドキしてしまう。
「背中、俺に寄り掛かっていいよ。そのほうが楽だろう」
「……でも」
「今は星を見に来たんだ。俺もそれは分かってる。多少の悪戯はするかもしれないが……」
「なっ……!」
相変わらず彼は冗談を言ってきて、私を休む暇なく翻弄させる。
自分でも反応してしまうのが良くないとは思っているのだが、勝手にそうなってしまうのだからどうしようもない。彼の冗談に慣れる日は一体いつ訪れるのだろう。
これ以上からかわれる前に、私は素直に従うことにして再び空を見上げる。
「本当に圧巻ですね……。なんか、手を伸ばせば届きそう……」
ずっと見ていると、この星空に体が吸い込まれていきそうな錯覚すら感じてしまう。
不思議な距離感に戸惑いながらも、この景色に魅了されていつまでも見ていたくなる。
私は徐に左手を伸ばしてみるが、当然星を掴めたりはしない。
そんな時だった。
「あ……!」
「どうした?」
「今、流れ星が!」
それはほんの一瞬の出来事だったので、私が声を出したあとにはもう消えていた。
「なにか、願いごとでもしたのか?」
「一瞬過ぎて忘れてました……」
私がしょんぼりと答えると、背後からクスクスとおかしそうに笑うアルフォンスの声が響いてくる。
「ラウラらしいな。だけど、またそのうち現れるだろう。これだけ星が多いのだから」
「そう、ですよね……! アルは、流れ星を見たら何をお願いしますか?」
「そうだな。ラウラの願いごとが叶いますように、と頼んでみようか」
「自分のお願いごとをしてください。そんなの、なんかもったいないです!」
こんな時にまで、私に気を遣ってくれなくてもいいのにと思ってしまう。
「もったいなくなんてないよ。ラウラの喜ぶ顔を見ることは、俺にとっては十分価値があるからな」
「もう……、そんなことばかり言って……」
こんなに密着しているというのに私の鼓動がドキドキして大きく揺れて、このままではアルフォンスに気づかれてしまうかもしれない。
「ラウラ、こういう話を知っているか?」
「え……?」
アルフォンスは徐に語り始めた。
「流れ星が流れた瞬間にキスをすれば、その二人はずっと一緒にいられるらしい」
「……っ」
随分とロマンチックの話ではあるが、なぜアルフォンスがそんなことを知っているのだろう。
もしかして、この地に伝わるおまじないの一つなのだろうか。
「試してみるか?」
「……はい」
急にこんな話をされて少し戸惑ったし恥ずかしさを感じてしまったけど、おまじないだとしても彼となら試してみたいと思った。
だから、私は素直に頷いた。
「今日はやけに素直だな。ラウラ、顔をこっちに少し傾けられるか?」
「はいっ……っん」
私が顔を横に傾けると、暗闇の中に薄っすらと浮かぶアルフォンスの瞳と目が合う。
そしてそれから暫くして唇が重なる。
外の空気に触れているせいか、彼の唇はいつもより冷たくて。
けれど、何度も角度を変えるように口づけを繰り返していると、お互いの吐息が混ざり温かさを感じられる。
それがとても心地良い。
(こんな場所でキスなんて……、でも流れ星が現れたら、ずっとアルの隣にいられる……!)
暫く目を閉じていたのだが、このままでは流れ星を探すことなんてできない。
そのため、薄っすらと瞼を上げると、すぐに彼と目が合い、ドキッとして心臓が飛び跳ねる。
次の瞬間、私の視界の先に、スーッと流れていくなにかを一瞬捉えた。
「あ……!」
私は唇を離して思わず叫んでしまう。
「流れ星、見つかった?」
「はいっ! 今、見えました! これで、私、ずっとアルと一緒にいられる……。どうしよう、すごく嬉しいです!」
まさか、本当にタイミング良く見られるなんて思ってもいなかった。
あまりにも嬉しくて気持ちが高鳴り、思わずはしゃぐように目を輝かせてしまう。
「俺の願いも叶ったようだ」
「……っ! それにしても、どうしてアルはこんなおまじないを知っていたんですか? この地では有名な話とか……?」
私は恥ずかしくなり、慌てて話題を変えようと話を逸らした。
「いや、この地でのおまじないとかではないよ。これは今さっき俺が思いついたものだから」
「え……?」
思いも寄らない返答が戻ってきて、私はきょとんとした顔を浮かべていた。
まさか、アルフォンスがこんなことを考えるなんて予想もしなかった。
「……というのは半分、正解だな。実は前に読んだ物語の本に、こういう話が出てきたから思い出して言ってみたんだ」
「ひどい! 私をからかったんですか!」
「違うよ。おまじないなんて、結局は気持ちの持ちようだろう。ラウラが今、俺の傍にいたいと思ってくれた気持ちこそが大切なんだ。もちろん、俺もラウラと同じ気持ちでいる。あまり考えたくはないが、これから先もしかしたら誤解で心がすれ違うことだってあるかもしれない。そんな時は今日のことを思い出してほしい。俺もそうするから」
今の彼の話を聞いて、アルフォンスが私に何を伝えたかったのか、わかった気がした。
この記憶は、私の思い出になるだろう。
今はからかわれたと思っていても、いつかこの思い出に救われる日がくるかもしれない。
アルフォンスとすれ違いたくなんてないけれど、これから長い時間を共に過ごしていくのであれば、そういったことにぶつかる機会は必ずやってくる。
(この気持ちをずっと持ち続けられるようにって意味なのかな……)
そんなふうに思うと、心の中が温かくなり、ますます彼への想いが強くなってしまいそうだ。
「私、絶対にアルのことを嫌いになったりなんてしません」
「ああ、俺もだ」
私たちはそれから心ゆくまで、二人で星空を楽しんだ。
傍には馬がいて、なんとなくあれに乗るのだろうと想像がつく。
すると同時に緊張と興奮からドクドクと鼓動の音が大きくなる。
(近くで見ると想像以上に大きいわ。だ、大丈夫かしら……)
私は僅かに表情を強張らせて、隣を歩くアルフォンスの袖を無意識にぎゅっと握ってしまう。
すると、彼はそれに気づいて「怖いか?」と尋ねてきたので、私は困ったように小さく笑った。
「そんなに怯えなくても平気だ。この馬はちゃんと訓練を受けているから、暴れたりはしないよ。それに怖いと感じるのは最初だけだ」
「そう、ですよね。アルも傍にいてくれるし、大丈夫ですっ!」
こんなことで一々狼狽えてしまい、私は少し恥ずかしくなる。
きっと、彼の言うとおり怖いと思うのは最初だけで、乗ってしまえば気にならなくなるのだろう。
私は覚悟を決めると、アルフォンスに手伝ってもらい初めて馬に跨った。
そのあと、すぐにアルフォンスが私の後ろに乗り、私たちは出発した。
最初は思いの外、馬の背中が高くてドキドキしていてしまったが、慣れるまでに時間はそうかからなかった。
夜の闇に包まれているせいで、足元が薄っすらとしか見えなくて、それがかえって良かったのかもしれない。
ちなみに護衛は離れたところにいるそうだ。
今回は新婚旅行ということなので、できるだけ邪魔をしないようにと配慮してくれているらしい。
「ラウラ、まだ怖いか?」
「いえ、大丈夫です。アルが言ってたように最初だけだったみたい……」
不意に背後から彼の声が響き、私は安心した声で答えた。
すぐ後ろには彼がいて、手綱は私の前で握られている。
わりと密着した状態であるため、安堵するとともに変にドキドキしてしまい、私は彼にそれを悟られないように平然を装うことにした。
「それは良かった。目的地までは十分ほどだ。少し夜風が冷たいとは思うが我慢してくれ」
「大丈夫ですっ! 夜空の下を馬に乗って駆け回るなんて、なんだか冒険でもしているような気分……」
馬車よりも速い速度で、風を切るように馬は進んでいく。
しっかりと着込んでいるので、寒さはそれほど気にならなかった。
それよりも、先に進むにつれて高揚感が増し、楽しい気持ちが強くなる。
「冒険か……。ラウラはいい表現をするな。では、今日はラウラにとって記念すべき初めての冒険ということか」
「そうなるのかも」
アルフォンスの声もどこか明るくて、彼も楽しんでいるように感じると嬉しくなった。
ここに来て良かった。私たちの楽しい思い出はまたひとつ増えそうだ。
森の中ということもあり、背の高い木々が天高く聳え立ち、空の景色を隠している。
しかし、一定の感覚で道の端には灯篭が置かれいるため、夜でも迷うことはなさそうだ。
ちなみにこの灯篭には仕掛けが施されており、魔よけ効果があるため魔物が近づくようなことはほとんどないとのこと。
訓練施設とはいえ、ここで暮らしている者もいるので、魔物対策はしっかりとされているのだろう。
そんなことを考えていると、あっという間に目的地らしき場所が見えてきた。
「……っ、道が開けてる。もしかしてここが……?」
「ああ。ここが目的地だ。ラウラ、楽しみのために今は目を瞑っておいて。落ちないように俺がしっかりと支えているから、安心していい」
馬に乗りながら目を瞑るのは少し怖かったが、アルフォンスの言葉に従うことにした。
速度もゆっくりと落ちてきて、暫くすると馬の動きが止まった。
「到着ですか?」
「そうだ。俺が先に降りるから、ラウラは少し待っていて」
私が「はい」と答えてから暫くすると、少し下のほうから「いいよ」と柔らかい声が聞こえた。
声のする方向に首を傾けると、ゆっくりと目を開く
アルフォンスの手を掴み、補助してもらいながら慎重に馬から降りた。
「くくっ……」
「なんですか?」
急に彼に笑われて、私は戸惑った顔を浮かべる。
「いや、ラウラが必死そうで、なんだかすごく可愛らしいなと思ってね」
「……っ! だって、初めてだしっ! 慎重にもなりますよ……」
彼に必死だと言われて急に恥ずかしくなり、私は焦ったように慌てて言い返してしまう。
けれど、アルフォンスに悪気がないことは分かっている。こういう性格であることも分かっているのだが、なんとなく悔しい気持ちになってしまう。
「別に責めているわけじゃないよ。ただ、俺の妻は可愛いという話をしているだけだ」
「……っ」
この場に私たちしかいなくて良かったと、心の中で安堵していた。
「君の照れている姿を見ることは俺としては満足だが、ここに来た目的を忘れていないか?」
「あ……、……っ!!」
彼に指摘され私はハッと当初の目的を思い出し、そのまま空を見上げる。
その瞬間、私は言葉を失い一瞬で心を奪われた。
どこまでも続く暗闇の中、瞬くような星で埋め尽くされていたからだ。
まるで宝石のようにキラキラと光り輝き、幻想的な景色が一面に広がっている。
「どうだ? 綺麗だろう」
「……すごい。すごいです……! 私、こんな景色初めて見ました!」
彼の声が隣から響き、ようやく我に返ると私は興奮気味に返事をした。
「俺も初めてここに来た時、今のラウラと同じような反応をしていたよ」
「え? アルも……?」
彼が驚いている姿なんてあまり想像できないが、是非ともそれを見たかったと残念に思ってしまう。
「ああ、すごい衝撃を受けるよな。立ったままだと疲れると思うから、座る準備をする。少し待っていて」
「私も手伝います」
「ラウラはゆっくり見てていいよ」
「……っ、ではお言葉に甘えて」
彼は馬の背中に乗せていた布を取ると地面に敷いた。
二人で並んで座っても余裕がありそうな大きさだ。
「一応、敷いてみたが、地面が冷えているから少し冷たく感じるな」
彼は布の上から手で触れそんなことを呟くと、中央に座った。
そして「ラウラ」と私の名前を呼んだので、彼に近づくと手をぎゅっと握られた。
「ラウラは、俺の前においで。冷えるからくっついていたほうがいい」
「……っ、はい」
少し戸惑ってしまったが素直に彼の言葉に従うと、アルフォンスの足の間に腰掛ける。
するとすぐに両脇から彼の大きな腕が伸びてきて、後ろから抱きしめられるような体勢になってしまう。
急に体が密着して、しかも体勢的に私の耳元に彼の唇があるようで、アルフォンスの吐息が聞こえてくるとドキドキしてしまう。
「背中、俺に寄り掛かっていいよ。そのほうが楽だろう」
「……でも」
「今は星を見に来たんだ。俺もそれは分かってる。多少の悪戯はするかもしれないが……」
「なっ……!」
相変わらず彼は冗談を言ってきて、私を休む暇なく翻弄させる。
自分でも反応してしまうのが良くないとは思っているのだが、勝手にそうなってしまうのだからどうしようもない。彼の冗談に慣れる日は一体いつ訪れるのだろう。
これ以上からかわれる前に、私は素直に従うことにして再び空を見上げる。
「本当に圧巻ですね……。なんか、手を伸ばせば届きそう……」
ずっと見ていると、この星空に体が吸い込まれていきそうな錯覚すら感じてしまう。
不思議な距離感に戸惑いながらも、この景色に魅了されていつまでも見ていたくなる。
私は徐に左手を伸ばしてみるが、当然星を掴めたりはしない。
そんな時だった。
「あ……!」
「どうした?」
「今、流れ星が!」
それはほんの一瞬の出来事だったので、私が声を出したあとにはもう消えていた。
「なにか、願いごとでもしたのか?」
「一瞬過ぎて忘れてました……」
私がしょんぼりと答えると、背後からクスクスとおかしそうに笑うアルフォンスの声が響いてくる。
「ラウラらしいな。だけど、またそのうち現れるだろう。これだけ星が多いのだから」
「そう、ですよね……! アルは、流れ星を見たら何をお願いしますか?」
「そうだな。ラウラの願いごとが叶いますように、と頼んでみようか」
「自分のお願いごとをしてください。そんなの、なんかもったいないです!」
こんな時にまで、私に気を遣ってくれなくてもいいのにと思ってしまう。
「もったいなくなんてないよ。ラウラの喜ぶ顔を見ることは、俺にとっては十分価値があるからな」
「もう……、そんなことばかり言って……」
こんなに密着しているというのに私の鼓動がドキドキして大きく揺れて、このままではアルフォンスに気づかれてしまうかもしれない。
「ラウラ、こういう話を知っているか?」
「え……?」
アルフォンスは徐に語り始めた。
「流れ星が流れた瞬間にキスをすれば、その二人はずっと一緒にいられるらしい」
「……っ」
随分とロマンチックの話ではあるが、なぜアルフォンスがそんなことを知っているのだろう。
もしかして、この地に伝わるおまじないの一つなのだろうか。
「試してみるか?」
「……はい」
急にこんな話をされて少し戸惑ったし恥ずかしさを感じてしまったけど、おまじないだとしても彼となら試してみたいと思った。
だから、私は素直に頷いた。
「今日はやけに素直だな。ラウラ、顔をこっちに少し傾けられるか?」
「はいっ……っん」
私が顔を横に傾けると、暗闇の中に薄っすらと浮かぶアルフォンスの瞳と目が合う。
そしてそれから暫くして唇が重なる。
外の空気に触れているせいか、彼の唇はいつもより冷たくて。
けれど、何度も角度を変えるように口づけを繰り返していると、お互いの吐息が混ざり温かさを感じられる。
それがとても心地良い。
(こんな場所でキスなんて……、でも流れ星が現れたら、ずっとアルの隣にいられる……!)
暫く目を閉じていたのだが、このままでは流れ星を探すことなんてできない。
そのため、薄っすらと瞼を上げると、すぐに彼と目が合い、ドキッとして心臓が飛び跳ねる。
次の瞬間、私の視界の先に、スーッと流れていくなにかを一瞬捉えた。
「あ……!」
私は唇を離して思わず叫んでしまう。
「流れ星、見つかった?」
「はいっ! 今、見えました! これで、私、ずっとアルと一緒にいられる……。どうしよう、すごく嬉しいです!」
まさか、本当にタイミング良く見られるなんて思ってもいなかった。
あまりにも嬉しくて気持ちが高鳴り、思わずはしゃぐように目を輝かせてしまう。
「俺の願いも叶ったようだ」
「……っ! それにしても、どうしてアルはこんなおまじないを知っていたんですか? この地では有名な話とか……?」
私は恥ずかしくなり、慌てて話題を変えようと話を逸らした。
「いや、この地でのおまじないとかではないよ。これは今さっき俺が思いついたものだから」
「え……?」
思いも寄らない返答が戻ってきて、私はきょとんとした顔を浮かべていた。
まさか、アルフォンスがこんなことを考えるなんて予想もしなかった。
「……というのは半分、正解だな。実は前に読んだ物語の本に、こういう話が出てきたから思い出して言ってみたんだ」
「ひどい! 私をからかったんですか!」
「違うよ。おまじないなんて、結局は気持ちの持ちようだろう。ラウラが今、俺の傍にいたいと思ってくれた気持ちこそが大切なんだ。もちろん、俺もラウラと同じ気持ちでいる。あまり考えたくはないが、これから先もしかしたら誤解で心がすれ違うことだってあるかもしれない。そんな時は今日のことを思い出してほしい。俺もそうするから」
今の彼の話を聞いて、アルフォンスが私に何を伝えたかったのか、わかった気がした。
この記憶は、私の思い出になるだろう。
今はからかわれたと思っていても、いつかこの思い出に救われる日がくるかもしれない。
アルフォンスとすれ違いたくなんてないけれど、これから長い時間を共に過ごしていくのであれば、そういったことにぶつかる機会は必ずやってくる。
(この気持ちをずっと持ち続けられるようにって意味なのかな……)
そんなふうに思うと、心の中が温かくなり、ますます彼への想いが強くなってしまいそうだ。
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