上 下
33 / 39
番外編 新婚旅行編

番外編・新婚旅行編④

しおりを挟む
 それから暫く馬車に揺られた後、私達は小さな街へと到着した。
 周囲は森林に囲まれているため、今まで立ち寄った街の雰囲気とは随分違う。
 どちらかといえば隠れ家と表現するべきだろうか。
 街が存在している場所は開けた地になっているが、それを囲むように背の高い木々が奥まで続いている。

(なんだか、お話の世界に迷い込んだような気分ね)

 神秘的な光景に心を奪われ、私は暫くの間感動するように周囲を見渡していた。
 アルフォンスから自然に囲まれたのどかな場所だと聞いていたから、木造の建物が並んでいるのだと想像していたが、実際はレンガ造りでしっかりとした建物ばかりだ。

「森の中なのに立派な建物なんですね」

 私が気になったことを思わず口にしてしまうと、アルフォンスは直ぐに答えてくれた。

「実はここは王家が管理している場所なんだ。もっと分かりやすくいえば、近衛騎士団の訓練施設の一つになる」
「訓練施設……? あ……、だから、こんな森の中なんですね!」

 今の彼の説明を聞き、何故こんな場所に街が存在しているのか納得出来た。

「ああ、そうだ。騎士が滞在していない間は街の人間は普通に生活をしているが、遠征が始まると食と住を提供してもらうことになる。当然、街の住人達にもメリットはある。ここでは税の徴収はないし、食料の定期調達も行っている。一応奥には畑もあるが、それだけでは足りないものもあるからな」
「そういう条件でこの地に住んで貰って、騎士様のお世話をしているんですね」

 たしかに悪い条件ではないし、理にかなっていると思った。
 見張り役として毎月交代で騎士が派遣されるため、不測の事態が起こったとしても直ぐに対処が可能だそうだ。

「そして、今ここの管理は俺が任されているんだ」
「え!? そうなのですか?」

 アルフォンスの仕事について、私はあまり知らされていない。
 突然意外な仕事の話を聞かされて、私は少し驚いた声を上げてしまう。

「ラウラ、驚きすぎだ。さすがに全ての訓練施設を俺一人で見ているわけではないぞ」
「私、アルの仕事のこと何も知らなくて……」

 彼のことは何でも知っている気になっていたけど、本当はまだ知らない部分のほうが多いのかもしれない。
 そんな風に思うと少し寂しく思えて、私は弱々しく答えてしまう。

「そんな顔をするなよ。旅行から戻って落ち着いたら少しづつ伝えるよ。ラウラにも少し仕事を手伝ってもらおうと考えているからな」
「……っ! ぜ、是非、お願いしますっ!」

 彼は柔らかく微笑みながら返してくれたので、私は嬉しそうに答えた。
 アルフォンスの役に少しでも立てるかもしれないと思うと、嬉しさが込み上げてきて胸の奥が自然と弾む。

「新婚旅行と言ったが、ラウラに俺の仕事を知ってもらいたいという意図もあったんだ。こんな話をしたら、ラウラの機嫌を損ねさせてしまうかもと心配していたが、その様子だと怒ってなさそうだな」
「それなら、最初からそう言ってくれたら良かったのに! 私はアルの傍にいれたらそれだけで満足です。仕事として来たとしても、私は怒ったりなんてしません!」

 アルフォンスがそんなことを考えていたのだと思うと、少しだけ不満を感じ、私はムッとした顔を向けた。

「すまない」
「だから、私は怒ってなんてっ……」

「そうだな。ラウラはこんなことで怒ったりはしない。分かっているよ」
「……っ」

 そんな言い方をされると、今度はどう答えて良いのか戸惑ってしまう。

「新婚旅行についてはちゃんと考えていたんだ。もう一つの行き先になるが」
「そういうことだったんですね」

「今回ここに来たのはラウラとの休暇を楽しむためだ。ラウラは見学を兼ねた旅行とでも考えておいてくれ。ここは森の中だが比較的安全な場所だから、またラウラを連れて来ることになるだろう」
「はいっ!」

 またこの地にアルフォンスと一緒に来られると思うと嬉しさが込み上げていく。

「随分嬉しそうな顔だな」
「だって、こんな素敵な場所……また来れるなんて嬉しいです!」

「この場所を気に入ったのか?」
「なんていうか、今まで見てきた風景とは全然違くって、不思議な感じがします」

 私が楽しそうに弾んだ声で答えていると、アルフォンスはふっと小さく笑い私の手を不意に掴んだ。

「とりあえず、これから滞在する館に行こうか」

 そう彼に言われて私は街の外れにある館へと連れて行かれた。
 

 ***


 公爵邸と比べたらかなり小さく感じるが、ここもレンガ造りで気品を感じる外観になっているようだ。
 落ち着きのある赤茶色のレンガがひっそりと佇み、周囲の森と調和しているようでとても魅力的に感じる。
 今日から暫くの間ここに泊まるのだと思うと、なんだかわくわくした高揚感に包まれていく。

「漸く到着したようね。お疲れさま、ラウラさん……じゃなかった、奥様!」
「え? ビアンカさん!? それに、アルバンさんもどうして!?」

 アルフォンスが館の扉を開けると、見慣れた二人が出迎えてくれた。
 そのことに私は驚きの声を上げてしまう。
 何故なら、私はここに二人がいることを何も聞かされていなかったからだ。

「実は二人には先に来てもらっていたんだ。見知った人間が傍にいたほうがラウラも気を抜けると思って」
「それはそうですが……」

 また驚かされて私は戸惑った声を上げた。
 だけど、たしかにアルフォンスの言うように二人の姿を見た瞬間、心の奥でほっと感じた気がする。
 私は人見知りというわけでは無いが、知らない人に世話をされるのは少し気が引けてしまう。

「二人共、わざわざ遠くまでありがとうございます」
「私達も久しぶりの遠出を楽しませて頂きました。ですから、奥様は余計な気を使われなくて平気ですよ」
「そうですよっ! 奥様っ!」

 二人共にっこりと微笑み『奥様』という単語を妙に強調して言ってくるため、私は次第に恥ずかしくなっていく。

「二人共、あまりラウラをからかわないでくれ。困っているぞ」
「奥様をからかっていいのは旦那様の特権ですよね。失礼いたしました」

 そんなことを口にするアルフォンスも、どこか楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
 それに同調するようにビアンカが続けると、私は耐えられなくなり「もうっ、ビアンカさんっ!」と制止させた。
 こんな状況ではあるが、私はこの雰囲気が実は結構好きだったりもする。
 
(結婚後はビアンカさんとの関係が変わるかもって少し不安だったけど、今まで通りで良かった。それにこの館の中は公爵邸みたいですごく居心地がいいな……)

 二人がここにいることに私は感謝した。

「俺達は部屋で少し休ませてもらう。お茶の用意を頼めるか? 二人もその後はゆっくりしてくれ」
「かしこまりました」

 アルフォンスの言葉で二人はお茶の準備をするため、この場から去っていった。
 残された私は再び彼に手を引かれて歩き始める。

 館の内装は落ち着きのある焦茶色を基調としていて、掃除もしっかりと行き届いているようだ。
 恐らく常駐している使用人がいるのだろう。
 室内は貴族の邸とほとんど同じで、天井には大きなシャンデリアがぶら下がり、家具はアンティークのもので揃えられている。

(素敵な旅行になりそうね……)

 私はそんな思いを膨らませながら、部屋へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

豹変したお兄様に迫られました【R18】

Rila
恋愛
■ストーリー■ 幼い頃、突然両親が事故で他界してしまい、公爵家の養子として迎えられたフィリーネ。 新しい両親からは本当の娘のように愛され、兄であるルシエルとも良い関係を築いていた。 しかし、フィリーネの婚約話が出た時から、優しくて大好きだった兄の様子がおかしくなる。 フィリーネの心の奥にはずっと秘めた想いがあり、ルシエルに迫られて、もしかして両想いなのでは!?と浮かれてしまう。 しかし、父から『ルシエルは妹を救えなかったことを未だに悔やんでいる』と聞かされる。 フィリーネに過剰な感情を向けてくるのは、亡き妹の身代わりだと思い込み、強い後悔からそれが歪んだ形に変わってしまったのではないかと説明される。 このままルシエルの傍にいればフィリーネまでおかしくなるのではないかと心配した父は、婚約を早く進めようと考えているようだが……。 絶対に手放したくないルシエルは、戸惑うフィリーネの心に何度も付け入ろうとしてきて翻弄させてくる。 今回は少しシリアス寄りの話?になるかもしれません。でも基本は多分甘々です。 強引に責められる場面が多くなる予定なので、苦手な方はご注意ください。 ***補足説明*** R18作品になります。ご注意ください。 前戯~本番※(キスや軽いスキンシップには入れていません) 更新は不定期になります。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

大好きな婚約者が浮気していました。大好きだっただけ、気持ち悪くて気持ち悪くて……後悔されても、とにかく気持ち悪いので無理です。

kieiku
恋愛
レティンシアは婚約者の浮気現場を見てしまい、悲しくて悲しくて仕方がなかった。愛しい人の腕も微笑みも、自分のものではなかったのだから。 「ま、待ってくれ! 違うんだ、誤解だ。僕が愛しているのは君だけだ、シア!」 そんなことを言われても、もう無理なのです。気持ちが悪くて仕方がないのです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※長くなりそうなので、長編に変えました。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。