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32.胸に貯めていた思い
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レオンとの甘い時間も終わり、私達は王都から王宮へと向かった。
王宮に着くと私達が来ることは事前に伝わっていた為、入り口には父の姿があり、それに気付くと私の足が止まってしまった。
「ニナ、大丈夫か…?」
「は、はいっ…」
戸惑っている私に気付いたレオンは、心配そうな顔で声を掛けて来てくれた。
私は小さく頷くと、再びゆっくりとした歩調で父のいる方へと歩き出した。
すぐ隣にはレオンがいて、私の手を握っていてくれた。
(もう後戻りは出来ないよね…。話すって決めたのは私なんだから、しっかりしなきゃっ…)
私は覚悟を決めると、父の方に視線を向けた。
「遠い所からわざわざ出向いて頂き、感謝致します」
私達が父の前まで移動すると、父は深々と頭を下げて挨拶をしていた。
この前見た時も感じたが、久しぶりに見る父は私の知っていた頃から2年しか経っていないのに、随分老けてやせ細っている様に見えた。
屋敷に帰れない位忙しく毎日激務に追われいる所為なのだろうか、と勝手に想像していた。
「レオンハルト殿下、先日は何の連絡も無しにあんな行動をしてしまい、申し訳ありませんでした…」
「いや、俺の事は気にしなくていい。それよりも早く話がしたい…」
私は父と目が合うと、動揺して直ぐに逸らしてしまった。
そんな私の態度を感じて父は何処か寂しそうな表情を見せるも、先日のことについてレオンに謝っていた。
恐らくあの時は、レオンがこの国の王子である事を父は知らなかったのかもしれない。
「はい、ではこちらへ…」
「ニナ…、行こうか」
父が先頭を歩き、私はレオンの手をぎゅっと握りながら、その後を追うようにゆっくりと廊下を歩いて行く。
王宮の内部は全てが立派で圧倒されたが、今の私にはそんな物を観賞する余裕は無かった。
先程から心臓がバクバクとうるさい程に鳴っていて、収まる気配は無い。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
私は顔を上げてレオンの方に視線を向けると、そんな私の視線に気付いたレオンと視線が合う。
そして私の心の内を知ってか、レオンは優しく微笑んでくれた。
まるで『大丈夫』とその瞳が言っている様に見えて、少しだけ安心した。
長い廊下を歩いていると、少し先を歩いていた父の足が止まり、横にある部屋の扉を開いた。
「こちらの部屋になります…」
「ああ…」
***
部屋の中に入ると中央には大きなテーブルとソファーが置かれていた。
室内にはいくつもの大きな窓があるせいか、陽の光が差し込みとても明るい。
私とレオンは並んで座り、テーブルを挟んで反対側のソファーに父が一人で腰掛けた。
この部屋に入った瞬間、急に心臓がバクバクと鳴りだし緊張で頭の中が真っ白になっていた。
伝えたい事を沢山考えていたのに、そんなことは頭の中から全て吹き飛んでいた。
(どうしようっ……緊張し過ぎて何も考えられなくなってきた…)
私が俯いていると、レオンは私の手の上から重ねる様に掌を乗せた。
レオンの温もりを感じると、少しだけ我を取り戻すことが出来た気がする。
「早速だが、先日はどういった理由でニナに会いに来たのか聞いても構わないか?」
「――はい」
レオンは話せない私の代わりに、話を進めてくれた。
その言葉を聞いた父は表情を暗くさせて、小さく頷いた。
「私は…もっと早くにニナを、娘を迎えに行こうと思っていました。ですが、今までの自分の行いを考えると会いに行く勇気が無かったんです。私はニナには何もしてやらなかった。ずっと避ける事ばかりを考えていました…」
父は何を考えているのかは分からないが、沈痛な面持ちをしている様に見えた。
何故そんな表情を見せるのか私には分からなかった。
「俺はニナからある程度の事情は聞いている。今までニナに対して無関心を貫き通していた癖に、どうして今になって迎えに行こうと思ったんだ?ニナの事が邪魔だと思っているのであれば、屋敷を追い出した時に籍を抜くことも可能だっただろう?それとも、今になって父親面でもするつもりか?」
レオンは鋭い視線を父に向けて、厳しい言葉を並べていく。
まるで私が言えなかった事を代弁してくれているかのように…。
「それはっ…!確かに…私は酷い父親です。ですが、ニナは私の娘だ…、妻と私の…たった一人の…」
一瞬言葉を詰まらせた父だったが、声を押し殺す様に小さく呟いた。
その声は何処か悲痛な叫びの様に聞こえていたが、私は不思議で仕方なかった。
あんなにも私を嫌って、避けていた父の口からそんな言葉が出て来るなんて思ってもみなかった。
それと同時に激しい怒りが込み上げて来た。
「私が…今までどんな気持ちでいたのか、お父様には分かりますか?いつもいらない人間だと目で訴える様に睨まれ、距離を置かれて…。今更、良い人ぶるのは止めてくださいっ…!不愉快ですっ…」
我慢しきれなくなった私は、声を震わせながらゆっくりと言葉に出して伝えていた。
今までずっと胸の奥に貯め込んでいた気持ちであり、こんなものでは到底収まるはずも無かった。
言葉に出し始めると、それに比例する様に感情が次々に溢れて来る。
「私は、ニナが…妻を奪ったニナがずっと憎かった。ニナさえ生まれなければ、妻はまだこの世界にいたのかもしれない。そう思うと堪らない気持ちになるんだ。だけど、ニナが成長して行くに連れてどんどん妻の姿に似て来て…私は正直どうして良いのか分からなかった。ニナを見る度に妻の事を思い出して辛くなるし、戸惑いから避けることしか思い浮かばなかったんだ…」
「……やっぱり、私のこと…嫌いだったんですね」
父の口から直接『憎い』と聞かされると、心が痛くなった。
気を抜くと泣いてしまいそうになったが、私はぎゅっと手を握りしめ耐えていた。
こんな人に涙を見せるなんて悔しいと思ったからだ。
(やっぱり私の事、憎んでいたんだ…。分かってはいたけど、はっきり言われるとくるなぁ…)
「……違う!憎んではいたが…、ニナの事を嫌いだと思ったことはない。嫌いになんてなれなかった。ニナは妻が最後に残してくれた宝物だ…、そんな大切な物を嫌いになんて…なれるはずがない…」
「…そんなにお母様が好きなら、どうして再婚なんてしたんですか?」
私が父を睨みつける様に問い詰めると、父は苦しそうに顔を歪めた。
「ニナには、ずっと寂しい思いをさせてしまって申し訳ないと思っていた。だけど今更ニナにどう接して良いものか分からなかった。新しい家族が増えれば、ニナも幸せになるんじゃないかと考えていた時に、再婚の話が持ち上がったんだ。だけど、あの女は私の前では猫を被っていて本性を見抜けなかった…!私は妻以外はどの女でも同じにしか思っていなかったから、再婚を簡単に決め過ぎてしまった。私の落ち度で…結局ニナをあんなにひどい目に遭わせてしまって…本当に申し訳なく思っている…」
父は悔しそうに言い終えると、私に向けて深く頭を下げて来た。
「執事から私がどんな扱いをされていたのか聞いて知っていたんでしょ?それなのにっ…、何もしてくれなかった。見て見ぬふりをしていたことには変わりないよ…そんなのっ…」
「…言い訳にはなるが…その頃は本当に仕事が忙しくて、執事との連絡も手紙が主だった。あの女に小言を言われたり、その連れ子に我儘を言われて…ニナが振り回されてるだけなのかと…思っていた。そんな深刻なな状態になっているとは思わなかったんだ…」
「それって…私に対して、まるで関心が無いって言っている様なものだね…」
父にとって私の存在は、その程度のものだったのだとはっきりと分かった。
こんなの言い訳にもならない。
回りくどい言い方をしているだけで、関心が無いと自ら言っている。
私に興味が無いから、どうでもいいから放っておいたのだろう。
「そんなことはないっ…!ニナが屋敷から追い出されたと聞いた時は本当に驚いた。仕事を途中で抜けて直ぐに屋敷に戻ったんだ。そしてあの女とその愛人だった執事を追い出す為に、執事長が掴んでいた証拠を突き付けた。勿論ニナの事も直ぐに探した…!隣り街だったからすぐにニナを見つけることは出来たが…、会いに行く勇気が無かった。私はニナには何もして来なかったから…。本当にすまなかった」
父の話を聞いていると、怒りを通り越して呆れて来てしまう。
本当にこの人は何もしなかった、何もしようとしなかった。
それなのに取ってつけた様な言い訳ばかりを並べて、まるで自分は何かしようとしていたとでも言いたげに話している姿に腹が立つ。
「今更謝られても、もう遅いです」
私は冷めきった声で答えた。
呆れすぎて、怒る事すら馬鹿らしく思えて来てしまう。
「そう…だよな。分かっている。だけど、ニナ…私はもうニナを避けたりはしない、ちゃんと向き合いたいんだ。娘として…。今までニナに酷い事をしてしまった罪は消えないが、今からでも…償わせるチャンスを与えてはくれないか?それを言うのに2年もかかってしまったが…。私はニナの父親として、これからもニナを見守っていたいんだ…」
父は縋るような瞳で私の事を見つめていた。
目元には涙らしきものが薄らと滲んでいる様にも見えた。
そんな弱弱しい父の姿を見ても、私は何の感情も抱くことは無かった。
「お父様…って呼ぶのも今日で最後にしたいと思います…」
「……?」
「私の事は死んだとでも思ってください。結局お父様は、私が大切なのではなくお母様の面影を私に重ねているから、傍に置いておきたいだけですよね?もう、そういうのうんざりなんです。私、あの家を出てから毎日が楽しくて、心から幸せだって思えるようになったんです。あの家にいると、それだけ息が詰まりそうだった。私には誰も味方なんていなかった」
私は侮蔑を込めた瞳を父に向けていた。
父はそんな私の顔を見て、悔しそうな表情を浮かべていた。
唇を噛み締めて、まるで後悔でもしている様に。
「私の事を少しでも大切に思ってくれているのなら、縁を切ることを許してください。それが私の幸せに繋がることなので…。お願いしますっ…、もう私を解放してください…」
私ははっきりとした口調で言いきると、頭を深く下げた。
父は絶望しきった顔で、何も言わず黙っていた。
「ニナの事は心配しなくていい。俺が絶対にニナを幸せにすると約束する…」
ずっと黙っていたレオンが隣で静かにそう答えた。
それでも父は何も言わなかった。
この重苦しい部屋から早く出たいと思っていたら、レオンが私の方に顔を傾けた。
「ニナ、行こうか…」
「……はい」
レオンは私の手を取り立ち上がると、私は再度固まっている父に向けて深々と頭を下げた。
「お元気で…。さようなら、お父様…」
私がそう告げた瞬間、父の目からは涙が溢れていた。
私はそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
王宮に着くと私達が来ることは事前に伝わっていた為、入り口には父の姿があり、それに気付くと私の足が止まってしまった。
「ニナ、大丈夫か…?」
「は、はいっ…」
戸惑っている私に気付いたレオンは、心配そうな顔で声を掛けて来てくれた。
私は小さく頷くと、再びゆっくりとした歩調で父のいる方へと歩き出した。
すぐ隣にはレオンがいて、私の手を握っていてくれた。
(もう後戻りは出来ないよね…。話すって決めたのは私なんだから、しっかりしなきゃっ…)
私は覚悟を決めると、父の方に視線を向けた。
「遠い所からわざわざ出向いて頂き、感謝致します」
私達が父の前まで移動すると、父は深々と頭を下げて挨拶をしていた。
この前見た時も感じたが、久しぶりに見る父は私の知っていた頃から2年しか経っていないのに、随分老けてやせ細っている様に見えた。
屋敷に帰れない位忙しく毎日激務に追われいる所為なのだろうか、と勝手に想像していた。
「レオンハルト殿下、先日は何の連絡も無しにあんな行動をしてしまい、申し訳ありませんでした…」
「いや、俺の事は気にしなくていい。それよりも早く話がしたい…」
私は父と目が合うと、動揺して直ぐに逸らしてしまった。
そんな私の態度を感じて父は何処か寂しそうな表情を見せるも、先日のことについてレオンに謝っていた。
恐らくあの時は、レオンがこの国の王子である事を父は知らなかったのかもしれない。
「はい、ではこちらへ…」
「ニナ…、行こうか」
父が先頭を歩き、私はレオンの手をぎゅっと握りながら、その後を追うようにゆっくりと廊下を歩いて行く。
王宮の内部は全てが立派で圧倒されたが、今の私にはそんな物を観賞する余裕は無かった。
先程から心臓がバクバクとうるさい程に鳴っていて、収まる気配は無い。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
私は顔を上げてレオンの方に視線を向けると、そんな私の視線に気付いたレオンと視線が合う。
そして私の心の内を知ってか、レオンは優しく微笑んでくれた。
まるで『大丈夫』とその瞳が言っている様に見えて、少しだけ安心した。
長い廊下を歩いていると、少し先を歩いていた父の足が止まり、横にある部屋の扉を開いた。
「こちらの部屋になります…」
「ああ…」
***
部屋の中に入ると中央には大きなテーブルとソファーが置かれていた。
室内にはいくつもの大きな窓があるせいか、陽の光が差し込みとても明るい。
私とレオンは並んで座り、テーブルを挟んで反対側のソファーに父が一人で腰掛けた。
この部屋に入った瞬間、急に心臓がバクバクと鳴りだし緊張で頭の中が真っ白になっていた。
伝えたい事を沢山考えていたのに、そんなことは頭の中から全て吹き飛んでいた。
(どうしようっ……緊張し過ぎて何も考えられなくなってきた…)
私が俯いていると、レオンは私の手の上から重ねる様に掌を乗せた。
レオンの温もりを感じると、少しだけ我を取り戻すことが出来た気がする。
「早速だが、先日はどういった理由でニナに会いに来たのか聞いても構わないか?」
「――はい」
レオンは話せない私の代わりに、話を進めてくれた。
その言葉を聞いた父は表情を暗くさせて、小さく頷いた。
「私は…もっと早くにニナを、娘を迎えに行こうと思っていました。ですが、今までの自分の行いを考えると会いに行く勇気が無かったんです。私はニナには何もしてやらなかった。ずっと避ける事ばかりを考えていました…」
父は何を考えているのかは分からないが、沈痛な面持ちをしている様に見えた。
何故そんな表情を見せるのか私には分からなかった。
「俺はニナからある程度の事情は聞いている。今までニナに対して無関心を貫き通していた癖に、どうして今になって迎えに行こうと思ったんだ?ニナの事が邪魔だと思っているのであれば、屋敷を追い出した時に籍を抜くことも可能だっただろう?それとも、今になって父親面でもするつもりか?」
レオンは鋭い視線を父に向けて、厳しい言葉を並べていく。
まるで私が言えなかった事を代弁してくれているかのように…。
「それはっ…!確かに…私は酷い父親です。ですが、ニナは私の娘だ…、妻と私の…たった一人の…」
一瞬言葉を詰まらせた父だったが、声を押し殺す様に小さく呟いた。
その声は何処か悲痛な叫びの様に聞こえていたが、私は不思議で仕方なかった。
あんなにも私を嫌って、避けていた父の口からそんな言葉が出て来るなんて思ってもみなかった。
それと同時に激しい怒りが込み上げて来た。
「私が…今までどんな気持ちでいたのか、お父様には分かりますか?いつもいらない人間だと目で訴える様に睨まれ、距離を置かれて…。今更、良い人ぶるのは止めてくださいっ…!不愉快ですっ…」
我慢しきれなくなった私は、声を震わせながらゆっくりと言葉に出して伝えていた。
今までずっと胸の奥に貯め込んでいた気持ちであり、こんなものでは到底収まるはずも無かった。
言葉に出し始めると、それに比例する様に感情が次々に溢れて来る。
「私は、ニナが…妻を奪ったニナがずっと憎かった。ニナさえ生まれなければ、妻はまだこの世界にいたのかもしれない。そう思うと堪らない気持ちになるんだ。だけど、ニナが成長して行くに連れてどんどん妻の姿に似て来て…私は正直どうして良いのか分からなかった。ニナを見る度に妻の事を思い出して辛くなるし、戸惑いから避けることしか思い浮かばなかったんだ…」
「……やっぱり、私のこと…嫌いだったんですね」
父の口から直接『憎い』と聞かされると、心が痛くなった。
気を抜くと泣いてしまいそうになったが、私はぎゅっと手を握りしめ耐えていた。
こんな人に涙を見せるなんて悔しいと思ったからだ。
(やっぱり私の事、憎んでいたんだ…。分かってはいたけど、はっきり言われるとくるなぁ…)
「……違う!憎んではいたが…、ニナの事を嫌いだと思ったことはない。嫌いになんてなれなかった。ニナは妻が最後に残してくれた宝物だ…、そんな大切な物を嫌いになんて…なれるはずがない…」
「…そんなにお母様が好きなら、どうして再婚なんてしたんですか?」
私が父を睨みつける様に問い詰めると、父は苦しそうに顔を歪めた。
「ニナには、ずっと寂しい思いをさせてしまって申し訳ないと思っていた。だけど今更ニナにどう接して良いものか分からなかった。新しい家族が増えれば、ニナも幸せになるんじゃないかと考えていた時に、再婚の話が持ち上がったんだ。だけど、あの女は私の前では猫を被っていて本性を見抜けなかった…!私は妻以外はどの女でも同じにしか思っていなかったから、再婚を簡単に決め過ぎてしまった。私の落ち度で…結局ニナをあんなにひどい目に遭わせてしまって…本当に申し訳なく思っている…」
父は悔しそうに言い終えると、私に向けて深く頭を下げて来た。
「執事から私がどんな扱いをされていたのか聞いて知っていたんでしょ?それなのにっ…、何もしてくれなかった。見て見ぬふりをしていたことには変わりないよ…そんなのっ…」
「…言い訳にはなるが…その頃は本当に仕事が忙しくて、執事との連絡も手紙が主だった。あの女に小言を言われたり、その連れ子に我儘を言われて…ニナが振り回されてるだけなのかと…思っていた。そんな深刻なな状態になっているとは思わなかったんだ…」
「それって…私に対して、まるで関心が無いって言っている様なものだね…」
父にとって私の存在は、その程度のものだったのだとはっきりと分かった。
こんなの言い訳にもならない。
回りくどい言い方をしているだけで、関心が無いと自ら言っている。
私に興味が無いから、どうでもいいから放っておいたのだろう。
「そんなことはないっ…!ニナが屋敷から追い出されたと聞いた時は本当に驚いた。仕事を途中で抜けて直ぐに屋敷に戻ったんだ。そしてあの女とその愛人だった執事を追い出す為に、執事長が掴んでいた証拠を突き付けた。勿論ニナの事も直ぐに探した…!隣り街だったからすぐにニナを見つけることは出来たが…、会いに行く勇気が無かった。私はニナには何もして来なかったから…。本当にすまなかった」
父の話を聞いていると、怒りを通り越して呆れて来てしまう。
本当にこの人は何もしなかった、何もしようとしなかった。
それなのに取ってつけた様な言い訳ばかりを並べて、まるで自分は何かしようとしていたとでも言いたげに話している姿に腹が立つ。
「今更謝られても、もう遅いです」
私は冷めきった声で答えた。
呆れすぎて、怒る事すら馬鹿らしく思えて来てしまう。
「そう…だよな。分かっている。だけど、ニナ…私はもうニナを避けたりはしない、ちゃんと向き合いたいんだ。娘として…。今までニナに酷い事をしてしまった罪は消えないが、今からでも…償わせるチャンスを与えてはくれないか?それを言うのに2年もかかってしまったが…。私はニナの父親として、これからもニナを見守っていたいんだ…」
父は縋るような瞳で私の事を見つめていた。
目元には涙らしきものが薄らと滲んでいる様にも見えた。
そんな弱弱しい父の姿を見ても、私は何の感情も抱くことは無かった。
「お父様…って呼ぶのも今日で最後にしたいと思います…」
「……?」
「私の事は死んだとでも思ってください。結局お父様は、私が大切なのではなくお母様の面影を私に重ねているから、傍に置いておきたいだけですよね?もう、そういうのうんざりなんです。私、あの家を出てから毎日が楽しくて、心から幸せだって思えるようになったんです。あの家にいると、それだけ息が詰まりそうだった。私には誰も味方なんていなかった」
私は侮蔑を込めた瞳を父に向けていた。
父はそんな私の顔を見て、悔しそうな表情を浮かべていた。
唇を噛み締めて、まるで後悔でもしている様に。
「私の事を少しでも大切に思ってくれているのなら、縁を切ることを許してください。それが私の幸せに繋がることなので…。お願いしますっ…、もう私を解放してください…」
私ははっきりとした口調で言いきると、頭を深く下げた。
父は絶望しきった顔で、何も言わず黙っていた。
「ニナの事は心配しなくていい。俺が絶対にニナを幸せにすると約束する…」
ずっと黙っていたレオンが隣で静かにそう答えた。
それでも父は何も言わなかった。
この重苦しい部屋から早く出たいと思っていたら、レオンが私の方に顔を傾けた。
「ニナ、行こうか…」
「……はい」
レオンは私の手を取り立ち上がると、私は再度固まっている父に向けて深々と頭を下げた。
「お元気で…。さようなら、お父様…」
私がそう告げた瞬間、父の目からは涙が溢れていた。
私はそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
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