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21.卑怯者 -ジルside-

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「ジル、自分がどれだけ身勝手な事をしているか…分かってる?」

 僕の事を軽蔑する様な瞳で見つめているのは、幼馴染のリーズだった。

 リーズはこの街で一番力を持つ商人の娘で、同じ道を志していた事もあり、幼い頃から良く一緒にいた。
 商業について色々と教えてくれたのもリーズだった。

 僕がエステン家の後継者に決まり、店を任せられることに不安を感じていたら、リーズが手伝ってくれると言ってくれた。
 リーズの力を借りたおかげで、店は成功していると言っても過言ではない。


「……そんなこと、分かってる」

 僕は声を押し殺す様に小さく呟いた。

「ジル、貴方はニナちゃんではなく、他の女性を選んだのでしょ?まさかニナちゃんを愛人にでもするつもり?」
「違うっ…!ニナに会って…あの時の感情を取り戻したんだ。ニナが…僕以外の男のものになると考えたら、気持ちが抑えきれなくなった」

 リーズは変わらず冷たい視線を僕に向けていた。
 それは僕のしたことを考えれば当然の事だとは思うが、リーズにそんな顔で見られていると思うと胸が痛んだ。

「それなら、婚約している女性とはきっぱり縁を切れるの?」
「ニナが、僕を選んでくれたら…そうするつもりだ」

 僕が弱弱しく答えると、リーズは盛大にため息を漏らした。

「ジル、いつからそんなに腐りきった男になったの?ニナちゃんに選ばれなければ、その人と結婚するつもりなの?それってニナちゃんにも、その婚約者さんにも失礼だとは思わないの?本気でニナちゃんの事を思っているのであれば、気持ちを伝える前にまずはその婚約者さんとの関係をきっちり清算するのが先でしょ。どっちつかずの状態で取り合えず気持ちを伝えて、駄目だったらこっちにするとか…そういう考え方、ずるくて最低よ」
「……っ…、伯爵には…世話になったんだ。だから簡単には裏切る事なんて出来ない……」

 僕は拳を強く握り、苦しそうに顔を歪めた。

 僕だってこんな事にならなければ、ニナだけを見て、ニナと結婚するつもりだった。
 本当に愛していたんだ…、ニナのこと。

 だけど記憶が曖昧になって、不安を感じている時に彼女がずっと傍にいて優しくしてくれた。
 だから僕は心が揺らいでしまった。
 それに、その時はニナの存在が僕の心から消えてしまっていたから…。

(これは仕方がない事なんだ…)

「そんなに簡単に諦めてる時点で、ジルにとってのニナちゃんへの思いはその程度だったって事よ。だったら諦めた方が良い。ジルがいなくなったこの1年、ニナちゃんがどんな思いで待っていたか考えたことある?その間ジルはその婚約者さんと仲良く過ごしていたんでしょ?記憶が無かったとはいえ、ニナちゃんを裏切った事には変わりはないのよ。それで記憶が戻って、ニナちゃんまで強引に手に入れようとするなんて都合が良すぎ。自分の事しか考えて無い…ただの最低男クズよ」

 リーズに裏切ったと言われて、心が痛んだ。

 僕がニナの事を裏切ったのは事実だ。
 だからその間にニナが僕以外の男を好きになったとしても、僕には責める資格なんて無いのも分かっていた。
 リーズが言ってる事が正論だったって事も分かっているんだ…。

 ここに来るまで、ニナにはなんて言葉を掛けて謝ろうかとずっと考えていた。
 ニナに会うまでは、彼女との人生を歩んでいこうと決めていたはずなのに…。

 それなのに…、ニナの顔を見た途端あの時の感情が胸の奥に蘇って来た。
 そして自分がどれだけニナの事を思っていたのか、思い知らされた。

 だけど、もう全てが遅すぎる事も分かっている。
 俺は彼女を選んで、ニナはあの男を選んだ。

「はは…クズか…。リーズははっきり言うね…。だけど、本当にその通りだよ。僕は最低な男だ」

 力なく笑って、ただ虚しさを感じていた。

(僕がしようとしたことはニナも、彼女も傷つけているんだよな…)

「ジル、しっかりして。ニナちゃんの事もそうだけど、この店の事もどうするの?弟に後継者を変えるの?」
「……ああ、そうなるだろうね。僕は彼女と結婚したら伯爵家に婿入りする事になるからね」

 僕が静かに答えると、リーズは「そう」とだけ呟いた。

「ちゃんと引継ぎはするから安心してくれていい。リーズ、僕が居なくなっても弟の補佐をしてくれると助かるよ」
「当然よ。この店は私の店でもあるのよ。絶対に潰したりなんてしないから、余計な気は遣わなくていいわ」

 リーズの返事を聞いて僕はほっとして「ありがとう」と伝えた。

(リーズがいれば店の事は安心だな)

「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。やる事が沢山残っているからね…」

 僕が挨拶をして出て行こうとすると、リーズに「ジル」と名前を呼ばれて振り返った。

「結構酷い事言っちゃったけど、私はジルの幸せを願ってるわ。それと…生きて帰って来てくれてありがとう…」

 薄っすらとリーズの瞳が曇っている様に見えて、胸が熱くなった。
 今回のことで僕は沢山の人に心配をかけてしまったのだろう。

「礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう…。これ以上リーズに最低だと思われない様に、僕もこれから頑張るよ…」

(やるべきことか…。確かにそうだな、リーズの言う通りだ。僕はどうかしていた…)

 リーズの言葉を聞いて僕は我を取り戻した。
 ニナの首筋に付けられた痕を見て、嫉妬でおかしくなってしまった。
 そんな自分が今思うと、とても恥ずかしく思える。

 だけど僕は決心した。
 弟に店の権利を渡して、引継ぎを終えたらすぐにでも隣国に戻ろう。
 そして全て事情を話して、伯爵にも彼女にも心から謝罪しよう。

 全てが片付いたら、再びにこの地に戻ってくる為に…。
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