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28.過去の真実①

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「フィー、まだほとんど話してないよ? それなのに、もうこんなに動揺したような顔を見せて……」
「だ、大丈夫です」

 彼の大きな掌が私の顔へと伸びてきて、両頬を包むように優しく触れる。

「本当に?」
「は、はいっ! 続けてください」

 今の私の顔は誰が見ても分かるほど、狼狽えているように映っているのかもしれない。
 私がこの話に触れるのに相当勇気がいったように、彼も自分の過去を人に話すことに同様の覚悟があるのだろう。
 だかからこそ、私は正面からそれを受け止めなければならないと思っている。
 ルシエルが私のことを信じて話す決心をしてくれたのだから。

(しっかりしなきゃ……。今はお兄様の話に集中しよう!)

 私は彼の掌を両手で引き剥がす。
 完全に動揺を打ち消せたわけではないが、私は真っ直ぐにルシエルの瞳を見つめ彼の話をしっかりと聞くことにした。

「僕たちは双子として生まれたから、幼い頃から常に傍にいた。何をするのも一緒で、周囲からは本当に仲の良い兄妹だと思われていたと思う。だけど、昔の僕は少し臆病なところがあったから、妹に引っ張ってもらっているような部分は多かった気がする」

 ルシエルが臆病だったなんて、私には全然想像が出来ない。
 私の知っている彼は何でも出来て、優しくて頼れる自慢の兄そのものだし、父にだって自分の意思を素直にぶつけられる強い人間だ。
 彼が変わったのは、アイリーンの死が関わっているのだろうか。

「けれど、妹は少し異常だった」
「異常……?」
 
 私は不思議そうに顔を傾けた。

「双子であることを特別視しすぎていて、ふたりでひとつなのだから常に傍にいなければならないとか、理解し合えるからこそお互いが一番でなければならないと良く言っていたよ。あの頃は僕もまだ幼かったし、深く考えたことはなかったけどね。誰よりも仲良かった妹にそんなふうに言われて、素直に嬉しいと思うだけだった。だけど、あの事件が起こる半年前くらい前から妹の態度が激的に変わったんだ」

 ルシエルは目を細め、静かな声で言った。
 彼の表情と声から、一気に室内の空気が重くなるのを感じる。
 肌に緊迫した空気が触れ、緊張から私の心拍数も徐々に上がっていく。

「僕は公爵家の嫡男だ。いずれはこの家を継承しなくてはならない義務がある。当時まだ四歳ではあったけど、僕に婚約の話が突然持ち上がった。フィーも理解していると思うけど、貴族の婚姻は政略的な目的で結ばれることのほうが多い。早いものだと生まれる前にすでに婚約者を決められるなんて話も、決して珍しくはないんだ」
「…………」

 私が戸惑った顔を滲ませると、ルシエルはふわりと小さく笑った。

「安心して。僕たちの子にはそんなことをさせるつもりはないからね」
「……っ!!」

 真剣な話をしているというのに、この人は一体何を言い出すのだろうと思ってしまった。
 けれど、こんな時でさえも、私の緊張を解そうと冗談を言う姿に彼らしさを感じる。
 そして私は、そういうルシエルが結構好きだったりもする。

「本題に戻るよ。その相手なんだけど、驚くことにこの国の王女殿下だったんだ」
「王女様と……? それって断れないんじゃ……」

 彼に今婚約者がいないことを考えれば、この話が流れたことはすぐに理解出来た。
 けれど、少しだけ胸の奥がもやもやとしてしまう。
 ルシエルは王族とも婚約が出来てしまうと、知ってしまったからだろう。

「正確には年齢が近かったために、候補の一人に上がっただけだったんだけどね。その頃、隣国の使者がこの国に視察に来ていて、そこに今の王太子殿下が同行していたそうだよ。こんな話をしたら察しがつくとは思うけど、この時の出会いをきっかけにして、二人の婚約が決まったらしい」
「それって、運命の出会いってやつですか! なんか、すごく素敵ですねっ!」

 貴族世界の中で恋愛結婚なんて、ごく一部なのだろう。
 まるで本の中に出てくるロマンス小説のような内容に、私はすごく感動してしまった。

「ふふっ、フィーは運命を信じるタイプなの?」
「え? そう、なのかな。でも、あったらすごく素敵だと思いますっ!」

 私が勢いよく答えると彼は「そっか」と言って、どこか満足そうな顔を浮かべていた。
 きっと、彼も運命を信じるタイプなのだろう。その時はそんなふうに思った。

「また少し話がそれてしまったね」
「あっ、ごめんなさいっ……」

 私が余計なことを言ってしまったせいで、中々話が進まなくなっていることを反省した。

「謝らないで。フィーのおかげで僕もほっと出来て感謝しているくらいだよ。だけど、このままじゃ中々話が進まないから、一気に話してしまうね。少しだけ我慢していてくれる?」
 
 いつもの穏やかなルシエルに戻っていて、私は安堵していた。
 私が小さく頷くと、彼は再び話を始める。

「婚約の話はそのまま流れたけど、それが確定したのはあの事件の後だった。妹は僕の婚約をひどく反対していた。だけど相手は王家である以上、こちらから断ることは難しい。両親は妹に何度も説明していたようだけど、当の本人は全く受け入れる様子などなさそうで二人共困りきっていたよ」

 きっと、アイリーンは兄を奪われてしまうのが寂しかったのはないだろうか。
 まだ四歳であるならば、大人の事情なんて理解出来なくて当然だとも思う。

「それから妹は感情的になることが増え、癇癪を起こしたり、物や人に当たることが多くなった。気に入らないことが少しでもあれば怒鳴り、使用人を何人も辞めさせた」
「でも、まだ四歳ですよね?」

「フィーは四歳の幼い令嬢に、使用人を辞めさせる権限があるのかって聞きたいのかな?」

 私はその問いに小さく頷く。

「出来るよ。妹は幼くても公爵家の人間であることには変わらない。そして使用人の殆どは貴族ではなく平民出身だ」
「あ……」

 私は元平民であるが、この十五年公爵家の娘として育てられたことで、すっかり忘れていた。
 平民は絶対に貴族様に逆らってはいけないと、幼かった頃から頭に刷り込まれていたことを思い出す。

「でも、お父様たちが止めたら……」
「ああ、当然止めてたよ。有能な使用人を失うことは公爵家にとっても痛手だからね。だからある日、使用人皆を集めて、妹の言葉には従わなくていい。何かあれば遠慮なく相談するようにと父上自ら話していた」

 その話を聞いて私はほっとしていた。
 父が今も昔も変わらず使用人を大切に思っていることが嬉しかった。
 
「それじゃあ、使用人の皆さんは辞めずに済んだんですね」
「いや、そのことでさらに状況は悪化してしまったんだ」

「どうして……?」
「父上が自分の娘よりも、使用人を味方したことが許せなかったんだろう。辞めない人間にはとことん嫌がらせを続けて、自ら出て行くように仕向けた。父上も母上も何度も注意をしていたけど、自分の娘ゆえに強くは言えなかったんじゃないかな。まだ幼かったから尚更ね」

 ルシエルは続けて「僕への当てつけのつもりだったんだろうな」と困ったように深いため息を吐いた。
 どうやらアイリーンに目を付けられた使用人というのは、ほとんどがルシエルの傍についていた者だったようだ。
 彼の意思で決まったことではないとはいえ、当時ルシエルは婚約に対して否定的ではなかったそうだ。
 幼いなりに、自分の行く末が分かっていたのだろう。抵抗しても意味がないことも。

(貴族の嫡男って大変なんだな……)

「その頃から、妹は僕に対しても敵意を向けるようになった」
「え?」

「勝手に僕の部屋に忍び込んで大切な物を隠したり、何かあればすぐに父上に告げ口をするようになったんだ。父上も事情を知っていたから、それで咎められるようなことはなかったけどね。それで僕が『どうしてこんなことをするの?』と聞くと、妹は笑いながら迷うことなく言ったんだ。全て僕のためにやっているのだと」
「嫌がらせを……? なんで……」

 私は唇を震わせ、擦れたような声で呟いた。
 酷いという怒りの感情と、そこまでする執念さに恐怖心を煽られる。

「裏切った僕への復讐なんだろうなと、当時は思っていたよ。そんなことが続いたある日、僕の世話係が階段から落ちて大怪我を負ったんだ」
「……っ!」

「幸い命に別状はなかったけど、全身打撲と手足の骨折で仕事が出来なくなってしまった。そのことでやむなく仕事を辞めることに。結局、妹がやったという確証はなく、事故だったということになってしまった」
「そんなっ……」

 一歩間違えれば命に関わっていたかもしれないはずだ。
 その場を目撃している人間は誰もいなかったのだろうか。
 もしくはいたとしても真実を語ることが出来なかったのかもしれない。

(酷すぎる……)

 理不尽な話を聞き、私は掌をぎゅっと握りしめた。

「そんなことが起こってしまい、さすがにこのままでは僕の身も危ないと案じた父上は、王都にあるこの邸に僕を避難させることにした。静かに準備を進めて、妹に気づかれないように深夜に領地を出発をして。母上だけに妹を任せることは出来ないからと、僕一人でここにやって来たんだ。当然、従者は数人いたけどね」
「そんなに大変なことがあったんですね……」

 信じられない話を次々に聞かされて、私は今も戸惑ったままでいる。
 今の話を聞いた後なら、彼が言った『嫌な過去』について納得も出来る。
 大好きだった妹にこんな仕打ちをされて、傷つかないはずがない。
 そんなふうに思うと、居ても立っても居られなくなり、私はルシエルをぎゅっと抱きしめていた。

「フィー?」
「……っ」

 何か安心させるような言葉を口にすべきなのは分かっていたが、軽々しく聞こえてしまいそうで言えなかった。
 だけど、私の気持ちは彼に伝わっていたようだ。

「もしかして、慰めてくれているの? フィーは優しいね。僕なら大丈夫だよ。だけど、ありがとう」

 彼は柔らかい声で答えると、今度は私のことを包むように優しく受け止めてくれた。
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