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18.動揺

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「詳しい状況が分からない以上、ここにいても意味はないね。とりあえず一度部屋に戻ろうか」
「……はい」
 
 穏やかな声で彼にそう言われて、私は戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。
 きっと、私よりもルシエルのほうが困惑は大きいのだろう。
 それなのに何事もなかったかのように振る舞う彼の姿を見て、やっぱりすごいなと感じてしまう。

「フィー、一度ここで解散しようか。今日は歩き付かれて疲れていると思うし、少し休んでおいで」
「そうですね。お兄様も……」

 私が言葉を返すと、彼は「ああ、僕も少し休ませてもらうことにするよ」と言ってきたので、少しだけほっとした。
 そして私達はここで解散となり、一人自室へと戻って行く。


 ***


 自室の扉を開けると、私は迷うことなくベッドのほうへとスタスタと歩き始める。
 そして到着すると力を抜くようにストンと腰を下ろし、そのままベッドに上半身を倒した。

「はぁ……」

 私は深く息を吐くと、静かに目を伏せた。
 本来であれば、楽しかった今日の出来事の余韻に浸って、今も嬉しい気持ちに包まれていたかもしれない。
 だけど、先程のことばかりが頭の中を巡り、どうにも落ち着くことが出来なかった。

(一体、領地で何が起こっているんだろう……。本当にアイリーン様は生きているの?)

 私がいくら悩んだところで、どうにもならないことは分かっているが、考えずにはいられなかった。
 もし、本当にアイリーンが生きていたとしたら、彼女の代わりにこの邸にやってきた私はどうなるのだろう。
 借りものである私が必要となくなるのではないかと思うと、それが怖くて堪らない。
 血の繋がりはないけど、私にとっては大切な家族であることに違いないのだから。

「大丈夫……だよね。うん、きっと、大丈夫……」

 不安を打ち消すように、ぽつりと口に出してみる。
 ベッドの上で横になっていると、次第に体が重く感じ、頭の奥がすごくふわふわして私の意識はそのまま遠のいていった。


 ***


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 再び目を覚ますと室内は闇に包まれていて、今が夜であることは間違いなさそうだ。

「……っん、あ、れ、夜……?」

 私は真っ暗な室内に視線を巡らせた後、ゆっくりと体を起こした。
 目覚めた私はベッドの中心にいて、しっかりと布団もかけられている。

(私、あのあと寝ちゃったんだ……。ベッドにちゃんと寝かせてくれたのってロゼかな? あとでちゃんとお礼を言っておこう)

 頭の奥がまだ少しふわふわしていて、瞼が重かったのでこのまま朝まで寝てしまおうかとも考えた。
 しかし、不意に窓の方に視線を向けるとカーテンが半分開いていて、そこから満月が覗いている。
 
(綺麗な満月……。とりあえず、カーテンを閉めておこう)

 そう思い立つと、ベッドから抜け出し窓のほうへとゆっくりとした足取りで近づいていく。
 今この部屋を照らしているのは月明りだけだ。
 私は転んだり物にぶつからないように、手を伸ばし警戒するように窓のほうへと移動する。
 
「……え?」

 漸く到着してカーテンに手を伸ばすと、窓の奥に人の形をしたシルエットがあることに気付く。
 一瞬ドキッと心臓が飛び跳ねるが、月明りに照らされたその後姿にはすごく見覚えがある。

「お、お兄様!?」

 私はそれに気付くと、慌てるようにバルコニーに続く窓の扉を開いた。

「あ、起きちゃった?」
「起きちゃったって……、なんでここにお兄様が?」

 ルシエルは私の声に気付くと振り返り、いつもの柔らかい声で答える。
 私が少し呆れた口調で返すと、彼はこちらに近付いて来て、気付いた時には抱きしめられていた。
 彼の体はひんやりとしていて、恐らく長い間ここにいたのではないかと察しが付く。

「体が冷たい……。一体、どれくらいここにいたんですか?」
「どれくらいだったかな……。覚えてないや。でも、フィーが気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのも可哀そうだと思ってね」

「……っ、だとしても、どうして外で待ったりなんて。風邪を引いたら大変です」
「その時はフィーに付きっ切りで看病してもらおうかな」

 私は彼の体をぎゅっと抱きしめ返しながら不満を漏らしていたが、ルシエルは相変わらず軽い口調で冗談を返してくる。

「とりあえず、中に入って下さい」
「僕は平気だけど、フィーが風邪を引いたら大変だからお邪魔するよ」

 私は抱きしめる手を緩めると、彼を部屋に招き入れた。
 カーテンを閉じてしまうと本当に暗闇になってしまうので、私は寝台の傍にある蝋燭に火を灯した。
 すると燭台の周りがほんのりと優しい光に包まれていく。

「お兄様、こんな時間ですし、お話は明日でも大丈夫ですよ? それとも、急ぎの用件ですか?」

 何となくだが、彼の話というのはアイリーンについてのことのように感じて、私は話しを先延ばしにしようと思わず口走ってしまう。
 私にとって、彼女は何も知らない存在だからこそ聞くのが怖い。
 どう考えても、本当の妹のほうが大切だと思うからだ。

「僕の言ったこと、フィーは忘れちゃった?」
「……いえ、覚えてます」

「そっか。だったら、分かるよね? 僕はもう引く気はないから。フィーだって、分かっていて僕をこの部屋に招き入れたってことで良いんだよね?」
「え? ちょっと待ってくださいっ! あの、何の話ですか?」

 予想外な返答が戻ってきて私が困惑した顔を浮かべると、ルシエルは少し困ったように眉根を下げた。
 
「何の話って……、わざと焦らしてる?」
「ち、違いますっ! アイリーン様の話じゃないんですか?」

「は? どうしてそこで妹の名前が出てくるの?」
「だって、別れる前に突然の出来事があって、それでっ……。その話じゃないんですか?」

 私は戸惑いながら答えると、彼は盛大にため息を漏らした。

「妹のことはフィーは気にしなくていい」
「……っ」

 彼は面倒くさそうにさらっと答えてきたが、私には部外者は首を突っ込むなと言われてるような気がして、胸の奥がきゅっと締め付けられた気分を感じた。
 それが理由で思わず視線を落としてしまう。

「フィー、今は余所見はだめだよ。僕を見て」
「……っ!?」

 しかし、直ぐに彼の手が伸びてきて、強制的に顔を元の位置に戻される。
 室内は薄暗いが、この距離であれば彼の表情をはっきりと確認することが出来る。
 ルシエルの瞳は私だけをじっと見つめていて、その視線に囚われてしまうと再び目を背けることは不可能だ。
 それと同時に私の胸の鼓動はドクドクと激しく鳴り始める。

(お、お兄様……!?)

「この際だからはっきりと伝えておくけど、僕は言葉だけで満足する気は毛頭ないよ。フィーの心も体も全てが欲しい。だから今日は最後まで抱かせてもらう」
「……っ!」

 私は驚いた顔を見せた後、恥じらうように目を泳がせていると、彼はふっと小さく笑った。

「そんなに目を丸くさせて、可愛いな。だけど、ごめんね。絶対に逃がさないし、手放してもあげない。フィーの気持ちを聞いてしまったから、もう手遅れだよ。だから、諦めてこのまま僕のものになってくれるよね?」

 不敵に笑む彼の瞳の奥に狂気が潜んでいるように感じて、ぞくりと背筋に鳥肌が立つ。
 一瞬戸惑ってしまったが、それを望んでいるのは私も同じであることに気付くと小さく頷いた。

「僕を受け入れてくれてありがとう。フィー、大好きだよ」
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