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2.突然の訪問者

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 一日が終わり、私は就寝の準備をしていた。
 そんな時、「フィー、いるかな?」という聞き慣れた声が響いてきて、私は扉のほうへと移動する。

(こんな時間に、どうしたんだろう……)

 その声の持ち主は、兄のルシエルだ。
 昼間の出来事は『いつもの戯れ』ということにされてしまったので、私の記憶にはあまり残っていなかった。
 いつもの意地悪が、少し行き過ぎただけだと。

 ガチャと音を立てて扉を開くと、奥にはルシエルが立っていた。
 彼は私を視界に収めるなり、全身をじっと眺めてくる。

「お兄様、こんな時間にどうされたのですか?」
「本当に、フィーは不用心だね。だけど、少しお邪魔させてもらうよ」

 彼は少し呆れたようにため息を漏らすと、私の部屋にずかずかと入り込んできた。
 ルシエルはソファーを一瞥するが、無視してさらに奥へと進んでいく。

「あのっ、お兄様? 本当にどうされたんですか?」

 私は慌てるように答えると、足早に彼の後を追いかける。
 するとルシエルはベッドの前で足を止めて、そこに腰を下ろした。
 私はますます分からなくなり、動揺しながらも彼の隣にちょこんと腰を下ろす。

「本当にフィーは隙だらけというか、そんな薄着で男の僕を部屋に入れるなんて警戒心がなさ過ぎるよ」
「え……」

 彼は真っ直ぐに私の瞳を捉えると、僅かに目を細めた。
 そして掌をスッと私の頬へと添える。
 突然ルシエルに触れられて、その体温を感じてしまうと、次第に私の鼓動はバクバクと速くなっていく。

「もしかして、フィーは全て分かった上で僕を招き入れたのかな? そうだとしたら僕としては嬉しいけど、多分違うよね」
「……っ」

 彼の長い指先が私の唇に触れる。
 輪郭をなぞるように触れられて、私は口元を小さく震わせてしまう。

(本当に、何をしているの……?)

 兄の行動の真意が全く分からない。
 だけど、私の心にはずっと秘めた思いがあり、彼に触れられることをどこかで嬉しいと感じてしまう。

「頬も赤く色づいてきたね。僕に触れられて興奮しているの?」
「ち、違いますっ!」

 挑発的な言葉をかけられて、私はハッと我に返ると慌てて彼の指を引き剥がす。
 完全にこの雰囲気に呑み込まれるところだった。
 そして鼓動は今も激しく鳴り止まないでいる。

(どうしよう……。私の気持ちがお兄様に気付かれちゃうっ……!)

 それはなんとしても避けなければいけない。
 今までずっとこの気持ちを隠し通してきたのだから、これからだって出来るはずだ。
 そう思う反面、もし、気付かれてしまったら……と思うと、余計に落ち着くことが出来なくなっていく。
 
「そんなに焦ってどうしたの?」
「お兄様が、突然触るからっ……」

「僕が触って驚いちゃった? だからそんなに頬を真っ赤に染めて、恥じらっているんだね?」
「そうです。これはっ、びっくりしたからで……」

 図星を指されて、私は弱々しい言葉で答えた。

「本当に兄として心配だよ。可愛い僕のフィーが、悪い男にひっかからないのかどうか。そうなる前に、早く僕のものにしてしまわないといけないね」
「え……?」

 私が戸惑ったように瞳を揺らしていると、突然胸元をトンっと押されて視界が傾いた。
 気付けば目の前には天井が映っていて、背中を柔らかいクッションが受け止めている。

(な、なに?)

 それから間もなくして、天井が遮断されルシエルの綺麗な顔が映り込んできた。
 しかもゆっくりとこちらに向けて近づいてくる。

「お、お兄様?」
「ふふっ、そんなに驚いた顔をして、本当にフィーは可愛いね」

 彼はクスッと小さく笑うと、私の額にちゅっと音を立てて口付けた。
 額から感じる僅かな熱に気付くと、じわじわと顔の奥が火照っていく。

「あーあ、もうそんなに顔を真っ赤にさせちゃって、本当にフィーは初心で可愛いな。閉じ込めて僕だけのものにしてしまいたくなる。まあ、いずれはそうするつもりだけどね」
「……っ、は、離れてくださいっ! 顔が近すぎますっ!」

 私は慌てるように両手を伸ばし、彼の胸を押し返そうとした。
 しかし、びくともしない。

「フィー、それは昼間もしたよね? 残念だけどその程度の力で、僕をどうにかすることは無理だと思うな。頭の良いフィーなら分かるよね?」
「……っ、酷いですっ! 私をからかって楽しいですか?」

 私は抵抗するのを諦めると、睨むように鋭い視線を向けた。
 さすがにこれは、戯れにしては度が過ぎている。

「たしかに、僕はフィーに意地悪するのは好きだけど、本気だって言ったら、どうする?」
「え? 本気って、何がですか?」

 不意の質問に、私は僅かに眉を寄せた。
 すると彼の口元が僅かに吊り上がり、ゆっくりと私の耳元へと移動していく。

「フィーを僕の婚約者にするって話だよ」
「ひぁっ! だから、耳元で囁かないでって……え?」

(今なんて……?)
 
 思いがけない言葉に、私の勢いはどこかに消えてしまった。

「フィーを見つけたのは僕だし、傍にいたのも僕だよ。最初からフィーは僕のものなんだ。それを後から現れた人間に横から奪われるだなんて、当然受け入れられるはずがない。フィーだってそう思うだろう?」
「……ぁっ、やぁっ……」

 ルシエルは私の耳の縁をじっとりと舐めながら続けていく。
 滑ついたものが這っていく度に、私は体を震わせ口元からは吐息が漏れてしまう。

(それってどういう意味……?)

「本当に耳が弱いんだね。ふふっ、いいこと知っちゃった。フィーが誰のものなのか、忘れていたのだとしたら、しっかりと思い出せてあげないとだめだよね」
「……は、ぁっ、やぁっ……んぅっ」

 私は耳の愛撫から逃れようと、身を捩ろうとする。

「フィー、逃げるなんて許した覚えはないよ。悪い子にはお仕置きが必要かな」
「……ひぁっ!? それ、だめっ……耳の中にいれないでっ!」

 突然熱の篭もった舌先が、私の耳の中に入り込んできた。
 ぞわっとした感覚に、体を大きく震わせてしまう。
 水音が脳の奥にまで届き、まるで頭の中を掻き混ぜられているような感覚に襲われ、じっとしていることが出来ない。

(これ、だめっ。おかしくなるっ……!)

「やめないよ。これはお仕置きだって言っただろう。フィーが誰のものか、しっかりと思い出すまで続けるから」
「んぅっ、や、ぁっ……んっ……」

「ああ、そんなに甘ったるい声を漏らして……。僕を誘惑しているつもり? そうだとしたら、本当にフィーは悪い子だね。でも、すごく嬉しいよ。あ、先に言っておくけど、その可愛らしい声を他の男に聞かせたら許さないよ」

 脳の奥を揺さぶられ、頭がおかしくなってしまいそうだ。
 それからどれくらいしたのか分からないが、ルシエルは満足したのか漸く私の耳を解放してくれた。

「はぁっ……はぁっ……」

 その頃の私は上気したように頬を火照らせ、口元からは熱の篭もった息を漏らしていた。

(終わった、の?)

 私が一瞬ほっとしたような顔を浮かべると、彼と目が合い、その口元が僅かに上がった。
 何かすごく嫌な予感がする。
 体を起こそうとするも、先程の耳の愛撫のせいで私の体には力が入らない。

「次はこっちだよ。片耳だけっていうのは可哀想だからね」
「い、いやっ……!」

 私は咄嗟に声を上げてしまう。

「フィー、こんな夜更けに大声を出したら駄目だよ。お口が寂しいの?」
「ちがっ……」

「使用人が入ってきたら面倒だからな。フィー、口を開けて?」
「……な、んで?」

 私にはルシエルの考えが分からず、戸惑ったように小声で呟いた。

「大丈夫。怖いことは何もしないよ。もちろん、痛いこともね。だから、口を開けて? いい子のフィーなら出来るよね?」
「……っ」

 彼の声はひどく優しかったが、こんな状況になっている以上、私にとっては良くないことであることはなんとなく想像がつく。
 だけど急かされてしまい、仕方なく薄く唇を開いた。
 すると、唇に人差し指を押し当てられて、それがゆっくりと私の腔内の中に入り込んでくる。

「んっ……!? な、なにっ? んぅっ! やっ、ぬい、てっ……」
「抜かないよ。フィーがまた大声を出したら困るからね。僕の指を自由に使ってくれて構わないから、少し我慢しておいて」

(我慢って……、こんなの無理っ……。なんで私の口の中にお兄様の指が入っているの!?)
 
 あり得ない状況に私は半分パニック状態に陥っている。
 そんな私の気持ちなど無視して、彼はもう片方の耳を執拗に舐め、腔内に入れている指を動かし始めた。

「んぅっ……!」
「今のフィーは、くぐもった声しか出せないね。だけど、そんな声もすごく愛らしいよ。フィーの全てを愛してあげる。だから僕のことを受け入れて」

 もう、なにがなんだか分からなくなっていた。
 だけど体の奥が熱くて、息苦しくて、頭の奥がなんだかふわふわする。 
 次第に余計なことを考える余裕すらなくなっていく。

「フィー、好きだよ。フィーのことを誰よりも分かっていて、愛しているのは僕だけだ。だから、他の男と婚約するなんて言わないで」
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