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第三章:学園生活スタート

30.私は悪役令嬢では無い

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 翌日、私は多くの注目を浴びていた。
 廊下を歩いている時も、教室に入ってからも常に誰かに見られている様な気がする。
 そして間違いなく、その原因を作ったのはラインハルトで間違いないだろう。

 昨日私はこの教室で突然キスをされた。
 しかもクラスにはまだ数名の生徒が残っていたのにも関わらずだ。
 その所為で噂の種にされ、今や私は噂の中心人物になっている。

(全部ライのせいよっ!)

 思い出すとあの時の光景が頭の中に蘇り、恥ずかしく感じてしまう。
 そんな事を考えながら席に座ろうとすると、鋭い視線とぶつかる。

(え……?)

 私は驚きを隠せなくなり、教室内に視線を巡らせていく。
 すると先程と同じような、睨みつけるような痛々しい視線を送っている生徒達が何人かいる事に気付いた。

 この学園の中には私の事をあまり良く思っていない人間がいることは何となく気付いてはいた。
 私は王子であるラインハルトの婚約者という立場から、一部の令嬢達からは嫌われている。
 それでも私は公爵令嬢という高い地位があるせいで、嫌がらせを受けることはほぼ無いが睨まれる事はたまにある。
 その令嬢達とは付き合いも無いし、今後関わる予定も無いので気にしない様にしてきた。
 しかし、今私を睨んでいる者達はその令嬢達では無かった。

 私のいるBクラスは30名程在籍しているが、その3割が平民出の者達だ。
 高位貴族は魔力の血が濃いとされ、魔力量も高い。
 その理由からAクラスは王族やそれに近い存在ものが集められている。
 そんなAクラスに入れたコレットは、同じ平民出の者から見たら憧れの存在なのだろう。
 平民だけではなく、貴族の中でもコレットに興味を持っている生徒は割と多い様だ。
 あれだけ可愛いのだから納得出来る。

 そんな時ラインハルトとの噂が流れ、一部では『身分違いの恋』だとか『真実の愛』などと勝手に妄想を膨らませてコレットの恋の応援をし始める者達が現れた。
 私もそんな話をちらっと通りがかりに聞いたことがあった。

 しかし言いたい。
 私は断じて二人の邪魔をしているわけでは無いのだと!
 寧ろ私は悪役令嬢なんてやる気も無いし、婚約破棄を言い渡された時には、潔く受け入れるつもりでいたくらいだ。

(全部ライの所為だわ! これじゃ、まるで私が意地悪をして二人の邪魔をしているみたいじゃないっ)

「ほんと、貴族ってやる事が汚いわね」

 どこからかぼそっと呟く声が聞こえて来る。

「本当よね。二人が仲が良いのを嫉妬して、コレットさんの前でキスさせるなんて酷すぎるわ」

 その声に便乗する様に、次々に私を非難する声が響いて来る。

(なんなのっ、この会話。まるで私からしたみたいに聞こえるんだけどっ!)

「平民の分際で公爵令嬢であるルティナ様に良くそんな事を言えるわね。命知らずにも程があるわよ!」
「そうよ! 後でどんな目に遭うか分かっていて言っているのかしらね?」

 頼んでも無いのに私を擁護する様な声まで出始めて来た。
 教室内が徐々に不穏な空気に包まれていく。

「ここでは身分は平等とされていますっ!」
「だから何? ルティナ様からも言ってあげてください!」

 そんな言い争いが始まると、突然言い合っていた貴族令嬢の一人が私に話を振って来た。

「私は別に。っていうか、キスをしたのは私からでは無いのでっ! 文句があるならライに言ってよ」
「そうだな、私から説明した方が良さそうだな」

 私が困った様に答えると、入り口の方から聞き慣れた声が響いた。

「……っ!?」

 その声に気付いた私を含めた生徒達は、全員入口の方に視線を向けた。
 そこには涼し気な表情をしたラインハルトが立っていた。

(なんでいるの!?)

 ラインハルトに文句を言えと答えてしまったが、まさか本人が登場するなんて思ってもいなかった。
 私はますますややこしくなるような気がして、逃げたい気分でいっぱいだった。

「少し前から話は聞かせてもらっていたけど、コレットとの関係はただのクラスメイトだ。それ以上の感情はお互い持っていない。それに私には既に心に決めている相手がいるからな。私に取って特別な意味を持つ女性は婚約者でもある彼女だけだ」

 ラインハルトはスラスラと言葉を紡ぎながら、私の前までやって来た。
 またしても人前でそんな恥ずかしい事を言われてしまい、私の顔は真っ赤に染まっていたが、ラインハルトは平然とした表情のままだった。
 そして目の前までやって来ると、じっと私の瞳を見つめながら手に触れて来た。
 私がこの状況に戸惑っていると、その隙に乗じてラインハルトは私の手を取り甲にそっと口付けた。

「私の大切な婚約者の事をあまりいじめないで欲しい」

 ラインハルトの突然の行動を見て、周囲は更に騒がしくなっていく。
 悲鳴を上げる者や、頬を赤く染めている者。
 そしてその視線は私達へと向けられている。

 私は今の状況に耐えられなくなり、慌ててラインハルトの手を剥がそうとした。
 しかし私が逃げようとすると、掴まれている手に力が入り離れない。
 私は焦っていたこともあり必死になってしまい、体をずらそうとすると突然目の前が揺らめいた。
 体が前に倒れ込み、ラインハルトの胸に抱き止められるが、勢いもありそのまま倒れ込んでしまった。

「……っ」

 気付けば私達は床に座り込んでいた。
 正確にはラインハルトが私の事を庇う形になったため、私がラインハルトの上に馬乗りに座っている様な状況だった。
 そして視線が合うと、ラインハルトは驚いている私を見て小さく笑った。

「ルティって案外大胆なんだな」

 その瞬間、沸騰したかのように顔が真っ赤に染まっていく。
 私は慌てて起き上がると、ラインハルトを無視して教室から逃げる様に出て行った。

(違うっ! 今のは事故よっ!)


***


 私が居なくなった教室で、ラインハルトは静かに立ち上がった。
 そして教室にいる生徒達に視線を巡らせた。

「騒がせてしまってすまなかった。私はルティとは同じクラスでは無いからな、今ここで言わせてもらう。彼女は私の大切な婚約者だ。だから今後彼女を傷付ける様な事があれば、それは私に対する事と同等の扱いだと受け取らせてもらうよ」

 ラインハルトは笑顔を浮かべていたが、その奥には殺気のようなものを潜ませていた。
 生徒達はそんなラインハルトの姿にゾクッと体を震わせ、中には青ざめた顔を見せる者もいる様だ。

 そしてその日を境にして、私に対して文句を言って来る者は誰一人として現れなくなった。
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