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第一章:幼少期(1)初めての友達と伝説の薬草

12.夜の森へ②

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「湖畔が見え始めて来たな」
「森の中に湖があるの?」

 私は奥の方に視線を向けたが、月明りだけでは良くは分からなかった。

「暗いから分かりずらいよな」
「そうだね。少し待っていて」

 ラインハルトは答えた後、目を閉じて手を胸の前に出すと、掌からは小さな光の玉が現れた。
 その光の玉はふわふわと空中に浮かび、淡い光を放っていた。

「明るくなった!」
「これなら奥に湖畔があるのも分かるな」

「ライ、ありがとうっ! 森の中に湖があるなんてファンタジーの世界って感じで素敵ね!」

 私は嬉しそうに笑顔を零すと、はしゃぐような声を上げた。

「ルティの口振りからだと、ここに来るのは初めてか?」
「はいっ。なんか冒険しているみたいですごくワクワクするわっ!」

「冒険か。確かにそうだな」
 
 私が楽しそうに話していると、ラインハルトも私の意見には同意していた。

「昔な、俺の師匠だった人が伝説の月下草の事を話してくれたことがあったんだ」

 ロイズは突然、昔話を始めた。

「その人は、こう話していたんだ。満月の日、月の光に照らされて湖畔の周りに青く光る花が一面に広がっていたと。その花は月の光を浴びる事で雫が零れる。それを飲むと、どんな怪我も綺麗に治っていたらしい」
「……それって」

「ロイズの祖父の話だそうだ。私もそれを聞くまでは半信半疑だったが、騎士団ではその話が語り継がれているらしい。伝説の薬草は現実に存在するってことだな」
「……っ!!」

 今の話を聞いて感情が昂り、すぐには言葉を出すことが出来なかった。

(本当にあったんだ! これできっとラフィーちゃんも助かるはず!)


「なんだか偶然にしては出来過ぎているよな」

 ラインハルトは小さく呟いた。

「ラフィーがルティと出会って、ルティが私と出会って。そして伝説の薬草を探しに行くことになった。そしてロイズを護衛にしたら、実在するものだと知った。この全てが合わさらなかったら、こうはならなかったはずだ」
「そうだな、全てはルティナ嬢のおかげだな!」

 そんな風に言われるとなんだか照れてしまう。

「わ、私は何もしてないです。初めて友達になってくれたのがラフィーちゃんで。私、他に友達なんていなかったから、絶対に失いたく無いって思っただけで」
「普通は思っていても中々行動に移せるものじゃない。ましてや公爵令嬢のルティがそんな事を言い出した時には驚いたよ。だけど、ルティの思いが私の心をも動かしたんだ。ルティは最初から何も諦めていなかった。そんなルティを見ていたら、信じてみようと言う気になったんだ」

 ラインハルトは優しい表情を私に向けて話していた。
 急にそんな態度を取られるとドキドキしてしまい、顔の奥まで熱が籠っていくのを感じる。

「本当にルティはすごいと思う」

 私は恥ずかしくなり、顔を俯かせてしまう。

(それ以上褒めないで。恥ずかしいわ。私は別にすごい事なんて何もしてないのに)


***



「二人とも、着いたみたいだぞ」

 ロイズは振り返ると私達に声を掛けた。
 目的地である湖畔には辿り着いたが、そこは静寂に包まれていた。
 辺りを見渡してみるが、先程ロイズが話していた様な青い花は見た所どこにも見当たらない。

「私、探してきますっ!」
「ルティ、あんまり私達から離れないようにな」

「はいっ」

 私は返事を返すと、下に視線を落としながら辺りを歩き始めた。
 先程の二人の話を聞いていたら、絶対にここにある様な気がしていたが、現実はそう上手くは行かない様だった。

 地面は草が生えているが、青い花などいくら探しても見つからない。
 空を見上げると、満月がこちらを虚しく照らしているだけだった。

(どうして、見つからないの?)

 私は見つからない事に焦り始めていた。
 それでも絶対にあると信じて探し続けた。

 もし、このまま見つからなければ、また一ヶ月待たなければならなくなってしまう。
 その間にラフィーの容態は更に悪化していくことになるかもしれない。
 そんな事は考えたくないが、それが私の心を更に焦らせていく。

(なんで、ないのっ……)

 私は焦りと悔しさから表情が曇り始めていた。

「ルティ、今日は諦めよう。残念だけどここでは無かったみたいだ」
「そんなこと、ない。まだ向こう側は探してないから。私、見て来る!」

 私が答えるとラインハルトは困った声で「一周見回った」と告げた。
 その言葉を聞くと私の足が止まった。

「なんで……無いの……っ……うぅっ」

 私の目からは涙が零れていた。
 諦めたくないのに、月下草は一向に見つからない。
 悔しくて掌をぎゅっときつく握りしめた。
 そして顔を上げて満月を睨みつける。

「何よっ、こんなに探したんだから月下草出してよっ!」

 この何とも言えない気持ちをぶつける様に、私は満月に向かい叫び始めた。
 突然の私の態度に二人は驚いている様子だったが、気にせず続ける。

「神様のばかああっ! けちっ! 意地悪っ!!」
「「…………」」

「私はっ、結局何も出来ないの? 悪役令嬢だって、なんだってやってやるわっ! だから神様、お願い。ラフィーちゃんを助けるために月下草をくださいっ」

 私が幾ら叫んでも懇願しても辺りは静まり返っていて、何も起こらない。
 その様子に落胆すると、ずるずるとその場にしゃがみ込んでしまう。

(いやだ。諦めたく、ない……)

「ルティ、もういい。帰ろう。ルティの思いは私達にはしっかりと伝わっているから、また次探せばいい」
「……次? 次ってあるのかな……」

「……」

 私は決してラインハルトを困らせたい訳ではない。
 だけど、どうしても諦めたく無くて、認めたく無くて思わず口から出て来てしまった。

「私から……友達を奪わないでっ」

 私の瞳からは大粒の涙がぽたぽたと零れていく。

 そんな時だった。
 突然辺り一面が青白い光に包まれ始めた。

「……え?」

 驚いて顔を上げると、辺りに視線を巡らせる。
 すると湖を取り囲む様に優しい青い光で包まれていて、地面には青く光る花が一面に咲いていた。

(……うそ、これって……)


「これが月下草か?」
「まじかよ……」

 その光景に驚いていたのは私だけでは無かった。
 幻想的な光景に見惚れてしまい、私は暫くその風景をただ眺めていた
 私がぼーっとしている間に、ラインハルトは月下草をいくつか摘み容器の中に入れていく。

「ルティのおかげだな」
「……ライ」

 ラインハルトの優しい表情を見て、漸く我に返ることが出来た。
 そしてラインハルトは私の前に手を差し出してくれると「帰ろうか。ラフィーが待ってる」と微笑んだ。
 私はその言葉に笑顔で頷く。

「うん、帰ろうっ!」

 この場にもう少しいたい気持ちはあったが、少しでも早くラフィーを楽にしてあげたかった。
 一度は背中を向けて歩き出すが、再び振り返った。

「神様、さっきは酷い事を言ってごめんなさいっ!! 本当に、本当に本当にありがとうございますっ!!」

 私は満月に向かい嬉しそうに叫ぶと、再び前を向き歩き出した。
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