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第一章:聖女から冒険者へ
52.ジースの街③
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パンケーキを一口サイズに切り分け、クリームとフルーツを乗せて口の中へと放り込んだ。
するとパンケーキの生地が口の中で溶ける様に消えていき、口の中に程良い甘さが広がり、私の表情は見る見るうちに綻んでいく。
(この世界にもふわふわのパンケーキってあるんだ。すごく美味しい……)
「甘いものを食べている時のルナは、本当に幸せそうな顔をしているな」
「そ、そうかな」
気付けばイザナは微笑みながら私の姿を眺めていた。
食べている姿をじっと見られていると、なんだか恥ずかしい。
「イザナは、このお店に来たことがあるの?」
「そうだな。マジックアカデミーに通っている時に、何度か誘われて寄った事はあるかな」
私は彼の言葉を聞いて、笑いながら「そうなんだ」と相槌を返した。
だけどその笑顔は心から出たものではなかった。
不安な表情を隠す為につくったものだ。
誘った相手と言うのは、ソフィアなのだろうか。
学生時代、二人の仲が良かったことは知っている。
実践訓練でペアを組んでいたと話していたからだ。
きっと、イザナの一番近い場所にいたのはソフィアなのだろう。
こんな過去の出来事に嫉妬をしても、意味がないことは分かっている。
それでもやっぱり羨ましいと思ってしまう。
私の知らないイザナをソフィアは知っているのだから。
そんな事をつい思い浮かべてしまい、私の胸の中はもやもやとしていた。
(過去に嫉妬するなんて……。私、どうかしてるよね)
イザナはソフィアに対しては一度も恋心を持ったことは無いと話していたが、多分、ソフィアはそうは思っていない気がする。
彼女は敵国の人間で、私達を欺こうと近づいて来たのかもしれない。
だけど、本当にそれだけなのだろうか。
これは同性である私の勘になってしまうが、今までのソフィアの態度を見ていると、どうしても彼に対して特別な感情を抱いてるように思えてならなかった。
だからこそ私は不安を感じている。
この街は良い所だけど、私の知らないイザナとソフィアの思い出が詰まった場所でもある。
そしてこの街にいる限り、ソフィアはまたイザナに近付いて来るはずだ。
こんなことで一々嫉妬をしてしまう自分が嫌になるけど、私は早く次の街に行きたいとどこかで思っていた。
「ルナ、どうした?」
「……え?」
イザナに名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
「パンケーキを食べながら、眉間に皺を寄せているように見えたけど……。口に合わなかったか?」
「ううんっ! そんなことないよっ! このパンケーキすごく美味しいよ。この世界に来て食べられるなんて思ってもなかった」
私は慌てて答えると、誤魔化すようにヘラっと笑った。
しかし、イザナはじっと私のことを見つめている。
どうしていいか分からず、再びパンケーキのほうに視線を向けようとした時、彼が口を開いた。
「ルナ、悩み事があるのなら話して欲しいな」
「……っ」
彼は優しい表情で私のことを見ていた。
きっと心配してくれているのだろうと思うと、少し胸が痛んだ。
私はただ二人の思い出に嫉妬していただけで、今更過去を書き換えることなんて不可能だ。
こんなことを素直に伝えてしまったら、イザナに困った顔をされてしまうだろう。
だけど、私はイザナと約束した。
これからは一人で悩まないで何でも話すと、この前言ったばかりだ。
(こんなこと話したら引かれるかな。でも……)
「あの、ね……」
「うん」
「私、ソフィアさんに嫉妬してた。この街は私の知らないイザナとソフィアさんの思い出が詰まっている場所で。この店だって、二人で来たんだよね」
私の話を聞いていたイザナは少し驚いた顔を見せたが、すぐに柔らかい表情に戻った。
「たしかに、学生時代ソフィアとこの店に来たことはあったな。二人でと言うよりは、仲の良かったグループで、と言った方が正しいけどね」
「そう、なんだ……」
「思い出、か。過ぎた日はやり直せないけど、新しい思い出を作って上書きするなんてどうかな? 私もルナとの思い出を沢山作りたいからね。勿論、このジースだけでなく色々な場所でね」
「……っ」
イザナは少し考えたような態度を見せると、少し楽しそうに話してきた。
その言葉を聞いて胸の奥がじわりと熱くなる。
(私もイザナとの思い出をいっぱい作りたいな)
「どう? ルナは賛成してくれる?」
「うんっ、私もしたい。思い出の上書き……」
私は笑顔を取り戻すと、再びパンケーキを食べ始めた。
不安が消え去った後のパンケーキは格別だった。
伝えた直後は言わなければ良かったなんて後悔してしまったが、やっぱり素直に打ち明けて良かった。
彼はどんな小さな話でも聞いてくれる。
私の大好きな夫であり、仲間であり、良き理解者だ。
「そう言えば、伝え忘れてたことがあるんだけど」
「なに?」
「ティアラのこと」
その名前を聞いて私の手が止まった。
「シーライズにいる間に、いい加減彼女との問題を解決させようと思っていたんだけど結局会えなかった。それで一応手紙を出したんだ。もう、私達のことは放っておいて欲しいと書いた。ティアラだって、良い年齢だし婚約者になる人間を見つけなくてはならないからね。それが後に彼女にとっての幸せに繋がるのだから、尚更ね」
「そうだね。でも簡単にイザナのことを諦めるとは思えないな……」
私は思わず苦笑いをした。
ティアラが簡単に身を引くなんて、全く想像が出来なかったからだ。
「それは私にも原因があったんだろうな。王命とはいえ、彼女との婚約を白紙に戻してしまった手前、これ以上傷つけたく無くて強く言い返せなかった。その結果、ルナにも嫌な思いをさせてしまった」
「そうじゃないかとは思ってたよ。イザナ、優しいし……」
「優しいのはルナの方だよ。だけどそのせいで、随分ルナのことを不安にさせてしまったよな。本当ごめんな。ソフィアのことも、もっと配慮すべきだったと思ってる」
「……うん」
確かに不安に思うことは多い。
特にイザナの女性問題について気にしてしまうのは、結婚した当初、一人にされたことが少しトラウマになっているのだろう。
もう、あんなに寂しい思いはしたく無い。
今、彼に沢山愛して貰ってすごく幸せだから、それがいつか壊れてしまうのではないかと思うと怖くて堪らなくなってしまうのだろう。
「イザナは、私の傍からいなくならないよね?」
「ならないよ。私はずっとルナの傍にいる。そう、約束したからね」
「そっか……。それなら、もう大丈夫っ!」
「そうか」
ちなみにティアラへの手紙には、もう会わないとも綴ったそうだ。
国に戻ったら偶然会ってしまうなんてこともあるかもしれないが、そう書くことがイザナにとって決別と言う名の意思表示だったのだと思う。
もう自分のことは忘れて、彼女にも自分の幸せを見つけて欲しい。
そんな意味が込められているのだと、私は思った。
イザナは現在私達と一緒に世界を周っている身なので、一方通行の手紙になるはずだ。
私もイザナと同様に、ティアラには自分の幸せを見つけて欲しいと願っている。
するとパンケーキの生地が口の中で溶ける様に消えていき、口の中に程良い甘さが広がり、私の表情は見る見るうちに綻んでいく。
(この世界にもふわふわのパンケーキってあるんだ。すごく美味しい……)
「甘いものを食べている時のルナは、本当に幸せそうな顔をしているな」
「そ、そうかな」
気付けばイザナは微笑みながら私の姿を眺めていた。
食べている姿をじっと見られていると、なんだか恥ずかしい。
「イザナは、このお店に来たことがあるの?」
「そうだな。マジックアカデミーに通っている時に、何度か誘われて寄った事はあるかな」
私は彼の言葉を聞いて、笑いながら「そうなんだ」と相槌を返した。
だけどその笑顔は心から出たものではなかった。
不安な表情を隠す為につくったものだ。
誘った相手と言うのは、ソフィアなのだろうか。
学生時代、二人の仲が良かったことは知っている。
実践訓練でペアを組んでいたと話していたからだ。
きっと、イザナの一番近い場所にいたのはソフィアなのだろう。
こんな過去の出来事に嫉妬をしても、意味がないことは分かっている。
それでもやっぱり羨ましいと思ってしまう。
私の知らないイザナをソフィアは知っているのだから。
そんな事をつい思い浮かべてしまい、私の胸の中はもやもやとしていた。
(過去に嫉妬するなんて……。私、どうかしてるよね)
イザナはソフィアに対しては一度も恋心を持ったことは無いと話していたが、多分、ソフィアはそうは思っていない気がする。
彼女は敵国の人間で、私達を欺こうと近づいて来たのかもしれない。
だけど、本当にそれだけなのだろうか。
これは同性である私の勘になってしまうが、今までのソフィアの態度を見ていると、どうしても彼に対して特別な感情を抱いてるように思えてならなかった。
だからこそ私は不安を感じている。
この街は良い所だけど、私の知らないイザナとソフィアの思い出が詰まった場所でもある。
そしてこの街にいる限り、ソフィアはまたイザナに近付いて来るはずだ。
こんなことで一々嫉妬をしてしまう自分が嫌になるけど、私は早く次の街に行きたいとどこかで思っていた。
「ルナ、どうした?」
「……え?」
イザナに名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
「パンケーキを食べながら、眉間に皺を寄せているように見えたけど……。口に合わなかったか?」
「ううんっ! そんなことないよっ! このパンケーキすごく美味しいよ。この世界に来て食べられるなんて思ってもなかった」
私は慌てて答えると、誤魔化すようにヘラっと笑った。
しかし、イザナはじっと私のことを見つめている。
どうしていいか分からず、再びパンケーキのほうに視線を向けようとした時、彼が口を開いた。
「ルナ、悩み事があるのなら話して欲しいな」
「……っ」
彼は優しい表情で私のことを見ていた。
きっと心配してくれているのだろうと思うと、少し胸が痛んだ。
私はただ二人の思い出に嫉妬していただけで、今更過去を書き換えることなんて不可能だ。
こんなことを素直に伝えてしまったら、イザナに困った顔をされてしまうだろう。
だけど、私はイザナと約束した。
これからは一人で悩まないで何でも話すと、この前言ったばかりだ。
(こんなこと話したら引かれるかな。でも……)
「あの、ね……」
「うん」
「私、ソフィアさんに嫉妬してた。この街は私の知らないイザナとソフィアさんの思い出が詰まっている場所で。この店だって、二人で来たんだよね」
私の話を聞いていたイザナは少し驚いた顔を見せたが、すぐに柔らかい表情に戻った。
「たしかに、学生時代ソフィアとこの店に来たことはあったな。二人でと言うよりは、仲の良かったグループで、と言った方が正しいけどね」
「そう、なんだ……」
「思い出、か。過ぎた日はやり直せないけど、新しい思い出を作って上書きするなんてどうかな? 私もルナとの思い出を沢山作りたいからね。勿論、このジースだけでなく色々な場所でね」
「……っ」
イザナは少し考えたような態度を見せると、少し楽しそうに話してきた。
その言葉を聞いて胸の奥がじわりと熱くなる。
(私もイザナとの思い出をいっぱい作りたいな)
「どう? ルナは賛成してくれる?」
「うんっ、私もしたい。思い出の上書き……」
私は笑顔を取り戻すと、再びパンケーキを食べ始めた。
不安が消え去った後のパンケーキは格別だった。
伝えた直後は言わなければ良かったなんて後悔してしまったが、やっぱり素直に打ち明けて良かった。
彼はどんな小さな話でも聞いてくれる。
私の大好きな夫であり、仲間であり、良き理解者だ。
「そう言えば、伝え忘れてたことがあるんだけど」
「なに?」
「ティアラのこと」
その名前を聞いて私の手が止まった。
「シーライズにいる間に、いい加減彼女との問題を解決させようと思っていたんだけど結局会えなかった。それで一応手紙を出したんだ。もう、私達のことは放っておいて欲しいと書いた。ティアラだって、良い年齢だし婚約者になる人間を見つけなくてはならないからね。それが後に彼女にとっての幸せに繋がるのだから、尚更ね」
「そうだね。でも簡単にイザナのことを諦めるとは思えないな……」
私は思わず苦笑いをした。
ティアラが簡単に身を引くなんて、全く想像が出来なかったからだ。
「それは私にも原因があったんだろうな。王命とはいえ、彼女との婚約を白紙に戻してしまった手前、これ以上傷つけたく無くて強く言い返せなかった。その結果、ルナにも嫌な思いをさせてしまった」
「そうじゃないかとは思ってたよ。イザナ、優しいし……」
「優しいのはルナの方だよ。だけどそのせいで、随分ルナのことを不安にさせてしまったよな。本当ごめんな。ソフィアのことも、もっと配慮すべきだったと思ってる」
「……うん」
確かに不安に思うことは多い。
特にイザナの女性問題について気にしてしまうのは、結婚した当初、一人にされたことが少しトラウマになっているのだろう。
もう、あんなに寂しい思いはしたく無い。
今、彼に沢山愛して貰ってすごく幸せだから、それがいつか壊れてしまうのではないかと思うと怖くて堪らなくなってしまうのだろう。
「イザナは、私の傍からいなくならないよね?」
「ならないよ。私はずっとルナの傍にいる。そう、約束したからね」
「そっか……。それなら、もう大丈夫っ!」
「そうか」
ちなみにティアラへの手紙には、もう会わないとも綴ったそうだ。
国に戻ったら偶然会ってしまうなんてこともあるかもしれないが、そう書くことがイザナにとって決別と言う名の意思表示だったのだと思う。
もう自分のことは忘れて、彼女にも自分の幸せを見つけて欲しい。
そんな意味が込められているのだと、私は思った。
イザナは現在私達と一緒に世界を周っている身なので、一方通行の手紙になるはずだ。
私もイザナと同様に、ティアラには自分の幸せを見つけて欲しいと願っている。
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