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第一章:聖女から冒険者へ

23.夜花祭③

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 今日はどこも人で溢れていて落ち着ける場所が見つからなかった為、私達はカフェの個室へと入ることにした。
 ここであれば他人の目は気にならないし、賑やかな声も入って来ない。
 たしかに静かな場所ではあるのだが、私の心はずっとそわそわしっぱなしで、今も落ち着く気配は無さそうだ。

「ここならば少しは落ち着けそうだな。ルナ、大丈夫か?」
「私の為に気を遣ってくれてありがとう。優しいイザナ、大好きだよ」

 イザナは直ぐ隣に座ると、私の顔を心配そうに覗き込んで来る。
 私はイザナの手をぎゅっと掴んで、困った顔で見つめていた。

 この状態になってしまってから、私は本当に伝えたい事を口に出せなくなってしまった。
 口を開けば私の意思とは別に、違う言葉が溢れて来てしまう。
 この状況をどうしたらイザナに伝えられるのか必死に考えてみるも、何か口に出そうとすれば惚気た言葉しか出て来ない。
 完全にお手上げ状態になり、今の私は目で訴える事しか出来なかった。

「私もルナのことが大好きだよ。積極的になってくれるのは私としては嬉しいけど、今のルナは明らかに様子がおかしいよな。何かあったのは間違いないだろうね」
「イザナのことばかり考えていたら、私おかしくなっちゃったのかも」

 自分の言葉に動揺しながらも、私は彼の言葉に何度も首を縦に振った。
 私の動作でイザナは異変に気付いてくれたようだ。
 漸く状況を伝えることが出来て、私は内心ほっとしていた。

(気付いてくれた。良かった……)

「ルナ、言葉以外で他に変わったことは起きているか?」
「私のこと、そんなに心配してくれて嬉しい」

 私は小さく首を横に振った。

「私にとってルナは一番大切な存在だからね。当然のことだよ」

 イザナは優しい表情でそう言うと、私の額にそっと口付けた。
 たしかに周囲には人はいないけど、突然の感触に私はドキドキしてしまう。

「イザナ、もっとして。私イザナのしてくれるキス、すごく好き」

(は……? いきなり何を言うの!?)

「普段と違うけど、積極的なルナも可愛いな。そんなに可愛らしいおねだりをされたら断れないね。動揺してはいるようだけど、今の顔を見ている限り期待もしているのかな?」

 彼の瞳に囚われ、私の鼓動は徐々に大きくなっていく。
 私が動揺していると不意に頬に掌を添えられ、顔の距離もゆっくりと近づいて来る。

(どうしよう……、今こんなことをしている場合ではないのに……!)

 私が戸惑いからそわそわしていると、イザナの口元が僅かに上がった。

「ルナ、本当にキスを強請っているのなら目を瞑って」
「うん。イザナが好きなのは私だけだってキスで証明して」

(もうやだ……)

 私はこの現実から逃げるように、ぎゅっと目を閉じた。
 キスを望んでいたのか、早くこの恥ずかしい言葉を封じて欲しかったのか。
 恐らく両方だったのだろう。
 またティアラと一緒にいるところを見てしまったことで、不安を感じたのは事実だ。
 だからこの言葉は間違いなく、私の本心なのだろう。
 普段は我慢して飲み込んでしまう言葉が、突然口に出るようになってしまっただけであり、私の気持ちであることは間違いない気がする。
 そう思うと、余計に羞恥心に追い詰められてしまう。

「恥ずかしがっているところはやっぱりルナだな。私が心から愛しているのは、妻であるルナだけだよ」

 目の前から優しい声が響いてきたかと思えば、直ぐに唇に温かいものが重なった。
 大好きな人から『愛している』と直接言われると、やっぱり嬉しいものだ。
 また私は何か余計なことを言ってしまうのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、彼が何度も啄むようなキスを繰り返していたので、その心配はなかったようだ。

 何度目かの口付けが終わると、ゆっくりと彼の唇が離れていった。
 触れられた場所は離れてからも熱を持ったままで、今でもその余韻を感じることが出来る。
 そう思うと、もっと欲しくなってしまう。

「イザナ、もっと。足りない」
「ふふっ、ルナは強欲だね。だけどそんなところも可愛いよ。だけどごめんね。今はここまでにしておくよ。まずは今の状況を確認するのが先決だからね」

(……っ、私の方が流されようとしてた。イザナ、分かってくれてありがとう!)

「焦らすなんて、イザナの意地悪。でも、私を思ってのことだよね。そんな優しい所も大好きだよ」
「この件が解決したら沢山してあげるから、今は我慢して。私もルナのことが大好きだよ」

 イザナは私が好きだと言えば、こんな状況であっても必ず返してくれる。
 そんな所が本当に嬉しかった。

「とりあえず今見た感じだと、変わってしまったのは言葉だけみたいだね。反応はいつも通りだし、他に変わったことが無さそうなら折角だし街を見て回ろうか。積極的なルナもたまにはいいからね。こんな時くらい私に遠慮なく我儘を言ってくれたらいい。可愛いルナのお願いならば、なんだって聞いてあげるよ」

 イザナの言葉を聞いて、頬がじわじわと熱を持って行くのを感じていた。

(いつも私の事をちゃんと見ていてくれる。そんなイザナだから、本当に大好きなのかも)

「それなら、今日はずっと手を繋いでいて欲しいな」
「ああ、構わないよ。元々そうするつもりだったからな」

(……!?)

「それじゃあ行こうか」
「うんっ! イザナとデート出来て嬉しいな。毎日でもしたいかも」

「毎日か。私は全然構わないよ。ルナと一緒に居られればそれだけで満足だし、隣で楽しんでいるルナを見れるのは嬉しいからね」
「そっか。じゃあ毎日イザナを独占しよう」

(もう、恥ずかしいことばっかり言わないでっ!)

 私は自分で放った言葉に一喜一憂し、顔を真っ赤に染めたり慌てたりを繰り返している。
 まさか自分の言葉にここまで振り回される事になるなんて思ってもみなかった。

 
 ***


 私達はカフェを出ると再び賑やかな街の中心へと向かった。
 その際には、しっかりと掌を絡める様に繋いでいた。
 周囲が気になってしまうくらい恥ずかしかったが、同時に嬉しくもあった。

 そして私の動揺は今でも続いていた。
 心の中が全て筒抜けになり、どれだけ彼に惹かれているのかを気付かれてしまいそうで少し怖かった。
 実は強欲で、こんなにもイザナの事ばかり考えてしまっているなんて知られてしまったら引かれてしまうだろうか。
 それが気掛かりで仕方なかった。

 そして恐らくこの現象が起こったのは、ゼロから貰ったあのミント味の飲み物を口にしてからだ。
 原因は間違いなくあれにあるのだろう。
 次ゼロに会ったら盛大に文句を言ってやろうと私は決意していた。
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