王太子の婚約者選考会に代理で参加しただけなので、私を選ばないでください【R18】

Rila

文字の大きさ
上 下
126 / 133

126.変わっていくもの①-sideアイロス-

しおりを挟む
(まさか、ヴィーがあんな発言をするとはな……)

 今日の業務を終えてエミリーの部屋を後にすると、俺は妹がいる部屋へと足を向けていた。 
 足取りは重い。
 少し時間をおいたほうがシルヴィアも冷静さを取り戻すのかもしれない。
 
(今日はやめておくか……)

 不意に気持ちが傾きそうになるが、すぐに思い直して歩くペースを早くした。 
 もうじきザシャの婚約者がエミリーに決定する。
 あまり時間がない中、問題を後回しにするのは得策ではないだろう。
 それに俺はシルヴィアの兄ありエミリーの護衛なのだから、自分のすべきことを見誤ってはならない。
 この前考え直したばかりではないか。

 そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら部屋の前に到着していた。
 一度心を落ち着かせるように深呼吸をして、扉をトントンとノックする。
 
「ヴィー、いるか? アイロスだ。今少しいいだろうか」

 俺が声をかけてからしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。

「お兄様、こんな時間にどうされたんですか?」
「いや、少しヴィーと話したいと思って……」

 シルヴィアは一瞬表情を曇らせるもすぐに明るい笑顔を浮かべて「もちろんです。入ってください」と俺の手を引っ張るように部屋に招き入れた。

「エレン、と言ったな。少し席を外してくれないか?」
「えっと……」

 突然、俺に声をかけられた侍女は戸惑っている様子だったが、すぐにシルヴィアが「エレン、お願い」と続けたので「分かりました」と言って彼女は部屋を出ていった。
 エレンはシルヴィアが幼い頃から側にいる侍女だ。

 俺も邸にいたころは何度か顔を合わせたことがある。
 年齢が近いので、妹の良い話し相手にもなってくれているのだろう。
 信頼できる相手だと思うが、今回はエミリーやザシャについての話にも踏み入ることになるだろうから、できる限り他の人間には聞かれたくなかった。

 それから、俺たちは向かい合うようにソファーに着席した。
 どこから話を切り出そうか考えていると、先にシルヴィアが口を開く。

「お兄様がここに来られたのは、昼間のこと……ですよね?」
「ああ……」

「エミリー様、やっぱり怒ってましたか?」
「いや、あいつはそんなことで怒るような人間じゃない。俺がここに来たのは、昼間ヴィーの様子がおかしかったから気になって……」

 今は普段のシルヴィアに戻っている様子でほっとしているが、俺は妹の本心が知りたい。
 以前は慰めるだけで、それを知ろうとすらしなかった。
 それではまた同じことが起こる可能性もあるので、今日はそれを聞き出すつもりでいる。

「お兄様は随分エミリー様のことを分かっていらっしゃるのですね」
「今の俺はエミリーを守るのが仕事だからな」

「本当にそれだけですか?」
「他になにがある?」
 
 俺がわずかに眉を顰めて問い返すと、シルヴィアは表情を変えないままじっとこちらを見ていた。

「お兄様はエミリー様に特別な感情をお持ちですよね?」
「は……? なにを馬鹿なことを」

 シルヴィアからの鋭い指摘に一瞬ドキリとするが、俺は呆れたような態度を見せて答えた。
 そういえば、以前もそんなことを言われた気がする。
 勘が鋭いのか偶然なのか正直分からないが、俺の本心を知られたら話はややこしい方向に進むだろう。
 だからここはしらを切り通すことにした。

「もしかして気づいていらっしゃらないのですか? 最近のお兄様、雰囲気が随分と変わられましたよね。以前は人前に出るといつもムスッとした顔で睨んでいたのに、エミリー様の前ではいつも穏やかな表情をしているようですし」
「それはいつの話だ。ヴィーと離れている間に俺も成長した。それだけのことだと思うが?」

「もう、私には隠さなくてもいいのに。お兄様が私の味方でいてくれているように、私はいつだってお兄様の味方ですよ」

 周りから見た俺の態度はそんなに分かりやすいのだろうか。
 だけど、肝心のエミリーには俺の気持ちは気づかれていない自信はある。

(あいつが鈍感で助かった……)

 そんな俺の心中など気にせず、シルヴィアは楽しそうにクスクスを笑っていた。

「エミリーに対して不満なこともあるかもしれないが、彼女もザシャ様が選ばれた候補者の一人だ。今後失礼な発言は遠慮してくれ」
「気をつけます。ごめんなさい。だけど、ずっと疑問が頭の中でぐるぐる回っていて、エミリー様を前にしたら止まらなくなってしまったの。ねえ、お兄様。本当にエミリー様はザシャの婚約者候補なの?」

 何度も同じ問いをされ正直しつこいとも感じたが、俺が曖昧に答えたために余計気にさせたのも事実だ。
 とはいえ、本当の事情は妹であっても口外できない。

「前にも話したが、エミリーがザシャ様の婚約者候補のひとりであるのは事実だ。ヴィーが納得できない気持ちも分からなくもないが、あいつなりに頑張ってる。身分だけですべてが決まるという考え方は俺はあまり好きではないな」

 こんな考え方をするようになったのも、きっとエミリーの傍にいたからなのだろう。
 以前の俺なら、そんなことには興味も抱かなかったはずだ。
 主であるザシャが決めた相手であれば誰であろうと無条件で受け入れていた気がする。

(やはり、ヴィーも父と同じ考え方か……)

 予想していなかったわけではない。
 しかし、事実を知ってしまうと、それはそれでショックだった。
 妹だけはあの家の荒んだ色に染まってほしくはなかったから。

「お兄様がザシャ以外を認めるなんて……。ねえ、お兄様。私に提案があります」
「なんだ?」

「私たち協力しませんか? 私はザシャと、お兄様はエミリー様と……。そうしたらきっとみんな幸せになれると思います。お父様だってエミリー様が婚約者から降りてくれたら少しは譲歩してくれるのではないでしょうか!」

 突拍子もないシルヴィアの提案に一瞬言葉を失った。
 こんな提案をするくらいなのだから、妹はエミリーを受け入れる意思などないのだろう。
 あのとき、エミリーに向けた発言には悪意があったということにも同時に気づいてしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

処理中です...