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126.変わっていくもの①-sideアイロス-
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(まさか、ヴィーがあんな発言をするとはな……)
今日の業務を終えてエミリーの部屋を後にすると、俺は妹がいる部屋へと足を向けていた。
足取りは重い。
少し時間をおいたほうがシルヴィアも冷静さを取り戻すのかもしれない。
(今日はやめておくか……)
不意に気持ちが傾きそうになるが、すぐに思い直して歩くペースを早くした。
もうじきザシャの婚約者がエミリーに決定する。
あまり時間がない中、問題を後回しにするのは得策ではないだろう。
それに俺はシルヴィアの兄ありエミリーの護衛なのだから、自分のすべきことを見誤ってはならない。
この前考え直したばかりではないか。
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら部屋の前に到着していた。
一度心を落ち着かせるように深呼吸をして、扉をトントンとノックする。
「ヴィー、いるか? アイロスだ。今少しいいだろうか」
俺が声をかけてからしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。
「お兄様、こんな時間にどうされたんですか?」
「いや、少しヴィーと話したいと思って……」
シルヴィアは一瞬表情を曇らせるもすぐに明るい笑顔を浮かべて「もちろんです。入ってください」と俺の手を引っ張るように部屋に招き入れた。
「エレン、と言ったな。少し席を外してくれないか?」
「えっと……」
突然、俺に声をかけられた侍女は戸惑っている様子だったが、すぐにシルヴィアが「エレン、お願い」と続けたので「分かりました」と言って彼女は部屋を出ていった。
エレンはシルヴィアが幼い頃から側にいる侍女だ。
俺も邸にいたころは何度か顔を合わせたことがある。
年齢が近いので、妹の良い話し相手にもなってくれているのだろう。
信頼できる相手だと思うが、今回はエミリーやザシャについての話にも踏み入ることになるだろうから、できる限り他の人間には聞かれたくなかった。
それから、俺たちは向かい合うようにソファーに着席した。
どこから話を切り出そうか考えていると、先にシルヴィアが口を開く。
「お兄様がここに来られたのは、昼間のこと……ですよね?」
「ああ……」
「エミリー様、やっぱり怒ってましたか?」
「いや、あいつはそんなことで怒るような人間じゃない。俺がここに来たのは、昼間ヴィーの様子がおかしかったから気になって……」
今は普段のシルヴィアに戻っている様子でほっとしているが、俺は妹の本心が知りたい。
以前は慰めるだけで、それを知ろうとすらしなかった。
それではまた同じことが起こる可能性もあるので、今日はそれを聞き出すつもりでいる。
「お兄様は随分エミリー様のことを分かっていらっしゃるのですね」
「今の俺はエミリーを守るのが仕事だからな」
「本当にそれだけですか?」
「他になにがある?」
俺がわずかに眉を顰めて問い返すと、シルヴィアは表情を変えないままじっとこちらを見ていた。
「お兄様はエミリー様に特別な感情をお持ちですよね?」
「は……? なにを馬鹿なことを」
シルヴィアからの鋭い指摘に一瞬ドキリとするが、俺は呆れたような態度を見せて答えた。
そういえば、以前もそんなことを言われた気がする。
勘が鋭いのか偶然なのか正直分からないが、俺の本心を知られたら話はややこしい方向に進むだろう。
だからここはしらを切り通すことにした。
「もしかして気づいていらっしゃらないのですか? 最近のお兄様、雰囲気が随分と変わられましたよね。以前は人前に出るといつもムスッとした顔で睨んでいたのに、エミリー様の前ではいつも穏やかな表情をしているようですし」
「それはいつの話だ。ヴィーと離れている間に俺も成長した。それだけのことだと思うが?」
「もう、私には隠さなくてもいいのに。お兄様が私の味方でいてくれているように、私はいつだってお兄様の味方ですよ」
周りから見た俺の態度はそんなに分かりやすいのだろうか。
だけど、肝心のエミリーには俺の気持ちは気づかれていない自信はある。
(あいつが鈍感で助かった……)
そんな俺の心中など気にせず、シルヴィアは楽しそうにクスクスを笑っていた。
「エミリーに対して不満なこともあるかもしれないが、彼女もザシャ様が選ばれた候補者の一人だ。今後失礼な発言は遠慮してくれ」
「気をつけます。ごめんなさい。だけど、ずっと疑問が頭の中でぐるぐる回っていて、エミリー様を前にしたら止まらなくなってしまったの。ねえ、お兄様。本当にエミリー様はザシャの婚約者候補なの?」
何度も同じ問いをされ正直しつこいとも感じたが、俺が曖昧に答えたために余計気にさせたのも事実だ。
とはいえ、本当の事情は妹であっても口外できない。
「前にも話したが、エミリーがザシャ様の婚約者候補のひとりであるのは事実だ。ヴィーが納得できない気持ちも分からなくもないが、あいつなりに頑張ってる。身分だけですべてが決まるという考え方は俺はあまり好きではないな」
こんな考え方をするようになったのも、きっとエミリーの傍にいたからなのだろう。
以前の俺なら、そんなことには興味も抱かなかったはずだ。
主であるザシャが決めた相手であれば誰であろうと無条件で受け入れていた気がする。
(やはり、ヴィーも父と同じ考え方か……)
予想していなかったわけではない。
しかし、事実を知ってしまうと、それはそれでショックだった。
妹だけはあの家の荒んだ色に染まってほしくはなかったから。
「お兄様がザシャ以外を認めるなんて……。ねえ、お兄様。私に提案があります」
「なんだ?」
「私たち協力しませんか? 私はザシャと、お兄様はエミリー様と……。そうしたらきっとみんな幸せになれると思います。お父様だってエミリー様が婚約者から降りてくれたら少しは譲歩してくれるのではないでしょうか!」
突拍子もないシルヴィアの提案に一瞬言葉を失った。
こんな提案をするくらいなのだから、妹はエミリーを受け入れる意思などないのだろう。
あのとき、エミリーに向けた発言には悪意があったということにも同時に気づいてしまった。
今日の業務を終えてエミリーの部屋を後にすると、俺は妹がいる部屋へと足を向けていた。
足取りは重い。
少し時間をおいたほうがシルヴィアも冷静さを取り戻すのかもしれない。
(今日はやめておくか……)
不意に気持ちが傾きそうになるが、すぐに思い直して歩くペースを早くした。
もうじきザシャの婚約者がエミリーに決定する。
あまり時間がない中、問題を後回しにするのは得策ではないだろう。
それに俺はシルヴィアの兄ありエミリーの護衛なのだから、自分のすべきことを見誤ってはならない。
この前考え直したばかりではないか。
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたら部屋の前に到着していた。
一度心を落ち着かせるように深呼吸をして、扉をトントンとノックする。
「ヴィー、いるか? アイロスだ。今少しいいだろうか」
俺が声をかけてからしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。
「お兄様、こんな時間にどうされたんですか?」
「いや、少しヴィーと話したいと思って……」
シルヴィアは一瞬表情を曇らせるもすぐに明るい笑顔を浮かべて「もちろんです。入ってください」と俺の手を引っ張るように部屋に招き入れた。
「エレン、と言ったな。少し席を外してくれないか?」
「えっと……」
突然、俺に声をかけられた侍女は戸惑っている様子だったが、すぐにシルヴィアが「エレン、お願い」と続けたので「分かりました」と言って彼女は部屋を出ていった。
エレンはシルヴィアが幼い頃から側にいる侍女だ。
俺も邸にいたころは何度か顔を合わせたことがある。
年齢が近いので、妹の良い話し相手にもなってくれているのだろう。
信頼できる相手だと思うが、今回はエミリーやザシャについての話にも踏み入ることになるだろうから、できる限り他の人間には聞かれたくなかった。
それから、俺たちは向かい合うようにソファーに着席した。
どこから話を切り出そうか考えていると、先にシルヴィアが口を開く。
「お兄様がここに来られたのは、昼間のこと……ですよね?」
「ああ……」
「エミリー様、やっぱり怒ってましたか?」
「いや、あいつはそんなことで怒るような人間じゃない。俺がここに来たのは、昼間ヴィーの様子がおかしかったから気になって……」
今は普段のシルヴィアに戻っている様子でほっとしているが、俺は妹の本心が知りたい。
以前は慰めるだけで、それを知ろうとすらしなかった。
それではまた同じことが起こる可能性もあるので、今日はそれを聞き出すつもりでいる。
「お兄様は随分エミリー様のことを分かっていらっしゃるのですね」
「今の俺はエミリーを守るのが仕事だからな」
「本当にそれだけですか?」
「他になにがある?」
俺がわずかに眉を顰めて問い返すと、シルヴィアは表情を変えないままじっとこちらを見ていた。
「お兄様はエミリー様に特別な感情をお持ちですよね?」
「は……? なにを馬鹿なことを」
シルヴィアからの鋭い指摘に一瞬ドキリとするが、俺は呆れたような態度を見せて答えた。
そういえば、以前もそんなことを言われた気がする。
勘が鋭いのか偶然なのか正直分からないが、俺の本心を知られたら話はややこしい方向に進むだろう。
だからここはしらを切り通すことにした。
「もしかして気づいていらっしゃらないのですか? 最近のお兄様、雰囲気が随分と変わられましたよね。以前は人前に出るといつもムスッとした顔で睨んでいたのに、エミリー様の前ではいつも穏やかな表情をしているようですし」
「それはいつの話だ。ヴィーと離れている間に俺も成長した。それだけのことだと思うが?」
「もう、私には隠さなくてもいいのに。お兄様が私の味方でいてくれているように、私はいつだってお兄様の味方ですよ」
周りから見た俺の態度はそんなに分かりやすいのだろうか。
だけど、肝心のエミリーには俺の気持ちは気づかれていない自信はある。
(あいつが鈍感で助かった……)
そんな俺の心中など気にせず、シルヴィアは楽しそうにクスクスを笑っていた。
「エミリーに対して不満なこともあるかもしれないが、彼女もザシャ様が選ばれた候補者の一人だ。今後失礼な発言は遠慮してくれ」
「気をつけます。ごめんなさい。だけど、ずっと疑問が頭の中でぐるぐる回っていて、エミリー様を前にしたら止まらなくなってしまったの。ねえ、お兄様。本当にエミリー様はザシャの婚約者候補なの?」
何度も同じ問いをされ正直しつこいとも感じたが、俺が曖昧に答えたために余計気にさせたのも事実だ。
とはいえ、本当の事情は妹であっても口外できない。
「前にも話したが、エミリーがザシャ様の婚約者候補のひとりであるのは事実だ。ヴィーが納得できない気持ちも分からなくもないが、あいつなりに頑張ってる。身分だけですべてが決まるという考え方は俺はあまり好きではないな」
こんな考え方をするようになったのも、きっとエミリーの傍にいたからなのだろう。
以前の俺なら、そんなことには興味も抱かなかったはずだ。
主であるザシャが決めた相手であれば誰であろうと無条件で受け入れていた気がする。
(やはり、ヴィーも父と同じ考え方か……)
予想していなかったわけではない。
しかし、事実を知ってしまうと、それはそれでショックだった。
妹だけはあの家の荒んだ色に染まってほしくはなかったから。
「お兄様がザシャ以外を認めるなんて……。ねえ、お兄様。私に提案があります」
「なんだ?」
「私たち協力しませんか? 私はザシャと、お兄様はエミリー様と……。そうしたらきっとみんな幸せになれると思います。お父様だってエミリー様が婚約者から降りてくれたら少しは譲歩してくれるのではないでしょうか!」
突拍子もないシルヴィアの提案に一瞬言葉を失った。
こんな提案をするくらいなのだから、妹はエミリーを受け入れる意思などないのだろう。
あのとき、エミリーに向けた発言には悪意があったということにも同時に気づいてしまった。
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