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122.従者として-sideアイロス-
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シルヴィアの部屋を後にして、すぐに庭へと向かう。
俺は自分の取った行動にひどく後悔している。
突然、妹が泣き出したことで、とっさにあんな行動に出てしまったわけだが、今の俺はエミリーの従者であり彼女を護衛することが最優先事項だ。
それなのに身内を優先してしまった。従者として失格だ。
(なにをやっているんだ、俺は……)
ザシャに信頼されているからこそ、任された仕事。
そして、自分で買って出たことでもある。
今は特に大切な時期であるため、些細なことでも気にかけなければならないはずなのに、それを自らの手で放棄したに等しい。
いくら離宮が安全だと言っても、エミリーを一人にさせるべきではなかった。
ここでなにか問題が起これば、全て俺の責任だ。
そう思うと、不安から足取りは徐々に速くなっていく。
***
庭に到着すると、白いテーブルの端に座るエミリーの姿を見つけた。
傍にはエラもいて、二人で食事をしている様子だ。
「あっ……、アイロスさん」
俺に気づいたエミリーは声をかけると、椅子から立ち上がりこちらへと心配そうな顔で近づいてきた。
「悪い。遅くなった」
「シルヴィア様はもう大丈夫なんですか? あんなに沢山泣いていたし、私のことは気にしなくていいので傍にいてあげてくださいっ!」
シルヴィアを気遣ってくれるのはありがたいが、その言葉を聞いてなんとも言えない気持ちになる。
なぜなら、あの涙は俺の気を引くために流したものだからだ。
幼い頃から何度もあれを見てきているので、先ほどもすぐに気づいた。
けれど、シルヴィアが屋敷に戻りたくないということは知っていたので、兄として放っておくことができなかった。
今までなにもできなかったからこそ、どうにかしてやりたいと気持ちが先走ってしまったのだろう。
「いや、もう平気だ。実はああいうのは今回が初めてじゃない。だから、心配しなくていい」
「そう、なんですか……? でも心細いんじゃないですか?」
ここまで本気で心配されると罪悪感を覚える。
「本当に平気だ。シルヴィアの傍には仲のいい傍付きもいるからな。それよりも、まずは謝らせてほしい。俺は自分の仕事を放棄して身内を優先してしまった。ザシャ様にもあとで報告するつもりだ。本当に申し訳ない」
俺が謝罪の言葉を述べて深々と頭を下げると、上から戸惑ったエミリーの声が響いてきた。
「えっ、えっと……あのっ、顔を上げてくださいっ! 私、別に怒ってなんていませんからっ! アイロスさんにはお世話になってることのほうが多いですし、沢山助けられています。だから、本当に大丈夫なので……」
ゆっくりと顔を上げると、彼女は眉をハの字に下げて困った表情でこちらを見ていた。
逆に困らせてしまったことに、また罪悪感を抱く。
「分かった。この話はもうしない。だから、そんな困った顔はしないでくれ。俺のほうが困る」
「……分かりました」
俺が困ったように乾いた笑みを浮かべると、彼女はほっとしたように表情を緩めていた。
お人好しで、すぐ他人を信じてしまう危なっかしさも彼女の個性であり、それがたまらなく愛おしく思える。
例え手に入らないとしても、この緩んだ笑顔を守ってやりたい。
そんなふうに思う自分がいた。
「エラ、俺にも食事も用意してもらえるか?」
「は、はいっ!」
ぼーっと突っ立っているエラに声をかけると、彼女は慌てて準備を始めた。
そのあとは三人で食事をして部屋に戻り、普段のように穏やかな時間を過ごす。
***
夜になり今日の護衛の仕事を終えると、俺はすぐにザシャのいる執務室へと向かう。
日課である報告と、シルヴィアの件を伝えるためだ。
「ザシャ様、本日の報告をしにきました」
「アイロスか、入ってくれ」
扉に向かい声をかけると、すぐに奥からザシャの声が響く。
部屋の扉を開くと、机の上に山積みにされた書類に目を通しているザシャの姿があった。
以前は空いた時間俺が補佐をしていたのだが、今はできる限りエミリーの側にいてほしいという彼の意向からザシャ一人でこなしている。
「相変わらず、すごい量ですね」
「そうだな。でも、できない量じゃない」
「また頑張り過ぎると、体調を壊されますよ」
「ああ、それは気を付けている。これ以上、エミリーに余計な心配はかけたくないからね」
今の言葉を聞くと、ザシャがどれだけエミリーのことを大切にしようと思っているのかが伝わり、胸の奥がざわざわする。
「ザシャ様、今日の報告の前に……。ひとつ謝罪することがあります」
「え?」
そう切り出すと、昼間の出来事を包み隠さずザシャに伝えた。
「そんなことがあったのか……」
「本当に申し訳ありません」
「いや、それよりもアイロスは平気なのか? 身内を心配するのは当然のことだし、責めたりはしない。だけど、辛いなら正直に言ってほしい。私にとってエミリーもアイロスも大切に思う存在だ」
ザシャは本気で俺のことを心配してくれているのだろう。
俺がシルヴィアをずっと気にかけていることも知っていたから。
「お気遣い感謝いたします。ですが、俺なら大丈夫です。それに、シルヴィアの件は俺のほうでなんとかしますので……」
「仕事の話は前向きに検討させてもらう。それでいいか?」
一瞬、耳を疑った。
しかし、彼は今『検討する』とたしかに言った。
「ザシャ様のお手を煩わせる必要は……」
「でも、アイロスはシルヴィアになんとかするって話したのだろう?」
「それは……」
あれはシルヴィアを安心させるために口にした言葉だ。
「アイロスだって妹を傍に置いておいたほうが、安心して仕事もできるはずだよね。だったら、悪くない話だと思う。まあ、シルヴィアがどの程度仕事をやれるのかは、実際見てみないとなんとも言えないけど」
「本当によろしいのですか?」
「ああ、アイロスには色々感謝しているんだ。だから、私のできることであれば協力させて」
「ザシャ様、ありがとうございます……!」
俺は昂る気持ちを押さえながら深々と頭を下げ感謝した。
これでシルヴィアの問題はどうにかなりそうだ。
俺は自分の取った行動にひどく後悔している。
突然、妹が泣き出したことで、とっさにあんな行動に出てしまったわけだが、今の俺はエミリーの従者であり彼女を護衛することが最優先事項だ。
それなのに身内を優先してしまった。従者として失格だ。
(なにをやっているんだ、俺は……)
ザシャに信頼されているからこそ、任された仕事。
そして、自分で買って出たことでもある。
今は特に大切な時期であるため、些細なことでも気にかけなければならないはずなのに、それを自らの手で放棄したに等しい。
いくら離宮が安全だと言っても、エミリーを一人にさせるべきではなかった。
ここでなにか問題が起これば、全て俺の責任だ。
そう思うと、不安から足取りは徐々に速くなっていく。
***
庭に到着すると、白いテーブルの端に座るエミリーの姿を見つけた。
傍にはエラもいて、二人で食事をしている様子だ。
「あっ……、アイロスさん」
俺に気づいたエミリーは声をかけると、椅子から立ち上がりこちらへと心配そうな顔で近づいてきた。
「悪い。遅くなった」
「シルヴィア様はもう大丈夫なんですか? あんなに沢山泣いていたし、私のことは気にしなくていいので傍にいてあげてくださいっ!」
シルヴィアを気遣ってくれるのはありがたいが、その言葉を聞いてなんとも言えない気持ちになる。
なぜなら、あの涙は俺の気を引くために流したものだからだ。
幼い頃から何度もあれを見てきているので、先ほどもすぐに気づいた。
けれど、シルヴィアが屋敷に戻りたくないということは知っていたので、兄として放っておくことができなかった。
今までなにもできなかったからこそ、どうにかしてやりたいと気持ちが先走ってしまったのだろう。
「いや、もう平気だ。実はああいうのは今回が初めてじゃない。だから、心配しなくていい」
「そう、なんですか……? でも心細いんじゃないですか?」
ここまで本気で心配されると罪悪感を覚える。
「本当に平気だ。シルヴィアの傍には仲のいい傍付きもいるからな。それよりも、まずは謝らせてほしい。俺は自分の仕事を放棄して身内を優先してしまった。ザシャ様にもあとで報告するつもりだ。本当に申し訳ない」
俺が謝罪の言葉を述べて深々と頭を下げると、上から戸惑ったエミリーの声が響いてきた。
「えっ、えっと……あのっ、顔を上げてくださいっ! 私、別に怒ってなんていませんからっ! アイロスさんにはお世話になってることのほうが多いですし、沢山助けられています。だから、本当に大丈夫なので……」
ゆっくりと顔を上げると、彼女は眉をハの字に下げて困った表情でこちらを見ていた。
逆に困らせてしまったことに、また罪悪感を抱く。
「分かった。この話はもうしない。だから、そんな困った顔はしないでくれ。俺のほうが困る」
「……分かりました」
俺が困ったように乾いた笑みを浮かべると、彼女はほっとしたように表情を緩めていた。
お人好しで、すぐ他人を信じてしまう危なっかしさも彼女の個性であり、それがたまらなく愛おしく思える。
例え手に入らないとしても、この緩んだ笑顔を守ってやりたい。
そんなふうに思う自分がいた。
「エラ、俺にも食事も用意してもらえるか?」
「は、はいっ!」
ぼーっと突っ立っているエラに声をかけると、彼女は慌てて準備を始めた。
そのあとは三人で食事をして部屋に戻り、普段のように穏やかな時間を過ごす。
***
夜になり今日の護衛の仕事を終えると、俺はすぐにザシャのいる執務室へと向かう。
日課である報告と、シルヴィアの件を伝えるためだ。
「ザシャ様、本日の報告をしにきました」
「アイロスか、入ってくれ」
扉に向かい声をかけると、すぐに奥からザシャの声が響く。
部屋の扉を開くと、机の上に山積みにされた書類に目を通しているザシャの姿があった。
以前は空いた時間俺が補佐をしていたのだが、今はできる限りエミリーの側にいてほしいという彼の意向からザシャ一人でこなしている。
「相変わらず、すごい量ですね」
「そうだな。でも、できない量じゃない」
「また頑張り過ぎると、体調を壊されますよ」
「ああ、それは気を付けている。これ以上、エミリーに余計な心配はかけたくないからね」
今の言葉を聞くと、ザシャがどれだけエミリーのことを大切にしようと思っているのかが伝わり、胸の奥がざわざわする。
「ザシャ様、今日の報告の前に……。ひとつ謝罪することがあります」
「え?」
そう切り出すと、昼間の出来事を包み隠さずザシャに伝えた。
「そんなことがあったのか……」
「本当に申し訳ありません」
「いや、それよりもアイロスは平気なのか? 身内を心配するのは当然のことだし、責めたりはしない。だけど、辛いなら正直に言ってほしい。私にとってエミリーもアイロスも大切に思う存在だ」
ザシャは本気で俺のことを心配してくれているのだろう。
俺がシルヴィアをずっと気にかけていることも知っていたから。
「お気遣い感謝いたします。ですが、俺なら大丈夫です。それに、シルヴィアの件は俺のほうでなんとかしますので……」
「仕事の話は前向きに検討させてもらう。それでいいか?」
一瞬、耳を疑った。
しかし、彼は今『検討する』とたしかに言った。
「ザシャ様のお手を煩わせる必要は……」
「でも、アイロスはシルヴィアになんとかするって話したのだろう?」
「それは……」
あれはシルヴィアを安心させるために口にした言葉だ。
「アイロスだって妹を傍に置いておいたほうが、安心して仕事もできるはずだよね。だったら、悪くない話だと思う。まあ、シルヴィアがどの程度仕事をやれるのかは、実際見てみないとなんとも言えないけど」
「本当によろしいのですか?」
「ああ、アイロスには色々感謝しているんだ。だから、私のできることであれば協力させて」
「ザシャ様、ありがとうございます……!」
俺は昂る気持ちを押さえながら深々と頭を下げ感謝した。
これでシルヴィアの問題はどうにかなりそうだ。
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