王太子の婚約者選考会に代理で参加しただけなので、私を選ばないでください【R18】

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121.シルヴィアの本音③-sideシルヴィア-

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 それからお兄様は窓際に置かれているソファーへと運んでくれた。
 大きな窓からは温かい日差しが入り、心地よい風が頬に触れる。
 ソファーもふかふかだし、私にとって一番寛げる場所になっている。

「ゆっくり下ろすから、まだ腕を外すなよ」
「はいっ」

 久しぶりの抱っこは、ここで終わりのようだ。
 少し名残惜しさを感じてしまうが、ソファーに腰を下ろすと首に巻き付けていた腕を離した。

「ありがとうございます」
「ああ……」

 相変わらずお兄様は言葉が短い。
 これは昔からだったりする。
 そんなふうになってしまったのは父のせいだ。
 あの人は自分の意見は遠慮なく言うくせに、人の話は全然聞かないし受け入れようともしない。
 お兄様はそんな父の態度を見て発言することを諦めたのだろう。

 だけど、決して冷たいわけではない。
 いつも私のことを気にかけてくれるし、優しい自慢の兄だ。

 私が席を詰めようとすると、お兄様はすぐに反対側のほうに移動してしまった。

「あっ……」
「どうした?」

「いえ、なんでもありません……」

 思わず声をかけてしまったが、適当に誤魔化した。

(私が泣いているときは、いつも隣に座って頭を撫でてくれていたのに……)

 予想が外れて少し残念に思えてしまう。
 でも、考えてみればそれは幼い頃の話なので、仕方ないことだと納得はしている。

「お茶の準備を致しますね」
「ありがとう、エレン」

 私たちが着席したのを確認すると、テーブルの前でお世話係のエレンが手際よくお茶の準備をしてくれた。
 カップに注がれた仄かなハーブの香りを嗅ぐと、心が落ち着く。

(ここからが正念場よね……。頑張ってお兄様を説得しないと……)

 お茶を一口飲んで心を落ち着かせると、私はゆっくりと話を始めた。

「先ほどは急に泣いてしまってごめんなさい。色々考えていたら頭の中が混乱してしまって……」
「もう落ち着いたのか?」

「はい、もう大丈夫です。あのっ……、単刀直入に言います。私、あの家にはもう戻りたくありませんっ!」

 私はお兄様の瞳を真っ直ぐに見つめて、はっきりとした口調で告げた。
 お兄様は驚いたかのような表情を浮かべるが、それはほんの一瞬だけだった。

「お兄様なら分かってくれますよね? あの家がどんな場所なのか……。もう子供じゃないのに、自由に外出することさえ許されないし、少し咳をしたら大袈裟に対処されたり」
「…………」

 私が困ったように話すと、お兄様は分かっているからなのか黙っていた。

「あの家から出られるのなら、どこでもいいから嫁ぎたいって思っていても、相応しい相手が見つからないとかいって私の婚約話は全然決まりません。こんなんじゃ、一生あの家から出られない気がします」

 私は助けを求めるように懇願した瞳でお兄様を見つめていた。
 
「ヴィーがそこまで苦しんでいるとは思わなかった……。ごめん」
「……っ」

 お兄様は表情を歪ませて苦しそうな声で謝ってきた。
 その姿を見て、ぎゅっと胸の奥が痛んだ。
 私はお兄様を責めたいわけではない。

 私の今までの我慢が伝わらないのは当然だ。
 お兄様はもうずっとあの屋敷には戻っていないし、手紙のやり取りでは心配させたくなくて余計なことは書かなかった。

 あのときの私は、自分がこんな大胆な手段を取るなんて考えもしなかった。
 けれど、外の世界にでて、自由な生活を知ってしまった今は、縋ってでもこの願いを叶えたい。
 今までずっと我慢してばかりいたのだから、少しくらい我儘を言って困らせても許してくれる。
 そう、信じている。

 だって、アイロスお兄様は私には甘いから。

「分かった……。ザシャ様には俺から話してみる」
「えっ……、ほ、本当ですか!?」

「ああ。だから、ヴィーがこれ以上不安に思う必要はない」
「お兄様っ……、ありがとうございます」

 まさかこんなにも上手くいくなんて思ってもみなかった。

「先に言っておくが、側室の件はなしだ。あの方は、それ自体望んでいないからな」
「そう、なのですね。エミリー様がなにか言われたのですか?」

「あいつはなにも言ってない。ザシャ様がそれを望んだってことだ」
「それって……、ザシャはそれほどまでにエミリー様を思っているってことですか?」

 ザシャの側室にはなれないと知ると急に胸の奥が苦しくなり、勢いでそんな質問をしてしまう。
 
「知らない」
「……っ」

 お兄様は相変わらず素っ気ない態度で答えてくるので、少し不満に感じた。
 絶対知っているくせに、なぜか私には教えてくれない。

 だけど、とりあえず私の話は聞いてもらえて、お兄様は私の力になることを約束してくれた。
 今はそれを喜ぶべきなのだろう。
 ここにずっといることができれば、ザシャの考えを変えることは可能かもしれないからだ。

「お兄様の意地悪! ……でも、ありがとうございます。私、思い切ってお兄様に話して良かったです」

 私は笑顔で感謝の気持ちを伝えた。

「安心できたか?」
「はいっ! あっ、そういえば昼食の時間でしたよね。ここで済ませていきますか?」

「いや、俺はエミリーのところに戻るよ。今の俺はあいつの従者だからな」
「そうですか……」

 私が食事に誘うと、お兄様はあっさりと断った。
 それもまた少し不満に思えたけど、今のお兄様はエミリー様の従者であるのだから仕方がない。
 これは仕事なのだから。
 そう割り切って考えるようにした。

(でも、どうしてお兄様がエミリー様の従者をしているのかしら……?)

 ふと頭に疑問が生まれる。
 そんなことを考えていると、お兄様はソファーから立ち上がり「また後で様子を見にくる」と言って部屋を去って行った。
 お兄様が去った後、すぐにエレンが私の傍に近づいてくる。

「シルヴィア様、作戦成功ですねっ!」
「ええ……、そうみたい。まさかこんなにも上手くいくなんて思わなかったわ」

 本当に、こんなにもすんなりいくだなんて思いもしなかった。
 お兄様は一切疑惑の目を向けることなく、すぐに私の言葉を受け入れた。
 少し上手くいきすぎて怖いとさえ思えてしまう。

 けれど、昔からお兄様は私には甘かったこともあるので、ただの杞憂なのかもしれない。
 
「どうされましたか? 腑に落ちないって顔をされているようですが、なにか気になることでも……?」
「ねえ、エミリー様ってたしか、王都からは大分離れたところに住んでいるのよね?」

 先ほど生まれた疑問が、頭の中でひっかかりエレンに尋ねた。

「そうだと窺っております。聞いた話では、ここには従者も連れずおひとりで来られたとか……」
「え? どういうこと……?」

「私も詳しいことは分からないのですが、ザシャ殿下自ら、アイロス様を従者に命じられたそうです。そして、この離宮に住まわせることもザシャ殿下がお決めになったと」
「ちょっとまって……。色々とおかしくない? エミリー様は田舎の貴族令嬢なのよね? しかも従者も連れず一人で王都にやって来るって……まずそこからおかしい気がするわ」

 今までどうして不思議に思わなかったのだろう。
 以前父がエミリー様について『ど田舎の貧乏貴族の娘』と罵っていた。
 そもそも、どうしてザシャはそんな令嬢をわざわざ婚約者候補になんて加えたのだろう。
 それに、最初から彼女を選ぶつもりであれば、大切な人間を一人で王都にまで来させるなんてしないはずだ。
 
「なにか裏がありそうね……」
「実は……、私もずっとそれが気になっていて、王宮の使用人にこっそり話を聞いて回ってました」

 私が考えたように呟くと、エレンは控えめな声で言った。

「言ってくれたら良かったのに! それで……?」

 私が話しに食いつくと、エレンは聞いたことを順番に話してくれた。

 選考会のパーティーの日、一際目立つ地味なドレスで参加していたこと。
 貴族令嬢であるにも関わらず、作法がまったくできていなくて、アイロスお兄様に睨まれていたこと。
 そして、ここが一番気になることなのだけど、エミリー様はずっと田舎の領地で暮らしていたということだ。
 他の貴族との交流はほぼなく、ザシャと親しかったという噂も聞かない。
 本当にふっと湧いて出てきたような令嬢であり、どうしてそんな彼女が婚約者候補に選ばれたのか、他の貴族たちの間では不思議がられていたそうだ。

 そして、エレンの考えによれば、エミリー様は本当にザシャの婚約者候補として選ばれた令嬢なのだろうか、という結論に至ったそうだ。

「それはどういうこと?」
「これは私の勝手な憶測になりますが……、なにか事情があってザシャ殿下に雇われた偽りの婚約者候補なのではないかなって思いまして。だって、おかしいじゃないですか! 王太子であるザシャ殿下が、没落しそうな貴族令嬢を妃になんて迎えようと思いますか? しかも、国王陛下や王妃様が一切反対していないなんて、普通に考えておかしいですよ」

「たしかに……、そうよね」

 しかも最近はカトリナ様もエミリー様の元を訪れていると聞く。
 カトリナ様もザシャの命令で動いているか、もしくは事情を知っている可能性はあるが、私はあの方が苦手なので直接聞くのは無理そうだ。

(でも、一体なんのために……? そうまでして、ザシャはなにがしたいの……?)
 
 それ以降はいくら考えてもなにも分からなかった。
 エレンもそれ以上のことは分からないと話していた。

「公爵様が言われたように、ザシャ様の婚約者に選ばれるのはやっぱりシルヴィア様ではないでしょうか?」
「えっ?」

 突然エレンからそんなことを言われて、私は驚きの声を上げた。

「あの公爵様が自信げに話すくらいですし……。それに、アイロス様が頑なに婚約者について口を閉ざしているのは、裏で動いているなにかが関わっているからではないでしょうか? ザシャ殿下の命令で動いているからこそ口にできない。そして、エミリー様もそれに関わっている可能性が高いかと……」
「そうだとしたら……、私がザシャの婚約者に……?」

 急に頭の中でザシャの顔を思い浮かべて意識してしまうと、頬がじわじわと熱くなる。
 私は両手を頬に当てて心の中で「どうしよう……!」と繰り返していた。

(もしそうだったら、すごく嬉しいわ……!)
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