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120.シルヴィアの本音②
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私が困惑した様子で二人の姿を見ていると、不意にアイロスと目が合う。
彼は少し困った顔を浮かべ「一度部屋に戻るか」と言ったので、私は小さく頷いた。
ここはザシャの離宮であるため、出入りする者は限られているが、今のシルヴィアの姿を見てあらぬ誤解をされたり変な噂を立てられる可能性もないとは言えない。
ザシャの婚約者発表を控えている今はなおさらだ。
「ヴィー、このまま抱きかかえるから、俺の首にしっかり掴まっておくんだぞ」
アイロスがシルヴィアにそう告げると、彼女はアイロスの首にぎゅっと掴まり、それを合図にするようにシルヴィアの体がふわりと持ち上げられた。
「エミリー悪い。俺はこれからシルヴィアを部屋まで連れて行く」
「分かりました」
私はアイロスの言葉に答えたあと、ちらりとシルヴィアのほうに視線を向ける。
しかし、その表情を俯いていて確認することはできなかった。
少し心配ではあるが、兄であるアイロスが傍にいれば大丈夫だろう。
そのあとすぐにアイロスはシルヴィアを連れてその場を離れ、私は道の真ん中にぽつんと一人立ち尽くしていた。
あまりにも突然の出来事すぎて、頭の中は今も少し混乱いている。
シルヴィアはなぜ、あんなことを急に言い出したのだろう。
(家に帰りたくない、か。あの公爵様からなにか嫌なことを言われている……とか? だけど、実の娘だし考えすぎよね。でも……)
私にとってハウラー公爵は悪い印象しかない。
以前会ったときに敵意を剥き出しにされ、酷いことを言われたから当然だ。
アイロスも公爵に対して、ああいう人だと話していたことから、家でも態度は変わらないのかもしれない。
となれば、シルヴィアが帰りたくないというのも納得できてしまう。
私の心配事はそれだけではなかった。
おそらく、シルヴィアは混乱していて思わず口にしてしまっただけなのかもしれない。
けれど、彼女は『側室でもいい』と言った。
その言葉がいつまでも頭の中をぐるぐると巡り、胸の奥がもやもやとさせる。
「いつまでもここにいても仕方がないし、エラが待っているし、行こう……」
私は独り言をぽつりと漏らすと歩き出した。
***
(※シルヴィア視点)
私はアイロスお兄様の首にぎゅっと掴まりながら、抱きかかえられ廊下を歩いていた。
こんなふうに抱っこされるのは子供のときぶりな気がして、懐かしさと同時に嬉しさが込み上げてくる。
にやけそうになる顔を隠すため、お兄様の肩に顔を埋めていた。
あの場で大泣きしたのは少しやり過ぎだったかもしれない。
けれど、そうでもしないと、またあの屋敷に連れ戻されてしまう。
もう、時間はあまり残されていないのだから、やれることはどんな手でも使わなければ……。
昨日、王宮で父に会い、近々ザシャの婚約者が決まると聞かされた。
父は私が選ばれるだろうと話していたけど、それはないと思っている。
カトリナ様が辞退するのであれば、選ばれるのは間違いなくエミリー様だ。
ユリア様は前婚約者の件で疑惑を向けられているので、恐らくないだろう。
そして、私は公爵家の令嬢ではあるが、生まれつき体が弱いため跡継ぎを生むことができるか分からない。
となれば、残るはエミリー様しかいない。
しかも、ザシャはエミリー様に惹かれているので、間違いなくそうなるように動くはずだ。
私は最初から自分が選ばれないことは分かっていた。
正直誰がザシャの婚約者になっても構わないと思っていた。
けれど、ここでザシャと接するようになって、幼かった頃のわくわくするような、ときめくような気持ちを思い出した。
それは、今までずっと忘れていた感情だった。
彼はあのときと変らず私に優しい表情を向けてくれて、その顔を見る度に胸の奥が疼く。
婚約者になれなかったとしても構わない。
ただ、この幸福感に満ちた生活をずっと続けたい。
そう思うと、ますますあの屋敷には戻りたくなくなった。
父は王位に就くことに執着し、娘である私すらも道具にしか思っていない人間だ。
だからこそ、今回私を無理矢理婚約者候補に捩じ込んだのだろう。
もし、私とザシャとの間に子供ができれば、その子には王位継承権が与えられる。
それならば、それを逆手にとって、うまく使わせてもらうだけ。
(アイロスお兄様、ごめんなさい……。でも、お兄様はきっと私の気持ちを分かってくれるはずよね)
「……ヴィー、そろそろ部屋に着くがこのまま入っても構わないか?」
不意に優しい声が響いてきて、私は静かに顔を上げた。
「随分と目が真っ赤だ」
「……っ、大丈夫です。心配させてしまって、ごめんなさい……」
どうやら、お兄様には私がわざと泣いたことは気づかれてなさそうだ。
お兄様は勘が鋭いところがあるから、見破られるかヒヤヒヤしたけど、どうやら大丈夫そうで安心した。
けれど、嘘をついてしまったことには、ほんの少し罪悪感を覚えた。
「別に俺のことは気にしなくていい。俺はヴィーの兄だ。心配するのは当然だろう?」
「ふふっ、相変わらず優しいのね。やっぱり、私の味方はお兄様だけかも……」
私が小さく笑って答えると、お兄様の表情が僅かに険しくなった。
「とりあえず、まずは中に入るか。話はヴィーが落ち着いてからで構わないから」
「ええ、ありがとう。そうさせてもらうわ……」
部屋に入ると、真っ赤に腫れあがった私の目元を見て、メイドはすごく心配してくれた。
実はこれも打ち合わせ通り。
エレンは幼い頃からずっと私の傍にいてくれたお世話係だ。
だからこそ、私の事情を知っていて協力者になってくれている。
彼は少し困った顔を浮かべ「一度部屋に戻るか」と言ったので、私は小さく頷いた。
ここはザシャの離宮であるため、出入りする者は限られているが、今のシルヴィアの姿を見てあらぬ誤解をされたり変な噂を立てられる可能性もないとは言えない。
ザシャの婚約者発表を控えている今はなおさらだ。
「ヴィー、このまま抱きかかえるから、俺の首にしっかり掴まっておくんだぞ」
アイロスがシルヴィアにそう告げると、彼女はアイロスの首にぎゅっと掴まり、それを合図にするようにシルヴィアの体がふわりと持ち上げられた。
「エミリー悪い。俺はこれからシルヴィアを部屋まで連れて行く」
「分かりました」
私はアイロスの言葉に答えたあと、ちらりとシルヴィアのほうに視線を向ける。
しかし、その表情を俯いていて確認することはできなかった。
少し心配ではあるが、兄であるアイロスが傍にいれば大丈夫だろう。
そのあとすぐにアイロスはシルヴィアを連れてその場を離れ、私は道の真ん中にぽつんと一人立ち尽くしていた。
あまりにも突然の出来事すぎて、頭の中は今も少し混乱いている。
シルヴィアはなぜ、あんなことを急に言い出したのだろう。
(家に帰りたくない、か。あの公爵様からなにか嫌なことを言われている……とか? だけど、実の娘だし考えすぎよね。でも……)
私にとってハウラー公爵は悪い印象しかない。
以前会ったときに敵意を剥き出しにされ、酷いことを言われたから当然だ。
アイロスも公爵に対して、ああいう人だと話していたことから、家でも態度は変わらないのかもしれない。
となれば、シルヴィアが帰りたくないというのも納得できてしまう。
私の心配事はそれだけではなかった。
おそらく、シルヴィアは混乱していて思わず口にしてしまっただけなのかもしれない。
けれど、彼女は『側室でもいい』と言った。
その言葉がいつまでも頭の中をぐるぐると巡り、胸の奥がもやもやとさせる。
「いつまでもここにいても仕方がないし、エラが待っているし、行こう……」
私は独り言をぽつりと漏らすと歩き出した。
***
(※シルヴィア視点)
私はアイロスお兄様の首にぎゅっと掴まりながら、抱きかかえられ廊下を歩いていた。
こんなふうに抱っこされるのは子供のときぶりな気がして、懐かしさと同時に嬉しさが込み上げてくる。
にやけそうになる顔を隠すため、お兄様の肩に顔を埋めていた。
あの場で大泣きしたのは少しやり過ぎだったかもしれない。
けれど、そうでもしないと、またあの屋敷に連れ戻されてしまう。
もう、時間はあまり残されていないのだから、やれることはどんな手でも使わなければ……。
昨日、王宮で父に会い、近々ザシャの婚約者が決まると聞かされた。
父は私が選ばれるだろうと話していたけど、それはないと思っている。
カトリナ様が辞退するのであれば、選ばれるのは間違いなくエミリー様だ。
ユリア様は前婚約者の件で疑惑を向けられているので、恐らくないだろう。
そして、私は公爵家の令嬢ではあるが、生まれつき体が弱いため跡継ぎを生むことができるか分からない。
となれば、残るはエミリー様しかいない。
しかも、ザシャはエミリー様に惹かれているので、間違いなくそうなるように動くはずだ。
私は最初から自分が選ばれないことは分かっていた。
正直誰がザシャの婚約者になっても構わないと思っていた。
けれど、ここでザシャと接するようになって、幼かった頃のわくわくするような、ときめくような気持ちを思い出した。
それは、今までずっと忘れていた感情だった。
彼はあのときと変らず私に優しい表情を向けてくれて、その顔を見る度に胸の奥が疼く。
婚約者になれなかったとしても構わない。
ただ、この幸福感に満ちた生活をずっと続けたい。
そう思うと、ますますあの屋敷には戻りたくなくなった。
父は王位に就くことに執着し、娘である私すらも道具にしか思っていない人間だ。
だからこそ、今回私を無理矢理婚約者候補に捩じ込んだのだろう。
もし、私とザシャとの間に子供ができれば、その子には王位継承権が与えられる。
それならば、それを逆手にとって、うまく使わせてもらうだけ。
(アイロスお兄様、ごめんなさい……。でも、お兄様はきっと私の気持ちを分かってくれるはずよね)
「……ヴィー、そろそろ部屋に着くがこのまま入っても構わないか?」
不意に優しい声が響いてきて、私は静かに顔を上げた。
「随分と目が真っ赤だ」
「……っ、大丈夫です。心配させてしまって、ごめんなさい……」
どうやら、お兄様には私がわざと泣いたことは気づかれてなさそうだ。
お兄様は勘が鋭いところがあるから、見破られるかヒヤヒヤしたけど、どうやら大丈夫そうで安心した。
けれど、嘘をついてしまったことには、ほんの少し罪悪感を覚えた。
「別に俺のことは気にしなくていい。俺はヴィーの兄だ。心配するのは当然だろう?」
「ふふっ、相変わらず優しいのね。やっぱり、私の味方はお兄様だけかも……」
私が小さく笑って答えると、お兄様の表情が僅かに険しくなった。
「とりあえず、まずは中に入るか。話はヴィーが落ち着いてからで構わないから」
「ええ、ありがとう。そうさせてもらうわ……」
部屋に入ると、真っ赤に腫れあがった私の目元を見て、メイドはすごく心配してくれた。
実はこれも打ち合わせ通り。
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