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118.平穏すぎる日々
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あれから二週間が過ぎ、私は平穏すぎる日常を過ごしていた。
ザシャの体調が回復したことで執務の手伝いの仕事もなくなり、以前まで自由に行き来していた王宮の立ち入りも控えて、今は離宮の中ので生活を送っている。
ハウラー公爵が私に接触し本性を露わにしたことで、安全策を取りこのような処置になった。
ここにいれば身の安全は保障されるが、今までできていたことまで奪われ退屈にも思えてしまう。
(こんなことを考えたらダメだけど、少し窮屈に感じるわ……)
読みたい本があればアイロスが図書室から持ってきてくれるし、たまにアンナが顔を見せにくれたりしてくれることもある。
そして、カトリナは私の教師という名目で、特別に週に二度程度この離宮に訪れては私にマナーレッスンや、教養など教えてくれている。
性別が違うアイロスでは教えにくいものもあるからだ。
アンナやカトリナをこの離宮に入れることを許可したのはザシャであり、信頼できる人間を傍に置くことで少しでも私の不安を和らげようと考えてくれているのだろう。
私はこの平穏すぎる日々を無駄に過ごしたくはなかった。
私にはのんびり休んでいる時間なんてない。
きっと今回の件が落ち着けば、私は公の場でザシャの婚約者として正式に発表されるだろう。
その日のために、私は少しでもザシャの隣に立つのに相応しい人間になりたいと考えていた。
「んー……!」
午前中の座学の時間が終わると、私は両手を伸ばし呻るような声を上げた。
アイロスと目が合うと、彼はやれやれといったように呆れた顔を向けてくる。
「あ、……っ、すみません」
今のは無意識に行ってしまった行動だ。
慣れてきたとはいえ、このような生活を始めてまだ半年程度しか経っておらず、体に染みついた習慣は意識していないと勝手に出てきてしまうことが多々ある。
私は苦笑を浮かべ、彼に向って小さく謝った。
「俺の前では気にしなくていい。あまり根詰めても良くないだろうからな」
アイロスは私に気を遣い、このように言ってくれたのだろう。
こんなふうに素の自分を出せるということは、私は彼に気を許しているからだ。
彼が傍にいれることで、窮屈な生活であっても息が詰まる思いはしなくて済んでいる。
「ありがとうございますっ、アイロスさん」
「別に大したことではない。ああ、そうだ。今日は天気もいいし庭のほうで昼食を摂ろう。日光浴をすると元気になると、エラが言っていた」
「エラが……?」
「今頃、張り切って準備を進めているんじゃないか?」
アイロスだけではなく、エラも私のことを気にかけてくれている。
その優しさが嬉しくて胸の奥が熱くなった。
私は胸に手を当てて笑顔を浮かべると「今日の昼食は楽しくなりそうね!」と嬉しそうに漏らした。
すると、アイロスも小さく微笑み「そうだな」と言った。
(少しでも窮屈なんて思ってしまった私は馬鹿ね。後ろ向きな考えを持つから不満に思えてしまうんだわ。もっと気楽に楽しく考えよう……)
自分の中でひとつの答えが見つかると、気持ちも軽くなり気分まで明るくなっていくようだ。
前向き思考は私の長所だと思っている。
***
私はアイロスと並んで離宮の廊下を歩いていると、逆方向から薄桃色の可愛いドレスを纏ったシルヴィアの姿が目に入り、ドキッと心臓が揺れる。
同じ離宮で暮らしているので顔を合わすことは決して珍しくはないが、頻繁にあるわけでもないため、こういうふうに偶然出会ってしまうと変に緊張してしまう。
(シルヴィア様……)
ちなみに私は淡い水色のワンピースを身に付けている。
以前ザシャから、私は空色が似合うと言われたことがあり、それ以来お気に入りの色になったというわけだ。
実に単純だとは思うけど、好きな人に選んでもらったから空色はその日から私の特別に変わった。
本当は慣れるためにも普段からドレスを着用していたのほうがいいのだと思うのだが、コルセットが苦しいのと着なれないものを身に付けているとどうしてもそわそわしてしまい、座学に集中できなくなってしまうという難点があった。
そこで、ダンスやマナーのレッスンの時以外はワンピースを着用している。
「あら? エミリー様に、お兄様……!」
シルヴィアも私たちの存在に気づくと、花が咲いたように笑顔を浮かべパタパタとこちらに駆けてきた。
「そんなに走ったら、転ぶぞ」
「大丈夫です! もう、お兄様は心配性なんだから」
アイロスに呆れた顔をされて、シルヴィアはムスッとした顔で言い返していた。
「シルヴィア様、ごきげんよう」
「あっ、ごきげんよう。エミリー様」
私はカトリナに教えてもらったように、カーテシーをして挨拶を返す。
すると、シルヴィアもふわりとドレスを揺らし、同じ動作を返した。
カトリナの訓練を受けているからとはいえ、令嬢としての作法が身に付いているシルヴィアと比べると私はまだまだ未熟だと感じてしまう。
(いつか、私も綺麗にカーテシーを決められるようになりたいな)
私にとって、カトリナやシルヴィアはある意味憧れている令嬢である。
「お二人はこれからどちらに行かれるんですか?」
「庭で昼食をする」
「お庭で……。いいですね、天気もいいですし!」
アイロスが端的に答えると、シルヴィアはじーっとアイロスのほうを見ていた。
彼女がなにを望んでいるのか私は気づいてしまい、思わず苦笑を浮かべそうになってしまう。
「あの、よろしければ、シルヴィア様もご一緒されますか?」
「えっ? 宜しいのですか!? 是非! そうするわ!」
私の言葉に、シルヴィアは目をキラキラと輝かせ嬉しそうに答えていた。
アイロスはどこか不満そうな顔を浮かべて「おい……」と呟く。
その言葉は私にも彼女にも向けられていたのかもしれない。
「いいじゃないですか。食事は多いほうが楽しいし……」
「そうよね! お兄様、エミリー様もそう言ってくれていますし、私ご一緒しますわ!」
今のシルヴィアは令嬢というよりも、無邪気な子供のようだ。
きっと、アイロスと一緒に昼食を摂れるのが嬉しいのだろう。
こんな顔をされてしまえば、断るなんてできない。
アイロスも納得したのか「わかった」とため息交じりに答えていた。
こうして、私たちは一緒に昼食へと向かうことになった。
ザシャの体調が回復したことで執務の手伝いの仕事もなくなり、以前まで自由に行き来していた王宮の立ち入りも控えて、今は離宮の中ので生活を送っている。
ハウラー公爵が私に接触し本性を露わにしたことで、安全策を取りこのような処置になった。
ここにいれば身の安全は保障されるが、今までできていたことまで奪われ退屈にも思えてしまう。
(こんなことを考えたらダメだけど、少し窮屈に感じるわ……)
読みたい本があればアイロスが図書室から持ってきてくれるし、たまにアンナが顔を見せにくれたりしてくれることもある。
そして、カトリナは私の教師という名目で、特別に週に二度程度この離宮に訪れては私にマナーレッスンや、教養など教えてくれている。
性別が違うアイロスでは教えにくいものもあるからだ。
アンナやカトリナをこの離宮に入れることを許可したのはザシャであり、信頼できる人間を傍に置くことで少しでも私の不安を和らげようと考えてくれているのだろう。
私はこの平穏すぎる日々を無駄に過ごしたくはなかった。
私にはのんびり休んでいる時間なんてない。
きっと今回の件が落ち着けば、私は公の場でザシャの婚約者として正式に発表されるだろう。
その日のために、私は少しでもザシャの隣に立つのに相応しい人間になりたいと考えていた。
「んー……!」
午前中の座学の時間が終わると、私は両手を伸ばし呻るような声を上げた。
アイロスと目が合うと、彼はやれやれといったように呆れた顔を向けてくる。
「あ、……っ、すみません」
今のは無意識に行ってしまった行動だ。
慣れてきたとはいえ、このような生活を始めてまだ半年程度しか経っておらず、体に染みついた習慣は意識していないと勝手に出てきてしまうことが多々ある。
私は苦笑を浮かべ、彼に向って小さく謝った。
「俺の前では気にしなくていい。あまり根詰めても良くないだろうからな」
アイロスは私に気を遣い、このように言ってくれたのだろう。
こんなふうに素の自分を出せるということは、私は彼に気を許しているからだ。
彼が傍にいれることで、窮屈な生活であっても息が詰まる思いはしなくて済んでいる。
「ありがとうございますっ、アイロスさん」
「別に大したことではない。ああ、そうだ。今日は天気もいいし庭のほうで昼食を摂ろう。日光浴をすると元気になると、エラが言っていた」
「エラが……?」
「今頃、張り切って準備を進めているんじゃないか?」
アイロスだけではなく、エラも私のことを気にかけてくれている。
その優しさが嬉しくて胸の奥が熱くなった。
私は胸に手を当てて笑顔を浮かべると「今日の昼食は楽しくなりそうね!」と嬉しそうに漏らした。
すると、アイロスも小さく微笑み「そうだな」と言った。
(少しでも窮屈なんて思ってしまった私は馬鹿ね。後ろ向きな考えを持つから不満に思えてしまうんだわ。もっと気楽に楽しく考えよう……)
自分の中でひとつの答えが見つかると、気持ちも軽くなり気分まで明るくなっていくようだ。
前向き思考は私の長所だと思っている。
***
私はアイロスと並んで離宮の廊下を歩いていると、逆方向から薄桃色の可愛いドレスを纏ったシルヴィアの姿が目に入り、ドキッと心臓が揺れる。
同じ離宮で暮らしているので顔を合わすことは決して珍しくはないが、頻繁にあるわけでもないため、こういうふうに偶然出会ってしまうと変に緊張してしまう。
(シルヴィア様……)
ちなみに私は淡い水色のワンピースを身に付けている。
以前ザシャから、私は空色が似合うと言われたことがあり、それ以来お気に入りの色になったというわけだ。
実に単純だとは思うけど、好きな人に選んでもらったから空色はその日から私の特別に変わった。
本当は慣れるためにも普段からドレスを着用していたのほうがいいのだと思うのだが、コルセットが苦しいのと着なれないものを身に付けているとどうしてもそわそわしてしまい、座学に集中できなくなってしまうという難点があった。
そこで、ダンスやマナーのレッスンの時以外はワンピースを着用している。
「あら? エミリー様に、お兄様……!」
シルヴィアも私たちの存在に気づくと、花が咲いたように笑顔を浮かべパタパタとこちらに駆けてきた。
「そんなに走ったら、転ぶぞ」
「大丈夫です! もう、お兄様は心配性なんだから」
アイロスに呆れた顔をされて、シルヴィアはムスッとした顔で言い返していた。
「シルヴィア様、ごきげんよう」
「あっ、ごきげんよう。エミリー様」
私はカトリナに教えてもらったように、カーテシーをして挨拶を返す。
すると、シルヴィアもふわりとドレスを揺らし、同じ動作を返した。
カトリナの訓練を受けているからとはいえ、令嬢としての作法が身に付いているシルヴィアと比べると私はまだまだ未熟だと感じてしまう。
(いつか、私も綺麗にカーテシーを決められるようになりたいな)
私にとって、カトリナやシルヴィアはある意味憧れている令嬢である。
「お二人はこれからどちらに行かれるんですか?」
「庭で昼食をする」
「お庭で……。いいですね、天気もいいですし!」
アイロスが端的に答えると、シルヴィアはじーっとアイロスのほうを見ていた。
彼女がなにを望んでいるのか私は気づいてしまい、思わず苦笑を浮かべそうになってしまう。
「あの、よろしければ、シルヴィア様もご一緒されますか?」
「えっ? 宜しいのですか!? 是非! そうするわ!」
私の言葉に、シルヴィアは目をキラキラと輝かせ嬉しそうに答えていた。
アイロスはどこか不満そうな顔を浮かべて「おい……」と呟く。
その言葉は私にも彼女にも向けられていたのかもしれない。
「いいじゃないですか。食事は多いほうが楽しいし……」
「そうよね! お兄様、エミリー様もそう言ってくれていますし、私ご一緒しますわ!」
今のシルヴィアは令嬢というよりも、無邪気な子供のようだ。
きっと、アイロスと一緒に昼食を摂れるのが嬉しいのだろう。
こんな顔をされてしまえば、断るなんてできない。
アイロスも納得したのか「わかった」とため息交じりに答えていた。
こうして、私たちは一緒に昼食へと向かうことになった。
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