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113.強い意志
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「エミリー、不安にさせてごめん」
ザシャは私の視線に気付くと、申し訳なさそうに謝ってきた。
私は顔を横に振って「大丈夫」と告げる。
彼は側室の問題を本気で解決しようとしているようで、それを知り私は安堵した。
(ザシャさん、本当に側室を取らないつもりなんだ……。どうしよう、すごく嬉しい)
彼はこの国の王太子であり、もしかしたら……、と心のどこかで不安を感じていた。
だけど、今の言葉でザシャは私だけを愛してくれる意思をしっかりと持っていること知り、嬉しい気持ちになる。
その一方で不安が完全になくなったわけではない。
(やっぱり、ハウラー公爵様はシルヴィア様を側室にさせようと考えているのかしら。ううん、もしかしたら婚約者のことも諦めていないのかも)
あの態度を見ていたら、そう考えるのが妥当だろう。
(でも、私はザシャさんを信じよう。それに、今は出来ることを精一杯頑張る。それしかないよね……)
私は少しでも多くの者達に、認めてもらえる存在にならなくてはならない。
それこそが今私が最もやるべきことな気がする。
「私なら、本当に大丈夫です! これくらいで狼狽えていたら、未来の王妃になんてなれませんよねっ!」
私は皆を安心させるために、つい大口を叩いてしまう。
すると周囲の皆は驚いた顔を一斉に向けてきた。
「え……?」
予想外の反応をされ、私の口元からは戸惑った声が漏れる。
「お前、気が早すぎだ。未来の王妃って……」
「エミリーがそこまで考えてくれているのであれば、私も負けてはいられないね」
アイロスは呆れたように答え、ザシャは楽しそうにクスクスと笑っている。
二人の会話を聞いて、私はとんでもないことを口にしてしまったことに気付く。
しかも目の前には現王妃がいるというのに、勢いで口に出してしまった。
(……っ!! どうしよう……、王妃様の前で失礼なことを言ってしまったわ。これ、まずい、よね)
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慌てて王妃に向けて謝ると、頭を下げた。
「エミリー、大丈夫だよ」
隣からザシャの優しい声が響いてくるが、肝心の王妃の言葉がないことに私は気が気ではなかった。
先程の公爵との出会いよりも、今のほうが戸惑っている気がする。
心臓がバクバクと鳴り響き、私の余裕は時間が流れるにつれて奪われいく。
「ふふ、本当に面白い方ね。ザシャの心を奪った理由が、なんとなく分かる気がするわ。エミリーさん、顔を上げて。私は怒ってなんかいないから」
「……っ」
王妃の優しい声が聞こえ、私はゆっくりと顔を上げると、恐る恐る彼女の顔を覗き込む。
その表情はとても穏やかで、たしかに怒っているようには全く見えない。
(良かった……。これからは、もっと発言には気を付けないと)
私は感情に飲まれると、つい先走ってしまう癖があるようだ。
口は災いの元というように、人にとっては気分を害すこともあるだろう。
特に貴族は気難しい人間が多いイメージがあるので、ザシャの婚約者になる以上、改めなければならないことの一つになりそうだ。
「ザシャは、エミリーさんの素直なところに惚れたのかしら?」
「それもあります。だけど、一番は彼女の傍にいると心が楽になれるからです。王太子であることを忘れて、一人の人間に戻れる気がする」
王妃の質問に、ザシャは穏やかな声で答えていた。
彼の横顔を見ると、すごく優しい表情をしていて私はドキドキしてしまう。
(ザシャさんにそんな風に思われているなんて……嬉しいけど、少し恥ずかしいな)
私が一人で照れていると、向けられた視線に気付いたのか彼の瞳がこちら見た。
その瞬間、私の胸はドキッと飛び跳ね鼓動が速くなる。
「こんな風に思える相手はエミリーだけだよ。婚約者にする以上、絶対に守ってみせる」
彼の瞳の奥から強い意志のようなものが感じ取れて胸の奥がじわりと熱くなり、私は感動で涙が溢れそうになる。
必死にそれを耐えようと思うと、顔がどうしても不自然に強ばってしまうが力を抜くわけにはいかない。
きっと目の前で見ているザシャは気付いているのだろう。
(ここで泣くのはダメよ! 王妃様だっているのだから。もう失態は出来ないわっ!)
私は自分に強く言い聞かせる。
「エミリーは私が思う以上に婚約者になるための努力をしてくれた。今度は私が頑張る番だよ」
「……ザシャさんっ」
思いやりのある発言に、感情の渦はさらに大きくなる。
必死に堪えていたが、私の目からは一筋の涙が零れてしまう。
私が慌てて指で涙を拭おうとすると、ザシャは「擦ったらだめだよ」と優しい声で呟きハンカチを私に手渡してくれた。
「……ありがと……っ……」
私は感情が昂り、上手く声を出すことが出来ない。
するとザシャは「無理に喋ろうとしなくていいよ。まずは心を落ち着かせようか」と言ってくれた。
私はその言葉に頷き、彼から受け取ったハンカチで目元を優しく抑える。
「こんな場面を見せられたら、私も協力するしかなさそうね」
王妃は見守るような優しい瞳をこちらに向けると、小さく呟いた。
「エミリーさんが努力家なことは、傍で見ていたから分かっているわ。まだ正式には婚約者には決まっていないけど、王妃教育を始めましょうか。貴女が周囲に早く認められるように、私も出来る限り手伝うわ」
「母上、宜しいのですか?」
突然の王妃の発言に、私もザシャも驚いた顔を見せていた。
「ええ。だけど、ザシャ、貴方は自分がすべき問題を早く解決しなさい。それが出来なければ、結局は何も解決しないとうことを忘れないで」
「分かっています」
普段穏やかな王妃だが、その声は厳しく聞こえた。
ザシャが答えると、王妃はアイロスのほうに視線を向ける。
「アイロス、貴方はどうするつもり? これ以上関われば、ハウラー家から非難されることは避けられないでしょうね。そうなれば、必然的に貴方の立場は厳しいものになるわ。覚悟がないのなら、ここで退きなさい」
「その心配は無用です。疾うに覚悟は出来ています」
アイロスは躊躇することなく、即答で答えた。
それを見ていた王妃は表情を僅かに緩める。
「そう、分かったわ。私が手を貸す以上、もう後戻りは出来なくなる。だけど、ここにいる全員、覚悟は出来ていそうね」
王妃の表情はどこか嬉しそうに見えた。
傍で見守っていたアンナはハラハラしたような顔を浮かべていたが、話が纏まると「私も陰ながら応援します」と言ってくれた。
こうして、私達の意思がはっきりと決まったところで、状況が一気に変わっていくことになる。
ザシャは私の視線に気付くと、申し訳なさそうに謝ってきた。
私は顔を横に振って「大丈夫」と告げる。
彼は側室の問題を本気で解決しようとしているようで、それを知り私は安堵した。
(ザシャさん、本当に側室を取らないつもりなんだ……。どうしよう、すごく嬉しい)
彼はこの国の王太子であり、もしかしたら……、と心のどこかで不安を感じていた。
だけど、今の言葉でザシャは私だけを愛してくれる意思をしっかりと持っていること知り、嬉しい気持ちになる。
その一方で不安が完全になくなったわけではない。
(やっぱり、ハウラー公爵様はシルヴィア様を側室にさせようと考えているのかしら。ううん、もしかしたら婚約者のことも諦めていないのかも)
あの態度を見ていたら、そう考えるのが妥当だろう。
(でも、私はザシャさんを信じよう。それに、今は出来ることを精一杯頑張る。それしかないよね……)
私は少しでも多くの者達に、認めてもらえる存在にならなくてはならない。
それこそが今私が最もやるべきことな気がする。
「私なら、本当に大丈夫です! これくらいで狼狽えていたら、未来の王妃になんてなれませんよねっ!」
私は皆を安心させるために、つい大口を叩いてしまう。
すると周囲の皆は驚いた顔を一斉に向けてきた。
「え……?」
予想外の反応をされ、私の口元からは戸惑った声が漏れる。
「お前、気が早すぎだ。未来の王妃って……」
「エミリーがそこまで考えてくれているのであれば、私も負けてはいられないね」
アイロスは呆れたように答え、ザシャは楽しそうにクスクスと笑っている。
二人の会話を聞いて、私はとんでもないことを口にしてしまったことに気付く。
しかも目の前には現王妃がいるというのに、勢いで口に出してしまった。
(……っ!! どうしよう……、王妃様の前で失礼なことを言ってしまったわ。これ、まずい、よね)
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慌てて王妃に向けて謝ると、頭を下げた。
「エミリー、大丈夫だよ」
隣からザシャの優しい声が響いてくるが、肝心の王妃の言葉がないことに私は気が気ではなかった。
先程の公爵との出会いよりも、今のほうが戸惑っている気がする。
心臓がバクバクと鳴り響き、私の余裕は時間が流れるにつれて奪われいく。
「ふふ、本当に面白い方ね。ザシャの心を奪った理由が、なんとなく分かる気がするわ。エミリーさん、顔を上げて。私は怒ってなんかいないから」
「……っ」
王妃の優しい声が聞こえ、私はゆっくりと顔を上げると、恐る恐る彼女の顔を覗き込む。
その表情はとても穏やかで、たしかに怒っているようには全く見えない。
(良かった……。これからは、もっと発言には気を付けないと)
私は感情に飲まれると、つい先走ってしまう癖があるようだ。
口は災いの元というように、人にとっては気分を害すこともあるだろう。
特に貴族は気難しい人間が多いイメージがあるので、ザシャの婚約者になる以上、改めなければならないことの一つになりそうだ。
「ザシャは、エミリーさんの素直なところに惚れたのかしら?」
「それもあります。だけど、一番は彼女の傍にいると心が楽になれるからです。王太子であることを忘れて、一人の人間に戻れる気がする」
王妃の質問に、ザシャは穏やかな声で答えていた。
彼の横顔を見ると、すごく優しい表情をしていて私はドキドキしてしまう。
(ザシャさんにそんな風に思われているなんて……嬉しいけど、少し恥ずかしいな)
私が一人で照れていると、向けられた視線に気付いたのか彼の瞳がこちら見た。
その瞬間、私の胸はドキッと飛び跳ね鼓動が速くなる。
「こんな風に思える相手はエミリーだけだよ。婚約者にする以上、絶対に守ってみせる」
彼の瞳の奥から強い意志のようなものが感じ取れて胸の奥がじわりと熱くなり、私は感動で涙が溢れそうになる。
必死にそれを耐えようと思うと、顔がどうしても不自然に強ばってしまうが力を抜くわけにはいかない。
きっと目の前で見ているザシャは気付いているのだろう。
(ここで泣くのはダメよ! 王妃様だっているのだから。もう失態は出来ないわっ!)
私は自分に強く言い聞かせる。
「エミリーは私が思う以上に婚約者になるための努力をしてくれた。今度は私が頑張る番だよ」
「……ザシャさんっ」
思いやりのある発言に、感情の渦はさらに大きくなる。
必死に堪えていたが、私の目からは一筋の涙が零れてしまう。
私が慌てて指で涙を拭おうとすると、ザシャは「擦ったらだめだよ」と優しい声で呟きハンカチを私に手渡してくれた。
「……ありがと……っ……」
私は感情が昂り、上手く声を出すことが出来ない。
するとザシャは「無理に喋ろうとしなくていいよ。まずは心を落ち着かせようか」と言ってくれた。
私はその言葉に頷き、彼から受け取ったハンカチで目元を優しく抑える。
「こんな場面を見せられたら、私も協力するしかなさそうね」
王妃は見守るような優しい瞳をこちらに向けると、小さく呟いた。
「エミリーさんが努力家なことは、傍で見ていたから分かっているわ。まだ正式には婚約者には決まっていないけど、王妃教育を始めましょうか。貴女が周囲に早く認められるように、私も出来る限り手伝うわ」
「母上、宜しいのですか?」
突然の王妃の発言に、私もザシャも驚いた顔を見せていた。
「ええ。だけど、ザシャ、貴方は自分がすべき問題を早く解決しなさい。それが出来なければ、結局は何も解決しないとうことを忘れないで」
「分かっています」
普段穏やかな王妃だが、その声は厳しく聞こえた。
ザシャが答えると、王妃はアイロスのほうに視線を向ける。
「アイロス、貴方はどうするつもり? これ以上関われば、ハウラー家から非難されることは避けられないでしょうね。そうなれば、必然的に貴方の立場は厳しいものになるわ。覚悟がないのなら、ここで退きなさい」
「その心配は無用です。疾うに覚悟は出来ています」
アイロスは躊躇することなく、即答で答えた。
それを見ていた王妃は表情を僅かに緩める。
「そう、分かったわ。私が手を貸す以上、もう後戻りは出来なくなる。だけど、ここにいる全員、覚悟は出来ていそうね」
王妃の表情はどこか嬉しそうに見えた。
傍で見守っていたアンナはハラハラしたような顔を浮かべていたが、話が纏まると「私も陰ながら応援します」と言ってくれた。
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