王太子の婚約者選考会に代理で参加しただけなので、私を選ばないでください【R18】

Rila

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112.戸惑い

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  私はアイロスが淹れてくれたお茶の飲み、心を落ち着かせようとしていた。
 まさかここまで大事になるなんて思ってもいなかったし、この後王妃が来たらもっと大変なことになるのではないかと考えると気が気でならなかった。

(こんな状況で、落ち着くなんて無理だわ……)

 だけどそんな素振りを見せてしまえば、この二人に心配をかけてしまうだろう。
 それだけはしたくなくて、何度も小さく深呼吸を繰り返していた。

「お前、動揺し過ぎだ」
「……っ!」

 それが返ってアイロスには戸惑っているように見えてしまったようだ。
 上手く演技が出来ないことは分かっていたので、私は諦めて素直に認めることにする。
 余計なことをすれば、さらに二人に気遣われるのが目に見えていたからだ。

「この状況で、動揺しないなんて無理ですよね」

 私は苦笑いを浮かべながら答えると、隣にいたザシャが私の手を握ってくれた。
 突然触れられてドキッとする。
 最近ザシャに会えずにずっと寂しい思いをしてきたので、少しのことでも私は過剰に反応してしまうようだ。
 しかし、無理をして来てくれたと思うと複雑な思いを感じてしまう。

(ザシャさんに会えたのは嬉しいけど、素直に喜べないわ……。私のせいで、王妃様に叱られたらどうしよう)
 
「エミリーが少しでも落ち着けるように、こうしておくよ」
「……っ」

 ザシャはきっと私を気遣ってそう言ってくれてるのだとは思うが、目の前にはアイロスがいることを忘れてはいないだろうか。
 不意にアイロスと目が合うと睨まれた気がして、私はさっと視線を逸らした。

 そんなことをしていると、部屋の奥からガチャっと扉が開く音が聞こえる。
 視線を向けると、心配そうな顔をした王妃とアンナが入ってきた。

「エミリーさん、大丈夫だった?」
「はい、私なら大丈夫です。王妃様にもご心配をかけてしまい申し訳ありません」

 王妃と目が合うと、私は椅子から立ち上がり慌てるように返した。

「それならいいのだけど……」

 彼女は隣にいるザシャを見つけると「あら、来ていたのね」と特に驚いた様子も見せず呟く。
 私はザシャが咎められてしまうのではないかと、そちらのほうが気掛かりであったが、そんなことは起こらなかった。

「私の婚約者になる大切な女性が怖い目にあったのですから、駆けつけるのは当然です」
「それもそうね」

 彼も特に戸惑った様子を見せることなく、いつもの落ち着いた口調で答えていた。
 私の心配はどうやらいらなかったようだ。
 私がほっとしていると、王妃の視線はアイロスのほうに向けられる。

「アイロスはその場にいたのよね」
「はい。一応その場では追い払いましたが、あの人は結構しつこい人間なので何もしなければまた嫌味を言いに来ると思います」

 王妃の問いにアイロスは冷たい声で答える。
 その様子に、さすがの王妃も苦笑を浮かべていた。

「貴方にとっては実の父親なのよ。追い払うって……」

 その台詞に私も思わず苦笑してしまう。

「俺は何も間違ったことは言っていません。最初に仕掛けて来たのは向こうなのですから、こちらがどう捉えようと仕方がないことかと」

 アイロスは相変わらずの毒舌を続けていた。
 この様子を見ていると、やっぱり彼は父親のことをあまり良くは思って無さそうに伺える。
 公爵とは初対面が最悪の印象だったので庇いたいという気持ちはないが、嫌っているとなれば彼の前ではあまり話題に出さないほうがいいのかもしれない。
 
「母上に相談があります」

 その時、隣に座っているザシャが声を上げた。
 私は戸惑った顔で彼のほうを向くと、不意に目が合う。
 その目は『大丈夫』と訴えかけているように見えて、私は少しだけ安堵する。

(ザシャさん、何を言うつもりなんだろう……)

「聞くわ」

 王妃は短くそう言うと、対面するように反対側のソファーに腰掛けた。

「私の婚約者選考期間は残り1か月程ですが、早めに終わらせて頂きたい」
「……っ!」

 ザシャは真直ぐに王妃のほうを向いて、しっかりとした口調で告げる。
 私は驚いて、思わずザシャのほうを向いてしまう。

「それは、今すぐにエミリーさんが婚約者に決まったと周知させるためかしら?」
「その通りです。正式にエミリーが私の婚約者になったと伝えれば、もっと警護がしやすくなる」

 その話を聞いていた王妃は、困ったように溜息を漏らした。

「たしかに、ザシャが言うことは間違ってないないわ。だけど、そうしたからといって、ハウラー公爵が簡単に諦めると思う? 昔からのしきたりを重んじる貴族達からは当然反発が上がるわよ。それを鎮められるだけの力が貴方にはあるのかしら?」
「必ず説得させてみせます」

 厳しい王妃の言葉に怯むことなく、ザシャは真っ直ぐに前を向きながら言い放つ。
 その姿を見て、彼は本気ななのだと分かった。

(ザシャさん……)

 ザシャの態度を見ていると胸の奥が熱くなる。
 私の為にしようとしてくれている姿が、すごく嬉しかった。

「貴方の意思は良く分かったわ。だけど、言いたくはないけど……、エリーザさんの時のようなことが起こらないとも限らない。エミリーさんが目立つ存在になれば、必ず悪意を向ける者達は現れるわ」
「……っ」

 王妃の言葉に、私はびくっと体を震わせてしまう。

(それって私もエリーザさんみたいに、命を狙われるってこと……?)

「エミリーさん、ごめんなさい。貴女を怖がらせたいわけではないの。だけど、そういう危険性もこの先ないとは言い切れないことだから、それだけは心に留めておいて」
「……はい」

 以前、ザシャからも似たようなことを言われたことがある気がする。
 あの時は、まだ自分がそのような立場になるなんて思ってもいなかったので、大して気にはしていなかった。
 だけど私がザシャの婚約者に決まれば、おのずと注目されることになる。
 私は田舎の男爵家の人間だ。侯爵のように、やっかみを持つ者もいるかもしれない。

「母上、エミリーを怖がらせないで欲しい」
「心に留めていれば、自分の身を守れることにも繋がるわ。常にザシャが傍に付いていられるわけではないでしょ」

 両方の気持ちが分かるからこそ、私はどちら側の意見にも付けず戸惑ってしまう。

「王妃様、それはご安心ください。こいつの警護は俺が引き受けています。過去のような過ちは絶対に起こさせない。例え相手が父であろうと、俺はザシャ様の命令に従います」

 アイロスの言葉に、二人の言葉は止まった。
 彼の忠実さに驚き私も何も言えずにいたため、周囲は沈黙に包まれる。
 それを破ったのはザシャだった。

「アイロス、ありがとう。とりあえず、今回の件は父上に話してみる。私一人で決められる問題ではないからね」
「そうね。きっと良い考えを与えて下さるわ。ザシャは、側室の件はどうするつもりなのかしら」

 王妃の口から出た『側室』という言葉を聞いて、胸の奥がもやもやとし始める。
 ザシャは「今ここでしなくても」と諫めていたが、王妃は止めるつもりはないようだ。

「貴方が早くなんとかしない限り、エミリーさんはずっと不安なの。その意味分かっているわよね。本気で彼女だけを愛するつもりがあるのなら、言葉だけではなく行動で示しなさい。それが陛下との約束でしょ?」
「……はい。その件は、早急に解決します」

(どういうこと……?)

 私は会話には付いていけず、ただ戸惑うだけだった。
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