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110.強くなりたい
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「あのっ……」
「どうした?」
私は首を傾けて、隣を歩くアイロスの横顔を眺めながら再び声をかけた。
彼は直ぐにこちらの方へと視線を向けてきたので、私は足を止めた。
「アイロスさんは、シルヴィア様の傍付きに戻るんですか?」
「さっき父上が言っていたことか」
私が不安げに瞳を揺らしていると、アイロスは小さく呟いた。
こんな質問をしたら、彼のことを困らせてしまうかもしれない。
しかし、私の中の不安が時間と共に大きくなっていき、聞かずにはいられなかった。
「そんなに不安そうな顔をするな。俺はシルヴィアの傍付きに戻るつもりはない」
彼は迷うことなく、はっきりと言い切った。
その言葉を聞いて、私はどこかほっとしていた。
だけど、やっぱり素直に喜ぶことなんて出来ない。
アイロスにとって、それが最善の選択だとは思えなかったからだ。
「アイロスさんは、それでいいんですか? また妹のシルヴィア様の傍にいられるチャンスなのに……」
「また他人の心配か。前にも話したが、シルヴィアには幼い頃から傍に置いている侍女がいる。だから俺がいなくても大した問題にはならない。そんなことよりも、エミリー、お前はもう少し危機意識を持つべきだと思うぞ」
アイロスは再び呆れたようにため息を漏らした。
「だけど、これは良い機会なのかもしれないな」
「え?」
「お前が自分の立場を自覚するための、良い機会だって意味だ。先に言っておくが、お前には選択肢はない。もう後戻りは出来ない所まできているのだからな。ザシャ様の婚約者になることを受け入れた時、覚悟はしたんだろ?」
「……一応」
アイロスの鋭い言葉に私は唾をごくりと呑み込んだ。
私は掌をぎゅっと握りしめ、小さく呟く。
か細い声になってしまったのは、私に自身がないからなのだろう。
先程、公爵に罵られたことが、いつまでも頭にこびり付いている。
私は王太子であるザシャには相応しくない存在。
それは前から分かっていたことだけど、実際口に出されて言われると、かなり堪えるものだった。
私の存在全てを否定された気がして、今まで努力で作り上げた自信が脆くも崩れ落ちてしまいそうですごく怖い。
アイロスは私の返答を聞いて何かを察したのか、突然私の腕をぐいっと掴み歩き出した。
「え、ちょっと……アイロスさん?」
「ここで話していても埒が明かない。とりあえず執務室に行くぞ」
アイロスが私の手を引いてくれたおかげで、不安で固まっていた足が動き出した。
乱暴に掴まれた手首は少し痛かったけど、あの場から引っ張ってくれたことには感謝していた。
通路に長く留まれば、また酷いことを言われるかもしれない。
もうあんな傷付ける為の言葉は聞きたくは無かった。
(アイロスさん、ありがとう……)
***
執務室に入ると、誰の姿もなかった。
室内はしんと静まり返っていて、それがどこかほっとする。
少なくもここにいれば、敵意を向けられる心配はないはずだ。
「とりあえず、お前はそこに座れ。俺は少し部屋を出るが、お前は絶対にここから出るなよ」
「……っ!? ひ、一人にしないでくださいっ!」
一人になることが怖くて、私は泣きそうな瞳で彼を引き留めた。
「安心しろ。この部屋に入れる人間は限られている。それに直ぐに戻ってくる」
「で、でもっ」
「怖いのは分かるが、お茶の準備を頼みにいくだけだ。動揺を表に出したまま、王妃様には会えないだろ?」
「それは、そうですが……」
たしかにこんな弱気な姿を見せたら、王妃に幻滅されてしまうかもしれない。
私のことを受け入れてくれる人の期待を裏切りたくはなかった。
(直ぐに戻ってくるって言ってるし、大丈夫……だよね)
「分かりました。大人しくしています。でもっ、早く戻ってきてくださいねっ!」
「ああ、分かってる。直ぐに戻ってくる」
彼はそう言うと、部屋を出て行った。
一人きりになった室内で、私は大きく息を吐いた。
ため息に溶けるように不安を外に吐き出すと、少しだけ気持ちが楽になったような気がするが、所詮はそんな気がするだけで何一つ問題は解決していないのだから、気持ちが落ち着くはずもなかった。
まるで新たな壁にぶち当たったような気分だ。
乗り越えるためには、あとどれくらい努力すれば良いのかすらも分からない。
それくらい高い壁のように思えてくる。
だけど、同時に絶対に負けたくないという気持ちがひしひしと湧き上がって来る。
正直、すごく悔しい。
私は驚いているだけで、何の言葉も返すことが出来なかった。
こんなんでザシャの婚約者なんて務まるのだろうか。
(でも、言い返していたら、もっと酷いことを言われていたのかも。怖かったし……)
私は色々頭を巡らせてみるが、結局良い考えなんて一つも見つからなかった。
だけど一つだけ確かなことがある。
私が諦めてしまえば、今まで背中を押してくれた人達の努力も、その期待も全て水の泡になってしまうということだ。
これはもう私だけの問題ではなくなっている。
私を中心にして、周りの人間を大きく巻き込んでいるのだから。
「もっと、強くなりたいな……」
そんなことを静寂の中、ぽつりと漏らした。
そんな時だった。
背後からガチャッと扉が開く音が聞こえてきて、私の心臓はドキッと飛び跳ねる。
アイロスが戻って来たのだろうかと思い、私は慌てて後ろを振り返った。
「エミリー、無事か?」
「……ザシャ、さん?」
そこには息を切らしたザシャが立っていた。
「どうした?」
私は首を傾けて、隣を歩くアイロスの横顔を眺めながら再び声をかけた。
彼は直ぐにこちらの方へと視線を向けてきたので、私は足を止めた。
「アイロスさんは、シルヴィア様の傍付きに戻るんですか?」
「さっき父上が言っていたことか」
私が不安げに瞳を揺らしていると、アイロスは小さく呟いた。
こんな質問をしたら、彼のことを困らせてしまうかもしれない。
しかし、私の中の不安が時間と共に大きくなっていき、聞かずにはいられなかった。
「そんなに不安そうな顔をするな。俺はシルヴィアの傍付きに戻るつもりはない」
彼は迷うことなく、はっきりと言い切った。
その言葉を聞いて、私はどこかほっとしていた。
だけど、やっぱり素直に喜ぶことなんて出来ない。
アイロスにとって、それが最善の選択だとは思えなかったからだ。
「アイロスさんは、それでいいんですか? また妹のシルヴィア様の傍にいられるチャンスなのに……」
「また他人の心配か。前にも話したが、シルヴィアには幼い頃から傍に置いている侍女がいる。だから俺がいなくても大した問題にはならない。そんなことよりも、エミリー、お前はもう少し危機意識を持つべきだと思うぞ」
アイロスは再び呆れたようにため息を漏らした。
「だけど、これは良い機会なのかもしれないな」
「え?」
「お前が自分の立場を自覚するための、良い機会だって意味だ。先に言っておくが、お前には選択肢はない。もう後戻りは出来ない所まできているのだからな。ザシャ様の婚約者になることを受け入れた時、覚悟はしたんだろ?」
「……一応」
アイロスの鋭い言葉に私は唾をごくりと呑み込んだ。
私は掌をぎゅっと握りしめ、小さく呟く。
か細い声になってしまったのは、私に自身がないからなのだろう。
先程、公爵に罵られたことが、いつまでも頭にこびり付いている。
私は王太子であるザシャには相応しくない存在。
それは前から分かっていたことだけど、実際口に出されて言われると、かなり堪えるものだった。
私の存在全てを否定された気がして、今まで努力で作り上げた自信が脆くも崩れ落ちてしまいそうですごく怖い。
アイロスは私の返答を聞いて何かを察したのか、突然私の腕をぐいっと掴み歩き出した。
「え、ちょっと……アイロスさん?」
「ここで話していても埒が明かない。とりあえず執務室に行くぞ」
アイロスが私の手を引いてくれたおかげで、不安で固まっていた足が動き出した。
乱暴に掴まれた手首は少し痛かったけど、あの場から引っ張ってくれたことには感謝していた。
通路に長く留まれば、また酷いことを言われるかもしれない。
もうあんな傷付ける為の言葉は聞きたくは無かった。
(アイロスさん、ありがとう……)
***
執務室に入ると、誰の姿もなかった。
室内はしんと静まり返っていて、それがどこかほっとする。
少なくもここにいれば、敵意を向けられる心配はないはずだ。
「とりあえず、お前はそこに座れ。俺は少し部屋を出るが、お前は絶対にここから出るなよ」
「……っ!? ひ、一人にしないでくださいっ!」
一人になることが怖くて、私は泣きそうな瞳で彼を引き留めた。
「安心しろ。この部屋に入れる人間は限られている。それに直ぐに戻ってくる」
「で、でもっ」
「怖いのは分かるが、お茶の準備を頼みにいくだけだ。動揺を表に出したまま、王妃様には会えないだろ?」
「それは、そうですが……」
たしかにこんな弱気な姿を見せたら、王妃に幻滅されてしまうかもしれない。
私のことを受け入れてくれる人の期待を裏切りたくはなかった。
(直ぐに戻ってくるって言ってるし、大丈夫……だよね)
「分かりました。大人しくしています。でもっ、早く戻ってきてくださいねっ!」
「ああ、分かってる。直ぐに戻ってくる」
彼はそう言うと、部屋を出て行った。
一人きりになった室内で、私は大きく息を吐いた。
ため息に溶けるように不安を外に吐き出すと、少しだけ気持ちが楽になったような気がするが、所詮はそんな気がするだけで何一つ問題は解決していないのだから、気持ちが落ち着くはずもなかった。
まるで新たな壁にぶち当たったような気分だ。
乗り越えるためには、あとどれくらい努力すれば良いのかすらも分からない。
それくらい高い壁のように思えてくる。
だけど、同時に絶対に負けたくないという気持ちがひしひしと湧き上がって来る。
正直、すごく悔しい。
私は驚いているだけで、何の言葉も返すことが出来なかった。
こんなんでザシャの婚約者なんて務まるのだろうか。
(でも、言い返していたら、もっと酷いことを言われていたのかも。怖かったし……)
私は色々頭を巡らせてみるが、結局良い考えなんて一つも見つからなかった。
だけど一つだけ確かなことがある。
私が諦めてしまえば、今まで背中を押してくれた人達の努力も、その期待も全て水の泡になってしまうということだ。
これはもう私だけの問題ではなくなっている。
私を中心にして、周りの人間を大きく巻き込んでいるのだから。
「もっと、強くなりたいな……」
そんなことを静寂の中、ぽつりと漏らした。
そんな時だった。
背後からガチャッと扉が開く音が聞こえてきて、私の心臓はドキッと飛び跳ねる。
アイロスが戻って来たのだろうかと思い、私は慌てて後ろを振り返った。
「エミリー、無事か?」
「……ザシャ、さん?」
そこには息を切らしたザシャが立っていた。
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