王太子の婚約者選考会に代理で参加しただけなので、私を選ばないでください【R18】

Rila

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108.突然の遭遇

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 私がザシャの執務を手伝うようになって、一週間ほどが過ぎた。
 王宮に入る時にはいつもアイロスが傍にいてくれるため、私に声をかけて来る者は現れなかった。
 恐らくは、彼が威嚇するような視線を張り巡らせているからなのだろう。
 彼の父は王弟であり、公爵家の次男。
 更に付け加えるのならば、ザシャに認められた専属の従者。
 そんな人間にわざわざ目を付けられようとする者など、いなくて当然だ。
 
 そしてあれ以来、私はザシャに一度も会っていない。
 私のいる離宮にザシャが来ていたことが周囲に知られてしまい、これ以上変な噂が立たないようにと、会うことは止められている。
 私は彼の正式な婚約者ではないし、今はまだ選考期間内である。
 彼は候補者達に対して公平に応じなければならない、という決まりがあるのだから仕方がないことだ。

 本当はすごく会いたい。
 夜、静かな部屋で一人きりでいると、その寂しさは一気に押し寄せてくる。
 寝ようと目を閉じても、もしかしたらザシャがこっそりこの部屋を尋ねてくるのではないかと思うと眠れない。
 とはいえ、いつの間にか眠ってしまっているのだが、寝付きが悪くなっているのは事実だ。
 しかしザシャの執務の手伝いは午後からになるので、寝不足と言うことにはならなかった。

 そして今日も執務室へと向かうために、王宮内の通路をアイロスと並んで歩いていた。

「ザシャさん、まだ体調悪いのかな」
「心配するな。昨日会ったが顔色は随分良くなっていたから、もう大丈夫だろう」

「そっか……。アイロスさん、ザシャさんに会ったんだ」
「…………」

 私が羨ましそうにアイロスのことをじっと見ていると、彼の足が止まった。
 
「一応、俺は毎日報告をしているからな。お前だって毎日手紙の交換をしているだろ?」

 アイロスはため息交じりに答えた。

「それは、そうだけどっ……。顔を見れていいなって、ちょっと思っちゃっただけです」

 私は困った顔を浮かべ、もじもじしながら小さく呟いていた。

 彼は私達の手紙の橋渡し役になってくれている。
 そのおかげで、手紙と言う形でザシャと繋がる事が出来ている。
 当然感謝はしているけど、それでもやっぱり羨ましいとは思ってしまう。

「あと数日もすれば執務にも顔を出すはずだ。そうなれば婚約者候補達との時間も取られるはずだろう。もう少しの辛抱だ、我慢しろ」
「……っ、はいっ!」

(そっか、あと少しなんだ。ザシャさんが戻ってくるまで、頑張ろう)

 アイロスの話を聞いて、私の表情は自然と緩んでいく。
 そして再び私達は歩き出した。

 歩き出してから暫くすると、通路の端に人が立っていて明らかに私達の方を見ている。
 金髪で背が高く、年齢は見た感じ50代といった所だろうか。
 王宮内にいる者とすれ違うことは決して珍しくはないのだが、その人物は真っ直ぐに私のことを見ているように思えて、それがすごく気になってしまう。

「エミリー、あの男は無視していい」
「え」

 その男との距離が近づくにつれて、不意にアイロスは私に届く程の小声で呟いた。
 突然そんなことを言われて私は戸惑ってしまい、アイロスの方に視線を向けた。
 しかし、彼はそれ以上何も言わなかった。
 ただ前を真っ直ぐに向いているが、その表情はどこか険しいようにも見えた。

(アイロスさん……?)

 私達の行く手に立っているあの人物は、アイロスの知り合いなのだろうか。
 それとも良くないタイプの人間なのだろうか。
 私は色々なことを考えてしまい、小さな不安と混乱を感じ始めていた。
 その為、視界に映さないように顔を俯かせてしまう。

(いつもなら、アイロスさん、何も言わないのに……)

 私は心の中で、何も起こらないでと呟いていた。
 しかし、それから数歩進んだ時だった。

「失礼ですが、ヴィアレット男爵家のご令嬢である、エミリー様ですよね?」
「……っ、は、はい」

 通路に立っていた男とすれ違おうとした際に声をかけられた。
 その声はとても落ち着いて、柔らかい口調だった。
 私は咄嗟に顔を上げて反応してしまう。

「突然話しかけてしまい、驚かせてしまいましたか? そうでしたら申し訳ない」
「いえ、そんなことは……」

 私は辿々しい口調で返す。
 
(話しかけられたのに、無視なんて出来ないわ。身なりから明らかに貴族だと思うし……)

 慌てて返事をしてしまったが、この後どうしようかと悩み、私は助けを求めるようにアイロスの方に視線を向けた。

「父上、申し訳ないですが私達は先を急いでいます。要件ならば、あとで俺が聞きます」
「アイロス、相変わらずお前は無愛想な態度のままだな。久しぶりに会ったというのに……」

 隣にいたアイロスは淡々とした口調で返していた。
 そんなことよりも、この貴族がアイロスの父であるという事実を知り、私はそのことに驚いていた。

(この人が、アイロスさんのお父様!?)
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