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106.執務を手伝う④
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午前中はアイロスが用意してくれた資料に目を通していた。
中には見慣れない言葉が出てきたりして、その都度アイロスに質問を繰り返していた。
彼は嫌な顔せず丁寧に教えてくれた。
アイロスには普段から勉強を見て貰っているが、やっぱり彼の説明は無駄なものがなくてすごく分かりやすい。
その為説明を聞いた後はスッと理解出来て、直ぐに次の資料に目を通すことが出来る。
(やっぱりアイロスさんってザシャさんの側近だけあるんだな……)
私が彼に追いつくのは、きっと何年も先になるのだろう。
だけど今回この仕事を受けたことで、ザシャと一緒に仕事をするという私の細やかな夢が、少し前進したような気がする。
きっとこの仕事の手伝いを進めてくれたのはアイロスなのだろう。
(アイロスさん、ありがとう。考え事はここまでにして、頑張ろう……)
私は考え事をやめると、再び資料を見ることに集中した。
***
時間を忘れるように没頭していると、扉の方からトントンと音が響いて来た。
私とアイロスは、同時に扉の方へと視線を向けた。
「来たみたいだな」
「もうっ!?」
集中し過ぎていたせいで、あれから時間が大分過ぎていたことに気付かなかった。
おかげで私は慌ててしまう。
心の準備をすることを忘れていたからだ。
「お前は焦り過ぎだ。覚悟を決めろ」
「……はいっ」
暫くすると扉の奥から「失礼します」と聞き慣れた声が響いて来た。
扉が開かれると、その奥からはアンナと、シルフィーナの姿が視界に入った。
私達はソファーから立ち上がると、姿勢良く背筋を伸ばし二人が入って来るのを待った。
激しく緊張しているせいか、待っているこの僅かな時間がとても長く感じてしまう。
そして二人は私達の前まで歩いて来ると、シルフィーナの足がピタリと止まった。
「王妃様っ、今日はどうぞよろしくお願いします」
「おい……」
私は緊張を隠す様に声を大きめに出して挨拶をすると、深く頭を下げた。
隣からはアイロスの声が響いて来たが、緊張し過ぎているせいか私の頭の中には入って来なかった。
「あら、やっぱりバラしてしまったのね」
「俺はザシャ様の従者ですから。起こった事を報告する義務があります」
「ふふっ、貴方らしい答えね、アイロス。それに、エミリーさん、もう頭を上げて。そんなに畏まらなくても平気よ」
「……っ、はい」
シルフィーナの声は以前と同様に穏やかで、悪い印象は一切感じなかった。
私が顔を上げると、すぐに視線が合う。
するとシルフィーナはにっこりと愛想の良い笑顔を私に向けてくれた。
「まずはエミリーさんにお礼を言わないといけないわね」
「え?」
なんの話か分からず、私はきょとんとしてしまう。
「ザシャを説得してくれた事、感謝するわ」
「えっと、あの……」
私は意味が分からず、慌ててアイロスの方へと視線を向けた。
「ザシャ様が無理をしていることは俺もずっと気付いていた。だけどいくら休むようにと説得しても、全く聞き入れて貰えなかった」
「そうなのよね。私もアイロスと同じよ。大丈夫の一点張り。あの子、意外と強情なのよね。だけど貴方の言葉は素直に聞き入れてくれたわ。あのまま無理を続けていれば、きっともっと酷い状態になっていたのかもしれないわ。だからそのお礼よ。本当に感謝しているわ、エミリーさん」
「私はザシャさ……、殿下が心配なだけで。もっと早くに気付いていたら、倒れることも無かったかもしれません」
「ふふっ、いつも通り『ザシャさん』って呼んでいいのよ」
「……っ!!」
私がどうしてその事を知っているの? と驚いた顔を浮かべていると、不意にアンナと目が合った。
彼女は困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべているように見えた。
その姿を見て直ぐに察した。
そう言えば、アンナは私の事をシルフィーナに報告しているといつか聞いた気がする。
ということは、私のことは色々とシルフィーナには筒抜けなのだろう。
そう思うと恥ずかしさが込み上げて来てしまう。
しかしそれはアンナの仕事でもあるのだから、彼女を責めるつもりは一切ない。
「お礼と言っては何だけど、エミリーさんはお菓子が好きだと伺ったから、色々と用意して来たの。休憩の時にでも召し上がって。アイロスも一緒に食べて良いわよ」
「わざわざ用意して頂き、ありがとうございますっ」
(そういえばアイロスさんって甘党だったんだっけ……。あとで一緒に食べよう)
改めて話してみるとシルフィーナはすごく感じが良いし、難そうな雰囲気を全然感じない。
ザシャのように、穏やかな性格なのだろうか。
話しているうちに、来た時はガチガチだった緊張も大分解れていった。
そしてその後、執務に取り掛かった。
中には見慣れない言葉が出てきたりして、その都度アイロスに質問を繰り返していた。
彼は嫌な顔せず丁寧に教えてくれた。
アイロスには普段から勉強を見て貰っているが、やっぱり彼の説明は無駄なものがなくてすごく分かりやすい。
その為説明を聞いた後はスッと理解出来て、直ぐに次の資料に目を通すことが出来る。
(やっぱりアイロスさんってザシャさんの側近だけあるんだな……)
私が彼に追いつくのは、きっと何年も先になるのだろう。
だけど今回この仕事を受けたことで、ザシャと一緒に仕事をするという私の細やかな夢が、少し前進したような気がする。
きっとこの仕事の手伝いを進めてくれたのはアイロスなのだろう。
(アイロスさん、ありがとう。考え事はここまでにして、頑張ろう……)
私は考え事をやめると、再び資料を見ることに集中した。
***
時間を忘れるように没頭していると、扉の方からトントンと音が響いて来た。
私とアイロスは、同時に扉の方へと視線を向けた。
「来たみたいだな」
「もうっ!?」
集中し過ぎていたせいで、あれから時間が大分過ぎていたことに気付かなかった。
おかげで私は慌ててしまう。
心の準備をすることを忘れていたからだ。
「お前は焦り過ぎだ。覚悟を決めろ」
「……はいっ」
暫くすると扉の奥から「失礼します」と聞き慣れた声が響いて来た。
扉が開かれると、その奥からはアンナと、シルフィーナの姿が視界に入った。
私達はソファーから立ち上がると、姿勢良く背筋を伸ばし二人が入って来るのを待った。
激しく緊張しているせいか、待っているこの僅かな時間がとても長く感じてしまう。
そして二人は私達の前まで歩いて来ると、シルフィーナの足がピタリと止まった。
「王妃様っ、今日はどうぞよろしくお願いします」
「おい……」
私は緊張を隠す様に声を大きめに出して挨拶をすると、深く頭を下げた。
隣からはアイロスの声が響いて来たが、緊張し過ぎているせいか私の頭の中には入って来なかった。
「あら、やっぱりバラしてしまったのね」
「俺はザシャ様の従者ですから。起こった事を報告する義務があります」
「ふふっ、貴方らしい答えね、アイロス。それに、エミリーさん、もう頭を上げて。そんなに畏まらなくても平気よ」
「……っ、はい」
シルフィーナの声は以前と同様に穏やかで、悪い印象は一切感じなかった。
私が顔を上げると、すぐに視線が合う。
するとシルフィーナはにっこりと愛想の良い笑顔を私に向けてくれた。
「まずはエミリーさんにお礼を言わないといけないわね」
「え?」
なんの話か分からず、私はきょとんとしてしまう。
「ザシャを説得してくれた事、感謝するわ」
「えっと、あの……」
私は意味が分からず、慌ててアイロスの方へと視線を向けた。
「ザシャ様が無理をしていることは俺もずっと気付いていた。だけどいくら休むようにと説得しても、全く聞き入れて貰えなかった」
「そうなのよね。私もアイロスと同じよ。大丈夫の一点張り。あの子、意外と強情なのよね。だけど貴方の言葉は素直に聞き入れてくれたわ。あのまま無理を続けていれば、きっともっと酷い状態になっていたのかもしれないわ。だからそのお礼よ。本当に感謝しているわ、エミリーさん」
「私はザシャさ……、殿下が心配なだけで。もっと早くに気付いていたら、倒れることも無かったかもしれません」
「ふふっ、いつも通り『ザシャさん』って呼んでいいのよ」
「……っ!!」
私がどうしてその事を知っているの? と驚いた顔を浮かべていると、不意にアンナと目が合った。
彼女は困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべているように見えた。
その姿を見て直ぐに察した。
そう言えば、アンナは私の事をシルフィーナに報告しているといつか聞いた気がする。
ということは、私のことは色々とシルフィーナには筒抜けなのだろう。
そう思うと恥ずかしさが込み上げて来てしまう。
しかしそれはアンナの仕事でもあるのだから、彼女を責めるつもりは一切ない。
「お礼と言っては何だけど、エミリーさんはお菓子が好きだと伺ったから、色々と用意して来たの。休憩の時にでも召し上がって。アイロスも一緒に食べて良いわよ」
「わざわざ用意して頂き、ありがとうございますっ」
(そういえばアイロスさんって甘党だったんだっけ……。あとで一緒に食べよう)
改めて話してみるとシルフィーナはすごく感じが良いし、難そうな雰囲気を全然感じない。
ザシャのように、穏やかな性格なのだろうか。
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そしてその後、執務に取り掛かった。
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